桜舞い散る暖かな凪いだ海。
その日、一隻の船が防人の任を退いた。
激動の時代に吹き荒れた幾万もの荒波を乗り越え、凍える日本海から常夏のハワイまで駆け回った彼女は彼女に乗り込んだ多くの船乗りたちと共に海の花形として内地の人々に長く愛された。
感謝される度、応援の声をかけられる度、またそれに応えるようにより一層働いた。
しかしそんな彼女にもただひとつ勝てないものがあった。
決して止まることのない時代の流れというやつだ。
東西の大国が世界を二分する冷たい戦争を繰り広げていた頃から洋上にあり波を切り裂いて進んでいた彼女の船体は弱り、また技術の進歩にもついていけなくなっていた。
先進的データリンクもない。各種センサーも旧式で建造当時国内最強の一角だった戦闘力も現代では見劣りする。
もう十分だ。
今までよく働いてくれた。
内外から労いの声が上がり上層部ももはや彼女が実戦には耐えられないと判断して退役を決定した。
呉港の一角でささやかな引退セレモニーが執り行われマストに高く誇らしげに掲げられていた隊旗が降ろされる。
この瞬間をもって彼女は担っていた全ての職務を解かれた。
ここまでなら寂しくも立派な艦の最後だった。だが艦を取り巻く状況は思いもよらぬ方向へと針路を取り始めた。
どこからか彼女の廃艦を聞きつけたとある海洋学校が練習艦として購入を打診してきたのである。
名を『長崎県立佐世保海洋高等学校第一分校』。元々あった佐世保海洋高校の生徒数増加に伴い設備や教材のキャパシティが圧迫されたため新たに来年度から開校が予定されている新参の学校だ。女子高である本校と異なり地域の枠不足で受け止め切れなかった生徒を幅広く受け入れるため国内では珍しい共学の高校で卒業後は海上安全整備局の各組織やその他の執行機関、民間の商船会社に進むことを前提にカリキュラムが組まれている。
生徒数は願書提出と面接、筆記試験を終えた新1年生のみで280名。開校初年度ということでこの300人弱の男女が全校生徒ということになる。
中学校までの義務教育課程で海に関する基礎知識を教えられた彼ら彼女らが乗り込み自らの肌で海とは何かということを知る最初の海洋実習艦のひとつとして選ばれたのが件のロートル護衛艦だった。
佐世保に回航された彼女はさっそく工廠で航洋直接教育艦として運用するための改修と船体の延命処置を施された。
まず学生の操る艦には高価で過剰すぎる対艦ミサイル発射機を撤去し代わりに既に退役し解体されていた同型艦の5インチ速射砲を載せる。対空ミサイルも降ろされその発射機と短SAM管制室があったスペースには航空艤装実習用の無人機発着艦スペースにされた。
図らずもそれは就役当時の在りし日の姿を取り戻したようだった。
また力を入れて改修された項目が人員の省人化である。
一般的に海洋学校では1クラスで一隻の航洋艦を動かす。少なくとも200~300名の乗員で動かしていた戦闘艦を30人少々で動かそうというのだ。当然、大ベテランの旧式護衛艦にそんな能力は無い。佐世保の工員たちは最近運用が始まったもがみ型FFMからフィードバックを受けたノウハウや技術をもとに主だった兵装から隔壁ひとつひとつに至るまで手を加え将来この船に乗る少年少女たちが無事に航海を終えられるよう持てる技術の限りを尽くした。
こうして1年にも及ぶ大改装を経て彼女は生まれ変わった。
塗り直された明るい灰色の塗装に長崎校の学生が操る航洋艦であることを示す艦橋から喫水に至るまでの青いライン、そして『N164』のハルナンバー。
そしてその艦尾には空高く輝く月の名を冠する彼女の艦名が誇らしく刻まれていた。
『たかつき』と。