銀河帝国成立以来、長らく公の場から姿を消していた皇帝パルパティーンが、突如として全銀河のホロネット回線にその姿を現した。
『──全銀河の市民に告ぐ』
それは、数千億の絶望を拭う、底知れぬ暗黒の響きだった。
互いに照準を合わせたまま、今まさに両方のトップが話し合わんとしたターキン艦隊とベイダー艦隊のメインモニターに、深くフードを被った銀河皇帝──ダース・シディアスの巨大な幻影が割り込んだ。
誰か止めてくれという、銀河市民の必死の祈りに応えるように。
(((陛下! おお、皇帝陛下が姿を現された! 陛下、どうかこの悪夢を! 狂った艦隊の殺し合いを止めてください! 我々を救ってください!)))
帝国最強の二大艦隊が一触即発状態であることに絶望し、明日には星ごと宇宙の塵にされると諦観していた全銀河の市民は、ただ一心にスクリーンへ向かって祈り始めた。
ほんの数分前まで、彼らは「どうせあの引きこもり皇帝が出てくるわけがない」と唾を吐き、諦めきっていたはずだった。
だが、絶対的な死の淵に立たされた今、長年政務を宰相に丸投げしてきた無責任な最高権力者の姿は、彼らの目に『最後に降臨したただ一人の救世主』としてしか映らなかった。
『わが左腕ターキン大総督による反乱分子への断固たる処置は、帝国の秩序を守るための悲壮なる決断であった。……しかし、その業火から逃れ、救いを求める罪なき者たちもまた多くいることだろう』
皇帝の皺だらけの口元が、深く、優しく、若返って見えるほど艷やかな笑みの形になった。
(((おお、陛下は罪なき我々を憂いておられる! 今まで沈黙しておられたのは、決して我々を見捨てていたからではなかったのだ! 政治を放棄したなどと疑って申し訳ありません! 陛下の大いなる慈愛だけが、この恐ろしい大戦争を止めてくださるのだ!)))
皇帝の言葉に滲んだ慈悲の響きに、全銀河の市民は長年の不満をあっさりと忘れ去った。彼らは「陛下がすべてを把握し、必ず我々の命を救ってくれる」という狂信的な期待を抱き、すがるように両手を握りしめて次の言葉を待った。
『見よ。我が最も信頼する右腕、ダース・ベイダー卿を。彼は今、自らの領地を開放し彷徨える民をその寛大なる腕で抱き留め、荒れた星々に進出し苦しむ民の涙をその優しき手で拭おうとしている。恐怖によって秩序を正す剣ターキンと、慈悲によって民を導く盾ベイダー。これこそが、我が帝国の懐の深さである!』
ホログラムの向こうの皇帝は、銀河を統べる絶対者としての圧倒的な威厳を放ちながら、両腕を大きく広げてみせた。
(((ああ! 陛下は、両者が帝国にとって必要不可欠であると断言された! ベイダー卿も、ターキン総督もだ! どちらも必要不可欠! 争うなとおっしゃっている! これでもう両艦隊が激突することはない、我々の帝国は、我々の命は救われたのだ!)))
帝国を二分する二大巨頭を「剣と盾」と定義し、その両方の存在を完璧に肯定した皇帝の神々しいまでの威厳に、全銀河の市民は最悪の内戦が完全に回避されたことを確信し、腰を抜かすほどの安堵と歓喜に打ち震えた。
『ベイダー卿よ! 押し寄せる混沌を自らの力で呑み込み、新たな秩序を創り上げてみせよ! 余は、卿が彼らを導き、その統治をもってさらなる帝国の発展に帰するのを、心待ちにしているぞ!』
銀河中に配信されるホログラムカメラの前で、皇帝は慈愛に満ちた慈父の顔で重々しく頷いた。
(((おお! 陛下が我々エイリアンを認められた! 今まで理不尽な迫害を黙認していたのは、この時のためにベイダー卿という新たな受け皿を準備させていたからに違いない! 陛下万歳! ベイダー卿の統治下であれば、我々も殺されずに済む! 帝国市民として真っ当に生きる権利が与えられるのだ!)))
帝国全土でいつ命を奪われるかと怯えていた無数のエイリアンや難民たちは、銀河の最高権力者から公式に「生存と繁栄の権利」を保証されたことに魂を震わせた。彼らは歓喜のあまり泣き叫び、種族の壁を越えて抱き合い、明日も生きていけるという希望の涙を流した。
『そして大総督ターキンよ! 卿が自らの手を血に染めてまで示した断固たる意志こそが、愚かな反逆の火種を摘み取る帝国の絶対なる矛である。私情を捨て、一つの星を灰にしてでも全銀河の安寧と法を守り抜く、その冷徹にして揺るぎなき忠義、実に見事であった!』
数千万の命を奪った大虐殺を「絶対の忠義」と言い換えた瞬間、皇帝の顔に浮かんだのは、紛れもない哀悼と誇りの色だった。
(((そうだ! ターキン大総督のあの決断は、無法な反逆者から我らの平和な生活を守り抜くための、痛ましくも偉大な行為だったのだ! 我々の特権は守られた! 陛下は決して我々人間と帝国中央の安寧を見捨ててはいなかったのだ!)))
エイリアン勢力の拡大に内心で不安を抱えていた帝国中央の人間と特権階級たちは、自らの既得権益を維持するための残酷な大粛清を「至高の正義」として完全に肯定されたことに胸をなでおろし、自己の安寧を正当化する熱狂的な称賛の声を上げた。
『我が誇り高き双璧、ベイダー卿、大総督ターキン。双方、大儀であった!』
皇帝が両腕を大きく天へ広げ、二人の名を高らかに称え上げた。
「「……………………」」
その一言にそれぞれの艦隊に満ちていた異常な熱狂もまた、急速に熱を失っていた。
あれほど「くたばれターキン!」「強大な敵を宇宙の塵に!」と殺意に満ちていた双方の部下たちは、最高権力者からの想定外すぎる「双方大儀である」という言葉に完全に毒気を抜かれ、ポカンと口を開けていた。
皇帝自身が「両方とも素晴らしい! お前たちは剣と盾だ!」と満面の笑みで太鼓判を押してしまった以上、彼らがここで砲火を交える大義名分は完全に消滅してしまったのである。
「……プロトン魚雷、発射シーケンスを……中断します」
「……主砲のエネルギー充填、待機状態に移行します」
各艦のオペレーターたちが、戸惑いながらトリガーにかけていた指を呆然と下ろして、速やかに相手から距離を離していく。
つい数秒前まで「奴らを宇宙から消し飛ばしてやる!」「ターキンを血祭りにあげろ!」と血走った目で叫び合っていた両軍は、行き場を失った莫大な殺意を持て余し、皇帝の姿が透けて見えるモニター越しに互いを見つめ合ったまま、ひたすらに気まずい沈黙を落としながら宙域から離れていった。
全銀河の命運を懸けた未曾有の大艦隊決戦は、たった一人の皇帝によって最高の空虚な形で肩透かしを食らうこととなった。
その映像をホロネットで見る銀河は生存の咆哮に満ちた。
皇帝陛下万歳! 偉大なる銀河帝国万歳!!!
エイリアンも人間も、虐げられていた者も特権を持つ者も、すべての市民が歓喜の涙を流した。
彼らがこの十数年間、政務を放棄し引きこもっていた皇帝に抱いていた諦めや不満など、もはや銀河のどこにも残っていなかった。ただ一触即発の危機から帝国を救い、見事な平和をもたらした慈父なる皇帝への狂信的な賛美だけが、全銀河を熱波のように揺らしていた。
皇帝陛下がやっと政治を見てくれる。これならば責任者不在で何もかもがキメラ化して訳の分からなくなった共和国末期よりも酷い政治もマトモになるさ、と。ターキンが強権を振るわざるを得なかったのが分かるほどの滅茶苦茶がマトモになるさ、と。未だにクローン戦争の傷跡に絆創膏貼っただけで14年も放置して膿んでいた銀河が漸く治る、と。
皇帝の姿がホロネットから消えたあと。
後に残されたのは、狂信的な安堵と熱狂に包み込まれた全銀河の歓声と──
ただただ、顔を強張らせるターキンとベイダーの二人。
願い通りに皇帝が仲裁したことを欠片も喜べない帝国二大巨頭にして、中間管理職の二人だった。
「皇帝陛下は──絶好調であらせられる」
ターキンの旗艦『エグゼキュトリクス』でターキンは何とか皮肉を絞り出したが、その表情は真っ青だった。
自身の残虐行為を全銀河の面前で正当化されたことへの安堵など、欠片もない。冷徹な政治家でもあるターキンは、あの演説がもたらす真の地獄を一瞬で正確に理解してしまっていた。
(皇帝陛下は……パルパティーンは、旧共和国の最高議長だったあのパルパティーンのままだったのだ!)
ターキンの全身から血の気が引いていく。
皇帝は今、「ターキンの恐怖による武力統制」と「ベイダーの慈悲による難民保護」という、絶対に相容れない二つの軍事・政治行動を同時に肯定し、推奨したのだ。
それはつまり、帝国という巨大な国家の中に『思想の違う二つの強大な軍隊』。いや、『ベイダーという旗頭を得た実質的な国家』を作ることを、最高権力者が公式に認めたということに他ならない。帝国中央の税収と資源を注ぎ込んで『恐怖の象徴(デス・スター)』を完成させ、銀河を一極支配しようとしていたターキンの苦労を重ねた計画は、ただ一回、あの老人の一回の盤面操作によって、足元から粉砕された。
これからベイダーは「皇帝のお墨付き」という最強のカードを盾に、ターキンに怯える無数のエイリアン星系を合法的に飲み込み、凄まじい勢いで肥大化するだろう。
そうなれば、これまでの苛烈な統治で銀河中に数え切れないほどの敵を作ってきた自分はどうなるか。
(……死、あるのみだ)
ターキンはここで初めて、自身の致命的な傲慢に気がついた。
帝国成立以降、14年もの間、皇帝は政務を宰相に丸投げし、謁見すら拒み、玉座の奥で宗教的な瞑想に沈むだけだった。引きこもりの老人になったと、ターキンは思い込んでいた。
だからこそ、自分が実質的な帝国の支配者としてやりたい放題に権勢を振るい、ターキン・ドクトリンという絶対的な恐怖のシステムを構築できたのだと。皇帝の無気力につけ込み、自分が国を乗っ取った気でいた。
だが、違ったのだ。
皇帝は無気力だったのではない。『ターキンという男がやりたい放題に暴れ回り、全銀河の憎悪を一身に集める巨大な案山子に育ち切るまで、あえて放置していた』のである。
恐怖で縛り上げるほど、反発というエネルギーが生まれる。その鬱屈した莫大なエネルギーを注ぎ込むための『完璧な対抗馬(ダース・ベイダー)』が育つその時まで、ターキンは皇帝から「好きにしていいぞ」と餌付きの長い鎖を与えられていただけなのだ。
(対抗馬を育て、銀河を焼いて何がしたいのかは知らんが──間違いなく知らん方が良い。殺される……ふふっ、これまでだな)
やりたい放題に権力を振るったツケを、これから支払わされる。
銀河中のヘイトを買いすぎたターキンには、もはや退路はない。ベイダーとの対立から降りた瞬間、無数の怨嗟の刃によって八つ裂きにされる。
生き残るためには、自分は戦わなくてはならないのだ。皇帝が仕組んだ、この銀河そのものをすり潰すような無意味な戦争を。帝国が廃墟と化すことを甘受してでも、自分は皇帝の思惑通り、冷徹なる恐怖の剣として、ベイダーの対抗馬を死に物狂いで演じ続けなければならない。
(私は、プレイヤー気取りでいたというのか……。すべては、あの怪物が引いた盤面の上で踊らされていただけだというのに)
怒りすら湧かなかった。あるのはただ、銀河を自らのゲーム盤としか思っていないパルパティーンという存在の、底なしの邪悪と知略に対する絶対的な畏怖のみ。
(あの怪物がどうやって銀河を手中に収めたかを目にしておいて──私も、所詮は駒にしかなれなかったか)
「クレニック長官へ通信を繋げ」
絶大な権力を持つ大総督は、絶対者の掌の上で、静かに、しかし完全に屈服の絶望を噛み締めた。もはやパルパティーンに逆らおうという気概すら湧かない。
振り返れば、この14年間は死ぬほどの苦労の連続だった。
クローン戦争で荒廃し、内側から腐りかけた銀河を前に、銀河最高議長だったあの男は。
「安全にしてやるから権力よこせ!」と言って万雷の拍手のもと権力握った絶対者は、分離主義勢力トップを全滅させて勝ち帝国を樹立した途端に引きこもった。
宗教研究に耽溺し、銀河の統治を実務者たちに丸投げして。
──戦後こそが一番大事なのに、責任者不在となったのだ。産まれたばかりの銀河帝国は、最初から迷子になった。
マス・アミダ宰相が一体何度涙に顔を濡らしてパルパティーンに「どうか公の場に出てくれ」と懇願した事か、数えたくもない。
ターキンは、ボロボロになり加速度的に悪くなる銀河を何とかするために強権を振るわざるを得なかった。
治安を、航路を、帝国の威信を、自分たちが死に物狂いで維持しなければ、すべての権力を玉座のただ一人に集中させておきながら、当のトップが引きこもった帝国は一瞬で瓦解したからだ。
だが、その努力のすべてが、今、あの老人に利用されていたのだと悟る。恐怖政治も、デス・スターの建造も、自分を帝国の恐怖の体現者とするための手段に過ぎなかった。
自分は、銀河の安定など考えていなかったのではないか。ただ、虐殺で手に入れた権力を守りたかっただけではないか。
だが、そんな自己嫌悪さえ今は贅沢だ。
「デス・スターの建造スケジュールを前倒しにしろ。予算と人員を倍にしてでも、一日でも早く完成させるのだ。ベイダーの勢力がこれ以上肥大化する前に」
ベイダーと争うなど、本来の望みではなかった。しかし、皇帝が仕組んだこの闘技場で生き残るためには、自分は今までどおり『恐怖の体現者』を演じ続けるしかない。
ターキンは自身の思い上がりを呪いながら、ただの駒として、滅びゆく帝国の維持という泥沼の地獄へ足を踏み入れた。
一方のダース・ベイダーは、漆黒のマスクの下で絶望していた。
シスの師が何を企んでいるのかは理解できる。シスに全く向いてないアナキンには欠片も共感できないが、弟子として痛いほど理解できる。
自分とターキンという二つの巨頭を意図的に対立させ、銀河中の憎悪と恐怖を煽り戦端を開かせ、大戦乱の劫火の中でより強大なダークサイドのうねりを生み出そうとしているのだ。
だが、それを銀河帝国の国家運営という現実の盤面でやるなど正気の沙汰ではない。生きている人々を此処まで蔑ろにしていいはずが無い。
この暴挙が、帝国の法体系や経済バランス、ひいては軍の指揮系統にどれほどの致命的な崩壊をもたらすか。生粋の騎士であるベイダーには、ターキンのようにその緻密な政治的・法的影響までは完全に測りきれていない。
だが、ただ一つだけ確信できることがある。
治安維持も、航路の安全も、経済の安定も、今日を懸命に生きる名もなき人々も、帝国すらも、あのシスにとってはゴミに過ぎない。そんな悪魔の遊技場と化した宇宙で、自分の息子が生きているというおぞましい事実だ。
(オビ=ワン……あなたは正しかった。奴は、悪魔だ)
幼い頃の自分が惹かれた、ダース・シディアスの慈愛に満ちた父の如き顔。それが、今の自分には愛など欠片もない、暗黒を隠すための仮面だったと分かる。あの男には愛などというものはない。
己に対して頭痛を堪えながら口酸っぱく小言を言い、自分をうざったがらせていたあの愚直な師匠の瞳にこそ、本当の愛があったのだ。
薄々理解していたことを父となったアナキン・スカイウォーカーは痛感した。
直ぐに『虚無の対峙(The Hollow Standoff)』と笑い話になった事件はこうして終わった。
銀河がこの日を虚無と言えた幸福に気付く、三年前のことだった。