その頃、ダース・ベイダー直轄領・特区総督府の来賓室。
ホロネットの映像を見ていたモン・モスマは、青ざめた顔のまま、しかしその瞳に静かで強烈な炎を宿していた。
「モン。これは好機かもしれない」
沈黙を破ったのは、同じく映像を見つめていたベイル・オーガナだった。
彼は真っ青な顔色ながらも、真っ当な政治家としての理性を総動員し、かすかな希望の糸口を探り出そうとしていた。
「皇帝が14年ぶりに自ら公の場に姿を現したのだ。しかも、ターキンのような武断派だけでなく、ベイダー卿のエイリアンにも権利を認める宥和的な統治をも公式に肯定した。ならば、我々元老院が間に入り、ベイダー卿の政策こそが帝国の安定に繋がると、皇帝と直接交渉する余地が生まれたのではないか?」
「……ベイル。あなたは旧共和国時代、誰よりも近くでパルパティーンを見ていたはずよ。あれが、交渉のテーブルに着く政治家の顔に見えた?」
「それは……」
震える声で言葉を詰まらせるベイルに対し、モスマは極めて冷徹に本質を見抜いていた。
「あの男は、自らの手で帝国を真っ二つに割り、底なしの競争をさせようとしているのよ。恐怖のターキンと、慈悲のベイダー。相反する二つの暴力に同時に正当性を与え、互いに競わせる。皇帝自らが仕組んだ、銀河を巻き込む壮大な殺し合いの舞台よ」
「しかし、そんなことをすれば帝国そのものが崩壊する! 国家のトップとして、何のメリットがあるというのだ!?」
「分からないわ。宗教的な狂信なのか、あるいは単に混沌を好む異常者なのか」
ジェダイではない彼らには、フォースやシスの教義など知る由もない。
だが、長年政治の世界で生きてきた彼らの直感が、理屈を超えた警鐘を鳴らしていた。
「私たちには到底理解できない、何か決定的に異なる次元の目的で動いている。でも一つだけ確かなことは、あの男には銀河を平穏に統治する気など端からなく、ただ戦乱と破壊だけを望んでいる怪物だということよ」
だから、対話など絶対に成り立たない。
皇帝が自ら銀河を闘技場とする意志を明確にしたことは、彼ら反皇帝勢力にとって生き残るための唯一の道が示された瞬間でもあった。
「……よし、戦争ね」
モスマは、覚悟を決めたように立ち上がり、ドレスの裾を翻した。高潔な理想主義者であった彼女の顔から甘い迷いが消え、乱世を生き抜く冷徹な指導者の顔へと変貌していた。
「も、モン……?」
「皇帝がベイダー卿を盾として認めたのなら、我々はその盾と共に刃を研ぐ。……すぐに行くわよ、ベイル」
「行くって、どこへ!?」
「決まっているでしょう。すぐそこの執務室でこの放送を見て、「皇帝に権利を認められた」と狂喜乱舞しているであろう特区総督府の官僚たちのところよ。彼らの目を覚ましてベイダー卿を口説き落とすのよ。この状況で皇帝と対抗できるのは彼しかいないわ!」
モスマは、一切の躊躇いなく言い放った。
「元老院に残された反皇帝派のネットワークと資産をすべて使い、彼らと協力して、ベイダー卿の特区を帝国中央から完全に独立した『国家』へと押し上げるのよ。私たちの母星(チャンドリラやオルデラン)も含めてね」
「独立国家だと!? それでは本当に、銀河を二分する大戦争になるぞ!」
「ええ。でも、もう交渉の余地なんて無いの。……私たちが生きるために、銀河の未来のために。あの怪物の、パルパティーンの首だけは、絶対に獲らなければならないわ。あの男を生かしておけば銀河が死ぬのよ」
そのころ、旗艦『デバステーター』の艦橋。
皇帝の放送から数分後、ターキン艦隊と距離を開けながら毒気を抜かれていた将校たちや、第501大隊の隊員たちの中から、徐々に歓声が上がり始めていた。
「皇帝陛下は、我々の正義をお認めになられたのだ!」
「そうだ! ターキンは『矛』に過ぎない! 我々こそが帝国の真の『盾』だ!」
自分たちの理想と行動が最高権力者に肯定されたと思い込み、熱狂し始める部下たち。無理もない。彼らにはシスの狂った教義など知る由もないのだから。
だが、その楽観的な空気を、氷のように冷たい一喝が切り裂いた。
「静まれ、馬鹿共が!!」
声を荒げたのは、ターキンへの殺意を除いては普段沈着冷静なトニス参謀長だった。
本質的に政治家である彼は血走った目で艦橋の将校たちを睨みつけ、そして重い足取りでベイダーの元へ歩み寄った。ホロテーブルを挟んだ向かい側には、同じく全く歓喜の表情を見せていないギアル・アクバー中将の姿もあった。戦術の天才である彼もまた、この演説に潜む致命的な罠にいち早く気づいていたのだ。
「ベイダー卿……。事態は最悪です」
「どういうことだ」
「これは皇帝陛下、いえ、皇帝による『死の宣告』に他なりません」
「続けてくれ」
最高権力者を呼び捨てにするという参謀長の明らかな不敬に艦橋がざわめきかけたが、その動揺を強引に抑え込むために、ベイダーは速やかにそして低く冷たい声で促した。
参謀長は一礼するとデータパッドを操作し、宙域の星図と各種データを空中に投影した。
「皇帝は、全銀河の面前で『ターキンと我々が敵対構造にある』ことを公式に定義しました。これにより、ターキンは『帝国の秩序を守る』という名目で、中央の莫大な国家予算と資源を湯水のように使い、我々をすり潰すための無制限の軍拡を開始するでしょう。連中は我々を合法的に『仮想敵国』として扱うようになります」
「……」
「我々に残された道は一つ。ターキンの軍備が我々を物理的に圧倒する前に……帝国全軍を正面から打ち破れるだけの『軍隊』と『経済圏』を創り上げることです。──即ち、我々自身の国を創るのです」
参謀長は、眼鏡の奥の鋭い双眸を光らせ、艦橋の全員に宣告した。
「帝国の巨大な生産力が完全に戦時体制へ移行するまでのタイムリミット……我々に残された猶予は、もって『三年』です。三年以内に、我々は帝国と渡り合えるだけの国力を用意して帝国中央から完全に独立しなければなりません。その後、皇帝とターキン含めた帝国全軍と正面から戦争をして勝ち抜かねば、民もろとも確実に全滅します。これは競争ではない、生存を懸けた戦争なのです」
その冷酷な事実の提示に、艦橋を満たしていた熱狂は一瞬にして氷点下まで凍りつき、底知れない緊張感へとすり替わった。
彼らは理解したのだ。自分たちは今、逃げ場のない『銀河を二分する狂気の大戦争』のスタートラインに強制的に立たされたのだと。
シスの暗黒卿──ダース・ベイダーは、微動だにせず、ただ前方の星の海を見据えていた。
守るべき者たちを抱え込んだまま、後戻りのできない血みどろの道へ強制的に引きずり出されたのだ。シスの師の、あの醜悪な笑みと共に。
(すまない、パドメ。すまない、オビ=ワン。すまない、皆。……私が、愚かだった)
かつて自分が「銀河に秩序と平和をもたらし、妻を救ってくれる。ジェダイでは出来ないことを可能にしてくれる」と信じて跪いた相手は、秩序と平和など欠片も構築するつもりはなかった。妻を救う気もなく、最初からすべてを奪う気だった。いや、妻の命も誰の命もどうでも良い、数千億の命をゲームの駒として弄ぶ、純粋な悪の化身だったのだ。
(ジェダイのほうがマシだった)
組織的に問題しかなかったし、どう考えても教えがおかしいと確信したから、クワイ=ガン・ジンが言ってくれたり手記に残した考えを基本として息子たちを鍛えているが──少なくとも、ジェダイはシディアスのように能動的に銀河を焼いたり殺戮したりを絶対にやらなかった。
若き日の己の愚かさを呪い、業火の中で助けを求める人々の顔を思い浮かべる。
もはや、降りることはできない。自分が立ち止まれば、彼らはターキンに、いや、皇帝の炎に焼かれる。
(ルーク……)
何よりも大切な自分の息子も。
「参謀長」
ベイダーの合成音声が、冷たく、重く響き渡る。その声には、迷いも恐怖も一切なかった。
「戦うぞ。ターキンと、いや、皇帝とだ」
「はっ!」
「軍拡だ。特区内の造船所の稼働率を限界まで引き上げろ。インコム社の新型機も、生産ラインをすべて買い上げ、全ラインで増産体制に入れ──いや、先ず貴官は501大隊の護衛のもと早急に総督府へ向かい、官僚たちに『私が帝国中央と戦うと決めた』ことを伝えろ。貴官が最良と思える軍拡と国家運営案を早急に彼らと討議し、作り上げろ。周辺星域のあぶれた連中も、ターキンに怯える星系も、すべて我々の陣営に引き込む」
「はっ! 直ちに取り掛かります」
「ゲレラ隊長」
傍らに控えていたソウ・ゲレラが一歩前へ出る。その瞳には、ついに帝国の喉首を食い破る時が来たという、血に飢えた獣のような歓喜が宿っていた。
「任せてください。たとえ俺らが全滅しようと、参謀長は無事に総督府へ送り届けてみせます」
「頼む。──万一、官僚の誰かがこの方針に反対し、皇帝に連絡しようとしたら、殺せ」
「無論です。反逆の芽は、俺たちがすべて摘み取ります──閣下の断固とした決断に敬意を」
一切の躊躇いのない冷酷な指示。それは、ダース・ベイダーが「皇帝の右腕」であることを完全に捨て去り、「独立組織の指導者」として腹を括った証だった。
そんなベイダーに惚れ込み──官僚の誰一人として裏切らなかったため誰も殺す必要が無かったことを含め──ゲレラは最後まで共に戦い抜くことを決めた。
ベイダーは次に、ホロテーブルの向こうに立つ歴戦の将へと視線を向けた。
「アクバー中将。貴官を大将とし、我が特区防衛軍の全艦隊指揮権を委ねる。モン・カラマリを含めた全ての造船技術を注ぎ込み、ターキンの大艦巨砲主義を根底から粉砕する『新たな艦隊』を創り上げろ。モン・カラを含めた帝国占領惑星を解放するのを最初の目的とする」
「承知いたしました、ベイダー卿」
エイリアンとして迫害されてきた誇り高き将官は、感謝を込めて深く頭を下げた。彼らが絶対にやりたいことが遂に認められたのだ。
「我が同胞たちと圧政に苦しむ者達の技術と命を懸けて、必ずや皇帝の軍勢を打ち破る艦隊を作り上げて覧に入れます」
「人員の募集に種族の制限は設けん。我々の盾に守られたいと願う者には、すべて武器を取らせろ。……三年間で、皇帝の喉首を食い破る牙を揃えるぞ」
ベイダーの漆黒の巨躯から放たれるフォースの波動が、艦橋にいる全員の魂を震わせた。
絶望的な状況に追い込まれたはずの将校たちや兵士たちの顔から、先程までの熱狂とは違う、冷たく、重く、そして強靭な覚悟の色が浮かび上がっていく。
皆と生き残るために、悪魔と戦う。
帝国最強の騎士が、覚悟を決めた瞬間だった。
こうして、銀河帝国はその建国からわずか14年で、皇帝の宗教熱によって、前代未聞の「帝国全軍」対「帝国特区防衛軍」という、血と汗と鉄を注ぐ異常な超軍拡時代へと突入していったのである。
未だクローン戦争の傷痕も癒えぬまま……