魔導具、車、ラーメンなどの単語を知り、この世界の世界観が分からなくなって二日後。
あのお出かけから、色々と考えることが多くなった。あと乳母車がベビーベッドになった、かなり遅いと思う。
……テンプレ異世界ではないな。
魔法の文明があるみたいだ、前世界の現代に匹敵する文明レベルの。
お出かけ、というより外食に行く過程で見た街並みは、西洋風だが現代的な建築だった。タワマンが建ち並んでる~とかいう感じではなかったけど、道路があるし、まず車や信号がある時点で現代のように発展している。もしかしたらこの国には建てられてないだけで、場所によってはタワマンが並んでるかもしれん。
少しだけ落胆のようなものを抱えたが、俺は新たな収穫を得た。
一昨日、皿を熱するような魔導具をイグニスさんが使用した際、何かが集まるような気がした。いや、何かが集まるというよりは、イグニスさんから何かが魔導具に注がれたような感覚。
俺はそれを、魔力だと考えるようにした。魔力を想像して、自分から何かを流すイメージをしていると、ちょびっとだけではあるがおそらく自分の魔力を操作できるようになったのだ。やっと異世界転生ラノベみたいなことが出来るぜッ! と思ったのだが......
魔力を操る感覚について、説明が難しい。自分の中で動かす場合は、その箇所をぞわぞわとした感覚が巡る。また、自分の中から出して、身体の外で操ると空中に浮くスライム? 流動する粘土を弄ってるみたいな感覚だ。そして、身体の外で操っていると、一定の形を保とうとしない限り、時間が経つにつれて自然と動かせなくなる。あと、身体の外に出した魔力は、目に魔力を込めると光って見える。よく見ると辺り一帯がうっすらと光っているため、大気中に魔力も満ちているようだ。
......
スイーっと魔力を動かし、先程シャルロットさんが机の上から落とした本に伸ばしてみる。
掴めたと思ったが、魔力は本をすり抜けてしまった。そして、操れなくなる。
......これでどうしろと!
魔法とかどうやってやるんじゃ! 俺に魔法無双をさせろ!
と、まぁ現状多分暇つぶし以外に何の役にも立たない。
妄想したり、脳内一人将棋・オセロ・チェスや、しりとり以外に暇つぶしができるだけ楽しいけど、望んでいたものは暇つぶしではなく無双とチートなんだ。元の世界に帰ることも簡単にできるクソつよ能力が欲しいんだよ!
言葉にも声にもならず、誰も聞くことのない叫びをあげた。多分今の俺はすごいしかめっ面であることだろう。
魔法……よくある奴でいえば、四大属性とか治癒魔法とかだよな。うん、イメージできん。というかどういう理屈なんだ。今まであんまり考えたこと無かった。
たぶん貴族だし、普通の人ではないんだろうなということは分かっていたが、やはり泣いてる俺をなだめるために魔法を使ったシャルロットさんはすごいんだ、という実感を覚える。普段が親バカだったり、本を落としたことに気づかず部屋から出たり、離乳食でポンをやらかしたりと、アホっぽい雰囲気を出していた影響もあり、すごい人とは思えなかった分、余計にギャップ。
そういえば、あの日から離乳食が劇的に改善された。正確には、多分というか十中八九、イーラさん達使用人がご飯を作るようになったんだろう。味のしないどろっとした粘性の液体や青臭さとかしかない半固形物から、激ウマ食べ物に変化した。ご飯のおいしさは精神衛生にも影響するし、改善されて本当に良かった。
「あ、あばばば」
短い手足をせっせこ動かす。ハイハイ程度ならできるようになったのだよ。とまぁなぜ動こうとしているのか、考えてばかりじゃ何もできないというのもあるが、目的は床に落ちてある本を取るためだ。
言語は理解できない。けれど、言語であるなら文法があるはず。
現実的ではないが、イグニスさんが絵本を読んでくれたおかげで、多少の単語ならばわかるようになったのだ。文章の羅列から文法を逆算して考えてみれば、多少はより早く言語を理解習得できるはず。やってみないことに越したことは無い。日本語みたいにクソ難しい言語であれば爆死するが。
「ふふふ」
ベビーベッドの柵を掴む。
どうやって開けようかなぁ。倒れたとして、下手に倒したら巻き添えで潰れるやもしれん。
枕代わりのクッションと、敷かれてある布団を緩衝材代わりにして倒してみようかな。今の俺は赤ちゃんなのだし、怒られることはないはず。
罪悪感を覚えながら、ベビーベッドに体重をかける。
「ぐぐぐぐぐ」
……びくともせん。赤子の力と体重で、赤ちゃんを寝させるベッドを倒すなんてできるわけねえや。
布団を体に巻く。そしてクッションを足場にし、柵を掴む。
す、すこし高い。怪我をしたらどうしようという恐怖を覚えながら、身体を動かし、柵の上に足を乗り上げた。
「ばあ!」
柵を乗り上げ、ベビーベッドから落下する。
「あう」
少しだけ落下の衝撃を味わった。布団で衝撃を緩和しなければ、危なかったかもしれない。
とりあえず、ベビーベッドからの脱出という第一任務は終了した。
ここからはただハイハイして本を見るだけだ。
右手を出すと同時に左足を出し、左手を出すと同時に右足を出す。これを繰り返せば、ハイハイして移動できる。
当たり前のことを説明して、馬鹿になった気分。そして赤子としてハイハイしなければ動けない自分に対し屈辱を覚える。
チクショウ、成長した身体って、頭身の高い肉体って、便利だったんだな……
床に落ちてる本を掴み、表紙を見る。
【荳倶ス埼ュ碑。灘?髢?】
??????
うん、読めねえや。けど、目的は読むことじゃない。文法から言葉を逆算して、少しでも早く言語を習得理解し、魔法を学ぶ事。自分で言っててできる気がしないけど、出来る可能性はある。このまま待ち続けるのは退屈だし、なるべく早く魔法を使えるようになるためにも、やるしかない。
少し使い古されてはいるが、丁寧に扱われてきたのだろう。
紙の匂いをかぎながら、微かな期待と好奇心を込めて、表紙を開いた。
しばらくして、とりあえず最後までページを捲った。
結果……
ほんのちょっと読めた!
思ったより読めた。合計したら2か3ページくらいは内容を知りながら読めたのだ。絵本で呼んだ単語と結び付けられている単語しか文字ではわからないので、多分難しい話とか何一つ分かってないけど。
難しい文法は分からないし、色々と読み間違えているだろうことが多いが、絵本やこの本に書かれていた文法から簡単な文章は分かるようになった。
文字は表音文字で、文法の構造としては
まぁ言語習得理解を早めるために本を読むという第二任務は終了。そして、自然と生えた次の第三任務は、魔法についてた、
この本に書かれていたことで、着目したいのは、謎の図式や円形の図。火とか水とか、そういった単語が左ページに書かれ、右に図式が書かれていた。円形の図に関しては、4ページ目に書かれている一つ以外書かれていない。
図式についてはあまり分からないが、この円形の図はひょっとすると魔法陣なのでは?
シャルロットさんが魔法を使った時、魔法陣のようなものを展開していた。
この図式が魔法陣だとして、どうしたら使えるんだ?
ふと思い立ち、試しに体外で魔力の形を魔法陣のようにしてみる。
粘土をこねて、図形を作るイメージ。円形の中に規則的に配置された三角形や四角形を再現していく。一度見た後に、何も見ずに書けと言われれば絶対に書けないであろう図形だ。
多少不格好な気はするが出来た。
……で? これでどうしたらいいんだ? そういえば、シャルロットさんが魔法陣を展開していたあの時、俺は目に魔力を込めていないのに、光として認識できていた。今思い返してみると、何故なんだ?
とりあえず二度目を作るのはクソ面倒なので、魔法陣(仮)を維持しながら考える。
魔法陣なら魔力を流してみればどうにかなるかな?
試しに魔力を流してみる。
「うば」
すると、青白い光を放った。魔力を目に込めていなくとも視認できる、青白い光。シャルロットさんが展開した魔法陣と同じものだ、少し歪だけど。
「わーい! ......?」
魔法陣に喜び、キャッキャと声を上げていたが、特段何かが起きるというわけでもない。
あっれぇ......? ここから私の魔法無双が始まるんじゃあないのぉ......?
何も起きない魔法陣に困惑し、どうすればいいかと考えていると──こつこつと足音が鳴った。
まっずい、イーラさんかシャルロットさんのどっちかだ。
急いでベビーベッドに戻ろうと思うも、赤ん坊の小さな体で大人が部屋に入るよりも先にベビーベッドに這い上がることなどなどできるわけもなく、
「失礼します、シャルロッ......ト、さま......」
「あ、ああう」
私は驚愕した表情を向けるイーラさんに、作り笑いを向けました。
抱きかかえられ、怪我があるかどうか確認される。
「ベビーベッドから落ちたのですか? ■■は......ないようですね。良かったです。とりあえず、■■■■■■■」
安堵を覚えているような、しわがれた低い声で話しかけられる。羽を撫でるような優しい声色が罪悪感を助長させる。
申し訳ない気分だ。
「魔法陣......?」
青白く光る円盤を見てつぶやいた。
そうだ、魔法陣維持したままだった。まずい。いろいろと油断してた、不味い。
「......イリス様が作られたのですか。■■が高い......9■■で魔法陣を作るとは。魔力を■■することも、■■、■■■■年齢のはず......そもそも、なぜ魔法陣を?」
私をベビーベッドに戻し、ついでにベビーベッドの柵を高くしながら周囲を確認する。
「あぁ......なるほど」
本に気づいたようで、納得したような顔と同時に困惑、疑問のようなものを感じているような表情となった。
「......魔導の才があるようですね。それに、優れた■■を持つようです。もしかすれば、■■■■■だけでもう言葉は■■できるのかもしれません」
疑念を込めた視線を感じる。少し怖い。
「では、私はこれで失礼させていただきます。」
そうして、イーラさんはこの部屋を後にした。
ビ、ビビったぁ。なんか怒られるかと思った。
けど明らかにバレたなぁ......この先、どうなることやら。
脱走できないように引き上げられた柵を眺めながら、魔法陣の練習をしつつ寝ることにした。
おやすみなさい。