「うろたえるな」
一方、超巨大戦艦エグゼクターの艦橋。
120キロメートルの隕石が帝都へ落下するという悪夢を前に、流石のターキン大総督や百戦錬磨の将官たちにも動揺が走っていた。だが、パニックに陥りかけていた艦橋の空気を、ダサン・パルパティーンの静かで、暖かなフォースを纏った一言が一瞬にして鎮めた。
ダサンは目を閉じ、フォースのうねりを通じてコルサント上空の状況を克明に感じ取っていた。
乱気流と業火に満ちた地獄。その死地を矢のように往く、一筋の純粋で力強い光の軌跡を。
(……ルーク。やはりお前が来ているのか。──そして、彼だけではない。ルークの恋人のマラもいる。ならば)
かつて正体を隠して交流し、互いの力を認め合った得難き友。弟同然の少年。
今、彼の隣には愛する女が寄り添い共に死地を飛んでいる。
旧きジェダイの教えは恋愛を禁じたというが、それを変えた教え(本来のジェダイの教え)を受けたダサンは知っていた。
「愛する者を何としても護りたい」という純粋な愛が無私の心と結びついた時、フォースは限界を超えた奇跡を呼ぶのだということを。
愛する女を隣で護り抜き、眼下で逃げ惑う一兆の命を救い切る。
その二つの強固な意志を抱くルークを中心に、今、フォースの巨大な奔流が歓喜の歌を上げているのを、ダサンは肌で感じ取っていた。
『そうだ。それでいい』という歓喜の歌を。
その歓喜の歌は、銀河をあまねく満たすフォースからの絶対的な肯定。
愛と無私により、真の調和にいる今のルークを、フォースそのものが祝福しているのだ。
フォースという大いなる意志が全面的に祝福する今のルークは、いかなる障害だろうと止めることはできない。
(──必ずやり遂げるよ。お前なら間違いなく──そしてこの星が救われた瞬間……俺とお前たちは、完全に殺し合う敵同士になるんだな)
ダサンはそっと瞼を伏せ、カル、ガレン、エズラたち友との関係が永遠に失われたことを胸の奥底で静かに噛み締めた。
自分がこの帝国のナンバーツーとなった以上、自分は彼らに立ちはだかる最大の壁となる。それが、皇帝の息子としての務め、今、自分の命令に従ってくれている人々への義務だ。
再び目を開いた時、ダサンの瞳から青年としての温もりは完全に消え失せ、皇太子としての鋼の意志が宿っていた。
「殿下……しかし、あの質量の落下はもはや物理的に防ぎようが──」
焦りを見せるターキンの言葉を遮り、ダサンは堂々と艦橋の中央へ歩み出た。
「デス・スターはコルサントに落ちない」
静かに、だが確信に満ちた声での断言。物理法則を無視した皇太子の発言は、本来であれば軍の司令部で口にしていい言葉ではない。
しかし、ダサンの纏うフォースの静謐さが、不思議な説得力となって艦橋を包み込んでいく。動揺していたターキンや将兵たちも、彼の微動だにしない堂々たる背中を見つめるうちに、波打っていた心が嘘のように冷静さを取り戻していった。
「デス・スターが砕かれた後の盤面を構築しよう。それが、我々の務めだ。──マス・アミダ宰相」
「ははっ! ここにおります、ダサン殿下」
ダサンは振り返り、アミダに向き直った。声音に冷静沈着を乗せ、皇帝の息子として命じる。
「直ちに、連邦軍のアクバー大将へ、今現在の一時停戦を延長したいと打診してくれ。同時に、貴殿が言っていた連邦中枢へのパイプ先にも打診を。まずは、停戦、そして戦時条約だ。今回のような惑星ごと吹き飛ぶような愚行は、互いに避けたい」
「……御意に。私も、事後を考えれば、一時停戦の延長及び戦時条約は不可欠であると考えておりました」
マス・アミダは深く頷き、帝国宰相としての頼もしい顔つきを見せた。
「宰相として当然ながら、連邦議長モン・モスマら連邦政府上層部へと直接交渉可能なパイプルートを既に構築してございます。直ちに接触を図り、連邦中枢と腹を割って話し合いましょう」
「頼むぞ、宰相」
ダサンの短い言葉を背に受け、アミダは即座に巨体を翻した。
「特務通信班! 手筈通りに最上位の暗号回線を立ち上げろ! アクバー大将の旗艦と、連邦中枢への極秘回線を大至急繋ぐのだ! 同時に話をするぞ! 外交だ! 我々の務めを果たす!」
宰相の鋭い号令の下、艦橋にいた官僚たちが一斉にコンソールに飛びつき、極秘通信の手配へと慌ただしく動き始める。
頭上でデス・スター落下という物理的な破滅のカウントダウンが刻まれる中、今回の被害からの回復と直ぐに来たるべき絶望的な包囲網を生き抜くための帝国中枢による政治戦が幕を開けた。
他方、全軍指揮官として全軍の状況を注視していたターキンが苦渋の表情で報告する。
「殿下。……この宙域に後続の援軍が到着するまで、最も速くても四時間はかかります」
「四時間、か……」
ダサンは静かに呟き、戦術ホログラムを見据えた。
政治工作を仕掛けたところで、現状の戦力比においてこちらが圧倒的に不利である事実に変わりはない。この絶好の好機を、連邦軍が見逃すはずがなかった。
あの鋼鉄の要塞が砕け散った瞬間、眼下で結ばれている奇跡的な停戦は終わりを告げ、連邦艦隊は帝国艦隊を完全に包囲しにかかるだろう。
「総員、聞け」
ダサンの凜とした声が、喧騒に包まれていた艦橋の空気を再び一点に引き絞った。
「デス・スターが砕け散った後、我々は圧倒的な連邦軍の包囲を受ける。だが、絶望する必要はない。我々の目標は生存だ。──援軍が来るまでの絶望的な四時間を、ペレオン提督の指揮で耐え抜く。そして四時間後、援軍が到着し我々が敵と互せる牙を取り戻した瞬間を狙い、マス・アミダ宰相の工作によって連邦との一時停戦を結ぶ。
今日一日で数多の星を加えた連邦は、急激な拡張による内部基盤を整える時間を必要としている。そして、コルサントに甚大な被害を受けエイリアン政策などの非効率な政策を根底から改める帝国もまた、時間を必要としているのだ。
つまり、現状は双方ともに戦争より時間を欲している。コルサント近郊の戦力が拮抗すれば、対話が出来る。そして、我々は必ず明日を得られる」
明確なビジョン。軍事と政治を直結させた、現実的かつ力強い短期戦略の公言だった。
ただ闇雲に死狂いになれと言うのではない。「四時間を耐え凌げば、政治が救う」という明確なゴールを責任者が提示した。
皇帝の恐怖政治に支配され続けた帝国史上初めて、皇太子による明確な戦略が示された。
「四時間。ペレオンと共に死線を支え抜けば……我々の勝ちだ」
その言葉に、ターキンをはじめとする将官たちは頷いた。
「御命令しかと承りました──殿下」
ターキンが心からの敬意を込めて深く敬礼する。それに続くように、百戦錬磨の将兵たちが次々と力強い敬礼の姿勢をとった。彼らの目からは先程までの動揺が完全に消え去り、過酷な死地へ挑む帝国の軍人としての揺るぎない覚悟が宿っていた。
周囲からの確かな賛同を背に受け、ダサンは堂々と司令席に座る。
ここに、就いたばかりの若き皇太子としての過酷な務め──帝国の命運を懸けた四時間の幕が切って落とされた。
その頃、コルサント大気圏へと沈みゆくデス・スターの司令塔。
もはや誰もいなくなった要塞では、オーソン・クレニック長官だけが絶叫していた。
『何をしている! 出力を上げろ! 触れるなと言っただろうが!!』
他のクルーたちはとうの昔に全員脱出ポッドで逃げ去り、沈みゆく巨大な鉄塊の中に取り残されたのは彼一人。
無人のデス・スターの中枢で、クレニックは沈黙した計器を血まみれの手で叩き壊しながら、完全に発狂していた。
『私の……私の究極兵器だぞ!! こんなところで墜落させてたまるか!! 全動力だ!! フォースとかいう魔法でコルサントを押し返せ!!』
眼下に迫る広大な帝都の地表を血走った瞳で睨みつけ、彼は動くはずもないコンソールにすがりつきながら、虚空に向かって叫び続ける。
『私が成功させたのだ……私がっ! 友も何もかも捨てて成功させたのだ!!』
──その、空虚なエゴイズムの渦。全てを犠牲にしてきた男の哀れな妄執を、ルーク・スカイウォーカーは乱気流の中を飛びながらフォースを通じて確かに感じ取っていた。
だが、その怨嗟に同情して手を止めれば、眼下の一兆の命が失われるのだ。
(……落とさせるわけにはいかないんだ)
クレニックの孤独で冷たい絶望とは対極に、今のルークは宇宙で一人ではなかった。
眼下の地表で震えながら救いを祈る一兆の命の鼓動。隣に寄り添い、共に死線を飛ぶ愛する者の確かな温もり。そして、同じ宙域で共にデス・スターを落とさんとする帝国と連邦の将兵の意志。
その無数の命の繋がりが生み出す、暖かく巨大な光のうねり。大いなるフォースの奔流が、ルークの全身とその駆るXウイングを力強く推した。
灼熱の業火も、絶え間なく降り注ぐターボレーザーの閃光も、今のルークの感覚からは完全に消え去っていた。ただ、フォースが示す一本の糸だけが闇の中にくっきりと浮かび上がる。
ルークは己の我を完全に手放し、フォースの導きに身を委ねた。極限の集中の中、フォースの糸と機体の照準がミリ単位の狂いなく重なった、その刹那──。
「今だ!!」
ルークが引き金を引くと同時に放たれた二発のプロトン魚雷は、まるで目に見えない糸に引かれるように、一直線に熱排気口へと吸い込まれていった。
直後、要塞の奥深くに位置する主反応炉が臨界を突破する。
一兆の命を押し潰そうとしていた直径百二十キロの鋼鉄の月は、大気圏の上層で凄まじい連鎖爆発を起こし、内側から完全に自壊した。
バラバラに砕け散ったデス・スターの残骸は、強烈な爆発のエネルギーによって細かく吹き飛び、大気との摩擦熱によって燃え尽きる巨大な流星群となるか、あるいは落下を待ち構えていた連邦軍の航空機群によってその全てが的確に撃ち落とされた。
地表への被害は皆無。巨大な鉄塊による星の崩壊という最悪の事態は、命の繋がりを力に変えた若きジェダイの神業によって、見事に回避されたのである。
『──目標の完全破壊を確認! デス・スターは砕かれました! コルサントは無事です!』
ルーク・スカイウォーカーとマラ・ジェイドによる決死のトレンチ・ランが成功し、忌まわしい鋼鉄の月が内側から弾け飛んだ直後。
両軍のオープン通信回路が歓喜に沸く中、帝国軍旗艦ヴェンジェンスの艦橋で、ペレオン提督は安堵の息を吐き出していた。
「よし。コルサントは無事だ」
敵によるものとはいえ、自国の一兆の命が救われた。それを喜ばないほど、彼は血の通っていない人間ではない。
だが、大気圏の摩擦熱で無害な流星群へと変わり、コルサントの空へ散っていく光の雨を見届けた瞬間──両軍の間にあった奇跡のような『一時停戦』は、誰が合図するでもなく終わりを告げた。
前線司令官としての安堵に浸れたのは、ほんの数秒だった。
「提督! センサーに多数の機影! コルサントの地上より、敵戦闘機群が急速浮上してきます! その数、万を超えています!!」
「…………だろうな」
覚悟していたとはいえ、ペレオンは戦術ホログラムを睨みつけ戦慄に顔を引き攣らせた。
眼下の地表から怒涛のごとく湧き上がってきたのは、燃え尽きなかったデス・スターの破片を処理し終え、崩落した宮殿から奇跡の生還を果たした皇帝を確実に仕留めようとする、連邦軍の無数の戦闘機群だった。
先頭を飛ぶのは、先ほども巨大な破片を見事に蒸発させたベイダー(スカイウォーカー)の漆黒の機体。
絶望的な報告はそれだけでは終わらない。
「さらに、チャム艦隊、並びに正面のアクバー艦隊が一斉に回頭! 敵全艦艇が、我が軍の戦列に向けて突撃態勢に入りました!」
「くっ……!」
眼下のコルサント地表から湧き上がる万を超える戦闘機の群れと、上および正面から迫り来る士気旺盛な連邦の艦隊。それらが今、巨大な鉄床とハンマーのように、帝国艦隊を上下から完全に挟み込もうとしていた。
(万を超える戦闘機群と、連邦の艦隊が完全に合流するだと……!)
今や、この宙域における帝国全軍の指揮権は、新しく皇太子となったダサン殿下の追認により、ペレオンに完全に一本化されていた。
ターキン大総督やマス・アミダ宰相といった政治の怪物たちすらも彼の戦術的裁量に一切口出しをしないという、帝国軍の歴史上、一度もなかった合理的で理想的な指揮系統が完成している。
それは、一人の艦隊指揮官としてはこれ以上ないほどの名誉であり、不純物の一切ない純粋な戦術のみで盤面を動かすことができる最高の状況であるはずだった。
だが、そのありがたい全権委譲をもってしても、圧倒的な戦力差と配置の不利という物理的な壁はどうにもならない。
眼前に広がる自軍の倍近い敵戦力と、完全に包囲されつつある絶望的な死地。いかに有能な名将の戦術眼をもってしても、この壊滅的な盤面を覆す魔法など存在しない。
「まったく……」
皇帝の救出は果たした。だが、ペレオンの双肩には今、一つの過酷な重責がのしかかっていた。
先ほど、新たに全軍の最高司令官となったダサン皇太子から、彼に直接下された至上命令。それは『停戦を結ぶために、援軍が到着するまでの四時間何としても全軍を生存させよ』というものだった。
自棄になってただ無為に死を待つのではない。指揮権の委譲と同時に通達された、明確な戦略の下での防衛戦である。
現状はまさに、ペレオンが諸手を挙げて賛同し皇太子と連絡しあった戦略予測の通りに推移していた。
敵将アクバー大将は「政治的な停戦は政府と話をされたい」と現場レベルでの交渉を一蹴し、皇帝の首を取る為の攻勢へと舵を切った。
それと符合するように、横で首を振る副官が提示したデータパッドには、最高司令部(ダサン)から前線へと共有された最新の報告が記されていた。
『宰相たちが仕掛けている連邦中枢への外交交渉も、現状では膠着している』――と。
連邦政府もまた、自軍が圧倒的優位にある今、最大の目的である皇帝の首を取れるかどうか、アクバーの攻勢を静観している──いや、何としても皇帝の首を取ってくれと祈っている姿が瞼の裏に浮かぶ。
「予測とは、いつも辛く苦しいものばかりが当たるな」
彼らが停戦に頷くのは、帝国側の援軍が到着し、「これ以上、皇帝の首を狙うのは不可能かつ自軍の被害が大きすぎる」と悟った時だけだ。
四時間。
この地獄のような包囲網を四時間凌ぎ切り、「皇帝の首を取れない」と連邦政府とアクバー大将たちに証明した果てにのみ、『連邦との一時停戦』というゴールに辿り着けるのだ。
いかに有能な名将であっても不可能に近いその無理難題。
「だが、本望である」
かつてのように、最高責任者(シーヴ)がサボっている状況で発生する内ゲバや、上層部からの不条理な政治的干渉は一切ない。
明確な責任者(ダサン)が示した『四時間の生存後に停戦を結ぶ』という揺るぎない戦略の下で、自分はただ己の戦術のすべてを盤面に叩きつければいいのだ。
クソッタレな時代は過ぎ去った。明るい時代が、今すぐそこまで迫っている。
「全艦、直ちに重層防衛陣形へ移行せよ。正面のアクバー艦隊に対しては、前列の艦から順にシールドを張り替えながらの遅滞戦闘を展開。下層より迫る敵戦闘機群には、スター・デストロイヤーの対空砲火と、TIEファイター部隊を完全に同期させ、一匹の羽虫も通さぬ弾幕の壁を構築しろ」
圧倒的な物量差を覆す魔法はない。だが、理にかなった陣形と指揮があれば、軍隊は魔法よりも強靭な盾となる。
「反撃のための突出は一切禁ずる。我々の任務は敵の殲滅ではない、援軍が来るまでの四時間の生存だ。互いの死角をカバーし合い──この虚空に、帝国艦隊による難攻不落の要塞を築き上げろ! ……生き延びて、殿下と共に新たな時代を創るぞ!」
果たすべき責務を前に口元に誇り高き笑みを浮かべたペレオンの力強い号令に呼応し、残存する帝国艦隊が一糸乱れぬ動きで防御陣形を構築し始めた。