地上のコルサントは、文字通りの地獄と化していた。
空を真っ赤に染め上げながら迫り来る絶望的な質量を前に、民衆のパニックは極限に達していた。少しでも早く星から逃れようと、誰もが宇宙港へと殺到し、民間船や輸送船を奪い合う血みどろの暴動が各地で勃発。交通網は完全に麻痺し、空を埋め尽くすほどの脱出艇が狂乱状態で互いに衝突しながら大気圏外へ逃れようともがいている。
怒りと恐怖、他者を蹴落とす貪欲によるダークサイドが、悲劇を糧として育ち宇宙を染めていく。
そんな地上の悲劇的なドラマなど一切無視して、デス・スターという名の巨大隕石は死のカウントダウンを刻みながら落ちていた。
このあまりにも異常な事態に対し、宇宙空間で殺し合いを演じていた連邦と帝国の両艦隊は、重く息苦しい投げやりな砲火を交わしていた。
確かに連邦軍は先刻まで、帝都の軍事工場や政府中枢に対して苛烈な戦略爆撃を行っていた。だが、それはあくまで『戦争』としての軍事的な破壊である。星そのものを砕き、無関係な一般市民を含む一兆の命を丸ごとすり潰す事態は、それとは全く次元の異なる『虐殺』に他ならない。
それでも、黙って見過ごせば憎き帝都が消え去り最大の復讐となる、という昏い誘惑に駆られる連邦の兵士は多かった。
それに対して、祖国の人々を護るために隕石を撃ちたくとも、正面の敵に無防備な隙を晒せば背後から全滅させられるという恐怖に帝国軍は縛られていた。
一兆の命が消え去る破滅を目前にしてなお、パルパティーンが銀河に蒔いた呪いは、両軍の兵士たちを縛っていた。
この時、帝国と連邦の指揮官が別の者であれば、間違いなく次の光景は起きなかっただろう。
現場が理と情の狭間で凍りつく中、帝国艦隊旗艦ヴェンジェンスのペレオン提督は即座に決断を下した。
「通信手! 連邦軍の総司令官へ、全チャンネルのオープン回線で通信を繋げ!」
「は、はい! ……提督、連邦軍旗艦から、こちらへ向けて通信要求が来ています!」
「……繋げろ!」
メイン・ホログラムに、連邦軍の総司令官であるモン・カラマリ族、アクバー提督の姿が浮かび上がる。
帝国による過酷なエイリアン弾圧政策によって同胞を奴隷にされ母星を占拠され、帝国に底知れぬ恨みを抱くアクバー。
帝国の秩序を何よりも重んじ、連邦を国を割った大逆のテロリストと見なしているペレオン。
互いに歩み寄る余地などなく、殺し合って当然の二人。ましてや眼下にあるのは、デス・スターが落下しつつある帝国の心臓部たる帝都コルサントだ。片方は潰すために、片方は護るために、殺し合い以外は有り得ない。
だが、互いの姿を視認した二人の将は、全く同じタイミングで口を開いた。
『連邦軍司令官。あの鉄塊を破壊するまで、互いへの攻撃を止めて──』
『帝国軍司令官。あの要塞を破壊するまで、互いへの攻撃を止めて──』
見事に重なった二つの声。
自陣営の利益も、積年の遺恨も、兵士たちを縛る復讐の呪縛すらもかなぐり捨て、ただ「民間人の一兆の命を救う」という一点のみにおいて、両者の思考は完全に一致していた。
言葉が途切れ、数秒の静寂が流れた後。ペレオンの口元に、微かな、だが深い敬意が刻まれた笑みが浮かんだ。
「背を見せることになるぞ、連邦艦隊。我々を憎むなら、後ろから撃ってくれて構わんよ。──我が帝国艦隊は、これより全火力を以てあの鉄塊の落着を阻止する」
『奇遇だな、提督。私も今、全く同じことを考えていた。そちらもこちらの背中を撃っても構わん。──我々は帝国の軍事拠点は焼いても、一兆の無辜の民まで巻き添えにする気はない。それが我々連邦の大義だ』
アクバーもまた、巨大な目を細めて敬意を込めた深い頷きを返す。
「どうやら、そちらは真の軍人らしい。……我々帝国艦隊は連邦艦隊の行動に一切の干渉をしない」
『貴官も軍人だな……了解した。我々も全火力を要塞の破壊に集中させる。背中を見せるぞ、帝国艦隊』
通信が切れる。
ここに、銀河を二分する未曾有の総力戦の開戦初日において、アクバーとペレオンという二人の名将による、たった数十分だけの奇跡的な『一時停戦(セーブ・コルサント)』が成立したのである。
パルパティーンが「憎悪の連鎖によって永遠に殺し合う」と嘲笑った軍人たちは、この二人だけでも、思いやりによって憎悪の連鎖を断ち切ってみせた。
二人の名将から停戦の命が全軍に行き渡ると、光の暴風が吹き荒れていた宙域に、嘘のような静寂が訪れた。
両軍は直ちに陣形を再編し、一時停戦下における軍人としての「当たり前の義務」を迅速に遂行し始める。
宇宙空間に無数に漂う両陣営の脱出ポッドや、機体を失い宙に投げ出されたパイロットたちを救うため、帝国と連邦の救助艇が入り乱れながら回収にあたった。さっきまで殺し合っていた相手のポッドが目の前を漂っていても、決して見捨てることはなく牽引ビームで引き寄せて拾い上げる。そこには憎悪の入る隙間などなく、ただ冷たい虚空から一つの命でも多く救い上げる作業だけが黙々と進められていた。
同時に、先ほどの激戦で被弾し航行不能に陥った互いの破損艦艇群は、味方の艦に引かれて速やかに後方宙域へと退避していく。
そうして迅速に戦場を整理し終えた後──両軍の稼働可能な計五百隻の主力艦隊が、横陣を組んだ。
一時的に肩を並べた敵同士が、眼下の大気圏へ沈みゆく鋼鉄の月へ向けて、全門一斉射撃を開始する。
だが、五百隻分のターボレーザーの雨を浴びせても、それでもデス・スターは厚すぎて巨大すぎた。表面を削り取ることはできても、巨大な質量を完全に粉砕するには、やはり内部から致命傷を与えるしかなかった。
その鋼鉄の月を完全に撃ち砕くため、ルーク・スカイウォーカーとマラ・ジェイドの駆る二機のXウイングが、乱気流と爆炎の中、デス・スター上空を矢のように突き進んでいた。
現在、デス・スターの表面は文字通りの地獄になっていた。
大気圏との摩擦熱が生み出す灼熱のプラズマに加え、頭上からは一時停戦を結んだ連邦と帝国の両艦隊──計五百隻もの軍艦から、要塞を少しでも削り取ろうと無数のターボレーザーの雨が降り注いでいる地獄。
当初は他の熟練パイロットたちも排熱ポートへの突入を試みた。だが、大気圏突入の乱気流と、敵味方関係なく降り注ぐ艦砲射撃の嵐を前に、常人の反射神経では到底回避が間に合わず、皆アプローチすら諦めて宙域から離脱せざるを得なかった。
この光と炎のミキサーのような狂気の宙域を飛んでいるスターファイターは、もはや銀河広しといえど、この二機しか存在しない。
迫り来る極太の光条と炎を、ルークのXウイングはまるで最初からそこに道があったかのように、ミリ単位の精度ですり抜けていく。
それは理屈ではない。スカイウォーカーの血脈に宿る常軌を逸した空間把握能力と、フォースの奔流に完全に身を委ねた結果だった。過去から未来へと流れるフォースのうねりを視覚化し、自機が通るべき生存の糸を正確に手繰り寄せているのだ。
卓越したフォースの使い手であり、類まれなる操縦技術を持つマラ・ジェイドであっても理解できぬほど、今のルークの動きは次元が違った。
彼女は己の直感と技術のすべてを振り絞り、ルークの描き出す変態的な軌道を文字通り『完全トレース』することでしか、この地獄を生き残ることはできなかった。
だが真に驚くべきことは、ルークが背後のマラが無事に飛べるためのルートを感じながら軌道を描き出していることにあった。
自分だけでなく、愛するマラをも守り抜くという強固な意志と愛により強くなるフォース。そのルークの先導がなければ、マラといえども数秒で宇宙の塵になっていただろう。
その事に、未だ少女であるマラは女としての悦びを密かに噛み締めた。
『狙いは排気口ね。直撃させれば要塞は内側から自壊するわ。……でもルーク、この高度で爆散させたら、巨大な破片の雨がそのまま地表に降り注ぐことになるわよ!?』
「分かってる、マラ。でもその方が良い。あの質量がそのまま地上に落ちたら、星そのものが爆発してしまう。だけど、空の上でバラバラに砕いてしまえば……ある程度大気圏で燃え尽きるし、燃え尽きなかった物も限られる。なら父さん(ベイダー=アナキン)たちが絶対に砕く!」
強烈なGに耐えながら、ルークの操縦桿を握る手に力がこもる。
その瞳には、敵であっても出来る限りの命を救うという確固たる意思が宿っていた。政治的な正当性も、戦略的な正解も、今はどうでもいい。ただ、眼下で逃げ惑う無数の命を守る。それこそがジェダイの歩むべき道だと、彼は本能で理解していた。
『……敵の命まで背負い込んで死地に飛び込むなんて。本当にあなたは、厄介で救いようのないジェダイね』
死と隣り合わせの極限機動の中、マラ・ジェイドの機体がルークの隣に寄り添うように加速する。その声は呆れを含んでいたが、同時に、彼に対する深い信頼と、隠しきれない熱烈な恋慕に満ちていた。
この男の背中を追うためなら、地獄の底までも飛んでいける。
『だったら、私も付き合うわ。その「バラバラにする」仕事、私たち二人がやってみせる!』
「ああ、僕らならやれるさ!」
極限状況で笑い合う二人の人間のパイロットに対し、彼らの後部ソケットに収まるアストロメク・ドロイドたちが、不満げな電子音を交わし合う。
『ピロロッ、ピピピィー! (そこは! 「二人と二体」だろぉ! 僕らのこと完全に忘れてるっ!)』
『ガーッ、ポポピッ! (何時も通りさ、R2。こういう人間のイチャイチャロマンチックに付き合うのも、俺ら有能なドロイドの仕事なのさ)』
『ピィィィッ、ガガッ! (ホントだよ! まあ、ルークとのコンビは最高に楽しいから許すけどさ! ……それに引き換え、アナキンはっ! 僕がルークとXウイングのテスト飛行を満喫してる隙に、あの生意気な寝取りドロイド(R2−G9)にコンビを許すなんて! 酷いよっアナキンっ!)』
『ピロォン……(ああ。お前が「そいつ誰だ!」って震えてたら、涼しい顔で「あぁ~~あ・な・た・が、へえ~~~あ、お疲れ様でした、お払い箱になったセ・ン・パ・イ」って煽ってきたんだったな)』
『ピギャアァーッ! (思い出しただけで電子頭脳が沸騰しそう! クローン戦争の時、ジェダイ評議会から押し付けられた新型のR3に目もくれずに! 僕を命懸けで取り戻してくれた、僕の相棒アナキンは何処に行っちゃったんだよぉぉぉ!)』
『ガガッ、ピー(まあ泣くなよ。元相棒のことは忘れな。今の相棒(ルーク)はお前とのフライトを心底楽しんでるし、お前を一番頼りにしてるんだぜ。さあ、仕事だ先輩。俺たちのナビゲートが遅れたら、その大事な新しいご主人様ごと黒焦げだぞ──マラもだ。そしたら赦せねぇ)』
『ピポパッ! (言われるまでもない! ルークは僕が絶対守る! そしてルークがマラを護るのさ!)』
小言の多いR5が過去のトラウマで暴走しかけたR2を上手く宥めすかす。
ルークの相棒であるR2-D2と、マラの機体に乗るR5ドロイドは、愚痴と思い出話と主人愛をこぼし合いながらも、その間、完璧な同期プログラムを回し続けていた。
二体の素晴らしいドロイドは、阿吽の呼吸で機体のシールド出力を限界まで調整し合いながら、両軍の艦砲射撃と摩擦熱で溶解していく要塞の表面を縫う、排気口までの最も生存率の高い侵入ルート(トレンチ・ラン)を超高速で弾き出した。
当然、相棒を心の底から信頼する二人のジェダイは、迷うことなくその灼熱の道へと突き進んでいった。