莫大な予算と人命と引き換えに生み出された究極兵器、デス・スター。その灰色の巨体と艦隊が、皇帝と帝国の中枢を守る重厚な盾として、急ピッチでコルサントの空へと結集し始める。
帝国軍は流石の精鋭の動きを見せた。
「デス・スター、指定座標に到着! 主砲スーパーレーザーセーフティ解除、シールド出力最大!」
「第四艦隊、第七艦隊が到着しました! コルサント軌道に絶対防衛ラインを形成!」
ターキン大総督の怒号からわずか30分。
コルサント司令部には、帝国軍将校たちの有能さを示す報告が次々と飛び交っていた。彼らは混乱の極みの中で完璧に立ち直り、帝国の心臓を守るための分厚い盾を、文字通り瞬く間に構築してのけたのだ。
ターキンはホロテーブルに浮かび上がる、完璧かつ暴力的な防衛陣形を見下ろした。
惑星コルサントを背に、究極の盾であり矛であるデス・スターが鎮座する。
そしてその前面には、大軍拡の象徴としてすでに実戦配備されていた全長十九キロメートルを誇るエグゼクター級スーパー・スター・デストロイヤーが五隻も並び立ち、さらにその隙間を埋め尽くすように百隻近いインペリアル級と五百隻の巡洋艦で構築された大艦隊が鉄壁の陣を敷いている。
いかにアウター・リム連邦の主力五百隻が直接ハイパースペースから出現しようとも、この絶望的なまでの大艦巨砲の前に飛び込んでくれば、たちまちデス・スターと五隻のエグゼクター級を含めた艦隊の一斉射撃によって宇宙の塵となる。
「ハイパースペース・インターディクター(航行阻害)網、展開完了。敵の艦は、確実にこの防衛網のど真ん中に引きずり出されます」
情報将校が自信に満ちた声で報告した、その時だった。
「──っ! 大変です! 宙域網(グリッド)、セクター779から888にかけて大規模な空間の歪み! ジャンプ反応です! コルサント地表から僅か数千キロの超至近距離です!」
オペレーターの悲鳴に司令部は騒然となった。
「なんだと!? 馬鹿な、速すぎる! どんな高速艦でも、あと半日はかかるはずだ!」
「何よりも場所が有り得ん! インターディクター網を張っているのだぞ!」
「敵の母艦が、防衛網を抜けて首都の直上へジャンプしてきたとでも言うのか!?」
オペレーターにターキンが鋭く問い詰める。強力な重力井戸を発生させるインターディクター網を張っている以上、大型の母艦が指定宙域以外へ強引にジャンプアウトすることは物理的に不可能なはずだった。
「そ、それが……網に大型艦の質量反応はありません! 敵の艦は一隻も来ていないんです! ですが──!」
レーダーを監視していたオペレーターが、信じられないものを見たというように絶叫した。
ホロテーブルのコルサント上空。外敵を迎え撃つために外側(宇宙)を向いているデス・スターやエグゼクター級の大艦隊と、コルサント地表との『隙間』に──突如として、無数の微小な光点が湧き上がるように出現し始めたのだ。
「ハイパースペース出口、展開されます! 全機、小型機クラスの反応! 数、一万、いえ、一万二千、いや……そんなっ! 一万五千! 一万五千を超える大航空戦力です!」
その声は裏返り、ほとんど悲痛な絶叫だった。無理もない。常識を覆す異常な数の暴力が、唐突に眼前に現れたのだ。
だが、恐怖で顔を引き攣らせ、歯の根をガチガチと鳴らしながらも──このオペレーターの両手は、帝国軍最高峰のエリートに恥じぬ恐るべき速度と正確さでコンソールの上を踊っていた。
精神は完全にパニックに陥っていながら、極限まで訓練された肉体と頭脳が、本能で今すべき最適解を弾き出しているのだ。
「識別信号解析終了! X、Yウイング及びTIEディフェンダー! 全て連邦の機体です! 連邦軍の一万五千機の航空戦力がコルサントの上空に! 今! 来ます!」
その絶叫は、コルサント司令部の広大な空間を一瞬の、しかし致命的な静寂で包み込んだ。
一万五千。それは複数の星系を単独で制圧し得る暴力的な数だ。だが、将校たちを真に戦慄させたのは、単なる数の暴力ではなかった。
それほどの絶大な戦力が、一切の前兆も、彼らを運んできたはずの母艦の反応も伴わず、重力井戸を発生させるインターディクター網を抜けて、帝国の本拠地であるコルサントの上空へ直接現れた。
外側へ向けて構築したデス・スターと艦隊の分厚い防衛網をすり抜け、ピンポイントで『艦隊の背後であるコルサント上空』に湧き出したという悪夢のような事実だった。
あり得ない。常識が根底から覆され、現実感が消失する。呼吸すら忘れたような沈黙の中、誰かがひゅっと息を呑む音が響いた。
「一万五千……コルサントの航空戦力を上回る数が」
「馬鹿な!」
防衛を指揮する将校の一人が、常識を否定され、狂ったように叫んだ。
「ジャミングしている状況で、母艦の大型ナビゲーション・コンピュータによる演算支援なしに、小型機の貧弱な航法装置だけで、我が軍が密集するこの状況でコルサントの至近距離へ直接ジャンプなど不可能だ! 少しでも座標が狂えば、艦隊やデス・スター、あるいはコルサント地表に激突して全滅する!」
その将校はコンソールにすがりつきながら、自らが信奉する科学と常識に必死に救いを求めた。
「なによりも、我々はインターディクター網を張り巡らせたのだ! 奴らが空間跳躍から引きずり出されるのは、我々の大艦隊の正面の死地でなければならない! 艦隊の背後、防衛網の内側に直接湧き出すなど……帝国軍の最新鋭スーパー・コンピュータを何十台並べようと不可能な超精密跳躍だ! こんな航法、物理学的に絶対に有り得ない!!」
誰もが同意する宇宙の絶対的な常識。だが、ターキンの顔からは、先程までの冷徹な余裕が完全に消え失せていた。
(絶対に有り得ない……そうだ。ありえない。相手が普通の人間たちならば)
背筋を這い上がるような、ひどく冷たい戦慄。
ターキンの脳裏に、かつてクローン戦争で共に戦い、そして帝国成立と共に滅ぼしたはずの『普通ではない怪物たち』の姿がフラッシュバックした。
「……ナビゲーション・コンピュータなど必要ないのだ」
「ターキン大総督?」
「奴らは、機械による計算など頼らん。ハイパースペースの複雑な空間のうねりの中で、宇宙の流れそのものを感じ取り、針の穴を通すような跳躍の道を見出す忌まわしき怪物たちなのだ」
──ジェダイ。
ターキンが血を吐くように絞り出したその言葉に、司令部の空気が二つに割れた。
「ジェダイですと!? なぜあの忌まわしき亡霊どもがここに!」
クローン戦争を経験した古参の将校たちが、顔面を蒼白にさせて戦慄する。
一方で、帝国成立後に士官学校を卒業し、帝国の徹底したプロパガンダ教育を受けて育った若き将校たちは、その言葉に戸惑いと怒りを露わにし、コンソールを叩きながら必死に論理的な説明を求めようとした。
「大総督閣下! ジェダイなど、ただの旧共和国の腐敗したカルト狂信者集団ではありませんか! 十七年前に我が軍が完全に根絶やしにしたはずです!」
「そうだ! フォースなどという前時代の迷信で編隊が動くものですか! これは間違いなく新型のステルス母艦か、事前に地表へ密輸された誘導ビーコンによる跳躍です!」
「手品や奇術の類で、物理法則をねじ曲げられるわけがない! センサーの誤作動か、さもなくば未知のジャミング・テクノロジーのはずです!」
科学と、帝国軍の絶対的な技術力を信奉する若きエリートたちは、血相を変えて現実を否定する。彼らにとってジェダイとは、歴史の教科書に数行だけ記された「時代遅れのカルトテロリスト」に過ぎず、魔法のような力など初めから存在しないのだ。
「黙れ、無知なる若造どもが!」
若手たちの常識を、クローン戦争を生き抜いた古参将校が怒鳴りつけた。その声は怒り以上に、拭い去れない恐怖に震えている。
「貴様らは机上のデータでしか、いや、データですらあのジェダイという怪物たちを知らんのだ! 奴らにステルス母艦やビーコンなど必要ない! ブラスターの雨を歩いて躱し、未来を予知し、空間そのものを捻じ曲げる! あれは理屈で測れる存在ではないのだ!」
「そうだ! 奴らは機械の計算など遥かに凌駕する! だが……」
別の古参将校が、ホロテーブルの異常な光点の群れを見つめながら、歯の根をガチガチと鳴らした。
「だが、一万五千機だぞ!? いくらあの反逆者ダース・ベイダーが、かつて最強と呼ばれたほどの規格外の力を持っていたとしても、たった一人でこれほどの数の編隊すべてに同調し、狂いなく安全な出口へと先導するなど、いくらなんでも……!」
「……そうだ、一人ではない。一人のはずがないのだ。ベイダー一人ではな」
将校たちの悲鳴のような議論を遮り、ターキンはホロテーブルを睨み据えた。
彼の見つめる先、一万五千の群れの先頭には、編隊全体を牽引するように飛ぶ三つの光点があった。ターキンの瞳に、過去の亡霊を見るかのような濃密な憎悪と戦慄が渦巻く。
「ベイダーだけではない! かつて我々が滅ぼしたはずのジェダイの生き残りが複数、それもマスタークラスが連邦に与しているのだ! 過去の亡霊どもが、我々の常識を踏み潰し嘲笑いに来たのだ!!」
防衛司令部に、静寂が降りた。
帝国の将校たちは皆、圧倒的な物量と緻密な戦術と優越したテクノロジーで銀河を支配してきたエリートたちである。だからこそ、若き将校たちはフォースという理不尽な神秘の恐ろしさを知らず、古参の将校たちでさえそれを個人の武力という枠組みでしか捉えられていなかった。
──今までは。
今この瞬間、コルサント上空に湧き出した一万五千の光点。
帝国軍の最新鋭スーパー・コンピュータを何十台並べようと絶対に不可能な超精密跳躍を成立させてしまった光景を突きつけられ、古参も若手も等しく、初めて悟った。
戦術の常識も、物理的な法則すらも平然と捻じ曲げてみせる理外の怪物。それこそがジェダイだと。
そんな連中に導かれた連邦の航空戦力が、帝国の絶対的な防衛網をすり抜け、帝都という喉元へ直接、致死の刃を突き立てにきたのだという絶望的な現実を目にした彼らはようやく──ジェダイという存在の理外ぶりを知った。
一万五千機の航空戦力だけによる、敵首都への大規模奇襲。それは、今日この日までは、銀河の軍事史において誰も想像すらしなかった常識を嘲笑う戦術だった。そんな事出来るものかと笑われる戦術だった。
──だが、ジェダイたちはそれを可能にした。
実際にやられ、その効果を理解した司令部の面々は顔面を蒼白にさせた。
星を砕くデス・スターや、エグゼクター級の規格外のターボレーザーは、巨大な戦艦を焼き払うことには絶対的な威力を誇るが、蚊群のように素早く飛び回る一万五千機の小型機には、その火力を致命的なまでに活かすことができない。
そもそも、これほど星が──帝都たるコルサントの地表が近い位置で、スーパーレーザーやターボレーザーを乱射すればどうなるか。
デス・スターと大艦隊から撃たれた極太の光条は、宇宙の中心たる帝都を味方の手で丸ごと火の海に変えてしまう。
帝国のデス・スターと五隻のエグゼクター級含めた大艦隊という暴力を、連邦軍はジェダイという怪物たちを活用した戦術のパラダイムシフトによって無力化しつつあるのだ。
「……ギアル・アクバー、そしてジェダイの亡霊ども。兵法を根底から覆したか」
ターキンは憎々しげに吐き捨て、あまりのことに司令部に沈黙が広がった。
「怯むな! 全対空砲火を最大に! 迎撃戦闘機部隊全機、即時迎撃発進!」
だが、沈黙は一瞬で終わった。
ターキンの号令が下された瞬間、帝国軍の巨大な歯車は、恐るべき速度と冷酷なる合理性をもって回り始めた。
「デス・スター、全エグゼクター級、及び全艦隊! 並びにコルサント地表の砲列、一斉射撃開始! スーパーレーザーやターボレーザーなしでもやってみせろ!」
「デス・スター及び全艦隊、スーパーレーザーとターボレーザーの火器管制を物理的に切断! 誤射で帝都を焼くリスクをゼロにしろ!」
「対空ポイント・ディフェンス・レーザーのみを全門起動! 各艦のFCS(火器管制システム)を統合しろ!」
「処理能力が追いつきません! 敵機の数が多すぎます!」
「ならば各個照準などするな!」
防衛指揮官の将校が、コンソールに血が滲むほど拳を叩きつけながら怒鳴る。
「防衛空域を三次元グリッドに分割しろ! コルサント地表の対空陣地とデータリンク! 艦隊の対空砲火と地表からの十字砲火で、指定した高度帯の『空間そのもの』を撃ち続けさせろ! 空にレーザーの分厚い壁(キルゾーン)を作るんだ! 何としてもコルサントを落とさせるな!」
「そうだ! 帝都と皇帝陛下を護れるのは我々しかいないんだ!」
将校たちの絶叫に応えるように、帝都コルサントは惑星全体がひとつの巨大な防空要塞としての牙を剥いた。
地表を埋め尽くす無数の対空陣地が、重々しい駆動音を響かせて一斉に天を仰ぐ。射撃管制システムが指定された三次元グリッドを演算し、無数の銃身の奥で致死のレーザー・エネルギーが臨界へと達していく。
そして、外宇宙の敵を警戒していた大艦隊が踵を返してコルサント上空へと向かいながら、誤射のリスクとなる主砲を封印し、対空砲座だけにエネルギーを結集していく。
さらに、各区画の軍事基地からは警報のサイレンを切り裂く轟音と共に、TIEファイターを含めた万を超える迎撃隊が、滝の逆流のように空へと舞い上がり始めた。
それと同時に、強力な重力井戸の干渉を完全に無視して開かれたハイパースペースの出口から、幾千幾万もの青白い閃光が弾けた。
空間の歪みから滑り出るようにして、一万五千機の連邦軍がコルサントの空に実体化する。
『こちらゴールド・リーダー。タイミングも場所も完璧だ。アクバー提督の計算通りだ。まさか、出来るなんて』
『シルバー・リーダー驚愕してます。とんでもない対空砲火と迎撃機ですが、ここまで来れたことが信じられません。しかもぐっすり眠りながら』
『レッド・リーダーも同感だ。フカフカの椅子で眠りながら、かつての伝説のマスターたちにここまでエスコートしていただける。フォースってスゲェな』
コルサントの灯りが暗黒の宇宙まで照らす中、無数のXウイングやYウイングのエンジン光が、美しい流星群のように煌めいていた。
それに混じって飛ぶのは、特区で独自に量産化されたTIEの最高傑作、TIEディフェンダー部隊だ。強力なシールドとハイパードライブを完備したこの機体のみが、連邦軍で運用される唯一のTIEシリーズであった。
その一万五千の群れの先頭を飛ぶのは、他でもない。
漆黒に塗装された専用カスタムのXウイング──連邦代表にして総大将のダース・ベイダーである。
そしてその両翼には、彼と共に一万五千機もの大編隊をフォースで導き、複雑なハイパースペースの『道』を無傷で切り拓いた二機の複座機が並び立っていた。それぞれの後部座席で深い瞑想に入り、全機体のジャンプをダース・ベイダーと共に支えていたのは、かつてのジェダイ・マスター、オビ=ワン・ケノービとヨーダである。
『各機、帝国の艦(ゴミ)どもに構うな!』
ベイダーの戦意を帯びた合成音声が、全一万五千機の通信回路に鳴り響く。
ダース・シディアス──皇帝パルパティーンという個の力は、絶望的なまでに強大だ。正面からライトセーバー戦を挑んだところで勝機は万に一つもなく、その居城もまた、銀河で最も厳重な警備網と近衛兵に守られている。潜入や暗殺など、あのシスの暗黒卿の前では児戯に等しい。
だからこそベイダーとアクバーたち連邦軍高官、そしてヨーダやオビ=ワンたち元ジェダイは、開戦の初手にして最大の奇襲が出来るこの瞬間に、皇帝を確実に殺し切るための絶大な戦力を叩き込んだのだ。
旧ジェダイとしての流儀など不要。一万五千機の戦闘機が搭載するプロトン魚雷とレーザーと対地爆弾を座所に叩き込み、宮殿ごと跡形もなく物理的に消し飛ばすという、純粋で圧倒的な暴力を。
『我らの標的はただ一つ!』
かつての銀河一のパイロットにして、今は連邦総大将としての覇気を纏ったその声は、単なる号令ではない。皇帝の圧政に苦しんできたすべての者たちの、怒りと反逆の咆哮だった。
『標的パルパティーン、標的パルパティーン、標的パルパティーン! ──May the Force be with you(フォースと共にあらんことを)!!!』
その言葉を合図に、一万五千の戦闘機から一斉に応答が木霊する。
『『『May the Force be with you!!!』』』
エイリアンも人間も関係ない。種族を超えた一万五千の意思が一つになり、飛び立った万を超える迎撃機と宇宙を染める死の光を撃ち放つ対空砲火が待ち受けるコルサント防衛網へと、怒涛の勢いで突入を開始した。
かくして、銀河の命運を分かつ二つの国家。
その緒戦最大の激突は、帝国首都コルサントを舞台に、空前の規模の航空戦で幕を開けたのである。