ちょっとルークが家出した話   作:サリエリキキ

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ちょっとルークが家出した話

「ベイダー卿、間もなくです」

「うむ」

 

 シスの暗黒卿ダース・ベイダーは、苛立っていた。──傍から見ればそう見えるのだが、内心は無だった。

 苛立っているように見えるのは特徴的な呼吸音のせいであり、彼の心境はあの日、最愛の妻とその腹に居た子を失ってからほぼ無である。

 騙されていたことを理解して皇帝に挑み敗北し勝てないことをわからされジェダイを狩らされ。その度に激しい怒りと憎しみを抱いたが、それも長続きしない。

 へばりつくような憎悪だけが残り、それで動いているだけだ。

 

 憎悪の機械。憎悪のドロイド。

 

 思わず自嘲するほどにダース・ベイダーに執着するものはなかった。

 溢れるほどのクレジットも、好き放題に出来る何人もの人々も、星も、艦隊も、皇帝も、ダークサイドすら、何もかもがダース・ベイダーにはどうでも良い。

 どうでも良いから壊しても構わない。

 皇帝の命令に粛々と従っているのもやることが無いから暇だからにすぎない。

 生まれついての能力の高さで色々こなしているので、周りには「野心家」とか「権力に貪欲」とか「現場に出ることをためらわない仕事中毒」とか「皇帝の座を狙っている」とか勘違いされているが──昔っから暇が耐えられないのでやっているだけである。

 そう、今のように帝国アカデミー卒業生の中で優れた成績をおさめた者達と面会して進路先を決めるという将官の仕事もこなしてるが、これも暇な時に依頼されたからに過ぎない。

 

(オビ=ワンが見たらどう思う──いや、もう結論が出たか)

 

 ごく僅かな執着相手であるオビ=ワン。三年前に刃を交えた元マスター。彼は哀れんだのだ。いや、憐れんだのだ。自分を、ダース・ベイダーを。アナキン・スカイウォーカーとして憐れんだのだ。

 激しい怒りが体を巡る。が、直ぐに消えた。

 元マスターを超えたくはある。憎んでいる。恨んでいる。

 が、それだけだ。

 積極的に探して討とうとかそんな風に思わない。もう思えないのだ。

 

 

 

 

 

「ベイダー卿、そろそろ成績優秀者が参ります」

「そうか」

「では、失礼します」

 

 校長(名前は何だったか?)が慌てて出ていく、自分と同じ部屋に居ることに耐えられなかったのだろう。思わずフォース・グリップで首を締めようとしたが、扉から出て姿が消えるとそれもどうでもよくなった。

 呼吸音一つで落ち着く。

 空しい。

 何と意味のない日々だ。

 

「ベイダー卿、少しよろしいでしょうか」

「うむ、なんだ」

 

 入室者が入る前にラッセル教官長(こっちは覚えていた)が汗をかきながら声を出そうとしている。

 それはそうだろう。

 彼と自分では階級が違いすぎる。

 直接話しかけるなどしてはならないほどに。

 

「次、部屋に入る者ですが──若すぎるのです。成績優秀者ではありましたが、アカデミーから出すのには若すぎるのです」

「ふむ」

「ですので、配置先は、まだ学ぶことができる所にして頂きたいのです。どうかお願いいたします」

 

 結論から話す。自分好みだ。だから名を覚えていたのだな。

 こういう有能で気概がある人物は好ましい。

 

「教官としての願いか?」

「はい、ベイダー卿」

「考慮しよう」

「ありがとうございます」

 

 そして少し憎らしい、このような人物がジェダイオーダーに──

 

 

「失礼します」

 

 

 その一言と扉が開くとともに──フォースが揺らめいた。

 

 

 

 

 

「良いか、スカイウォーカー。絶対に怒らせてはならん。いや、不快にさえさせてはならんぞ」

「はい、校長」

 

 ルーク・スカイウォーカーはうんざりしていた。

「ワーミー・ルーク」と呼ばれる日々と、叔父が絶対にアカデミー入学を許さない日々に業を煮やして家出を決行し、宇宙船に整備員として潜り込む形でアカデミーに入学してから一年

 この一年は楽しかった。

 教務は厳しかったが、アカデミーの教官は極めて有能で熱心でありとあらゆる質問に丁寧かつ真剣に応えてくれた。

 何度か行った実習演習でも帝国軍は規律があり、ちゃんと治安を守っていた。

 クラスメイトと共に、スピーダーバイクに乗って物資を運んだり、色々あって麻薬シンジケートを壊滅させたりしたときも帝国軍はちゃんと評価してくれた。

 タトゥイーンで伝え聞く帝国軍の悪行は少なくとも前線で汗と血を流す人々には無かった。

 

 だから確信した。

 

「あのお方に目を付けられたら破滅だ」

 

 アンタがだろ。

 思わず毒づいた目前のアカデミー校長のように、自分の保身にしか興味ない人達が碌なことしてないから悪評が広まっているのだ、とルークは思っていた。

 そういう意味で、彼は今から会うベイダー卿に悪いイメージを持っていなかった。

 兵士と共に前線でライトセイバーふるって戦う偉い人というのは、13歳のルークにはそれだけで尊敬に値した。

 実習で会ったトルーパーたちも「俺らを見捨てたことないし、粛清するのは偉いやつだけで評判が悪い連中ばっか。正直、フォース・グリップ? とか言うので、クソッタレの上官が締め殺された時はみんなで祝杯上げたね」とそこまで悪く言わない人物。

 

 見た目が怖いし傍にいると緊張するけど八つ当たりとかしない根っこが戦士な上官。

 

 ルークが見聞きした範囲でのベイダー卿はそういう人物だった。

 

 

 

 

 

「失礼します」

「ベイダー卿、こちらにおりますのは、我がアカデミー創設以来の神童、歴史に類を見ない傑物でございます! 弱冠十三歳にしてあらゆる教練を見事な成績でパスし、特にその卓越した操縦技術と戦術理解は、まさに我が校の洗練された教育プログラムの賜物でありまして、将来の帝国軍を背負って立つ──」

「黙れ」

 

 冷たく、重い、機械的な合成音声が部屋の空気を凍らせた。

 シュー、コー。

 特徴的な呼吸音だけが、静まり返った室内を満たす。

 

「ひ、ひっ……!」

「貴様のくだらぬ自己陶酔と、空虚な装飾語を聞くために時間を割いているのではない」

 

 目に見えない巨大な手が喉元に迫ったかのように、校長はカエルが潰れたような短い悲鳴を上げて口を両手で押さえた。

 ルークは隣で縮み上がる校長を横目に、内心で喝采を上げていた。

 

(すごい、本当に一言で黙らせた。しかも的確だ)

 

「……校長、お前は下がってよい。そこにいる者と、直接話をする」

「は、はいぃっ! 失礼いたしますっ!」

 

 逃げるように──いや、実際に逃げるように転がり出ていく校長の背中を見送ることもなく、黒いマスクの奥の視線がルークへと向けられた。

 威圧感。恐怖。

 並のアカデミー生であれば、その視線を向けられただけで膝から崩れ落ちていただろう。

 だが、ルークは違った。怖いとは思うが、それ以上に目の前の黒い巨漢から、なぜか不思議な『揺らぎ』のようなものを感じ取っていた。

 

「……名前は、なんという」

「ルークです。ルーク・スカイウォーカー。スカイウォーカー中尉であります! ベイダー卿!」

 

 その名を口にした瞬間、部屋を満たしていた呼吸音が、ほんのわずかに乱れたのをルークは感じた。

 

「出身は、生まれは何処だ」

「?? タトゥイーンであります!」

「タトゥイーン……か」

 

 

 

 

 

 タトゥイーン。スカイウォーカー。十三歳という年齢

 それらの情報が一本の線で繋がり、完全に凍りついていたベイダーの心に、かつてない激しい嵐を巻き起こした。

 

(パドメ……おお、パドメ……!)

 

 死んだ最愛の妻。彼女と共に失われたはずの我が子。だが、生きていた。

 目の前の少年からは信じがたいほどのフォースの強さを感じる。まっすぐに自分を見上げている顔の造作の端々に、かつての自分と、愛した妻の面影がはっきりと見て取れた。

 皇帝は「お前が殺した」と言った。だが生きていた。オビ=ワンは、我が子をあの砂の惑星に隠蔽していたのだ。

 怒りではない。憎しみでもない。

 喪失の虚無の底からどろどろと湧き上がったのは、ドロイドのように無感情だった彼には不釣り合いなほどの、強烈な歓喜だった。

 

「……ベイダー卿?」

 

 不意に沈黙が長引いたことで、ルークが不思議そうに小首を傾げる。

 ベイダーは無意識に砕けるほど握りしめていた義手をマントの下でゆっくりと解き、乱れそうになる呼吸音をシステムで強制的に押さえ込んだ。

 フォースが歓喜の産声を上げそうになるのを、鋼の意志でねじ伏せる。今、ここで皇帝の目に留まるほどの波動を放つわけにはいかない。

 

「……スカイウォーカー中尉」

「は、はいっ!」

「先ほど、ラッセル教官長から具申があった。貴様は成績優秀だが、前線に出すには若すぎる、とな」

「っ……! そ、それは……」

 

 後方勤務に回されるのか、とルークの顔に僅かな落胆が浮かぶ。

 感情の機微が手に取るようにわかる。その素直な表情の移り変わりすら、今のベイダーにとっては胸を締め付けられるほどに好ましかった。

 ああ、まさに、自分とパドメの子だ。

 

「だが、その類稀なる才能を辺境の基地で飼い殺しにするのは帝国の損失だ」

 

 威圧感に満ちた声のトーンは崩さず、ベイダーは一歩、ルークへと歩み寄った。

 見下ろす漆黒のマスクの奥で、その瞳が父親のものになっていることをルークは知らない。

 

「貴様はこれより、私の直属とする」

「……え?」

「私の旗艦に士官として搭乗しろ。我が目となり、手足となって学ぶがいい。……最高の教育を、私が直々に施してやろう」

「あの」

「貴様は素晴らしい。本当に素晴らしい資質を持っている。その使い方を教えようではないか」

 

 それは帝国軍司令官からの、有無を言わさぬ絶対の命令。

 しかし同時に、長い間すべてを失い「無」であった一人の男が、初めて見せた狂おしいほどの愛情の発露でもあった。

 

 

 

 

 

「……はいっ! 光栄であります! ベイダー卿!」

 

 一瞬の驚きの後、ルークの顔にパッと花が咲いたような、無邪気で誇らしげな笑顔が広がった。

 自分を正当に評価し、かつ前線で指導してくれるという将官からの直接の指名。家出でタトゥイーンを飛び出した少年が、これほど認められた瞬間はなかった。

 ピンと背筋を伸ばし、最敬礼するその小さな姿を、ベイダーはマスクの下で瞬きもせずに見つめていた。

 

「よろしい。直ちに乗艦準備にかかれ」

「はっ! ……あ、あの! ベイダー卿、一つ具申よろしいでしょうか!」

 

 踵を返そうとしたベイダーの背に、弾んだ声がかけられる。

 普通の将校であれば、ベイダーを呼び止めるなど自殺行為に等しい。だが、今のベイダーにとってこの少年の声は、どんな美しい音楽よりも心地よかった。

 ゆっくりと振り返り、促すように無言でルークを見下ろす。

 

「実は、僕の同期にも凄く優秀な奴らがいるんです! ビッグスっていう操縦の天才とか、整備の腕なら誰にも負けないやつとか! 一緒に卒業する彼らも一緒に……いや、せめて彼らも前線の、できれば良い環境の部隊に配属してもらえませんか!?」

 

 目を輝かせて友人を売り込むルーク。

 その真っ直ぐな仲間思いの姿は、かつてのクローン戦争時代、共に戦った部下たちを誇りに思っていた『彼』の記憶を強く揺さぶった。そういえばかつてのクローントルーパーたちは報われぬ日々を過ごしているという。直ぐに改善しなければ。

 

「……優秀なのだな」

「はい! 保証します!」

「よかろう。貴様の推薦だ、特別に手配してやる」

「本当ですか!? ありがとうございます、ベイダー卿!」

 

(なんということだ……。この私が、こんなにも容易く心を動かされるとは)

 

 ベイダーは内心で深く息を吐いた。ルークが喜ぶなら、帝国艦隊の一つや二つ、彼のために用意してもいいとすら思える。

 

「ところで、ベイダー卿。もう一つよろしいでしょうか」

 

 少しトーンを落とし、生真面目な顔つきになったルークが続ける。

 

「僕が実習で回った辺境の星系なのですが……その、採掘場や整備ドックで、過酷な労働を強いられている人々がいました。彼らの中には、基礎的な教育さえ受ければ、帝国軍の優秀な技術者になれる素質を持つ者がたくさんいると思うんです。もし可能なら、そういった環境を改善して、彼らにも教育の機会を」

「当然だな。手配しよう」

「ありがとうございます」

 

 ルークの提案は、アカデミーで学んだ効率的な人材運用の観点からのものだった。

 成績優秀者の提案を無碍にするほどベイダー卿は狭量ではないのだ。

 

「それで、出来ればですが」

「なんだスカイウォーカー中尉。言ってみるがいい」

「……実は、彼らの多くは奴隷なのです。だから、現地の監督官たちは『奴隷にそんな教育は無駄だ』と──」

「それが過ちなのだ」

「は?」

 

 ルークが目を丸くする。

 ベイダー自身、自分の口から出た言葉に微かに驚いていた。

 だが、心の底からの苛立ちが抑えきれずに湧き上がってくる。奴隷だから。だからと言って才能を潰していいはずが無いだろう。当然ではないか。

 

(いや、まて)

 

 何故だ。

 何故奴隷制なんてものがあるんだ。

 思い返せば、自分が統治している惑星にもそんなものがある。

 

(なぜだ)

 

 そういえば、なぜ自分は奴隷制など許容していたのだろうか。

 自分は奴隷制を打ち破れる。ジェダイになればなくせる。そう願い、ジェダイがそういう組織で無いことに絶望したのではないだろうか。

 奴隷の自分に希望をくれたクワイ=ガンが例外であったことを知り、そのクワイ=ガンが失われたことにも嘆いたのではないだろうか。

 その自分が権力を握った今、奴隷制を許容している。

 

「奴隷制自体が誤りだろう。何故そんなものがある」

 

 低く、地を這うようなベイダーの声が部屋に響く。

 それはルークに向けられたものではなく、彼自身への、そしてこの銀河の理不尽への純粋な怒りだった。

 長い間、彼の中で凍りついていた「アナキン・スカイウォーカー」の正義感が、ルークという存在を起爆剤にして、突如として脈打ち始めたのだ。

 

「ベ、ベイダー卿……?」

「……いや。なんでもない。スカイウォーカー中尉」

 

 ベイダーはふたたび呼吸音を整え、努めて事務的な声を出した。

 

「貴様の具申、もっともだ。人材の浪費は帝国の不利益となる。私が直接、該当星系の総督に指導を行おう。奴隷制度などという非効率な旧習は、直ちに廃止させる」

「本当ですか!?」

 

 ルークの顔が、太陽のようにパッと輝く。

 その笑顔を見て、ベイダーの胸の奥で、ドロイドのように無だった心臓が、確かに熱い血を送り出しているのを感じた。

 

(この子の生きる銀河に、奴隷など不要だ)

 

「うむ。少なくとも私が統治する惑星においては直ちに無くす。約束しよう」

「ありがとうございます」

 

 暗黒卿の権力は、今初めて、かつて望んだ銀河を創るために行使されようとしていた。

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