日本のすぐ隣にある小さな島国、ボルクア。
内戦尽きせぬこの国では、今日も各地域においてヴァンガードによる戦闘が勃発していた。
「……んん? あ、もしかして君は!」
今日も快進撃を続けるサラの3戦目。いかにも軍人らしい大柄な体躯を縮めるように肩をすぼめ、まるで目の前の少女から隠れたがっているかのように俯く男の顔を覗き込んだサラは、大声で叫んで指をさした。
「
「ギクッ!」
サラの指摘に、男はわかりやすく肩を大きく揺らした。
「関節を極められて、髪まで掴まれて……ものすごく痛かった」
「しょ、しょうがないだろ! あの時は殺し合いをしていたんだ……」
半眼になって責めるサラに、しどろもどろに弁解する男。
「しかも、私の服の中に手を入れて、変なところをまさぐったよね?」
「ボディチェックだ! 誰がお前みたいなちんちくりんに欲情するか!」
「ちん……もう怒った。あの日の借り、ここで100万倍にして返してあげるね」
まるでナイフでも抜き放つかのように、サラがカードを引く。
戦争の形が変わって2か月。両者の力関係は完全に逆転していた。
――そして10分後。
「ディノベルムでヴァンガードにアタック」
「ノーガード……。ぐ……俺の負け……」
サラが終始男を圧倒し、勝負を決めた。
「ね、ひとつだけ教えて。君がいるってことは、
「ん? ああ、もちろんだ。覚悟しておけよ。あの方は俺なんかよりもずっと強……」
「そ。教えてくれてありがとね」
男が言い終わるより早く、サラが席を立つ。
「いいファイトだったよ。もし平和になったら、またやろうね」
微笑み、栗色の長い髪をなびかせて去っていく彼女の後姿を見て、男はポツリと呟いた。
「……案外、いい女じゃねーか」
喧騒から離れ、テントの隅に立ち、サラは全体を大きく見渡した。
東軍を示す灰色の軍服。敵、敵、敵兵の群れ。自分が3連勝している間、仲間もほとんど勝っているにも関わらず、東軍は一向に減る気配を見せない。
(それでも、この中にあの男がいる……)
頭さえ叩けば、敵の士気は下がり総崩れになることも珍しくない。それは戦争の形が変わった今でも変わらない。
サラは覚悟を決め、再び敵兵の渦中へと飛び込んでいった。
●~~~~~*
「我が軍の諜報部隊が、敵大規模作戦の情報をキャッチした」
1週間前、作戦室に集められた西軍の兵士達は皆、整列して指揮官の語るそれを聞いていた。
集められたのはいずれも年若い、ヴァンガードによる戦争で多大な戦果を挙げるようになった兵士達で、サラもそこに含まれていた。
「我が首都の南に、東軍の部隊が集結しつつあるという。その数は400にのぼる見込みだ」
首都の南は険しい山岳地帯、いわゆる天然の要害である。そのため、これまでは小さな基地に少数の兵士だけが配置されていた。だが、ヴァンガードによる戦争では、地形の優位は意味を成さない。その油断をついて、南に大軍を送り込み、一気に首都を制圧する作戦ということらしい。
「そこで我々は、兵は少数のまま、そっくり精鋭部隊へと入れ替える作戦で迎撃する」
曰く、敵の大軍を精鋭部隊で抑え込み、温存した大軍を敵軍の首都へと向かわせる二段構えの作戦とのこと。
「こっちは20、敵は400。絶望的な兵力差でありますな!」
周囲を見渡して味方の数を数えながら、サラの幼馴染である少年兵、ジョーが茶化すように言った。ボサボサした栗色の髪を後ろでまとめた、悪戯小僧のようなあどけなさを残した風貌の少年だ。右腕の袖からは義手が覗いている。
「本来ならな」
髭面の指揮官が豪快に笑い飛ばす。
「だが今の戦争のルールでは、一騎当千がありえてしまう。ここに集められた君達は、そうした実績もある」
「簡単に言ってくれるぜ」
ジョーは肩をすくめたが、まんざらでもなさそうだった。評価されて悪い気はしていないのだろう。
「たとえ全滅したとしても、敵の数を4分の3減らすことができれば、作戦は成功だ。100で首都の防衛部隊は突破できまい」
(私達は決死隊というわけね)
ジョーのように声には出さず、サラが呟いた。
とは言え、今のルールでは負けても人が死ぬことはない。指揮官は気兼ねなく「死んでこい」と命令できるし、兵がそれで士気を落とすこともない。指揮官も現在の戦争における兵の運用に順応しつつあるようだった。
(もっとも、死んであげるつもりはないけどね)
負ければ負傷兵として1週間
(たとえ最後の一兵になっても、私ひとりで数百の敵を倒してみせる)
●~~~~*
「さがしたぞ」
8戦目。席につき、次の対戦相手を待っていたサラに、頭上から声がかけられた。
「……こっちのセリフだよ」
顔をあげたサラも不敵に吐き捨てた。
サラを冷淡に見下ろしていたのは、短い黒髪の男だった。対面に座り、目線が合う。
「ひさしぶりだな。……サラとか言ったか。対戦を希望する」
それはこの国にヴァンガードとフランがやってきた『天使轟臨の日』に、サラ達を襲った部隊を指揮していた隊長だった。
そう、この男の指揮で大勢の仲間が殺された。――同じ孤児院で育った幼馴染も。
以前、ジョーが戦場では簡単に仇は見つからないと言っていたが、兵を率いていたこの男は間接的な仇と言えた。
「ルイだ。よろしく頼む」
男が名乗ったのだと気づいたのは、その言葉から数秒してからだった。
「……結局、あなたもヴァンガードをしてるんだね」
あの日、最後までフランとヴァンガードを否定していたのがこの男、ルイだったはずだ。
「命令だからな」
ルイは小さく肩をすくめた。
命令なら人を殺せるし、好きでもないヴァンガードもプレイする。実に模範的な兵士だ。反吐が出る。
睨みつけるついでに、男をよく観察する。
特徴的な黒髪は、短いながらも艶があり、さらさらしていた。トリートメントに拘るような男にも見えないため、おそらくはそういう体質なのだろう。髪に拘りのあるサラからしたら少し羨ましい。
灰色の軍服は西軍のもので、着崩している兵士も多い中、ボタンひとつはずさず完璧に着こなしていた。その軍服越しにでもわかるほど、体格は細身で軍人らしくない。綺麗な黒髪も相まって、線の細い美青年といった印象を与える男だった。これで年下だったら、サラも放っておかなかっただろう。
「リオン君は?」
ファイトの準備を進めながら、ずっと気になっていたことを聞いてみた。サラの初めてのファイト、その対戦相手となった新兵は、ルイの部下だったはずだ。ルイと共にそちらもずっと探していたのだが、見つかっていない。
「俺とは違う精鋭部隊に配属された」
「そう。活躍してるんだね」
リオンが活躍しているということは、味方が苦戦しているということでもあるが、思わず顔をほころばせてしまった。
(そうだよね。今は個人的な恨みを捨てなくちゃ……)
共にヴァンガードを楽しみ、同じ夢を見た。あの日見た未来を実現させるため、リオンも頑張っているはずである。
(ならせめて……この男にヴァンガードで勝つことで、皆への手向けにする!)
「スタンドアップ! ヴァンガード!!」
決意を新たに、サラは
●~~~*
「《優しき公子 グランフィア》」
山岳地帯に花が咲き乱れ、舞い散る無数の花びらがサラの視界を埋め尽くす。
花吹雪が晴れると、味気の無い赤茶色をした山々はどこにもなく、色とりどりの花が咲き誇る庭園が広がっていた。その先には巨大な屋敷が立ち、それを守るようにして小さな
(あ、かわいい)
「《未来の領主 グランフィア》にライド。ターンエンド」
宣言は最小限。いかにもつまらなそうな仏頂面で、ルイからターンを渡される。
「私のターン。スタンド&ドロー! ライド! 《鉄爪竜 ガルグレックス》! G0ガルグのスキルで1枚ドロー!」
(見てなさいよ。その不機嫌そうな顔に吠え面かかせてやるんだから)
「ガルグレックスでヴァンガードにアタッ……」
宣言しようとして、狼公子のつぶらな瞳と目が合った。G0から大きくなったものの、まだ多分に残る幼さと、生まれついての高貴さが一分の狂いもなく同居した顔立ちはあまりにも尊く、攻撃を躊躇させるには十分であった。
「ぐっ……ひ、卑怯だよ! こんなのアタックできるわけないじゃない!」
「いったい何を言っているんだお前は」
「ええい! ガルグレックスでヴァンガードにアタック!」
ルイからは辛辣にツッコまれ、相棒からも『早くしろ』とばかりに低く唸られた気がしたので、サラは血を吐き出さんばかりに宣言する。
「ノーガード」
「ドライブチェック……よかった、ノートリガー」
ここで
鉄爪竜がズンズンと狼の公子へと迫り、ぺちんと尻尾で軽くはたいた。
「ダメージチェック……
ターンをもらうぞ。スタンド&ドロー。《俊英の賢狼 グランフィア》にライド」
(あ、かわいくなくなった)
これまでデレデレしたり苦しんだりバラエティ豊かだったサラの表情がすんと失われた。
「本当に何なんだお前は。
ライドコストとして捨てられた《ヤンチャー・ペピーノ》はソウルに置かれる。
G1グランフィアのスキルで、プラント・トークンをスペリオルコール」
若き賢者となった狼が手の中で小さな白い薔薇を生み出す。それは根っこで地面に着地すると、生き物のように賢狼の足元へと擦り寄った。
「《ランラン・オランジェリン》をコール。スキルでプラントをスペリオルコール。
《フレンドリー・ブロッコリー》をコールし、1枚ドロー。
バトルフェイズ開始時、オランジェリンのスキルで後列にプラントをスペリオルコール」
これで後列にプラントが3体。3ターン目にして盤面を埋め尽くしてしまった。
「プラントのブースト。グランフィアでヴァンガードにアタック」
「ノ、ノーガード!」
「ドライブチェック。ノートリガー」
「ダメージチェック……私もノートリガー」
「プラントのブースト。オランジェリンでヴァンガードにアタック」
「《バーニングフレイル・ドラゴン》でガード!」
「プラントのブースト。ブロッコリーでアタック」
「《白光竜 パラソラース》でガード!」
「ターンエンド」
「私のターン。スタンド&ドロー! ライド! 《鉄腕竜 ガルグレックス》!
ライドコストとして捨てられた《旋虐竜 ベリジェアクロ》のスキル発動! このユニットをスペリオルコールする。ヴァンガードがディノドラゴンなのでレストもしないよ!」
ベリジェアクロ。ひと月前にはジョーが当てていたことを羨んだカードだが、今回の任務に就く際に支給されたのだ。出世はするものである。
「バトルだよ! ガルグレックスでヴァンガードにアタック!」
「ノーガード」
「ドライブチェック……引トリガー! 1枚引いて、パワーはベリジェアクロに!」
「ダメージチェック。ノートリガー」
「ベリジェアクロでヴァンガードにアタック!」
「《シャワシャワ・カブーレ》でガード。ブロッコリーでインターセプト。トークンがいるので、ブロッコリーのシールドは+5000されている」
「ターンエンドだよ」
「俺のターン。スタンド&ドロー。
G2グランフィアのスキル。リアガードにプラントがいるので、手札を捨てず《森厳なる薔薇の主 グランフィア》へとライドする」
狼の公子は立派に成長し、偉大なる領主へと。
「グランフィアのスキル発動。プラント・トークンをすべてプラントゲージにし、ノブレスローズ・トークンをスペリオルコール」
そして、彼に寄り添っていた白薔薇の精も、周囲の植物を取り込み、気高く凛と咲き誇った。
「《ファーミン・パンプキン》をコール。パンプキンのスキルでプラントが2体スペリオルコールされるが、それらはすべてノブレスローズのプラントゲージとなる。
これで準備は整った」
「え?」
これまで仏頂面でファイトを続けていた男の口角が少し上がったように見えた。
「ノーマルオーダー《霊体凝縮》をプレイ。ドロップから《冬絶のソリタリオフリオ》をスペリオルコールし、パワー+5000」
「!?」
植物の楽園たる常春の庭に、突如として冬が訪れた。
大理石の地面を裂き空へと昇るは、吹雪纏いし氷の竜。
季節の終わりを告げる甲高い咆哮が、六華となって天空に咲いた。
「ソリタリオフリオがカードの能力で登場した時、プラントゲージが5枚以上なら、相手のカード効果で選べず★+1」
「★+1ぃ!?」
「《ホルホル・マッシュルーム》をコール。このユニットをソウルに置き、プラントをゲージに2枚追加。ソリタリオフリオのパワー+5000。
ドロップにあるペピーノのスキル。このカードをバインドし、ゲージをさらに1枚追加。
ドロップにあるカブーレのスキル。このカードをノブレスローズのプラントゲージとする。
《真心の妖精 ダリアン》をコールし、バトル。
バトルフェイズ開始時、オランジェリン、ダリアン、ぞれぞれのスキルでプラントゲージを1枚ずつ追加。ダリアンのスキルで1枚ドロー。
パンプキンのブースト、オランジェリンでヴァンガードにアタック」
「《フレアヴェイル・ドラゴン》でガード!」
「ダリアンのブースト。ソリタリオフリオでヴァンガードにアタック」
「パラソラースでガード! ベリジェアクロでインターセプト! ベリジェアクロは相手ヴァンガードがG3なら、シールド+5000!」
「ノブレスローズのブースト。グランフィアでヴァンガードにアタック。
ノブレスローズのパワーはプラントゲージ1枚につき+5000される。俺のプラントゲージは11枚。よってノブレスローズのパワー+55000」
「は?」
思わず変な声が出た。
「合計パワーは73000だ。ガードはどうする?」
「ノーガードに決まってんでしょ!」
「ツインドライブ。
1枚目……ノートリガー。
2枚目……★トリガー。★はグランフィアに。パワーはソリタリオフリオに」
領主の掌から、そして彼と並び立つ白薔薇の精から無数の茨が伸び、頑強な鱗を容易く切り裂いていく。
「ダメージチェック……」
2枚、3枚とサラのダメージゾーンにカードが置かれていく。トリガーも出ない。
「バトル終了時、グランフィアのスキル発動。プラントゲージ5枚を消費し、ソリタリオフリオのパワーを+25000してスタンドさせる」
「★2のユニットが……パワー+25000されてスタンド……?」
「ソリタリオフリオでヴァンガードにアタック」
「……ノーガード」
氷竜が涼やかな音色を奏でると同時、無数の氷刃が中空に生み出される。
花を斬り散らしながら嵐の如く降り注ぐ蒼刃が、鉄腕竜を貫き、それに宿るサラの魂すら凍てつかせた。
「ダ、ダメージ、チェック……」
震える指でカードをめくるサラのダメージゾーンに、早くも5枚のカードが並んだ。
「ターンエンド」
(さ、寒い……)
真夏で、それもやる気のない空調しか効いていない巨大テントの中であるにも関わらず、サラは雪山に置き去りにされたかのように凍えていた。体は震え、指はかじかみ、今にも手札を取り落としそうだ。
「まずはこれをなんとかしなきゃ。私のターン。スタンド&ドロー。ライド! 《鉄皇竜 ガルグレックス》!」
氷刃に貫かれ氷漬けとなった竜の心臓に火が灯り、そこから吹き荒れた炎が氷の戒めを消し飛ばす。怒れる本能のままに荒れ狂う炎は、庭園を彩る花々にも引火し、楽園は一瞬にして紅蓮地獄へと変貌した。
「これで温かくなった。ありがとね、ガルグレックス」
思い通りに動くようになった指で、改めてカードを繰る。
「ライドコストとして捨てられたベリジェアクロをスペリオルコール!
ガルグレックスのスキル発動! 手札を1枚捨てて、ドロップから《焦砲竜 ディノベルム》と《威喝竜 スレトンプテラ》をスペリオルコール! コストとしてディノドラゴンを捨てたので、相手ユニットを1体退却させることができる! 私が選ぶのは当然……」
勢いでノブレスローズを選ぼうとして、ふとその指が止まる。
「……選ぶのは《真心の妖精 ダリアン》」
「……ふん」
ルイがカードを無造作にドロップゾーンに置く。
(あ、あっぶな……。いろんなカードに目を通しててよかったぁ)
そう、《シャワシャワ・カブーレ》をゲージに持つノブレスローズは相手の効果を受けないのだ。必要最低限の宣言しかしないルイは、そんなこといちいち教えてくれない。ノブレスローズを指定していたら「それで?」と真顔で言われていたに違いない。
「処理を続けるよ! 手札からスレトンプテラが捨てられたので、1枚ドロー!
《祭砲竜 ディノフェスト》と《猛進竜 エイニオンラッシュ》をコール!
バトルだよ!
ベリジェアクロのブースト! ディノベルムでヴァンガードにアタック! ガルグレックスとスレトンプテラそれぞれの効果で前列パワーは+10000! 合計25000だ!」
「《憧憬の乙女 アラナ》でガード」
「スレトンプテラのブースト! ガルグレックスでヴァンガードにアタック! ガルグレックスのアタック時、ディノベルムはスタンド!」
「ノーガード」
「トリプルドライブ!!!
1枚目……★トリガー! ★はガルグレックスに! パワーはディノベルムに!
2枚目……
3枚目……ノートリガー!」
鉄鋼竜が一歩、また一歩と進軍するたびに、それに触れた花びらが炎をあげて灰と化す。花吹雪ならぬ火炎吹雪を纏った竜が領主の眼前まで迫ると、これまでの鬱憤を晴らすが如く、巨大な尾を全力で叩きつけた。
「ダメージチェック……」
ルイは4枚目のダメージチェックで引トリガーを引く。
「ディノベルムでヴァンガードにアタック!」
「ペピーノでガード。オランジェリンでインターセプト」
「ディノフェストのブースト! エイニオンラッシュでヴァンガードにアタック! エイニオンラッシュはスキルでパワー+10000」
「ノーガード。ダメージチェック……治トリガー。ダメージ回復」
「バトル終了時、ディノフェストをバインドし、山札の上から5枚見て……G3ガルグレックスを手札に加えるよ。
エンド時、エイニオンラッシュは退却して1枚ドロー。ディノベルムも退却」
これで手札は8枚。ダメージも4点で並んだ。
(どうにか持ち直した……? いや……)
「俺のターン。スタンド&ドロー。
《森然たる薔薇の主 グランフィア・ジュラメント》にペルソナライド」
領主から黄金色の風が放たれたかと思うと、庭園を蹂躙していた炎が一瞬にして吹き消された。
灰の中より新たに生まれいずるは、奇しくも炎の如く咲き乱れる紅蓮の薔薇。瑞々しさを湛えた真紅の花弁が涼風に吹かれて蒼空へと舞い上がる。
「きれい……」
それは花に興味などなかったサラですら見惚れてしまうほどに美しかった。
「ジュラメントのスキル。ノブレスローズをプラントゲージにし、ノブレスローズ “ローザロッサ”をコールする」
庭園の変化に合わせて、白薔薇の精も燦然たる赤薔薇となり、そっと領主の傍らに寄り添った。
「エネルギージェネレーターのEB7で1枚ドロー。
《ローザリウム・フェアリー》をコール。ソリタリオフリオを退却させ、ゲージにプラントを2枚追加。
オーダーカード《死縛の冥令》をプレイ。山札の上から1枚捨て、ドロップからソリタリオフリオをスペリオルコール。★+1」
氷竜が再び天に昇り、眼下では冬の花たる赤い椿が咲き誇る。
「《ハーヴェスト・エルフ》をコールし、スキルでゲージにプラントを1枚追加。
ドロップのペピーノのスキルを発動し、これでゲージは11枚」
(すごい……)
ルイの手際に、サラは素直に感嘆していた。
「バトルフェイズ。ソリタリオフリオでヴァンガードにアタック」
「パラソラースでガード!」
「ノブレスローズのブースト。グランフィア・ジュラメントでヴァンガードにアタック。合計パワー88000」
「……ノーガードだっ!」
サラのダメージは4点。★トリガーを引かれたら6点目のダメージを受けることになる。
「ツインドライブ。
1枚目……ノートリガー。
2枚目…………」
常にテキパキとしているルイの動作が、この時ばかりはやけにスローモーションに感じられた。
「……ノートリガー」
ほっと安堵の吐息をつく。
(……いや、そうでもないか)
ルイがドライブチェックで引いたのは、完全ガードと、
そしてまだルイの猛攻が終わったわけでもないのだ。
「ダメージチェック……ノートリガー」
領主の掌から黄金色の茨が放たれる。炎の渦中でも燃え尽きぬ、魔力を帯びた茨が鉄鋼竜の装甲を貫き、地面へと縫い付ける。
「バトル終了時、プラントゲージ5枚を消費し、ソリタリオフリオのパワーを+25000し、スタンドする。
ハーヴェストのブースト、ソリタリオフリオでヴァンガードにアタック。合計パワーは58000」
「《ドラグリッター ミスバーフ》でガード! SB1でスキル発動! シールド+15000!」
「最新の引トリガーか」
「《コンダクトスパーク・ドラゴン》、《装甲竜 マウントキャノン》でガード! ベリジェアクロで後列からインターセプト!」
「バトル終了時、ハーヴェストとソリタリオフリオを退却させ、1枚ドロー。
パンプキンのブースト、ローザリウムでヴァンガードにアタック。アタック時、ローザリウムはノブレスローズのパワー分、パワーをアップさせる。パワー+35000され、合計パワーは61000」
「《四精織り成す清浄の盾》で完全ガードッ!」
「ターンエンド。エンド時、ソウルのグランフィアにライドし、ジュラメントはプラントゲージに置かれる」
(この人、強い……! 私がこれまでファイトしてきた東軍の誰よりも)
気が付けば、ルイに対する憎悪より、畏敬の念が勝っていた。
採用されているカードの1枚1枚、放たれるコンボのひとつひとつに、彼の創意工夫が窺える。
「……あなた、本当はヴァンガードのことが大好きでしょ」
「嫌いだと言った覚えはない。……淵導フランは危険人物だと今も思っているがな」
どれだけ不愛想に無関心を装っていても、彼のヴァンガードに対する姿勢は本物だった。
(ごめんね、皆……。私はもう彼を憎めないや)
心の中で謝罪する。
ここから先は仇討ちじゃない。尊敬に値する人物に勝ちたいという、誇りを賭けた決闘だ。
「私のターンッ! スタンド&ドロー! ペルソナライド! 《鉄皇竜 ガルグレックス》!!」
炎で焼き払えない黄金の茨を力尽くで引き千切り、鉄鋼竜が庭園を震わす咆哮と共に立ち上がる。
(まだだ……まだ足りない)
サラの何の変哲もなかった栗色の髪が、かつてリオンとファイトした時のように赤熱し、煌々と光を放つ。
(もっとだ……もっと私に力を貸せ! ガルグレックス!!)
さらに、炭のように黒いサラの瞳が琥珀の如き金色に輝き、瞳孔が縦に奔る。それはまるで爬虫類もとい恐竜を想起させる瞳だった。
そしてそれほどの変化でありながら、周囲の人物はおろか、正面に座しているルイですらまったくそれに気づいていない。
「ガルグレックスのスキル発動! 手札からミスバーフを捨て、ディノベルムとベリジェアクロをスペリオルコール! ディノフェストをコール!」
これで手札は1枚。それも完全ガードではあるが。
「EB3でドロップからG2ガルグレックスをスペリオルコール! これで私の場に5種類のディノドラゴンが揃ったよ!
バトルだ!!」
狩人の瞳が獲物を捉える。
「来い」
ルイは6枚の手札を握り、静かに応える。
「ベリジェアクロのブースト! ディノベルムでヴァンガードにアタック!」
「ノブレスローズ “ローザロッサ”のスキル発動」
「!?」
「プラントゲージを望む枚数取り除き、その枚数分だけヴァンガードのパワーを+5000する。俺は2枚のプラントゲージを使い、パワー+10000。さらに《リズミカ・キウイ》でガード」
赤薔薇の精から放たれた茨が格子状となって主を覆い、炎を遮断した。
(プラントゲージは残り5枚……まだ25000ガード分が残っているというの)
絶望的な状況にめまいがする。
「それでもっ……スレトンプテラのブースト! ガルグレックスでヴァンガードにアタック!
ディノドラゴンが5種類いて、ペルソナライドが適用されているので、パワー+10000、ドライブ+1、★+1! ディノベルムもスタンド!」
「《カストーディアル・ドラゴン》で完全ガード」
「トリプルドライブ!!!
1枚目、ノートリガー!
2枚目、ノートリガー!
3枚目……」
3枚目をめくるため、山札に触れた瞬間、一際大きな脈動がカードから感じられた。確信と共に、一気にカードを引き抜く。
「
ガルグレックスをスタンド! パワー1億はディノベルムに! さすがにパワー1億はノブレスローズじゃ防げないでしょ!」
「パワー1億はな」
そう、ルイのダメージはまだ4点。1億のアタックはノーガードで通せばいいだけ。
(トリプルドライブはもう無いけど、ガルグレックスのアタックで★トリガーを引くしかない……!)
「ガルグレックスでヴァンガードにアタック!」
「ローザロッサのプラントゲージをすべて取り除き、グランフィアのパワー+25000。2枚貫通だ」
「ツインドライブ!!
1枚目……★トリガー!!」
さて、ルイがこのアタックを防いだということは、大きく分けて2つのパターンが想定される。
ひとつはルイが完全ガードを持っているパターン。ヴァンガードのアタックさえ通さなければ、★トリガーを1枚引かれたところで、他のアタックは完全ガードとノーガードでやり過ごせる。
ふたつはルイが完全ガードを持っていないパターン。前者であると見せかけて、2枚貫通へと誘導させている。サラが★をヴァンガードに与えれば、貫通されない限り、他のアタックは残りの手札とノーガードでやり過ごせる。
ルイの手札3枚はすべてが未知。さすがに易々とヒントを与えてはくれない。
とは言え、ここからさらにトリガーを引かなければ貫通はできない。ならば、パワー1億のディノベルムに★を与えるのがセオリーか――
知 っ た こ と か
金色の瞳が爛々と輝き、荒々しい本能が駆け引きも理論も踏み潰した。
(私は
「★トリガーの効果はすべてガルグレックスに!
2枚目! 引トリガー!! 1枚引いて、パワーはガルグレックスに! これでガード貫通だっ!!」
「…………」
大いなる竜神の力を宿した炎爪が領主めがけて振り下ろされる。それを赤薔薇の精が身を呈して庇った。だが竜神の力はとどまることを知らず、それすらも焼き尽くしていく。
その時、領主が赤薔薇の精を押し退けるようにして前へと進み出た。均衡が崩れ、暴れ狂う炎が庭園を再び呑み込んでいく。
紅蓮地獄の中、互いを庇い合うようにして寄り添うふたつの黒い影が、逆巻く炎に抱かれ消えていった。
●~~*
「か、勝てたぁ~~~~」
ルイのダメージゾーンに6枚目のカードが置かれ、それが治トリガーでなかったことを確認し、サラは椅子に大きくもたれかかった。髪の色も、瞳も、いつしか元に戻っている。
「ふん、やはり俺では勝てなかったか」
乾いた音をたててルイの手札がテーブルに置かれる。その中にはしっかり完全ガードがあった。
「まあいい、時間稼ぎはこれで十分だろう」
「あ? 何よ、その負け惜しみは」
「そう聞こえたのならそれでいいさ。前に殺しかけた詫びに、ヒントは与えてやったつもりだったのだがな」
「ヒント……?」
実のところ違和感はあった。
今日の対戦相手は(3戦目のセクハラ男とルイを除いて)異様に手ごたえがなかった。まるでほんの1週間前からヴァンガードを始めたような素人ばかりだ。
急に始まったヴァンガードによる戦争。頭数を揃えるのも大変なのだろうが、首都を攻略する部隊にしては稚拙すぎる。
精鋭部隊に配属されたというリオンは、その精鋭部隊はどこに行ったのだ?
それに思い至った瞬間、サラは椅子を蹴立てて立ち上がり、声の限り叫んだ。
「誰か! 今すぐ指揮官を呼んで!」
「おいおい、どうしたんだサラ?」
ちょうどファイトを終えたらしいジョーが呑気に歩いてくる。
「この基地はもう捨てていい! 私達は決死隊じゃなかった……決死隊はこいつらだ!」
「どういう意味だよ。少し落ち着いて……」
「伝令! 伝令!!」
その時、サラより遥かに大きな声と共に、西軍の兵士がテントに入ってきた。
「我が方の首都攻略部隊200が突破され、東軍50からなる部隊が急速に首都へと接近中! 至急応援を求む! 繰り返す! 至急応援を求む!」
その情報は誰もがすぐに受け入れられず、困惑だけが西軍に伝播していく。それではまるで罠に嵌めたはずのこちらが罠に嵌まったようではないか。サラだけが「遅かった!」と力任せにジョーの胸板を拳で叩いた(とばっちり)。
「東軍50を率いているのは、あの“
だが、伝令から続きの言葉を聞いたその瞬間、西軍の動揺は恐慌へと転じ、その中でこれまでニコリとも笑わなかったルイだけが大きく口の端を歪めていた。
●~*
「東軍の200、ずいぶんと手ごたえがありませんでしたね」
くすんだ金髪をした東軍の少年兵、リオンが隣に佇む大男に弾んだ声を投げかけ、すぐにはっとして姿勢を正す。
連戦連勝続きで調子に乗りすぎていた。今、自分が話しかけているのは“地獄猟犬”の名で敵に恐れられ、味方には崇められる、生きた伝説なのである。
だが、大男はその巨大な掌を優しくリオンの頭の上に置いた。
寡黙で、大きなサングラスまでかけているため表情すら窺い知れないが、たったそれだけの仕草で大男の温かさが伝わってきた。その実態は、数多の栄光に驕ることなく、部下には家族のように接するナイスガイなのだ。
「敵の主力はルイがおびき寄せてくれたからな」
大男が口を開いた。地獄の底から響いてくるかのような低い声音だった。
「はい! 一夜漬けでヴァンガードを覚えさせた兵で数だけを集めて敵の主力を誘い出す。素晴らしい作戦です。さすがルイ隊長」
これが殺し合いであるなら、民間人に銃だけ持たせて囮にするようなものである。内外からの批判は避けられないだろうが、今の戦争は違う。とはルイの談。
「ああ。そして自ら発案した囮作戦の囮に志願したことにも敬意を表する。おかげで囮にリアリティが増した。あれも名の知れた兵士だからな」
「はい! あの人の部下であったことは僕の誇りです」
「そうだな。では、次は我々が友の奮戦に応える番だ」
大男は親指を立て、それを自らの首に押し当てると、ビッと鋭くかき切った。
「往くぞ。西側の
本作のストイケイア枠、イケメン生真面目策士、ルイが正式に登場です。
使用デッキはグランフィア・ジュラメント!
グランフィアはアニメに登場していますが、本筋とは関係ない話に登場していたのと、ジュラメントは登場していないことからの抜擢です。
ジュラメントのイラストが美しすぎて、書いてみたい欲求に逆らえませんでした。
とは言え、ルイに使わせるデッキはかなり悩みました。
というのも、私のこれまでの2作品で、ストイケイアのヴァンガードは使い尽くしちゃってるんですよね。
グランフィア・ジュラメントを除けば、アニメ、漫画、私の小説に登場していないストイケイアのヴァンガードは以下だけでした。
・ロロワ
・カリオペイア
・クリスティアノス
・シュルドフィッシャー
ロロワは、そもそもが小説の登場人物なので、ここで書く意味はあまりない。
カリオペイアは、カードとしては使われていないものの、フラッグバーグの小話で出したばかり。
クリスティアノスは、既にアシュトルムを出してしまっていたため、動きの似通っているスタートデッキ勢はこれ以上出せない。
シュルドフィッシャーは、動きが地味すぎて、強そうに書ける自信がなかった。
もう消去法でジュラメントしかない。
他の国家は、まだまだ書いていない・書きたいユニットが残っているのに何でだろうと調べてみたら、ストイケイアってPRのヴァンガードが異常に少ない(クロディーヌのみ)んですよね。
他の国家は、3~4枚はPRでヴァンガードをもらっているのですが。
メガコロニーのヴァンガードが出ない以前に、メガコロニーのヴァンガードが登場する機会すらロクに与えられていなかったというのがオチでした。
次回は10月1日の投稿を予定しておりますが、ひょっとしたら後ろにズレる可能性がございます。
ズレた場合は(ここで改めて告知はするつもりですが)10月15日に投稿します。