そこはかとなく頼れる男   作:ヤニシズクモ

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割と頼れる街の顔

 

 

 硝煙。

 

 鉛の粒は空を裂き、先頭の狼の腹を散らす。手綱を掴み愛馬(カルロ)を走らせ、右手だけで銃をぐるりと回し装填。狙いを定め、新鮮な死体を続々と野にバラ撒く。

 

「逃がすか」

 

 お前達に恨みは無い。人里に出た訳でもない。その肉を喰らう事も毛皮を剥ぐことも無い。だが、ここはゴルフ場を作る予定らしいんだ。悪いが、こういうのが私の仕事でね。金を貰った以上、責任というものが生じる。受けた仕事は最後までやり通す、それこそが私の鉄の掟。

 

 一際大柄な個体が飛び掛ってくる。怒りと、憎悪と、責任に満ちた瞳だ。とても良い瞳であった。あぁ、しかし、しかしだ。ただの狼が、我が銃に敵う筈も無く。悲しいかな、彼はまち針1本分すら一矢報いる事も叶わず、跳ねるように転がるばかりであった。

 

「残り、1頭」

 

 怯えて逃げ回る小柄な個体を追いかけ回す。産まれた頃から丹念に調教した我が愛馬は、狼如きには何があろうと怯まない。私は弾切れのレバーアクションライフルを背中のスキャバードに仕舞い、腰のリボルバーを抜く。

 

 高速で駆ける馬上で、起伏のある草原を駆ける小柄な的を、拳銃で撃ち抜く。確かに、この状態で急所に当てるのは難しい事だ。6発撃って1発クリーンヒットで上出来だ。

 

「尤も、私にとっては児戯にも等しいのだがね」

 

 弾丸は柔らかな腹を貫通。ラストウルフは走る勢いに乗ったまま大きくすっ転び、全身に打撲と裂傷を浴びる。虫の息と呼ぶにも相応しくない有様で、1分もしない内に仲間達と合流するハメになるだろう。上空には、既にこの地域固有種の小さなハゲタカ共が群がっている。新鮮な死体を家族友人と分け合おうと、腹を空かせて待ちわびているようだ。

 

愛馬(カルロ)、早く楽にしてやれ」

 

 

 温かな肉塊の喉を踏み潰したカルロのその脚で、私は街へと帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、どうもどうも。今日で7回目ですか? 駆除も随分と進んできましたなぁ。2日前に幹部を何回目かの視察に行かせましたけれどね、良い顔で行って良い顔で帰ってきましたよ。これで漸く、本格的な工事の人員集めに取り掛かれそうです」

「完成したら、是非私にも打たせてくれ。どうだ、ワンラウンド」

「ホッホッホッ、ベニートさん程の戦士に打たれてはゲームになりませんな。さて、これが今回の報酬です。ご査収ください」

「2、4、6……あぁ、十分だ。金の使い所を知っている男は好きだ。これからも、よろしく頼むぞ」

「えぇ、えぇ。こちらこそ、何卒」

 

 ずっしり重い小さな革袋を懐に収め、私は豪商の事務所を後にする。一応ロープで繋いでおいたカルロに跨り、市街地を歩く。このリンスフェルトは元々港町として栄えていたが、近年ではミスリル鉱山が発見された影響で至る所から人が集まっている。どこを歩いても、見渡す限り人、人、人だ。

 

「……さて」

 

 あぁ、そうだ。リンスフェルトは栄えている。しかも、働き盛りの雄臭い労働者を中心に。となると、当然のように付随して盛り上がる場所というのがある。

 

 歓楽街。

 

 酒、賭博、女。ただでさえ港湾都市であったリンスフェルトには、それなりの歓楽街が海の荒くれ野郎共に親しまれていた。そこにミスリルラッシュで大量の若い野郎が入り込んだんだ。目敏い商人達が白黒問わず多様な手法で土地と大工と若い女を買い占め歓楽街を延長に延長、あっという間に王国随一の花の園だ。

 

「今日はどうしようか」

 

 ムラついてはいるが、特別溜まっている訳ではない。昨日だって、尻のデカい熊の獣人を抱いた。酒や賭博の気分でもない。会話やスキンシップ、前戯に集中したいとも思わない。

 

「ま、さっさとヤって帰るか」

 

 取り敢えず2時間コースとして……誰を抱くか。人族、獣人、ドワーフ、蛇人、ハパ・ノピヤ、多種多様な人種が集まっている。お高い所に行けば、ハーフエルフなんかも抱ける。大人しめ、勝ち気、官能的、豊満、細身、少女、熟女……いやはや、どれも捨てがたい。

 

 気が付けば、私は歓楽街の真横の通りにまで来ていた。周囲には明らかに露出の激しい女や酔っぱらい、ギラついた目の男が増えている。まだ昼なのに、皆元気なものだ。

 

 この辺の国の宗教と言えば、モーハ教一択だ。当然のように、誰もが信じている。それが常識であり、人と蛮族を分ける定義かのように扱う者も居る。闇を見通す神猫の息子を名乗る田舎少年が色々やって根付いたもので、その戒律は中々厳しい。とは言え、猫牙を象ったアクセサリーを肌見放さず身に着けるような敬虔な信者でもなければ、大して守らないのが現実だ。

 

 モーハの教義に則れば、泥酔やら売春なんて以ての外。教会で挙式していないカップルの膣性交すら厳禁なのに、金で見知らぬ女の膣に精を注ぐなんて言語道断である。尤も、モーハが栄える前の宗教はもっと厳しかったのだが。

 

 まぁ兎に角、私は戒律というものが苦手なんだ。この歓楽街に居る同志達と同じように、ね。

 

 

 

 

 

「ドゥーチェ、今日もお楽しみで?」

「あぁ、少しだけな」

「毎度ありがとうございます。では、お気を付けて。カルロ様、こちらですよ」

「ブルルッ」

 

 歓楽街は大変な人集りだ。あんな所を乗馬して進むのは大変危険であり、何よりマナー違反にも程がある。歓楽街を取り囲むように簡易的な馬屋が設置されており、そこに馬を預けておくのは紳士として当然の振る舞いだ。

 

 私は馬屋の少年にカルロを預け、徒歩で石畳を踏み締める。拙速極まる施工は少し心許ないが、言うまでもなく無いよりはマシである。甘い香水と酒の香りが充満しきった歓楽街は、どこを見ても情熱と嘔吐。ホットな美女とダウンな酔っ払いの温度差で、勤務初日のウブな清掃員なら倒れてしまうかもしれない。

 

 

 

 

「おんやぁベニート、奇遇だねぇ。そうだ、ウチに寄ってくかい? 良い娘が入ったよ。尻がデカい人族さ」

「ほう」

 

 馴染みの遣手婆が、白々しい演技で客引きをしてくる。大方、店が暇なもんで私が来そうなタイミングに張ってたのだろう。顔を隠す枯れたススキ、或いは蜘蛛の巣のような髪の下から怪しい笑みが漏れている。

 

「胸は?」

「デカい」

「腹が出てるのか?」

「普通さね。肥えちゃいないよ」

「性格は?」

「気弱」

「年は?」

「20」

「私は何人目だ」

「4人目、一昨日入ったばかりだ。手と口だけでやらせて、膣はまだ使わせてない。処女ではないと言っていたが、指を挿れた時の締まりは良かったぞえ」

「乗った」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 行為を終えた私は店を出て、最近流行りの葉巻という嗜好品に火を付ける。知人に勧められて買ってみたのだが、これが中々悪くない。特に根拠が有る訳では無さそうだが、健康にも良いという噂だ。

 

「いやぁ、良かったな」

 

 あの遣手婆、随分な上玉を仕入れてくるじゃないか。技術はてんで無いが、兎に角良い身体だった。気が向いたら、また彼女を指名しようか。何と言ったか、エリーだったか。後5回も指名する頃には、きっと化けているぞ。もしかしたら、上の店に引き抜かれてしまっているかもな。

 

「おかえりなさいませ、ドゥーチェ。カルロ様はお元気ですよ」

「ご苦労」

 

 私はずっしり重い小さな革袋を馬小屋の少年に握らせる。彼は返そうとするが、無視してさっさとカルロに跨る。父は早逝、母は病、弟妹4人、馬屋で働き詰め、明日には誕生日を迎える。この世の中には、情けというものがある。少なくとも、私はそう思っている。

 

「上には既に話を通してある。1日ぐらい、ゆっくり休め」

「─────────!」

 

 カルロは街中にしては少しだけ速い足取りで進む。背後で少年が何かを口にしているのは分かるが、その中身は周囲の喧騒にすっかり掻き消されていた。

 

 私は振り返りもせず先へ進む。空は橙色を帯びつつあった。粗悪なオリーブオイルの煤が擦り込まれた点火夫達が、歓楽街を照らさんと種火を街灯に移している。歓楽街もそろそろ大一番で、カルロは歩みを緩めながら人と馬の群れを掻き分ける。

 

 猫が私をじっと見ている。野良猫だ。寂しそうな目をしている。それはとても痩せていて、幼そうにも見えた。一つ二つ先の店の軒先の下で、薄汚れた毛をパリパリに立てながら座っていた。私はすぐに目線を外し、懐を弄る。親指程のチーズの欠片を、うっかり一つ石畳に落としてしまった。

 

 

 歓楽街には、そもそも浅い所にまでしか入っていなかった。既に爛れた空気は無く、あっという間に青々とした通りへ出る。何か面白いものでもないか、チラリと辺りに目をやる。すると、少しばかし奥まった地味な場所に、本来なら我が家の近くにある筈の馴染みのソーセージ露店があるではないか。

 

「あっ、ドゥーチェ!」

「大通りのいつもの場所はどうした?」

「それがよぉ……ルイシェンコ・ファミリーに追い出されちまったんだ。どうしてもここが都合が良いだの何だの言って、ナイフまで抜きやがったんだ!」

「何だと?」

「アイツ等、また詐欺紛いの押し売りしてるぜ。ルイシェンコの悪名を知らねぇ余所者相手に演劇で稼いでやがる」

「最近は大人しくしていると思ったら……よし、私が話を付けてこよう。いきなりお前のソーセージを食いたくなった時、こうも家から遠い所に居られては敵わん」

「ドゥーチェ……」

「明日、何も気にせずいつもの場所に店を出しておけ」

 

 私は70ヤークで彼の立派な大きいソーセージを10本買い、鞄へ詰め込む。カルロを走らせ、奪われた例の場所へと一直線に向かった。

 

 

 

 

 人と馬の行き交う大通りを突き進み、広場を抜けてまた大通りに出る。自宅やアイツの定位置があるのも、この辺りだ。草を嫌々食べ毎日脂とスパイスにまみれた肉を要求するイカレ馬が、興奮して大きく前脚を上げようとする。

 

「……酷いな」

 

 聞いていた話通り、アイツの定位置にはルイシェンコ・ファミリーが店を出していた。卑劣で姑息な計画を練り、法の網を潜り抜けようとする意思を顕著に感じさせるのがルイシェンコ・ファミリーという存在だ。どうせ、今回も碌でもない事をしているのだろう。

 

「そこの猫牙の首飾りの青年、もしや旅人かね?」

「え? あぁ、まぁ……ミスリルを掘りに、船に乗ってきたって感じ?」

「ほう、ミスリルとな。ミスリル掘りは過酷じゃ。アレは体力と、そして何より奇跡を求められる。どうじゃ、神の祝福を受けているのか運試しをしてみないか?」

「神の祝福……そうだね、一つお願いしようかな」

 

 白い付け髭と如何にもな服装を纏うルイシェンコは、水晶玉の上に猫牙を刺したテーブルナイフ程の棒を置いて回転させる。それは何らかの仕掛けやか工夫によって、青年を向いて水晶玉から落ちて止まる。

 

「お、おぉ……!」

「奇跡! 奇跡じゃ、そなたは神の祝福を受けている! きっとミスリル掘りは上手く行くじゃろう! そなたは選ばれし者じゃ、どうかこの神聖なる腕飾りを受け取ってくれ!」

「なんてすごいんだぁ……」

「コレハキセキダー」

「わっしょいわっしょい」

 

 安っぽい紐を手首に巻き付けられた青年を、周囲の人々が取り囲み騒ぎ立てる。無論、全員ルイシェンコ・ファミリーだ。敬虔な信者である青年は困惑しながらも、どこか上機嫌な様子である。そこに、聖職者の装いをした構成員まで現れる。

 

「青年の進む未来に光あれー!」

「この腕飾りはリンスフェルトの守護と神の寵愛と加護を願う、大変神聖で儀式的な物なんじゃ。これは一度巻くと、切断する以外に外せない」

「外しちゃ駄目だよ」

「ナンテウラヤマシインダー」

「わっしょいわっしょい」

「あ、ありがとう……」

 

 展開が見えてきた。サクラを用意し金を出し渋りにくい空気を作り、隙を突いて巻いた紐を強引に買わせるのだ。ターゲットは決まって、彼のようなキョロキョロしてる地元民っぽくない大人しそうな者だ。

 

「この腕飾り自体は無料だが、製作費は無論かかっている。青年は既に神の祝福を受け、ミスリル掘りで巨万の富を得ることも確定している。壊す以外外せない腕輪を巻いた以上、この儀式を続ける為にも寄付を頂きたい! 1万ヤークもあれば十分じゃ!」

「えっ、いやでも……手持ちが少なくて……」

「選ばれし者よ! このリンスフェルトを守る為、神の威光を教え広げる為、どうか!」

「どうせミスリルで儲けるんだから、今生活費が足りなくてなっても大丈夫! ルイシェンコ・ファミリーっていう優しくてハンサムなお兄さん達を探してごらん! いっぱいお金をくれるよ!」

「オニーサンカッコイー」

「わっしょいわっしょい」

「おっ? 兄ちゃん、手持ち少なくて困ってんのか? なら、偶然近場を歩いていた俺達ルイシェンコ・ファミリーが代わりに支払ってあげるよ! この紙にサインしてくれれば、今すぐにね! さぁ、早く! このペンを取るんだ!」

「まさか金なんていう俗物的極まりないモノを言い訳に、神のお導きを無下にするなんて事は言わないよな兄ちゃん!」

「ここで出し渋るのは信者の恥だぞ! そんな姿、神父様の目の前で晒すってのかい!?」

「ぅ……ぁ、その…………」

 

 見てられんな。ルイシェンコ・ファミリーの新商売は、今回も黒だ。若者の健全な信仰心を利用し、集団で取り囲み、欺瞞で塗り固める。こんな明らかな悪徳商法がのさばっては、このリンスフェルトはお終いである。

 

「青年! そのペンに触れるな」

「えぇっ、今度は何……!?」

「チィッ、何の用だベニート!」

「営業妨害反対!」

「さぁ青年っ、あの金髪ロン毛おじさんの事は無視して早くサインを! 30秒以内にサインしないと、代わりに払ってあげないよ!」

「代わりに払う? 馬鹿馬鹿しい、一体どれだけ暴利の借金を背負わせるつもりだ。契約書をきちんと見ろ、どうせ裏面の最下部に小さな文字で利子について書いてある筈だ」

「と、10日で1割の複利……って、つまり?」

「1年放置したら、大体3000万ヤークを支払わないといけないな」

「…………は?」

 

 ルイシェンコ・ファミリーはいつも大胆に稼ごうとする。こんなモノが罷り通ってたまるか。まったく、何が契約の自由だ。この国においてマトモに教育を受けられている層が何割しか居ないか分かっているのか。利息制限の撤廃は、国民の実態を無視した愚策だ。宮廷の価値観を地方に持ち込まれては困る。

 

「これは明らかに公序良俗に反し、社会通念上の正当な契約の範疇から大きく逸脱している。このベニート、貴様等ルイシェンコ・ファミリーの悪徳商法は断じて見逃さん!」

「ふざけやがって……折角稼げるチャンスだったってのに!」

 

 ルイシェンコは白い付け髭を引っ剥がし、老人の役から抜け出し声を荒げる。カルロに跨る私を見上げ、睨み付ける。

 

「下水道清掃の仕事はもう御免だ! 今度こそは負けねぇぞ! お前等、やっちまえ!」

「ぶっ! 殺す! イヤーハー!」

「私のデータによれば、何度倒されようが勝つまで挑めば勝率は100%! 心の強さを見せてやる! ベニートッ、覚悟ォ!」

 

 ルイシェンコ・ファミリーはナイフを抜き、襲い掛かってくる。しかし、奴等は悪徳商法しか脳の無いチンピラ集団。マトモな従軍経験も狩猟経験も無く、武術も習っていない。私はカルロから下り、1人1人鉄拳制裁。ルイシェンコの頭にも拳骨を落とし、ズボンを剥ぎ取り公衆の面前で尻を叩く。熟れたデカ尻は銃声の如き快音を響かせ、妙に艶やかに叫ぶ。

 

「お゛ぉっ゛!」

「あぁっ、ドン・ルイシェンコ!」

「屈辱だ……我等のドンに、こんな辱めを与えるだなんて」

「いい加減、学習しろ。何度私に負けて仕置きを受ければ気が済むのだ。当たりもせぬナマクラなんぞ振り回して、罪を重くするな」

 

 ルイシェンコ・ファミリーの再犯率は100%だ。それなりの規模の悪党集団だが、一度ワッパ付けられた下っ端も全員1ヶ月後には次のワッパだ。常にギリギリで法の網を潜り抜けようとしているので、法に触れている点を指摘しても重い刑は下せない。オマケに、リンスフェルトの司法は曲者かつ拝金主義者の俗物の集まりと来たものだ。ルイシェンコ自身も、異国の将軍に妹を犯し殺されるまでは誠実な法曹であり、同情的な扱いを受けているフシがある。どうせ司法に任せても僅かばかりの過料で終わる。

 

 どうにかして私から反省を促したい所だが、ルイシェンコ・ファミリーはとんでもない筋金入りの大頑固野郎共だ。昔に比べればマシな時代にはなったが、悪党と言えば大抵の場合は生まれ育った環境が悪く犯罪に手を染めざるを得なかった者で、真っ当な教育を与えれば更生する者の方が多い。しかしルイシェンコは宮廷でも通用する教養の持ち主であり、貧民街の子供達を取り纏め三平方の定理や近代史ぐらいの教育は最低限度として施している。私のような戦ばかりの人間に教えられる事は無い。

 

「何人騙した」

「ふ、2人成功しましっ、たァーー゛ーッ! お゛尻いじめヤダァーーーッ!」

「ドンヲイジメヌンデ!」

「契約書を出せ」

「ま、まさか……俺達の努力を……?」

「何が努力だ、薄汚い劇団員共め。今すぐこの借用書の原本を破棄し、被害者の借金を免除しろ」

「う、うぅっ……免除、します……」

 

 ルイシェンコは契約書を自ら破る。借用書は債権者が一方的に放棄可能であり、尚且つ一部地域では贈与税が発生するがリンスフェルトにおいては問題ない。よって、コイツ等が被害者に金銭を要求する権利は一切無い。

 

「ぅ……こ、腰が……、おんぶして……あるけない……」

「覚えてろよー!」

「ベニートォ! 次は勝つまでやりますよ! 私はまだ諦めていない! 何がドゥーチェだ、私と貴様では心の強さが違うんだ! 見ていなさい、必ずリトライしてやる!」

 

 これ以上の攻撃及び制裁は、法の下の支配からあまりにも逸脱している。私は下っ端の再犯宣言を聞かなかった事にし、半ケツで逃げるルイシェンコとその一派を見送った。

 

「な、なんだったんだ……」

「怪我は無いか、青年」

「ぇ、あ……は、はい」

「ミスリル病と、猫牙を騙り金を奪い取ろうとする輩には気を付けろ。私の名はベニート、ここの近くに住んでいる。何か困った事があれば、私の名を出すと良い」

「ありがとう……ございます?」

 

 

 

 

 いまいち状況を理解できていない青年に買ったばかりのソーセージを1本押し付け、私はすぐ近くの自宅の門を開ける。厩舎と庭付きで、尚且つ一人暮らしにしてはかなり大きい部類の家。とある仕事の報酬として領主から貰ったマイホームであり、我が長き放浪の終着点でもある。

 

「カルロ、今日はどうする。そのままか、焼くか、茹でるか」

「ブルルッ」

「焼いてマスタードか。よし、分かった」

 

 庭のグリルに炭を入れ、火を熾す。買ってきたソーセージをじっくり焼き付け、マスタード少しだけ乗せる。普通の馬は到底好まず、到底食べさせるべきではない食事。ただ……こんなイカレた食事を好むカルロが健康かつ極めて優れた騎馬であるのも事実だ。

 

「ちゃんと植物も食べろよ。リンゴと高い牧草を買ってやってるんだから」

「…………。」

「コイツ……ほら、焼けたぞ」

「ヒヒーンッ!」

「はぁ……甘やかしすぎなのかねぇ」

 

 私は庭のウッドチェアに深く腰掛ける。ソーセージをつまみ、時にカルロを撫で沈みかける夕焼けの下で穏やかに聖書を読む。あの枢機卿は心底気に入らないし、教会に私の居場所は無い。仮に奴が法の下に裁かれたとしても、戻りたいとは思わない。

 

 

 だって、戒律無視していっぱいドスケベしたいんだもん。

 

 

「ぅっ、ふぁつっ……肉汁めっちゃ跳ねた……」

 

 

 

 

 だが、私の魂は猫牙と共に在る。

 

 

 それは、それだけは、決して変わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ベニートさん、か」

 

 綺麗な大通りに贅沢に置かれた、これまた綺麗な公共のベンチ。そこに座る青年は、首飾りにあしらわれた猫牙を握り締めていた。

 

 彼は敬虔なモーハ教信者であった。物心付く頃から、ずっとこの首飾りと共に酸いも甘いも噛み分けて生きてきた。野良猫まみれの小さな漁村から一念発起してリンスフェルトに訪れながらも、その初日は大慌てであった。

 

 何とか宿を工面した青年は、朝食を終えるとすぐに昨日の大通りを訪れた。自分を騙そうとしていたらしい変な集団と出会した場所、どうやら助けてくれたらしい上に美味しいソーセージをくれた男と出会えた場所。今すぐにでもミスリルを掘りに行かねばならないにも関わらず、彼自身もそれを分かっていながらも、不思議とその足はこの地へまっすぐ向かっていた。

 

「どっこいしょ」

 

 すぐ真横であった。昨日は詐欺集団が店を構えていた場所に、別の男が露店の用意をしていた。青年は思わずギョッとした顔で警戒心を顕にし、露店の男もそれに気付く。

 

「なんでい、兄ちゃん」

「えっ、ぁ……いや」

 

 青年は気が弱かった。詐欺集団から一瞬でカモ認定され、事実カモになりかけていたぐらいには気が弱かった。露店の男もすぐに彼の気の弱さを見抜き、自身と店に危害を加えんとする悪漢でないと悟った。

 

「見ねぇ顔だな。最近来たのかい?」

「は、はい。昨日……」

「へぇ、昨日。宿は?」

「二つ向かいの通りの、アイリス・ラディスって所に泊まりました」

「へぇ、良いじゃないの。あそこは貝の下処理上手いんだよ。兄ちゃんもアレかい? ミスリルかい?」

「はい、ミスリル掘りに」

「おいおい、ミスリル掘りって言ったら朝にやるもんだぜ。こんな所で油売ってちゃ、宿代払えなくなっちまうぜ?」

「ハハハ……そうですよね。ただ、なんか……こう、なんて説明したら良いんだろう。来たばっかりだっていうのに、昨日ここで色々あって」

 

 あぁ。露店の男は立派なソーセージが描かれた看板を設置しながら、合点がいったように声を漏らす。

 

「ドゥーチェに世話なったんか」

ドゥーチェ(総領)?」

「ん? あぁ、そうか、そうか。来たばっかりだもんな。ブロンドで、髪の長い男と出会わなかったか? ベニートって名乗ってる奴なんだが」

「は、はい! その人です! 僕が騙されそうになってる時にやって来て、美味しいソーセージを1本渡して向こうに去って行ったんです」

「ハッハー! 美味しいソーセージ? そりゃそうよ、そのソーセージは俺の自慢の立派なソーセージなんだからな」

「え? あっ、貴方の売ってるソーセージだったんですか?」

「おうともよ」

 

 青年は宿の部屋で食べたソーセージを思い出す。冷たいが、それはとても美味しかった。朝食で出たクラムチャウダーも美味かったが、ベニートから貰ったソーセージはもっと美味しかった。思わず青年は腹を鳴らし、恥ずかしそうに顔を赤らめる。

 

「プッ……ハハッ、おい兄ちゃん。特別だ、やる」

「えっ、良いんですか?」

「その代わり、ミスリルで一山当てたらご贔屓してくれよ?」

「はっ、はい! 絶対一山当ててご贔屓します!」

「おー頑張れよー」

 

 3本もソーセージを貰った青年は、その内の1本にすぐさまかぶり付く。無論、美味しかった。

 

「……俺達はな、あの人の事をドゥーチェって呼んでんだよ。最初は嫌な顔されたが、呼び続けてたら返事が返ってくるようになった」

「ドゥーチェ……」

「本当に、本当に世話ンなったんだ。このリンスフェルトが豊かなのは、みーんなドゥーチェのおかげだ。ドゥーチェが居なけりゃ、ここはとっくに他所から威張りに来たお偉いさん達の戦場さ。ミスリルが馬鹿みたいに掘れて特産品のある複数の農村とのアクセスも良い大きな港、欲の湧かない権力者なんて一人も居ねぇ。そりゃ、ドゥーチェも余所者さ。けどまぁ、そんだけ感謝してんだ」

「凄い人なんですね」

「まっ、割とだらしねぇんだけどな。酒とか女とかギャンブルとか」

「えぇ……」

「後、結構ドジ。天然。おっちょこちょい。」

「ドゥ、ドゥーチェ……?」

「そういう所も引っ括めて、俺達のドゥーチェって訳さ」

 

 野良猫がベンチにやってくる。どこかチーズの匂いがする、薄汚れた猫だ。青年は隣の彼の頭を撫で、初対面なのに野良猫も気を許している。

 

「猫に好かれてんだな」

「猫に囲まれて育って来ましたから」

「そいつは、良い人間の証拠だな。兄ちゃん、もう猫みたいなもんだな。小柄だし、愛嬌のある顔してるし」

「ハハハ」

 

 満足したのか、野良猫はベンチを飛び降り姿を消す。青年には、まるで彼が自分かのようにも思えていた。

 

「……そう言えば、ベニートさんは結婚とかされているんですか?」

「いやいや、ドゥーチェは結婚なんかしねぇぜ。アイツはもう風俗風俗たまに素人、また風俗風俗と。そいつァもう取っ替え引っ替えよ」

「そ、そう……なんですね」

「俺としちゃあ、そろそろ身を固めてもらって、息子さんに俺のソーセージを食わせてやりたいんだがな。アイツの恋人なんて言ったら、それこそカルロぐらいなもんさ」

「カルロ…………? 誰です、ソイツ」

「馬だよ馬、アイツが乗ってるデケェ馬」

「あぁ……なんだ」

 

 ソーセージ売りの男は、会話の中でも慣れた手付きでテキパキと店の準備をしていた。いつも通りの時間に、いつも通りの場所で、いつも通りの店で、いつも通りのソーセージ。客もチラホラ姿を現し、彼のソーセージを買おうと並ぶ。

 

「ソーセージ、ありがとうございました。僕、絶対ミスリル掘りでビッグになります。ベニートさん……いや、ドゥーチェに並べるぐらい」

「言うねぇ。頑張れよ、兄ちゃん!」

「はい!」

 

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