静まり返った総督府の夜の庭園。
先を行く巨大な黒い装甲服の背中を見つめながら、人気がある場所をのんびり歩きながら船の話などで盛り上がると思っていたハン・ソロの背中には滝のような冷や汗が流れていた。
(なんだこれ? なんで俺は銀河帝国有数の権力者と、他に誰もいない夜の庭を並んで歩いてるんだ? いや、これって、人気を排除してるよな。どう考えても、これって密談だよな。ベイダーのおっさんは、いいおっさんだし、さっきは随分と褒めてくれたが、ひょっとして俺は何かしたか?)
ついさっきまでの、のんびりとした空気は此処には無い。張りつめた静寂だけがある。そんな場所で、銀河トップクラスの権力者と密談している。その緊張で胃を痛めるハンの耳に、穏やかな合成音声が響く。
「……ハン。単刀直入に言おう。ジャバ・ザ・ハット暗殺の件で、君にはハット・カルテルから主犯として莫大な賞金が懸けられている。後ろ盾のない無法者のままでは、三日と持たずに殺されるぞ。この通りだ」
何かした、どころの話ではない。突然の破滅宣告だった。
「……は? ジャバ・ザ・ハットが死ん……だ。はぁ!? 嘘だろ!?」
ジャバ・ザ・ハットが死んだことさえ知らなかったハンはただ慌てて、アナキンから手渡されたデータパッドを食い入るように見た。
「は、なんだこれ!?」
アナキンから手渡されたデータパッドの青白い光が、それ以上に青くなったハンの血の気の失せた顔を照らし出す。
そこには、『DEAD OR ALIVE(生死問わず)』の真っ赤な極太文字と共に、自分とチューバッカの顔写真がデカデカと表示されていた。
そして、その下に並んでいる賞金額のゼロの数。
一桁、二桁、三桁、四桁、五桁、六桁………十桁………数え終えた瞬間、ハンの膝がガクッと震えながら崩れ落ちた。
(見たこともない金額。ハットの特級、賞金首、だ……終わった。俺たちの人生、完全に終わった)
ジャバの死など知らない、無関係だ、という弁明は最早通じない。
ハット・カルテルが本気を出した特級賞金首。それが意味する絶対的な絶望を、裏社会で生きるハンは誰よりも理解していた。
ボバ・フェットのような一流の賞金稼ぎだけが敵になるわけではない。立ち寄るカンティーナの馴染みのバーテンダー、昔の恋人、ツケを頼んである修理屋、昨日まで肩を組んで飲んでいた同業者の密輸業者たち──明日からは、銀河中の全悪党が自分たちを『歩く金庫』として血眼になって狙ってくるのだ。
どこへ逃げても裏切られ、寝首を掻かれる。
愛するファルコン号は身ぐるみ剥がされてスクラップにされ、自分とチューバッカは文字通りバラバラにされてハットの玉座の飾りにされるだろう。
さっきまで絶品の美味い飯を食って「三回くらい死にかけたけど今回は当たりの仕事だった」と浮かれていたのに。気づけば、銀河一絶望的な鬼ごっこのターゲットにされていたのだ。
あまりの理不尽と恐怖に、ハンはカタカタと歯を鳴らし、データパッドを持ったまま彫像のように固まることしかできなかった。
(終わった。俺たちの人生、完全に終わった……。もう二度と、あの勝ち気で可愛い姫さんとも会えねぇんだな)
絶望の淵で、ふとハンの脳裏をよぎったのは、先ほどの食事会でテーブルの下から自分の足を蹴り飛ばしてきた、レイアの美しい笑顔だった。
明日には宇宙の塵になっているだろう自分の命。
こんなことなら、さっきの席でオーガナの親父の顔色なんか気にせず、気の利いた口説き文句の一つでも言っておくべきだった。
微かな未練と寂しさが、恐怖で凍りついていたハンの心に、小さく、だが確かな熱を呼び起こす。
数秒の静寂の後。
ハン・ソロは大きく息を吸い込むと、震える両膝をパンッと強く叩いて立ち上がった。そして、乱暴に髪をかきむしると、青ざめた顔に無理やりにいつもの不敵で皮肉めいた笑みを貼り付けた。
「……ははっ。すげぇな。ハットの連中、俺のことがどんだけ好きだったんだよ。ここまで愛されてると、密輸業者冥利に尽きるってもんだぜ」
声は微かに上擦っていたが、その瞳には光が戻っていた。
泣き喚いても、命乞いをしても事態は好転しない。ならば、笑うしかない。それが、銀河の裏側を泥水すするようにして生き抜いてきた若者の、唯一にして最大の矜持だった。
「……教えてくれて感謝するぜ、ベイダー卿。だが、俺とチューイをナメちゃ困る。ファルコンさえあれば、ボバ・フェットだろうがハットの刺客だろうが、全員煙に巻いてアウター・リムのさらに外まで逃げ切ってやるさ。まあ、しばらくは美味いメシにもありつけない貧乏旅行になりそうだがな」
強がりだ。逃げ切れる確率など万に一つもないことなど、ハン自身が一番よく分かっている。それでも彼は、目の前の巨大な権力者に「助けてくれ」とすがりつくことだけはしなかった。
そんな絶望のどん底に突き落とされながらも、己の足で立ち、笑ってみせた若者を、漆黒の巨漢は静かに見下ろす。
この状況にあっても、権力者である自分に泣きつき縋るという考えすら浮かばない若者の魂の重さと誇り高さに、アナキンは更に評価を高めていた。
「君の愛機が銀河最速の船であることは疑っていない。だが、特級賞金首となれば話は別だ」
ハンの強がりを頭ごなしに否定するのではなく、現実の過酷さを静かに諭す、ひどく穏やかな大人の声だった。
「燃料の補給、パーツの調達、ただ眠るための場所すら、明日からはこの銀河のどこにも無くなる。いかに優れたパイロットであろうと、永遠に飛び続けることはできない。……いずれ疲弊し、些細なミスで命を落とすことになる」
「っ……それは……」
「今、君たちを匿い、ハット・カルテルの手出しを完全に防ぐことができる存在は、何らかの巨大組織しかない。その傘下に入らなければ君たちは死ぬ」
反論しようとしたハンが、ぐっと言葉を詰まらせる。それが紛れもない事実だからだ。
アナキンは、そんな何物にも縛られない若者の高潔さを、自らの手で軍という檻に閉じ込めて汚してしまうことへの罪悪感を滲ませながら、リビング・フォースに導かれた言葉を発した。
「そこでだ。私の軍に入らないか?」
「……はい?」
「今なら特別待遇として、佐官の階級と特区の完全な保護を与えよう。もちろん、ファルコンの改造費も軍の予算から回せるように手配しよう……自由を愛する君には辛いだろうが。私は、君のような若者に死んで欲しくないのだ」
ハンは呆然と瞬きをした。
ハットの賞金首という死の宣告からの、あまりにも現実離れした待遇。だが、パニックになりかけていたハンの心を何より強く打ったのは、佐官という地位でも、改造費でもなかった。
最後に放たれた、『死んで欲しくない』という一言だ。
威圧的な黒い生命維持装置付きの装甲服を着て、無機質な合成音声を持つ人物。
それなのに、その言葉には、銀河の裏側を這いつくばって生きてきたハンがかつて一度も向けられたことのないような、損得勘定抜きの、ただ純粋な親愛と心配と慈愛が込められていたのだ。
その人としての器に「お伽話のジェダイってのは、俺みたいな密輸業者でも見返りなく助けるヒーローってのはこういう人なんだろうな」と内心で呟いたハンは一度大きく息を吐き出すと、ガシガシと乱暴に頭を掻いた。
「……佐官だの、軍の予算だの。普通なら『どんな裏があるんだ』って疑って、全力で逃げ出すような甘すぎるエサだぜ」
ハンは自嘲気味に笑い、データパッドをアナキンへと突き返した。
「俺は軍隊ってやつが心底嫌いなんだ。誰かの命令で動くのも、息が詰まるような規則に縛られるのも真っ平ごめんだ」
そこで一度言葉を切り、ハンは黒いマスクの奥にあるであろう瞳をまっすぐに見つめ返した。その目には、先ほどまでの恐怖はもう微塵もなかった。
「……けどよ。そんな損得抜きの、本気で心配そうな声を出されちまったら──無下に断って逃げるわけにもいかねぇじゃねえか」
「ハン……」
「権力振りかざして金で従わせようとするクソ野郎なら腐るほど見てきたが、こんななりして、本気で俺なんかの命を惜しんでくれるデカいおっさんに出会ったのは初めてだ」
ハンはわざとらしく肩をすくめると、にかっと悪戯っぽく、しかし最高に魅力的な笑みを浮かべた。
「あんたの思・い・や・りに免じて、俺の自由を少しばかり預けてやるよ。……いいぜ、おっさん。その佐官ってやつ、引き受けてやる。ただし! ファルコンの船長は俺だ。そこだけは譲らねぇからな」
その答えに、アナキン・スカイウォーカーは微かに肩を震わせて笑った。
金でも権力でも、命の保証ですらない。ただ自分の思いに真っ直ぐに応え、笑ってくれた若者の心意気が、痛いほど嬉しかった。
「ああ……。歓迎するぞ、ハン。君を私の軍に迎えられて誇りに思う」
月明かりに照らされた夜の庭園で、帝国の高官と、無法者の密輸業者は、まるで長年連れ添った悪友同士のように。
あるいは……不器用な父親と反抗期の息子のように、固く、力強い握手を交わした。
なお、「これぞお伽噺のジェダイだ」とハンは感動しているが、生命が創り出す宇宙の自然なエネルギーの流れであるフォースは盛大にツッコミを入れていた。
『旧ジェダイ騎士団が今のアナキンみたいにリビング・フォースに従って愛を持って人助けしてたら、害悪として滅ぼしてねぇよ! 愛なくしては生命は繋がらず自然な流れを生み出さねえのに、アイツラ愛を否定してエネルギーの流れを堰き止めて澱ませてバランス崩しやがったんだ! (意訳)』
そんな切なるツッコミは何時も通りに、ハンにも誰にも聞こえなかった。