あれからかなりの時間を過ごした。
屈辱的なこともあれば面白いこともある。赤ちゃんになってしまったからこそ吸収力があるようで、簡単な単語などが分かるようになったし、色んなものを知った。......赤ちゃんなのに何でこんなに考えれるんだろう。
それはさておき、簡単な単語が分かる。つまり簡単な会話程度なら理解できるようになったのだ。人を眺めたり、会話を聴いたりする過程で、ある程度情報を集めることが出来た。
多分異世界というか異世界でしかないのだが、ここはケモミミ生えてる人が居たり魔法があったりする、かなりファンタジーな世界だ。
まずは人物紹介に移ろう。
イーラさん。俺のすぐそばにずっといる、狼の耳や尻尾が生えている男性。白髪で、前の世界基準でいえば40代くらいのシワがついた顔つきだ。腰には剣を携えている。イケオジ。詳細は分からないけれど、使用人? 腰に携えている剣から、ボディーガードの役割もあると思われる。他の執事やメイドの人達よりも、アルバート夫妻との距離感がかなり近い。
イグニス・アルバートさん。この世界の俺の父親。金髪のツーブロックで、20代くらいに見える若い男性だ。筋肉質で体格が大きいが、表情が柔らかく威圧感を感じさせない。彫りが深く整った顔立ち。イケメン。
シャルロット・アルバートさん。この世界の俺の母親。黒髪のウルフカットで、イグニスさんと同じく20代くらいに見える若い女性。きめ細かくハリのある白い肌で、全体的に細い体つき。鼻が高くこの方も整った顔立ち。美人。
そしてこの世界の俺が、イリス・アルバート。鏡を見ていないから髪色とかはわからない。両親どちらも美形なのだから絶対美人だとは思う。......赤子だから実感はないけど、このまま成長したらを考えると、どうも馴染めない。なにせ女の子だし。
顔面偏差値が高い奴しかいなくて、逆に偏差値50になってる。
それはさておき、マジで気になるのが魔法。今のところ、シャーロットさんが泣いた俺をなだめるために使った時以外まだ見ていないのだが、かなり惹かれている。
そもそもファンタジーが好きで異世界ラノベとかもよく読んでいたのだ。なおさら、強い興味をそそられる。とはいえ、魔法はあの時の1度しか見れていない。実際にはどのようなものなのか、ぱっと見ただけしか参考に出来るものがない。
魔法があるならたぶん魔力もあると思うんだけど、なんか身体をめぐるエネルギー! 的なのも感じないし、そもそもイメージできん。
「はぁ」
ため息を漏らしながら、やわらかいクッションの上で天井を眺める。
そういえば、普段俺はシャルロットさんの部屋で乳母車の上に居るのだが、今日は違うお部屋のソファーの上にちんまりと寝転がっていた。今日は何かあるのかな。
「ほら、うちの子可愛いでしょ~」
「えぇ、そうですね。■■仰っています。本日は■で■■■■になさるのでは?」
シャルロットさんが俺に指差し、ドヤ顔でイーラさんに自慢する。親バカな気がする。
しかし、まだ完全な理解ができないな。なにを言ってるんだ?
「しっかし、イグニスが■■ね。アイツ何してんの?」
「旦那様は■の準備を行うと」
「あ~ね~、あんたや他の使用人に任せたらいいのにねぇ」
「全くですね。私としては仕事が■■■■楽ですが」
シャルロットさんは俺を抱き上げながら、イーラさんと談笑を続ける。
準備? 異世界固有のアイテムの準備だとしたら、これからテンプレの魔力を図って宝石が割れる~とか魔法適性Sランク的なのが起きるんだとしたら、かなり楽しみだ。
「■■■~、お待たせ。準備に時間が掛かってね」
明るい低音が響く。イグニスさんが部屋の扉を開き、静かに足音を鳴らして部屋に入ってきた。
「■■■! けど、思ったよりは■■■■から赦す」
「■■■■■■、じゃ、行こう。イーラも一緒にな」
「ええ、もちろん」
会話も一段落し、家を出る。
準備に時間が掛かった、その言葉が期待を煽る。
抱きかかえられたまま、家の中にある装飾品を眺めた。廊下も大きく、やはり家がデカい。そして、高そうな絵画や花瓶、肖像画とやはり良家なのだろう。貴族だと思う。
大きな扉を開けて、家を出た。
吹き抜ける風と共に、花の匂いが鼻腔を掠める。石造りの道を歩いた先には──
車があった。
車!? え、思ってたんと違うんだけど。なんかこう、魔力を覚醒させる儀式~だとか神様からスキルをもらう祝福~的な感じだと思ってたんだけど。
というか文明レベルどうなってんだ。
「■■して買った車、改めていいと思わないかい?」
「いいと思いますよ。少し、■■感が強いとは思いますが」
「ね、ぶっちゃけ目立つし黒色で普通の車体にすればいいのに」
「......」
イグニスさんは明らかにしょげてるような表情を浮かべ、黙って車の運転席に乗り込んだ。
光沢を放つ、真っ赤な車だ。流線的だがシャープな形状で、俺の世界にある車とは少々異なるが似ている。
当たり前のように、シャルロットさん達も車に乗り込み、俺をチャイルドシートに乗せる。
「よし、■■~」
イグニスさんがそう言うと、ブオンという音とともに振動が伝わる。
「うああっ」
「大丈夫ですよ、今日は■■■■です」
驚いたのが声に出ていたようで、横に座っていたイーラさんになだめられた。
少し恥ずかしいけれど、泣きやみ、外を見る。それと同時に、車が走り出した。
不思議だ。よくライトノベルで見るような西洋建築の街並みに、アスファルト?の上に白線が引かれた道路がある。
世界観がよくわからない。魔法があるなら普通近代文明とか無いんじゃないの?
「不思議そうに窓の外を眺めていますね」
ジーッと眺めていると、俺を観察していたのか、イーラさんはぽつりとつぶやいた。
「イリスと外出したのは■■■■からなぁ、仕方ないだろう」
「あんた運転に集中しなさいよ。免許取って間もないんだから」
「はいはい。楽しいドライブに出来るよう努力するよ」
「やはり、旦那様ではなく私が運転したほうがよろしいのでは?」
「男にはな、やりたいことがあるんだよ。わかるだろ?」
「理解はできますよ、奥様は出来ないようですが」
「いや、出来るわよ」
イグニスさん達は談笑を続ける。う~ん......なんか、なんとも言えない気分だ。
車が行き交う。しかし、交通量は少なく、渋滞といったものもない。地方都市だ。
しばらくの間、車に揺られながら外を眺めていると目的地にたどり着いたらしい。
チャイルドシートから降ろされ、イーラさんに抱きかかえられる。
周りの建築物とは異なり、白い木造の壁に、レンガ造りの屋根。
一体なんなんだ? 看板はあるけれども字は読めない。
扉を開け、中に入る。鈴の音と共に中に入ると、正面に立っている人間から声を掛けられた。
「■■■■~! 四名様でしょうか?」
「ああ、四名様で頼む」
「承りました~って......ッ、イグニス様?!」
「■■■■大きな声で■■■■■■■、ご飯を食べに来ただけだから」
おそらく、店員であろう人物が驚愕の声を上げる。またそれと同時に、奥の席に座っていた人たちが一斉に視線をこちらに向けた。
様付けされているし、やはり貴族のような上位階級なのだろう。話の内容にここはレストランか何かなのだろうが、なおさらなぜここに来た?と疑問を抱く。
席を案内され、テーブル席に座る。私は......私? 俺は椅子の上にさらに小さな椅子を乗っけて座っていた。
「すみません、■■■■と■■■■■、あと■■■■■■■■■■と■■抜きの■■■■をお願いします」
「はっ、はい。ただいまお持ちします!」
「そんなに急がなくても大丈夫だよ」
イグニスさんが料理を注文し、慌てる店員さんを落ち着かせる。
そして数分後、料理が運ばれてきた。
皿の上に付け合わせの野菜やマッシュポテトと一緒に乗っかり、フライドガーリックがまぶされた肉厚なステーキ。切断面からは肉汁が溢れ、香ばしい匂いがあたりに漂う。高級感にあふれた逸品。
対して、次にテーブルに運ばれるは、こんがりと焼かれたでデニッシュの上に、ブロッコリーや溶けたチーズが敷かれ、スライストマトが存在を主張するトーストだ。高級感はなく、むしろ庶民感を覚えさせるが、焼き立てのパン特有の良い香り。
そして最後に置かれたのは、油でテカリと光るスープの中に、黄金色の麺が隠されており、メンマ、煮卵、焼き豚と具材が置かれたラーメンだ。
既視感がすごい! そしてなおさら世界観が分からなくなった! 貴族がラーメンを食べるな。
羨ましい......私の分は? 最近固形食を食べれるようになったけれど、全部薄味だから満足できてなかったのだ。なおさら、食欲をそそられる。......というか元の世界と変わらねぇじゃねえか。
ジーッと眺めていると、それに気づいたようで、イグニスさんが話しかけてきた。
「美味しそうだろう? 後しばらくしたら、イリスにも食べさせてあげるからな。ここは評判がいいんだ」
「まぁ、贅沢も悪い事じゃないし、いいんじゃない?」
クソっ、食べたい。けど赤ちゃんだから食べられない。
食欲がそのまま出てしまい、よだれを垂らしている。
「お待たせしました~こちらミルクチーズリゾットとなります」
その言葉と共に
遅れて恐怖がやってくる。なんで私と言ったんだ俺は。
血の気が引いていく。自分がいつの間に書き換えられてしまったような感覚だ。そりゃ数か月も女の子の赤ちゃんとして扱われたら、私と言ってしまうだろう。仕方ない。無理やり焦りと恐怖をごまかそうとしていると──
「はふっ」
「ふふ、美味しいでしょ?」
口の中にリゾットをぶち込まれた。
うっ、美味い! 俺が食べていた離乳食は、現代日本人の肥えた舌ではただの味のしないどろッとした液体だった。だがしかし、このリゾットは違う。微量ながら塩コショウが振られ、臭みの無い牛乳の風味とチーズのコクが絶妙に絡み合い、見ただけではわからなかった玉ねぎの甘みとコンソメのうまみが一纏まりとなってやってくる。
大変美味だ!
うまい、うますぎるぞ。先程感じた疑念など忘れ、リゾットを食べる。
「ふふ、美味しそうに食べるねぇ」
「......シャルロット様、離乳食の調理を
「え? 水で煮込んでる」
「......」
イーラさんは手で頭を抱えた。どうやらシャルロット、こいつが犯人だったらしい。俺の食べていた離乳食が味のしないどろッとした液体だった原因は。
イグニスさんはイーラさんの視線から目をそらしながら、ステーキに手を掛ける。すると、皿に何かが集まるように感じた。その直後、ステーキからは湯気が出始め、じゅうじゅうと肉が焼ける音を轟かせる。どうやら皿が高温になっているようで、鉄板プレートと同じ機能を果たしているようだ。
「うん、美味しい。絶品だ」
「改めて、■■■って便利よね」
「今では■■■■■■ですからね」
理屈が分からなかった。しかし、なんとなく理解できる。この前、シャルロットさんが泣いた俺をなだめるときに魔法を使った時と、同じような気がした。
魔法が刻まれた道具、よくあるところで言うと、魔導具って奴なのか?
「お、そっか、イリスはこんなの知らないか」
「同じ魔導具なのに、車より反応があるわね」
「......あんまり言わないでくれ」
「ああごめん」
......車も魔導具なの? 物理法則の産物じゃないのか? どうなってるんだ、この世界は。
思っていたよりも単純な異世界じゃないみたいだ。前の世界と変わらないものもある。それを知ると、なおさらノスタルジーのような何かを覚える。
かなりいい環境ではあるが、満たされない......雨宮さんにもまだ気持ちを伝えていないし、花樹と馬鹿みたいなことして遊びたい......
──帰りたい。
ミルクチーズリゾットを食べながら、ふとそう思ったのだった。