日本のすぐ隣にある島国『ボルクア』
東と西による内紛絶えないこの国では、東西を隔てる境界線で今日も戦争行為が行われていた。
「「「スタンドアップ ヴァンガード!!!」」」
ただし、ヴァンガードで。
幾度の戦闘で赤茶色の土が剥き出しになっている荒野には、今は巨大なテントが建てられ、その中に西軍60名、東軍75名の兵士達が詰め込まれており(200人は入るテントだったが、参加者は筋骨隆々の男がほとんどであり、如何せん手狭に感じられることは否めない)、並べられたテーブルを挟んでファイトを行っていた。そのテーブルとテーブルの間ではボランティアとして派遣されたジャッジと、東軍と西軍から志願した衛兵達が目を光らせている。
この
よってこの戦い、人数の多い東軍が有利なはずであったが……。
「ガルグレックスでヴァンガードにアタック!!」
戦場では一際目立つ、少女の高い声がテントに轟く。
「ゲット、
これで私の勝ちだね。ふふん、これで8連勝♪」
ひとりのエースが絶対不利な戦況を完全に覆していた。
女兵士にしては小柄な体躯に赤茶色をした西軍の軍服を纏い、この国ではありふれた栗色の髪を、この国では珍しく長く伸ばしている。
少女の名はサラ。
この国にヴァンガードが浸透するきっかけとなった『天使轟臨の日』と呼ばれる事件の渦中にいた兵士のひとりであり、他の兵士より1~2週間早くヴァンガードに触れることになったアドバンテージを最大限に生かしていた。
偉そうに鼻息をついて勝ち誇るサラであったが、敗北した対戦相手の様子がこれまでと違った。俯いて怒りに震えていたかと思うと。
「……こんな紙遊びでぇっ!」
ホルスターから拳銃を抜き放ち、サラへと向けた。サラも油断していたわけではなかったが、人並みの反射神経しかない(軍属にしてはどんくさいとも言う)彼女の対応が間に合うはずもない。
だが、周囲を見回っていた衛兵が一斉に男へとライフル銃を向けた。それが西軍の兵士だけであったなら、男は構わずひと暴れしていただろう。しかし、銃を向けてきた衛兵の中に東軍の兵士をも確認した男は、絶望したようにだらんと両腕を足らした。戦意を失った男を兵士達が拘束し、テントの外へと連れ出していく。暴力行為には最低でも1か月以上、
それを見届けた他の兵士達がファイトを再開し、テント内が喧騒を取り戻していく。さすが全員が現役の軍人なだけあって、男が銃を抜いた瞬間は、各々が戦闘態勢を取っていた。
サラは小走りになって男を連行していた衛兵のひとりに駆け寄ると、軽く耳打ちをした。
「その人のペナルティ、軽くしてあげられないかな? 私も調子に乗りすぎちゃった」
「それを決めるのは自分ではありませんが、担当者には伝えておきましょう」
衛兵は事務的に答えたものの、その目は軽く驚きに見開かれていた。
サラは虚ろな目でこちらを見ていた男に「ごめんね」と片手でジェスチャーすると、長い栗色の髪を翻し、再び戦場へと帰っていった。
●~~~~~*
その後も連勝を重ねたサラは、併設された休憩用テントの隅っこで、遅めの昼食を取っていた。
周囲にはちらほらと東軍兵の姿があり、そこからめいっぱい離れた場所では西軍兵が固まっている。
少し前まで殺し合っていた相手と同じテントで食事をするのは気まずいなどというものではなく、別々のテントにしてほしかったところだが、テントの数も足りないだろうし、こうして互いに見張り合える方がむしろ安全なのかも知れなかった。
そんなことを考えながら、タンパク質だけは豊富なプロテインバーを不味そうに齧っていると。
「よっ! 活躍しているみたいだな」
頭上から声をかけられ、サラは軽く顔を上げた。そこには兵士にしては線の細い、サラと同い年ぐらいに見える少年がトレイを手にして立っていた。サラと同じ栗色の髪を、サラとは違い無造作に肩まで伸ばして紐で雑にまとめている。
「ジョー!」
サラが少年の名を呼んだ。
「すっかり回復したみたいだね。よかった」
サラがジョーの右腕に目を向けると、そこは義腕になっていた。だがその単語から想起される痛々しさは皆無で、白と青を基調にした流線形のデザインは(この国には無い概念ではあるが、あえてジャパニーズアニメーションの表現を借りるなら)どこかヒロイックですらあった。
「おかげさまで」
言いながら、ジョーがサラの対面にどかっと音をたてて座る。彼は『天使轟臨の日』に右腕を失い、死にかけていたところをサラに救われた少年であった。
「最新型の義腕の実験台にされると聞いた時は絶望したが、この腕はすごいぜ。手術した次の日には、自分の腕とは遜色ないように動かせるようになってた」
ジョーが右拳を滑らかな動作で閉じたり開いたりする。そのたびに微かなモーターの駆動音が聞こえたが、よほど意識していなければ気にならないだろう。
「リハビリ期間も義腕を馴染ませるためじゃなく、パワーをセーブするための練習に費やしたくらいだからな」
そう言って今度は金属製のスプーンを右手で掴むと指で簡単に曲げ、またそれをすぐに戻してみせた。
「うわ。なにそれすごい」
「だろ? 元の腕よりよっぽどパワーがあるんだ。もしまだ戦闘が続いていたら、僕はまた戦場に駆り出されていただろうな。なんだったらこれまでより活躍できていたかも……」
言いながら首を傾げる。
「もしそうなら両腕をさっさと千切って、この義手に代えた方が強い兵士ができるってことか? いや、もしこれと同じ義足を造れるなら四肢を切断して……」
「やめなよ。食事中だよ」
悪い方向へと想像を巡らすジョーをサラがたしなめた。
「おっと、悪い。ま、今の状況がこのまま続くのなら、いらない心配だな」
ジョーは皮肉めいた笑みを浮かべて肩をすくめた。殺し合いをしなくていい現状は歓迎だが、本気でそれが続くとはまだ信じきれていないといったところか。
(ま、斜に構えるのが格好いいと思っているお年頃だしね。しかたないか)
そうやって他者を評価している彼女も大概なのだが。
「で、今日は何連勝したんだ?」
手にしていたスプーンで濁った緑色のゼリーをすくいながら、ジョーが話題を変えた。
「10連勝。まだまだスコアを伸ばせたのに、ここで負けたら次の作戦に支障が出るから、後は休んでろって指揮官様が」
サラが憮然とした表情で答え、八つ当たり気味にバーが嚙み砕かれた。
「ヒュー。すごいな。僕は5連勝したところで負けちまった。あそこでペルソナ札さえ引けてりゃなぁ……」
なお、ファイトに敗北した兵士は『負傷した』ものとして、1週間ファイトに参加できないペナルティが与えられる。エースを温存するという指揮官の判断は間違ってはいないのではある。
「ま、僕とサラでちょうど15人の差を覆したわけだ。エースとしての役割は十分に果たしたんじゃないか?」
「……ん、そうだね」
その言葉に少し気をよくしたサラは、ジョーと軽く拳をぶつけ合った。
それからは黙々とまずい食事に口をつけていたふたりであったが。
「おや? おふたりともお揃いで」
そのふたりにかけられる女の声。
「……あ、フラン!」
サラが嬉しそうに声をあげる。
そこには白髪童顔、そしてその顔の右半分が火傷痕に覆われた女性、フランがいた。彼女は緑の迷彩服に身を包んでいるが、ボルクアは荒地と岩地が多く、逆に目立つ。本気で身を隠したいわけじゃなく、戦地で仕事をするぞという彼女なりの覚悟を示したファッションなのかも知れなかった。
「おひさしぶりです! あの日以来ですね。サラちゃんに……えっと」
「ジョーだ。よろしくな」
ジョーが片手を挙げ、人懐っこい笑みを浮かべた。
「サラから聞いたぜ。あの日、あんたが応急手当してくれたんだってな。それがなかったら僕はきっと死んでた。本当にありがとう」
隣に腰かけたフランに、ジョーは立ち上がって深々と頭を下げた。
「いえいえ。当然のことをしたまでですよ」
「そもそもあんたを戦場から引き離してあげたのは私なんですけど?」
「君にお礼を言っても『は? 見捨てても寝覚めが悪いから拾ってあげただけだし』とか悪態ついてそっぽを向くだけだろ?」
恩着せがましく言ってくるサラにジョーが指摘すると、自覚があったのかサラは視線を逸らした。
「あはは。おふたりは仲がいいんですね」
「同じ孤児院で育った幼馴染だからな」
「というより腐れ縁ってやつ?」
「違いねえ」
そう言って、ふたりは笑いあった。
「そう言えば、もうひとりの腐れ縁はどうしたよ?」
きょろきょろとあたりを見渡しながら、ジョーが尋ねた。それは軽い調子であったが、どこか覚悟と諦観が声色に滲んでいた。
「死んだよ。前の戦いで」
あえて淡泊にサラは答えた。
「……そっか」
椅子に倒れるようにもたれ込んだジョーは、寂しげに義手を鳴らす。同じ死地に置かれて生き延びた自分との違いは何だったのか。答えなどあるはずもない問いを、それでも考えずにはいられないのだろう。
「間ぁ悪いな、あいつも。これから面白くなりそうだって時によ。
これで孤児院でよくつるんでたメンツも、このふたりだけになっちまったな」
「仇を討ちたいとは思いませんか?」
話に割り込んできたのはフランで、サラはぎょっとして彼女を凝視する。彼女の目的を鑑みるなら、触れるべき話題ではないと思ったからだ。
「討ちたいね。討てるものなら」
案の定、ジョーからは厳しい答えが返ってきた。
「……けど、戦場で仇を見つけ出すなんて不可能に近い。すでにそいつもおっ死んでる可能性だってあるしな。はじめて仲間を失った時はマジで怒り狂ったけど、今はもう疲れた。……東軍のやつらもきっと多くは同じ気持ちなんだろうと思うとなおさら、な」
その言葉通り、彼の表情には疲れ切った笑みが浮かんでいた。
「それに、あんた達がやろうとしているのは、そういうことじゃないんだろ? 命の恩人ふたりが揃ってどでかいことをやらかそうとしているんだ。それなら僕も付き合うさ。僕だってヴァンガードは楽しませてもらってるし、僕にできることなら何でも言ってくれ」
されど一転、生まれ変わったような笑顔でフランに義腕を差し出す。
「ありがとうございます」
フランは優しく微笑んで、いたわるようにその義腕を握った。
「けど、フランが落ちてきたあの日……『天使轟臨』だっけ?」
呟いたのはサラだ。
「私としては華麗に降り立ったつもりだったんですが……」
「どう見てもただの自由落下だったよ。なんであれでピンピンしてるの?」
「あとで検査してもらったところ、右脚の骨にヒビが入ってました」
「ウチなら後方に下げられるほどの重傷だよ、それ」
「そこはほら、気合いと根性で……」
何故軍隊よりも体育会系なのだ、この女は。
「それはともかく、あの日から1か月ちょっと。まさかここまで両軍にヴァンガードが受け入れられるなんて思わなかったよ」
それこそジョーが「疲れた」と語るように、厭戦気分が東西に蔓延する中で、フランがするりと入り込んできたからこそ上手くいった部分もあるのだろうが。
「あはは。何度も死にかけはしましたけどね。せっかくですので、これまでのことを少し振り返っておきましょうか」
●~~~~*
『天使轟臨』を経てサラと別れた後、フランはそれからも戦場に現れ続けた。しかしふたつめの戦場では、フランとヴァンガードは受け入れられず、命からがらその場から逃げ出したという。
だが、みっつめの戦場で、東軍でもっとも尊敬されているとある兵士がフランに賛同の意思を示したことで状況は大きく動き出す。彼を中心に東軍でヴァンガードが急速に広がりはじめ、以降、フランの布教活動はスムーズに進んだ。
「東にもすごい人がいるもんだねー」
とサラが口を挟む。
(いつぞやの堅物の隊長さんとは大違い)
と心の中でも呟いた。
「ええ。とってもナイスガイでした。いつかサラちゃんともファイトすることになるでしょうね。きっとお友達になれると思います」
「……お友達、ね」
ヴァンガードは楽しいが、対戦相手はやはり敵であり、最低限の礼節を尽くす努力はしているものの、そこまで考えたことはなかった。負けてもすぐ死ぬことがなくなっただけで、領土を奪われることに違いはないのである。そこで得られるものが失わられれば、結局、人は死ぬ。
(リオン君のようなかわいい男の子とならお友達になりたかったんだけど……)
はじめてヴァンガードで対戦した新兵のあどけない顔を思い出す。
なお、彼には手厳しくフラれていた。
そのナイスガイだかオウムガイだかの働きで東軍にヴァンガードが受け入れられはじめた頃、西軍でもたったひとりの女兵士がカードゲームで要所を守り抜いたという噂が流れはじめた。無論、サラの話である。彼女の場合は、これまでろくに戦果を挙げたことのない無名の少女というのがセンセーショナルだったのだろう。それを機に、サラもフランに託されたカードを仲間に配り、フランの望みを根気強く説明し、西軍にもじわじわとヴァンガードが広まりはじめ、気が付けば『天使轟臨』から2週間で、最前線では銃の撃ち合いではなくカードゲームが横行する事態となっていた。
それに激怒したのが、さもありなん東西それぞれの指導者である。そんな彼らの前にもフランは現れた。
「殺し合いをしていた頃も、カードゲームをしている今も、戦線はほとんど膠着状態ですよ? なら人が死なない今のままがいいんじゃないですか? あなたも人を死なせたくて戦争をしているわけじゃないですよね?」
などという正論じみた詭弁にはじまり。
「けどカードゲームが始まってから東軍の方が少し有利な状況なんですよね。今のままなら東軍が勝てちゃうかも知れませんよー?」
「西軍は最近、最北端の土地をカードゲームで手に入れましたよね? たしか西軍は昔からこのボルクア随一の穀倉地帯を欲しがってましたよね。まだ防備が整っていない今、もし殺し合いの戦争に戻ったら、すぐ取り返されちゃうかも知れませんねー?」
東と西それぞれに有利なデータをちらつかせ、言葉巧みに両陣営の指導者すら丸め込んでしまった。
こうしてヴァンガードによる戦争が正式に決定されると、フランはルールを整備し、さらに各国から協力者を呼び集め、テントの設営や、ファイトの運営を任せ、東西の首都にはカードショップまで建ち(この国には東が定める首都と、西が定める首都の、ふたつ首都がある)、今の妙ちきりんな状況ができあがったのであった。
●~~~*
「色々と未だに信じられない部分もあるけど、すごいよね。順風満帆ってやつじゃない?」
「そうでもありませんよ」
フランの表情からはじめて笑顔が消えた。
「昨日、テントのひとつで暴動があり、元の戦争状態に戻ってしまった地域があるそうです。あたしに協力してくれていたお友達もふたり……亡くなりました」
「え、ふたりぐらいなら……」
と言いかけてサラは口をつぐんだ。
この国で何かを成そうとするのなら犠牲はつきものだ。それだけの犠牲で大望を成し遂げることができたのなら大戦果と言える。
だが、フランは平和な日本の出身である。まだ人の死に慣れていないのだ。ましてや、彼女が馬鹿な考えを抱かなければ失われなかったであろう人命だ。とてもサラ(というかこの国の兵士の大半)のように人の死を数字では測れないのだろう。
「……ごめんなさい」
「いえ。お気になさらず。サラちゃんは聡い子ですね」
重くなった空気を吹き飛ばすようにフランが微笑み、気まで遣われた。
「その地域にはあたしが直接向かって調停することになっています。今はそのヘリ待ちですね。さーて、その前に腹ごしらえしておかなくちゃ」
などと努めて明るい声をあげ、トレイの上に置かれていたバーを齧る。
「……あ、おいしい!」
次の瞬間には、素で顔をほころばせ、サラとジョーは思わず顔を見合わせた。
「……おや、こちらのゼリーもなかなか」
「いや。そのふたつ、不味さだけなら東軍にも圧勝できるって評判なんだけど……」
ちなみに、彼女達は知る由もないが、東軍にも似たような評判の、似たような食事がある。
「そうなんですか? いやー、あたし胃袋に入るものなら何でもおいしく食べられちゃうんですよね」
そんなことを言いながら、先に食べ始めたサラやジョーよりも早く平らげてしまった。
「ふあぁ、おいしかった。けど量が物足りませんねぇ。おかわりが欲しいところですが……」
「ダメだよ。物資不足なんだから」
「ですよねぇ。私はいいですけど、おふたりは大丈夫ですか? 成長期でしょうに」
「そりゃあ食べ足りないけど……」
「これをおかわりしていいと言われても遠慮したいな」
レンガのように固いバーを前歯でちびちびと齧り、生ごみのような味のするゼリーをスプーンでつつきながら、サラとジョーが口々に答えた。
好んで食べたいものではないが、食べなければ体がもたない。彼女達にとって食事はある種の拷問である。
「はぁー。一度でいいからおなかいっぱいお肉を食べてみたいなぁ……」
「そうですねぇ。あたしもステーキには目がなくて……」
「昔、野営中に食べたコンビーフ、おいしかったなぁ。ひと缶をみんなで分けたからスプーンひとさじ分しかなかったけど」
「すみません。まずお肉の概念からして違いましたね」
そんなやり取りの後、これ以上食事に時間をかけても仕方がないと判断したのか、サラは残りのバーを一口に頬張り、水で溶かして胃に流し込むと。
「フラン、ファイトしよう!」
空になったコップを勢いよくテーブルに置き、身を乗り出さんばかりに提案した。
「まだまだファイトし足りなくてウズウズしてるんだ。フランがどれだけ強いのか、どんなファイトをするのか見てみたいしね」
ヴァンガードを広めるため戦場にまで轟臨するような女である。きっと一も二もなく同意が返ってくるだろうと思われたが。
「え、あたしですかぁ? うーん……けど、ヘリがいつ来るかわかりませんしねぇ」
返ってきたのは歯切れの悪い言い訳だった。
「それよりあたしはサラちゃんとジョー君のファイトが見たいですねぇ。ジョー君のファイトを見るのははじめてですし、サラちゃんがどれだけ強くなったのかも興味があります」
「え、ジョーと?」
「僕は構わないぜ」
急に話を振られたにも関わらず、ジョーも素早くゼリーを水で胃に流し込んだ。彼も彼でファイトに飢えているのだろう。
(同じ部隊に配属されたから、ジョーとはいつでもファイトできるんだけどな……)
だが、ここでゴネたところで、フランはのらりくらりとサラの挑戦をかわすだろう。理由は不明だが、ここでファイトをしたくないという意思は明らかだった。
「……いいよ。ジョー、ファイトしよ」
サラは軍服の肩にあるポケットのボタンを外し、デッキを取り出した。内側から補強されたそのポケットは、本来、弾薬や包帯などの傷つけたり汚したりしたくない物を入れるスペースであったが、奇しくも50枚のカードがぴったり入るサイズであったため、今は多くの西軍兵士がデッキを入れている。
「そうこなくっちゃな」
ジョーも肩ポケットからデッキを取り出すかと思われたが、彼は右腕の袖をめくり「ふん!」とひとつ気合いを入れると、義腕が手首のあたりから大きく折れ曲がり、その中からシャキーンという軽快な音と共にデッキが飛び出した。
「ええ……?」
「おおー!」
サラがドン引きし、フランが子どものように目を輝かせる。
「かっこいいだろ? 義腕をデッキケースに改造してもらったんだぜ」
ジョーがデッキを手に取ると、手首も元の位置へと自動で戻った。
「早く元に戻してもらった方がいいと思うよ……」
義腕人生を満喫しすぎだろう、この男は。
そんなゴタゴタこそあったものの、ファイトの準備はつつがなく完了し。
「じゃ、はじめよっか」
「おう!」
「「スタンドアップ! ヴァンガード!」」
●~~*
「「《幼竜 ガルグレックス》!」」
そして、ふたりのファーストヴァンガードも同じユニットであった。
「おや。おふたりとも、デッキも同じですか? 仲良しさんですねぇ……」
と微笑ましく見守っていたフランであったが。
「手札から1枚捨て、《鉄爪竜 ガルグレックス》にライドするぜ」
(ん? あぁ、これは違いますね)
先攻を取ったジョーの捨て札《喧騒竜 ディロフォナギング》を見て、僅かに目を細めた。
「私のターン。スタンド&ドロー! 《鉄爪竜 ガルグレックス》にライド。G0ガルグレックスのスキルで1枚ドロー。ガルグレックスでヴァンガードにアタック!」
「《爽風竜 ディノブリーズ》でガード!」
サラもドライブチェックでトリガーは引けず、ジョーにターンが移り。
「僕のターン。スタンド&ドロー!」
引いたカードを見て、ニヤリと笑う。
「手札から《旋虐竜 ベリジェアクロ》を捨て、《鉄腕竜 ガルグレックス》にライド! G1ガルグレックスのスキルで山札の上から5枚見て……《猛進竜 エイニオンラッシュ》を手札に加えるぜ。
そして! ライドコストとして捨てられたベリジェアクロをスペリオルコールだ!」
「あ、ベリジェアクロ! すごい、当たったんだ!」
「ああ。1枚だけな」
《旋虐竜 ベリジェアクロ》は日本でも数千円はくだらない高額カードである。薄給の彼女達においそれと買えるものではなく、全ディノドラゴン使いにとっての憧れであった。もっとも、下手に汎用的な能力にせず、ディノドラゴン専用のカードにしてくれた方がよかったというのが全ディノドラゴン使いにとっての総意だろうが。
「《堅鋭竜 ゲイツフォート》もコールして、バトルだ!
ガルグレックスでヴァンガードにアタック!」
「《白光竜 パラソラース》でガード!」
「ドライブチェック! ……★トリガー! 効果はすべてベリジェアクロに!
ゲイツフォートのブースト! ベリジェアクロでヴァンガードにアタックだ!」
「っ……ノーガード!」
★の乗ったアタックにより、サラのダメージゾーンに2枚のカードが置かれ、トリガーも出なかった。
「私のターン! スタンド&ドロー! 《鉄腕竜 ガルグレックス》にライドして、G1ガルグレックスのスキルで……G3のガルグレックスを手札に加えるよ。
ガルグレックスでヴァンガードにアタック!」
「ノーガード!」
「ドライブチェック! ……★トリガー! 効果はすべてヴァンガードに! お返しだよ!」
今度はジョーが2点のダメージを受ける。
「やるな……だがこれからだぜ! 僕のターン! スタンド&ドロー!
ライド! 《鋼爵竜 スピノマーキス》!!」
連なる刃を背に広げ、幾重にも重ねられた装甲が軋んで唸る。
巨体に無数の砲を搭載した鋼の侯爵。
翠鋼の竜が今、貴族が如く泰然と戦場を往く。
「ス、スピノマーキス!?」
「やっぱりそっちでしたかー」
サラが焦りを滲ませ、フランがうんうんと頷く。
「サラと同じじゃつまらないからな!
スピノマーキスのスキル発動! 山札の上から7枚を見て……2体のディノドラゴン《過激竜 ヴェロキハザード》とゲイツフォートをスペリオルコール!」
鋼爵竜が天まで響き渡る雄叫びをあげると、山を割り、地を砕き、新たな恐竜達が姿を現す。
「手札からエイニオンラッシュをコールして、バトルだ!
エイニオンラッシュでヴァンガードにアタック!」
「《装甲竜 マウントキャノン》でガード!」
「ヴェロキハザードのブースト! スピノマーキスでヴァンガードにアタック! この瞬間、自軍のディノドラゴン……エイニオンラッシュを退却させ、スピノマーキスのスキル発動!」
鋼爵竜が牙を剥く。
それが向けられたのは、味方に対してであった。
首筋をひと噛みされ、声もあげず血の海に沈んだ部下を貪り食う。
兵は駒であり弾であり餌である。
なればこそ、その死を一片たりとも無駄にせぬのが将たる者の務め。
血に濡れた口元を舌で舐めとり、金色の瞳が揺らがぬ信念に煌々と輝いた。
「カードを1枚引き、スピノマーキスのパワー+10000! 手札から《乱発竜 パラサキャノネイド》をコール! パラサキャノネイドは自身のスキルでパワー+10000!
さらに! エイニオンラッシュが退却したので1枚ドローさせてもらうぜ。
さあ、パワー33000のスピノマーキスのアタックはどうする? ガードするかい?」
「……ノーガード」
「よしきた! ツインドライブ!!
1枚目、★トリガー! ★はスピノマーキスに! パワーはベリジェアクロに!
2枚目はノートリガーだ!」
同胞が血肉を弾丸と変えて。血の色をした火砲が仇敵に放たれる。
「ダメージチェック……」
サラのダメージゾーンに早くも4枚目のカードが置かれてしまったが、4枚目のダメージで
「エンド時、パラサキャノネイドは退却するぜ」
「私のターン。スタンド&ドロー!
ライド! 《鉄皇竜 ガルグレックス》!!」
鋼の侯爵に挑むは、紅蓮の甲殻纏いし鉄の皇。
二頭は対峙するなり頭からぶつかり合った。
兵を遣い、兵ごと勝利を喰らう鋼爵竜。
兵を率い、兵と共に栄光を掴む鉄皇竜。
けして相容れぬふたつの誇りが爪牙となって火花を散らす。
「並び立つ2体の恐竜さん……壮観ですねぇ!」
盤面にあるのはたかが2枚のカード。だが、フランにはそれ以上のものが見えているかのようだった。
「ですが、日本には恐竜さんを使う時、守らなくてはならないルールがあるんですよ」
「え、そうなの?」
初耳である。
「恐竜さんを使う場合、必ず語尾に『ザウルス』とつけてください」
「そんなバカなザウルス!」
「ありえないドン!」
「ノリいいですねー。何故か教えていない語尾までマスターしていますし」
「そんなことはどうでもいいの!
G2ガルグレックスのスキル発ドン! ……じゃなかった、発動!
山札の上から7枚見て……《祭砲竜 ディノフェスト》を手札に! 《焦砲竜 ディノベルム》をドロップへ!
手札を1枚捨て、ガルグレックスのスキル発動!
ドロップからディノベルムとマウントキャノンをスペリオルコール!
手札から捨てたのがディノドラゴンだったので、ベリジェアクロを退却!」
「ああー! 僕のベリジェアクロがー!」
「そりゃそうなりますよねー」
「手札から《尖鋭竜 エオラフィアス》とディノフェストをコール!
バトルだよ! エオラフィアスのブースト! ディノベルムでヴァンガードにアタック!
ブースト時、エオラフィアスのSB! 他のG1以下のリアガード1枚につき、パワー+5000! 該当するカードは2枚!」
「……そうか! ディノベルムもG0か!」
「よってパワー+10000! さらにマウントキャノンのスキルで、自身とディノベルムにパワー+5000!
それにガルグレックスのスキルで、前列のディノドラゴンはパワー+5000されてるよ!
合計パワーは33000!」
「ちっ、ノーガードだ。……ダメージチェック、ノートリガー」
「ガルグレックスでヴァンガードにアタック! ディノドラゴンが3種類以上いるので、パワー+10000! ドライブ+1!
ディノベルムも自身のスキルでスタンドして、パワー+5000するよ!」
「ノーガード!」
「トリプルドライブ!!!
1枚目……ノートリガー!
2枚目……ノートリガー!
3枚目……★トリガー! ★はガルグレックスに! パワーはディノベルムに!」
鉄皇竜が鉄爪から噴出させた炎を纏い突貫する。
鋼爵竜は火砲の掃射で応戦するが、鉄皇竜はそれを意にも介さず鋼爵竜へと激突。重武装した巨体が軽々と吹き飛び、岩山へと叩きつけられる。
「ダメージチェック!
1枚目……ノートリガー。
2枚目……ヒュー、危ねぇ。
崩れる岩山の瓦礫を吹き飛ばしながら立ち上がった鋼爵竜の装甲は、一部が熱で溶け歪んでいた。
「ディノベルムでヴァンガードにアタック! アタック時、マウントキャノンのスキルで自身とディノベルムのパワー+5000!」
「《コンダクトスパーク・ドラゴン》でガード!」
「ディノフェストのブースト! マウントキャノンでヴァンガードにアタック!」
「もういっちょ! コンダクトスパークでガード!」
「ディノフェストをバインドし、スキル発動! 山札の上か5枚見て……G3ガルグレックスを手札に加えて、ターンエンド!
エンド時、ディノベルムは退却するよ」
「僕のターン! スタンド&ドロー!
ペルソナライド! 《鋼爵竜 スピノマーキス》!!」
背に並ぶ刃を帆にして広げ、鋼爵竜にさらなるエネルギーが充填されていく。
「スピノマーキスのスキル! 山札の上から7枚見て……エイニオンラッシュと《強撃竜 スピノアサルター》をスペリオルコール!
バトルだ!
ゲイツフォートのブースト! エイニオンラッシュでヴァンガードにアタック! アタック時、エイニオンラッシュのスキル! 相手ヴァンガードがG3なのでSBすることで、パワー+10000!」
「ノーガード……。ダメージチェック……
「ヴェロキハザードのブースト! スピノマーキスでヴァンガードにアタック! アタック時、エイニオンラッシュを退却!」
鋼爵竜が再び味方へと牙を剥く。
とどめを刺す時は苦しませぬよう一瞬で。喰らう時は時間をかけて命の味をよく味わい。
「1枚ドローし、スピノマーキスのパワー+10000! 手札からスピノアサルターをスペリオルコール! そして、コールされたユニットと同列にいるリアガードをすべて退却させる! 吹き飛べ、マウントキャノン!」
「…………」
「それだけじゃないぜ。相手リアガードが退却したので、ゲイツフォートをスタンドさせ、パワー+2000! もう一体のゲイツフォートもパワー+2000。スピノアサルターもそれぞれパワー+10000!
そして、エイニオンラッシュの退却で、1枚ドローだ」
「《ツインバックラー・ドラゴン》で完全ガード」
「ツインドライブ!!
1枚目、前トリガー! 前列パワー+10000!
2枚目、ノートリガー!」
血潮にも似た火砲の奔流を、落雷と共に飛来した盾兵が防ぎきった。
しゅうしゅうと煙をあげる用済みになった盾を、鉄皇竜は尾で弾き飛ばす。
「ゲイツフォートのブースト! スピノアサルターでアタック!」
「2枚の《バーニングフレイル・ドラゴン》でガード」
「ゲイツフォートのブースト! スピノアサルターでアタック!」
「ツインバックラーで完全ガード」
「どうよ。僕はこれでターンエンドだぜ」
「はい! 完璧にスピノマーキスを使いこなしてますね」
胸を張るジョーに、フランが惜しみない賞賛を送る。
「……私のターン。スタンド&ドロー」
対するサラの手札は2枚。こめかみの銃創を爪でかきながら静かにカードを引く。
「ペルソナライド……《鉄皇竜 ガルグレックス》」
そして、ペルソナライドで引いたカードを見るや、
「手札からガルグレックスを捨て、ドロップからエオラフィアスとディノベルムをスペリオルコール! 右列のスピノアサルターを退却!
そして! 手札からエオラフィアスをコール!」
「エオラフィアスが3枚……!?」
「しかもエオラフィアスで縦一列のラインを作ってますね。このラインは現時点で61000。もしもう1枚G1以下をコールできるなら……」
フランが楽しそうに解説する。
「ガルグレックスの後列にパラソラースをコール!」
「これで71000です」
「!?」
「バトルだ!
エオラフィラスのブースト! ディノベルムでヴァンガードにアタック! エオラフィラスのスキルでパワー+20000! 合計パワーは48000!」
「ぐっ……ノーガード……ノートリガー……」
「行くよ、ガルグレックス!
パラソラースのブースト! ガルグレックスでヴァンガードにアタック! パワー+10000、ドライブ+1、ディノベルムをスタンドッ!」
「やらせるかぁっ! 《焔の巫女 パラマ》! 2枚のディノブリーズでガード! 3枚貫通だっ!!」
「トリプルドライブ!!!
1枚目っ! ノートリガー!
2枚目っ! 前トリガー! 前列のパワー+10000!
3枚目っ! 引トリガー! 1枚引いて、パワーはディノベルムに!」
「くっ……くそっ、完全ガードはエオラフィアスのラインに温存せにゃならんが……」
「終わりだよ。焼き尽くせ、ディノベルム」
勝利を確信したのか、急に冷め切ったサラが無造作に腕を振るう。
「……ノーガード」
幼竜が跳びあがり、背負った火炎放射器から炎を放つ。
鉄皇竜が操るものと同質の炎が鋼爵竜を包み込み、その装甲をいとも容易く溶かしていく。
ドロドロに崩れた竜がそれでもなお衰えぬ戦意で吼え猛るが、全身の砲に引火したのか、やがて大爆発を起こし――同胞と山ひとつを道連れに、それは塵も残さず消失した。
●~*
「よしっ、勝った」
「だぁー! 負けちまったー」
「おふたりともナイスファイトでしたよ!」
ダメージゾーンに置かれた6枚目のカードを見て、サラが拳を握り、ジョーが大げさに頭を抱えた。そんなふたりをフランが大きな拍手で平等に称える。
「あー、やっぱり強ぇなぁ。昔から、カードじゃ誰もサラには敵わなかった」
「おふたりは昔からカードで遊んでいたんですか?」
ジョーのボヤキにフランが反応する。
「ああ、トランプが孤児院にあったからな。おやつを賭けてみんなでよく遊んでた。だいたいサラが勝つんだけど、こいつお人好しだからさ。今はお腹すいてないだの、食べ忘れてただの理由をつけて、みんなにおやつを返してたんだぜ」
「ほえー。サラちゃんは昔から優しかったんですね」
「うっさいなー。勝つのが楽しかったから、おやつはどうでもよかったの」
サラが毒づきながら、ぷいと顔を背ける。
「そういや、昔のサラはもっとクールだったよな。ゲーム中もずっとポーカーフェイスでさ。間違っても、ゲーム中に声を荒げたり、勝ってガッツポーズするような女の子じゃなかったぜ。
なー、いつ頃だったっけなー、サラがよく笑うようになったのって」
ジョーが尋ねるが、サラはそれをずっと無視していた。その表情も氷河期のような無表情と化しており、奇しくもそれはポーカーフェイスだったという当時の片鱗を覗かせているようにも見えた。
「ま、いいや。僕は今のサラの方がいいと思うぜ」
「……そりゃどうも」
サラがようやくジョー達に向き直った。その表情には『ジョーに褒められても嬉しくないんだけど』という感情がありありと浮かんでおり、それは既にフランも知っているいつもの表情豊かなサラだった。
「そんなことよりさ、もう1回ファイトしようぜ。やっぱり負けたままじゃ終われねーんだわ」
「いいよ。何度だって返り討ちにしてあげる」
そんなやり取りを経て、ふたりの腐れ縁がまたファイトをはじめる。
楽しそうにファイトを続けるふたりに釣られてか、ひとりまたひとりと休憩していた西軍の兵士達が観戦にやってきた。
「お、今日も大活躍だったサラのファイトか」
「ジョーも根性見せろー」
そればかりか、そこにぽつぽつと東軍の兵士まで混ざりはじめる。
「今日、俺達に10連勝した西軍の恐竜女か……」
「やはり強い。悔しいが参考になるな」
「だろ? ウチの自慢のエースでさ」
気が付けば、ギャラリーの中で西軍東軍入り乱れてのヴァンガード談義がはじまった。
その様子はまるで――
(まるでカードショップみたいですね)
フランはどこか懐かしそうに微笑むと、ふわりと羽根が舞うように席を立ち、誰にも気づかれないままゆっくりとテントを後にした。
もうひとりのたちかぜ使い、ジョーの登場回。
戦場のヴァンガード第2話をお届けさせていただきました。
たちかぜのたちかぜによるたちかぜのための物語を銘打って、もちろんガルグレックスだけで終わるわけがありません。
スピノマーキスも堂々登場です。
むしろたちかぜの象徴たる味方を退却させるスキルを持っている分、こちらが登場して初めてたちかぜの(中略)物語と呼べるようになったのではないでしょうか。
感想などいただければ幸いです。
次回は新たな国家で新たなユニットが登場します。お楽しみに!