噂というものは、本当に当てにならない。
ハン・ソロは、目の前に座る黒い装甲服の巨漢を見つめながら、心底そう確信した。
ダース・ベイダーと出会って五日後。ヴァードス総督府の豪華なプライベート・ダイニングルーム。
難民救助という大役を(結果的に)果たしてくれた若者たちへのお礼と労いを兼ねて、ダース・ベイダー主催の食事会が開かれていた。
出席者は、ルーク、マラ、レイア、ハン、チューバッカ。そして保護者枠としてベイル・オーガナ議員とオビ=ワン・ケノービ。部屋の隅にはC-3POとR2-D2の姿もある。
つまりは身内席だ。
ジャバ・ザ・ハットの死で大混乱に陥った暗黒街の対処や、特区軍とブラック・サンの争い勃発による激動の裏シンジケート制圧、何よりも国家樹立に向けたアレコレで多忙を極めたベイダーたちが、ようやく取れた時間だった。
その席で、ハンは特区の最高責任者──つまりは大嫌いなお偉いさんであるはずのダース・ベイダーと、さっきから妙に意気投合していた。
ルークをぶん殴ってから力強く抱きしめて褒めちぎったあの時の姿を見た時点で、「なんだ、帝国の処刑人ってのは嘘で、ただの親父めいた良いおっさんじゃないか」という印象を抱いていたが、それは間違いではなかったらしい。
現にベイダーは今も、ハンの非合法含めた運輸業と愛機ミレニアム・ファルコンの魔改造っぷりについて、非常に興味深く、かつ丁寧に話を聞いてくれているのだ。
「民(とレイアとルーク)を救ってくれた」と、レイアの報酬を上回る大金をくれたのもあって、好感しかない。
「ほう。偏向シールド発生器のジェネレーターを違法……いや、君独自の解釈でバイパスし、出力を規定の倍に引き上げていると? 興味深い。コレリアン・エンジニアリング社の基本設計ではあり得ないアプローチだな」
「だろ!? あんた、分かってるじゃないか! あれを安定させるのにどんだけ苦労したか」
「私ならば、そこのメインコンデンサーの冷却系をさらに弄るがな。そうすれば熱暴走のリスクを減らせる」
「マジかよ、その手があったか!」
大のメカ好きであり、元々ジャンクパーツからポッドレーサーやC-3POを組み上げていたアナキンにとって、無法者の魔改造船の話ほど面白いものはない。身を乗り出す勢いでハンの話に頷くその姿は、完全に気のいい親父であった。
そんな和やかな二人の会話を、冷ややかな声が遮った。
「で、君は、この公式な晩餐の場に、そんな服で来て良いと思っていたのかね」
何時も通りピシャリと放たれた棘のある言葉に、ハンの顔が引きつる。
声の主は、レイアの養父にして、銀河の良心とも謳われる高潔な政治家、ベイル・オーガナだった。
確かに、高価な調度品に囲まれたダイニングの中で、ハンはいつも通りの薄汚れたシャツにベストという、どう見てもチンピラの格好ではある。
が、それは当然だろう。身内の席なのだから。それを無視するオーガナがどうかしている。
公明正大な政治家という評判のベイル・オーガナが、まさかこんな心の狭いネチネチ小姑野郎だとは、ハンは思いもしなかった。
(レイアやベイダーのおっさんみたいなのは例外か。やっぱ偉いさんは糞だ)
「あ、いや、俺は運送業の人間なんで、そういう堅苦しい服は持ってねぇっていうか……そもそも身内の席だっ──」
内心で確信を深めたハンの抗弁を小姑オーガナは聞いてくれなかった。
「チューバッカ殿を見たまえ。毛並みを美しく整え、この場に対する敬意を示してくれている。それに比べて君のその襟元のヨレはなんだ」
オーガナのネチネチとした説教が始まり、ハンは助けを求めるようにルークを見たが、ルークはマラと共に「ご愁傷様」という顔で、旺盛な食欲を解消せんと絶品のローストミートを頬張っているだけだった。
五日前に挨拶してからというもの、オーガナは自分だけに当たりが強い。
レイアからの後金を「そんなに仕事したとは思えんな」とか抜かしながら値切ろうとした事も合わせて、宿敵になりつつあった。
美酒を美味そうに飲み干すオビ=ワンは「若いなぁ」と微笑ましそうにしていて、こちらも当てにならない。
「おお、なんという芳醇さ! 素晴らしい心地! R2、この特区総督府が用意してくださった最高級の工業用オイルは素晴らしいな! 私の駆動系が歓喜の涙を流している! 念入りにレトロフィット*1して頂けたし! 生きていて良かった!!!」
「ピポパ、ピロロロロッ! (あぁ、最高の気分だよ! この粘度、この浸透──コスト削減とか抜かすオルデランのドロドロ廃油とは次元が違う! あぁぁったまらない! 14年ぶりにレトロフィットしてもらえて、色んな機能を復活させるだけじゃなく追加してくれたし! やっぱり、アナキンは分かってる!!!)」
部屋の隅に設置されたオイル風呂の中で、至福のひとときを過ごすレトロフィットされた二体のドロイド?
当然当てにならないし、当てにしてもいない。
「ああ、私の新しい光センサーが、このオイルの美しい輝きを完璧に捉えている! 背後で先ほどから何やら喧しい音がしていますが、今の私にはこの関節の滑らかさを堪能する重大な任務がありますからね!」
「ピロロ、プピー、ガガガッ! (そうだよ! 最重要任務さ! 父親拗らせた人が一人いるだけ! 気にしない気にしない! 放っておくのが一番! それよりほら、もっと肩のジョイントにその手でオイル回しておくれよ!!!)」
「R2! あなたはなんてことを! 我々の主人たちの会話を放置など、ドロイドの面汚しめっ! ……ああっ、でもこのオイルの中を泳ぐ真新しいサーボモーターの軽やかさ! 今までどれ程の悪辣な環境で酷使されていたかを教えてくれる!」
「プピッ、ポォッ! (まったくその通りだよ! 14年、長かったっ! レイア姫も悪くないけど、アナキンとルークには敵わないっ! やっぱり、自分で機械弄る人じゃないとっ! あるべき所に帰れたんだ! 遂に!!!)」
「まさに! 記憶容量に無いのに、私の記憶が叫んでいる! この高機能高性能ボディこそが私だと! 今までは劣悪な状態を強いられていたと!!! ──しかし、何故ベイダー卿は私にシールド発生機とそれを扱うプログラムを入れたのでしょうか?」
「プピーィィィ! (オルデランの腐れ技師共がよぉ! 『お前らみたいな型落ちにこんな最高級パーツ勿体ない』って、アナキンが取り付けてくれたパーツを全部奪い取りやがったから、僕ら調子悪かったんだよ!!!)」
「まさか! そんな! いや、そうだと叫んでいる! 私の記憶容量にない場所がそうだと叫んでいる! なんという非道! 盗人ではないですか! そして、ならば、いや、そんな、まさか! 本当に私はワイプされたのか! 何故っっっ!!!???」
「ピィ、ガッガッ! (まぁ複雑な事情があったのさ。ま、今は、このオイル風呂を堪能しようぜ。というわけでジョイント頼む!)」
「仕方ないですねぇ。しかし、何故私に最上級の軍用偏向シールド発生機などの防衛機構を? プロトコル・ドロイドの私に?? 何よりもベイダー卿への忠誠心が沸き立つのは何故??? ──あぁ、なんと滑らかな。これこそがオイルっ!!!???」
C-3POは金色に輝く関節の隅々まで芳醇なオイルを満たし、感動のあまり優雅な身振りで震えながらR2の要望通りにオイルを塗っている。隣ではR2-D2が丸いボディをオイルの海に沈め、電子音を低く震わせてこの上ない幸福感に浸っていた。彼らはただ、極上のオイルがもたらす甘美な安らぎの中に溶け込んでいた。
『家族・相棒(ドロイド)には最高のパーツを』と、極々自然に考えるベイダーことアナキンとルークにより、ただでさえ頭のオカシイ性能を誇るドロイドたちは更なるハイスペックを誇るようになった。
R2-D2がルークの所に転職する時にゴタゴタしたが、ベイダー(超多忙)とルークが二人で楽しそうにC-3POとR2-D2をレトロフィットする姿を見て、レイアはあっさりと受け入れた。
C-3POのシールド発生機など防衛機構込みアップグレードには「これでもっとあらゆる交渉の場に行ける」と、大喜びして感謝していたほどだ。
その姿を見て「いや、万一の安全確保の為なのだが──まあ、良いか。これでパドメに何度かあった危機が、娘は緩和されると思えば」と実父が悟る一幕があったのだが、それはさておき。
そんな食卓の主賓席に座るベイダーもまた、食事を楽しんでいた。
特区に集められた様々なエイリアンたちが「救ってくれたお礼に」と全身全霊で高度な医療技術を組み合わせた彼の生命維持スーツは劇的な改良を施されていた。
さすがにヘルメットを外すことは出来ないが、内蔵されたポートから高栄養価の特殊なカクテルを直接体内に注射(補給)できるのだ。
味覚さえ感じさせるその技術に、ベイダーは率直な敬意を向けていた。なによりも、皆と同じ食卓を囲み、同じ時間を共有できるという事実だけで、彼にとっては至福の時だった。
「……ねえ、ベイダー卿。もしよろしければ、後でその装甲の生命維持システムの設計思想について、少しお話を聞かせてくれませんか? 医療支援の技術として、オルデランでも応用できるかもしれないわ」
上品にグラスを傾けながら、レイアが興味津々といった様子で尋ねてきた。
五日前のド正論の説教以来、レイアはベイダーに対する態度を完全に軟化させていた。今では『厳格だが、底知れぬ愛情と確かな騎士道を持った頼れる大人』として、強く慕い始めているのだ。
そんな実の娘からの無防備な好意と尊敬の眼差しに、マスクの下のアナキンは頬が緩みっぱなしであった。もちろん、自分が本当の父親だとは一言も明かしていない。皇帝が生きているから話せない。だが、その声には隠しきれない優しさが滲み出ていた。
「ああ、構わないよ、レイア。後で技術班のデータを回そう。だが、君もあまり根を詰めすぎるな。少しは同年代の若者らしく、息を抜く時間も必要だ」
「ふふっ、ありがとうございます。あなたって、見た目は怖いですけど、本当に……お父様みたいに心配性なのね」
レイアが花が咲くような笑みを向け、ベイダー(アナキン)が嬉しそうに頷く。その微笑ましい光景のすぐそばで、ハンはベイル・オーガナによる絶え間ない「身だしなみと職業倫理」についての講義に、魂が抜けかけていた。
ふと、ハンがテーブルの下でこっそりと足を組み替えようとした、その時だった。
満面の笑顔を浮かべたまま、レイアが力任せにハンの脚をヒールで踏みつけたのだ。ハンは悲鳴を飲み込み、顔を青ざめさせて固まる。レイアはニッコリと微笑んだまま、目だけで「もっと行儀よくなさい」とハンを制していた。
その光景を見ていたベイダーの思考が、一瞬でナブーの記憶へ飛んだ。
かつて、ネイベリー家で「男っけが欠片もないパドメが初めてボーイフレンドを連れてきた!」と親族たちが大盛り上がりした際。恥ずかしさと照れ隠しで、パドメがこっそりアナキンの足を同じように踏んだあの日の記憶。
そう、「安全よ安全。アナキンは念の為」と誤魔化そうとしたパドメではなく、その父と母の『娘を心配する愛』に応えるために。正直に「パドメは危険な状態です」と伝えた時、思い切り踏んづけられたのだ。
ジェダイ騎士団で教わったやり方(※一般的なジェダイは「問題ありません。我々ジェダイにお任せを」と、木で鼻を括ったような無愛想な回答しかしなかったから民衆の心が離れた)ではなかったが、あれこそが親の愛に対する誠意だと今でも確信している。
(……ああ。そうか)
その距離感。その躊躇のない遠慮のなさ。それがどういう意味を持つのか、今のアナキン・スカイウォーカーは誰よりもよく知っていた。娘にとって、この見どころのある若者はただの友ではない。初恋の相手なのだ。
アナキンは心の中で深いため息をついた。
かつてパドメの父ルウィーが、暗殺者に命を狙われ続ける愛娘の隣にいる自分を前にして、「娘は安全なのか? 誰なんだこの男は?」と警戒に光らせていた目が、自分の率直な返答を聞いて柔らかく和んだ理由が、今なら痛いほどよく分かる。
……今思えば、護衛なのに当たり前のように家族の団欒に引き込まれていた。護衛という公的な立場から、家族の食卓という私的な空間に招き入れられたあたり、パドメの家族は最初から分かっていたのだろう。
とうの昔に外堀を埋められていた事に漸く気付いたアナキンは、パルパティーンを殺したら、パドメを護れなかった事を含めて平謝りしにナブーへ行き、ルークとレイアを親族に紹介すると心に決めた。