その時、対面に座るベイル・オーガナと、ベイダーの視線がふと交差した。
五日前、娘を救い育ててくれた事にありったけの感謝を述べ、それを穏やかに受け止めてくれた盟友。
──それはそれとして、『オルデランは王家のお抱え技師ですらC-3POとR2-D2の素晴らしい能力を見抜けぬほどに、機械分野に多大な問題アリ』と、ベイダーの心の黒手帳には太字で刻み込まれているのだが──
そんな彼の眼差しは今、あの時とは全く別の憤慨色を帯びていた。
『無礼な密輸業者など、娘には到底相応しくないと思わんか』そう雄弁に訴えかけている。
対するベイダーは、『いや、とても良い若者だと思うが』と無言で首を傾げる。
『(その様で、お前は本当にレイアの実父か!)……そうか、ならば私が直々に確かめてやろう』
実父ことベイダーが全く当てにならないと見切った養父オーガナは、コホンと一つ咳払いをし切り込んだ。
「ソロ船長。一つ聞こう。君の現在の収入についてだ。定職には就いていないと聞くが、具体的にはどうやってこの銀河で食いつないでいる?」
尋問官の如き鋭い声に、ハンは肉を噛み切る手を止め、政治家に具体的に話すことに少し気まずそうに肩をすくめた。
「まあ……ぶっちゃけ、運搬業っすよ。合法な荷もあれば、あー、グレーなやつも運ぶ。相場が悪けりゃ食うものにも困るし、逆に当たりを引けば当分遊んで暮らせる。不定期ですがね」
「不定期、か。つまり、明日には路頭に迷っているかもしれないということだな。そのような不安定な暮らしでは、家族を養うどころか、自身を守ることもできまい」
ベイルの指摘はもっともだった。公的な安定と社会への奉仕こそが正義である政治家にとって、ハンの生き方はあまりに危険で、あまりに無責任だ。
「しかも、その運搬業とやらは法に触れる可能性も高い。社会を築く責任も、次世代への義務も背負わず、ただ己のその日暮らしのみを優先する。マトモに生きようとしないとは──有り得ん」
「オーガナ議員、それは君の、生まれながらに法と秩序に守られ守らなくてはならない者としての視点だ。だが、腐敗した法が辺境の民を守ってくれたことなどあったか? 誰にも守られず、そうやって生きていかなければならない者もいるのだ。この若者を見たまえ。彼は、誰かが与える不安定な安全に頼らず、銀河のあらゆる危険を潜り抜けながら、自らの腕一本で自由と生活を勝ち取っているのだ」
鼻で笑って切り捨てようとした生粋の王族オーガナに対し、元奴隷ベイダーは深く頷いて異を唱えた。
「不定期な収入で生きていける……それはすなわち、誰も助けてくれない過酷な状況下でも確実に生き抜けるという見事な生存能力の表れだ。法や組織に縛られぬ自由な気質と決断力は、この混沌とした銀河を駆け抜けるには必須の才能だよ。ハン、君は本当に素晴らしい若者だ。もう一度礼を言わせてくれ、君のお陰でみんな助かった」
「いや、その、そんな……」
特区の最高責任者からの思わぬ激賞に、普段の減らず口もどこへやら、気まずそうに首の後ろを掻くハン。
穏やかな空気が流れかけたその時、オーガナの意図的な咳払いが再び轟いた。
咳払いの後、『お前は一体何を考えている!』と語る眼差しでベイダーを睨むオーガナは、自分がハンの悪口を言うたびにハンの隣のレイアの眼差しが絶対零度に冷え込み、逆にベイダーがハンを賞賛する度に柔らかく花開いている事に全く気付いていない。
「……ソロ船長」
「うっす」
(俺、今美味い飯食ってんのに)という抗議の意思を込めたあまりに締まりのない返事に、横で食事をしていたレイアが「『うっす』じゃないわよ……」と呆れ果て、深い溜息をついた。だが、ベイルはそんなことは気にも留めず、厳格な面接官のように尋問を続けた。
「君は宇宙を飛び回っているようだが……拠点はあるのかね? 定住所は?」
「??? いえ、ありません。ファルコンが俺の家です」
「ほう。船が家、か。つまり貴殿には、安全な土地も不動産もないというわけだ。政治家として言わせてもらえば、そのような地に足をつけ守るべき基盤を持たない生活など、砂上の楼閣に等しい。
……君には、社会的な基盤としての責任感というものが決定的に欠落していると言わざるを得ないな」
(どうだ。こんな無責任な男だ。これだけでもレイアは呆れて見切るだろう)
そう満足気にハンだけを睨みながら深く頷くオーガナ。
そんな彼は、「養父がこんな職業差別主義者だったなんて!」と怒りと失望に震えるレイアの姿が見えていなかった。
そしてその隣で、「このネチネチ野郎、他人の生き方にさっきから煩ぇなあ」という眼差しを向けるハン。
隣り合わせでオーガナに失望を深める二人。そんな彼らに、またしても力強い肯定の意見が届いた。
「船さえあれば、どこへでも行ける。己の腕とエンジンの推力だけを信じて生きる。それは、誰かや何かに依存して生きるよりも、遥かに高い能力を証明している。
法や秩序で守りきれていない辺境の統治者としては、いささか耳の痛い話だがね。だが、過酷な宇宙で生き抜くため、愛船を己の基盤とし誇りとする。彼は何物にも縛られぬ真の自由を、自らの操縦桿で勝ち取っているのだよ」
「おっ、流石おっさん! ほんと話が分かってるじゃねぇか!」
「シューコー……そうかね」
「心配すんなって。あんたが仕切るようになってから、アウター・リムは間違いなくマシになってるぜ。理不尽なピンハネをする帝国役人も居なくなったし、軍も仕事するようになったしな。『お偉いさんでも、ちゃんと仕事する奴がいる』って、俺たち同業者の間でももっぱらの評判なんだ。あんたはもっと胸張っていいぜ」
「ふふ……」
無機質なマスクの奥から、低く、しかし確かな喜悦を含んだ笑い声が漏れた。
「無法者に政治を褒められるとは、初めて自分が仕事していると思えたよ。君らは何時も辛口だからね」
「ベイダー卿!!!」
和やかな空気を吹き飛ばしながら『お前はどっちの味方だ!』という目でオーガナが睨みつけてくるが、ベイダー的価値観からしてみれば、ハンの生き方は肯定する要素しかなかった。
「……ところで、ソロ船長。稼ぎの使い道は何かね?」
すかさずにまたも、問いかけたのはベイルだった。その声には、「無計画な浪費家であることを白状させ、レイアの目から完全に鱗を落とさせる」という政治家特有の狡猾な意図が滲んでいる。
養女が(お願いだから楽しい食事をこれ以上壊さないで!)と養父を悲痛な目で睨みつけているのに、やはり気付いていない。
ハンは心の中で(何で飯食ってる時に何時までも質問するんだよ、このおっさんは。食い終わってから言えよ……)と深く毒づいたが、それでも大人しく口を開いた。
「はぁ。まあ、色々と使いますが……やっぱり船に一番使いますね。燃料費に部品代、改造費。俺の稼ぎのほとんどは、愛船に消えていくんですよ」
この答えを聞いた瞬間、ベイルの目が細められた。待ってましたとばかりに、彼はそのネチネチを言葉に乗せる。
「船に消える、か。なるほど、貴殿は将来のための蓄財も、教養のための投資も、あるいは──この場に相応しい正装を整えることすら、愛船のための金に変えているというわけだ」
ベイルはハンが着ている、薄汚れたベストとヨレたシャツを、指先でこれ以上ないほど軽蔑を込めて指し示した。
「見ての通り、貴殿は淑女を連れて行く場所に見合った身なりさえ整えぬ。そのような男が、船の部品代に大金を投じることを誇らしげに語る──実に滑稽だ。将来を見据えぬ浪費癖、そしてTPOを弁えぬ無教養。論外だな」
ベイルはただ、満足げに思い切り頷いた。今こそ、娘の目を覚ませる好機だと確信しているのだ。
彼はレイアの様子に全く気づいていない。
ハンを罵倒され、怒りに震えるレイアが「なんて酷いこと言うの!? 見損なったわ!」と今にも絶縁を吠えそうなくらいの鬼のような形相で自分を睨みつけていることにも。ハンを慰めるようにそっとその肩に手を置いていることにも。さらに、その手をハンが「気にするな」と優しく撫で返していることすらも。
一方、その頃。
ベイダーは、感動のあまり密かに装甲の下の拳を震わせていた。魂の奥底で、かつての記憶と現在の光景が激しく共鳴する震えだった。
(正装も用意せぬ身なり……そんなものはどうでもいい。己の快楽や豪遊ではなく、愛機、つまり自分たちの相棒の維持に財産を投じる姿勢。素晴らしい!)
ベイダーの脳裏に、かつてパドメが夢見ていた光景が鮮明に浮かぶ。
『あなたがジェダイを辞めるなら、いい船を買いましょう。それで、銀河を飛び回るの。子供たちと、ドロイド二体と……』
彼女のあの優しい声、あの瞳。自分の愚かさで不意にしてしまった未来は、今、目の前の力強く生きる優しい若者の生き方そのものだった。
(……そうだ。そうだぞソロ。金など、地位など、どうでもいい。愛する者を乗せ、どこへでも行けるその船こそが、男の、そして家族の命を守る最大の盾なのだ)
「オーガナ議員」
「なんだね……ああ、卿もようやく理解したか。彼は──」
「ハン・ソロは素晴らしい若者だ。彼になら任せられる」
短く、しかし断固とした、この上ない肯定だった。
「ベイダー卿!!!???」
ついにベイル・オーガナが椅子を鳴らして立ち上がり、裏切り者を見る目でベイダーを指さして咆哮した。
「貴殿は正気か!? この男のどこに、将来を任せる価値があるというのだ! 貴殿の評価基準は完全に狂っているぞ!」
ベイルの額には青筋が浮かんでいた。彼からすれば必死なのだ。
レイアは将来、オルデランの女王となるだけではない。ベイダーが立ち上げつつある新たな国家において、最も重要な政治的象徴、ひいては次代の指導者を担わなければならないのだ。
多種多様な価値観をもつ種族が犇めく新たな国家で、ベイダーの路線を継ぎ、皆が納得して頭を下げてくれる存在。それは、他でもないベイダーの血を引くレイアだけだからである。
少なくとも向こう三十年は、「大恩あるベイダー卿の娘の言葉なら」という絶対的なカリスマがなければ、辺境の者たちやエイリアン種族からの納得と信用を得ることはできない。
共和国末期からクローン戦争、そして帝国時代へと続く滅茶苦茶な政治により、彼らの政治不信は極限に達しているのだ。
民主主義であろうが独裁政治だろうがありとあらゆる政体において、政府を安定して運営する大前提となるのは『納得』と『信用』だ。
パルパティーンを倒した後に残るであろうボロボロの銀河は、それらが欠けた無秩序な状態にはもう耐えられない。
その銀河の希望の象徴たるレイアの伴侶が、どこの馬の骨とも知れない密輸業者で良いわけがなかった。
では、もう一人の血縁者であるルークはどうかと視線を向ければ、彼はマラとキャッキャと笑い合いながら、骨付き肉に豪快にかぶりついている。
ベイルから見て、ルークは紛れもなく周りから愛されるヒーローになる存在だ。
だが、だからこそ「彼のような存在は、二度と複雑な政治に関わらせるべきではない。ヒーローは政治に関わらないべきだ」とベイルは信じている。
かつてジェダイと深く関わり、頭は固くとも善人である彼らが政治の泥沼に呑まれていく悲劇を目の当たりにした過去への反省を込めてベイルは確信していた。
だから、レイアしか居ないのだ。
ここ数日の会談で、そうした銀河の未来とレイアの背負うべき重責を(※ベイダーは物凄く嫌がっていたが)共有したはずのベイダーからの先ほどの発言は、ベイルにとってまさに信じ難い裏切りだった。
生まれながらの王族であり、清廉な政治家であるベイル・オーガナは、何だかんだ言ってレイア個人の幸せよりも、銀河の安定と平和を(血を吐く思いで)優先している。
そんな切実な覚悟を、自分が悪者になってでも二人を円滑に別れさせようとする意思(もっとも、6割くらいは単にハンが気に入らないだけなのだが)をよりにもよって実の父親に梯子を外される形で無下にされたのだ。
──あと20年若いか、もう少し育ちが悪ければ「何を一人だけ良い奴になってんだよぉ!」と叫んでいただろう──
だが、『アナキン・スカイウォーカー』には、ベイルに同調して彼らの交際を反対する理由など、一片もなかった。そもそも、レイアの幸せを犠牲に銀河の安寧など欠片も欲しくない。レイアも幸せにしつつ銀河の安寧を得るとのベイルの発言に頷いただけだ。
視線を向ければ、二人の若者がそこにいる。ベイルの怒声をどこか遠いことのように聞き流し、ただ互いの存在を確かめ合うように寄り添う二人。
レイアは「え? なんの話?」と呆気にとられ、ハンは「なんであのおっさんはこんなに怒ってるんだ?」と首を傾げている。
未だ恋人にすらなっていない彼らからすれば、父親二人が自分たちの将来について勝手に大激論を交わしているなど、知る由もなかった。
だが、二人の間に流れる空気はひどく穏やかで、フォースの繋がりは固い。
かつてナブーで、自分が初めてパドメの家に招かれた時。何気ない仕草で互いを思いやり、言葉を超えたところで心とフォースが繋がっていた自分たちと同じ。
あの時、自分とパドメは自分たちが何者であるかも忘れるほど、ただ隣にいる幸福に満たされていた。今のレイアとハンのように。
レイアは良い若者を捕まえた。
この若者は、たとえ銀河中を敵に回そうとも、娘を一人にはしないだろう。アナキンはマスクの下で、かすかに目元を細めた。
「……落ち着きたまえ、オーガナ議員」
(どの口が言っているんだ!? 誰のせいで取り乱していると思っている! 何を一人だけ良い奴になってんだよぉ!)
盛大に梯子を蹴り飛ばしておいて、『一人で熱くなっている友人を宥める、理解ある良き父親』のポジションに収まったアナキンは、オーガナの殺意の視線を完全にスルーして穏やかに言った。
そして、先ほどまでオーガナが駄目出しするために冷徹に問い詰めていた相手にして、自分がその生き様を賞賛して羨望していた一人の男に対して、今度は父親としての柔らかな敬意を込めて声をかけた。
「食事の後、少し散歩しないかね。ソロ船長──ああ、ハンと呼んでもいいかね」
ハンは目を見開いた。あのダース・ベイダーから、名前で呼ばれ、夜の散歩に誘われる。
「え、あ……はい。もちろんです、ベイダー卿」
その瞬間、アナキンの胸を熱いものが通り抜けた。
かつてパドメの父ルウィーが、初めての食事会を終えた直後、自分を庭の散歩に誘い出したあの日のことが、鮮明に蘇る。
あの時、ルウィーは仕事の話も、身分についても一言も触れなかった。ただ、庭の木々を見つめながら、静かに、しかし威厳を込めて言ったのだ。
『娘を頼む。……君なら、あの子の孤独を少しは埋めてやれるだろう』と。
ルウィーがなぜ、あの日自分を散歩に誘ったのか。今なら痛いほどよく分かる。
娘の選んだ男が、どれほど危険な仕事を背負っていようとも、せめてその瞳を見て、その男の魂の重さを確かめたかったのだ。
アナキンは、かつて自分が歩んだ道を、今度は娘の隣に立つ若者のために歩もうとしていた。