ちょっとルークが家出した話   作:サリエリキキ

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コルサントの戦い〜終幕(前編)〜

 圧倒的な戦力差。それは、いかなる名将の知略をもってしても覆すことのできない物理法則の壁だった。

 チャム・シンドゥーラ中将のスター・デストロイヤー群が上空から蓋をし、コルサント地表からは万を超える戦闘機群が突き上げ、正面からはアクバー提督率いる主力艦隊が怒涛の砲火を浴びせかける。

 開戦から僅か二時間。ペレオン提督の神業的な防御陣形によってどうにか持ち堪えていた帝国艦隊だったが、凄まじい物量とパルパティーンの首を取らんとする意志の前に徐々に陣形は削り取られ、後退に次ぐ後退を強いられていた。

 ついに、全軍の要たる超巨大戦艦エグゼクターまでもが集中砲火を浴び、強固な偏向シールドが飽和。直撃を受けた装甲板が吹き飛び、改良した艦橋すらも大きく揺さぶられる中破状態に陥った。

 もはや逃げ道はどこにもなくなった。戦況は帝国にとっての完全な破滅を告げていた。

 

「……ここまでか」

 

 エグゼクターの医療区画。治療カプセルから身を起こしたシーヴ・パルパティーンは、敗色濃厚の戦場をフォースで感じ取りながら、覚悟を決めた。

 シスの教義を未だ伝えていないのが心苦しいが、シスを継ぐべき愛息子をここで喪うわけにはいかなかった。

 シーヴは、呼び出したダサンを愛おしげに見つめ、ひどく弱り切った、だが深い愛情に満ちた声で語りかけた。

 

「息子よ……。どうやら、私の命運もここまでらしい。私はここに残り囮となろう。私という囮を残し、お前だけでも落ち延びるのだ」

「父さん! なにを仰いますか、あなたを見捨てて私一人逃げるなど──」

「聞くのだ、息子よ」

 

 シーヴは血を吐くような悲壮な表情で、ダサンの手を取った。

 

「お前は帝国の未来だ。私への深い親愛の情は喜ばしいが、今は冷酷になれ。……この敗戦の責任は、前線の兵、いや、あのペレオンに背負わせ、何としても生き延びるのだ。

 お前の双肩には帝国の未来がかかっている! 

 私の命を犠牲にしてでも、お前を逃がす。それが親としての私の愛であり、皇帝としての余の務めだ」

 

(ダークサイドを育むには最高の盤面であったのに、コルサントの民の命を救うなどという下らない思いやりのために一時停戦を選んだ愚かなペレオン。あの愚か者のせいでダークサイドが思うほど強くならなかった。

 あれは暗黒面を育む邪魔になる有害な存在だ。この機に責任をすべて押し付けて粛清せねば)

 

 シスの暗黒卿としての内心を覆い隠しながらの、皇帝にして父シーヴ・パルパティーンの言葉。

 その言葉に、ダサンは強く胸を打たれ、瞳を潤ませていた。

 

「父上……あなたの深い愛情、確かに受け取りました。ですが」

 

 感動に打ち震えながらも、ダサンはただの従順な息子ではなかった。彼は皇太子として、首を横に振った。

 

「敗戦の責任を、前線で命を懸けて戦う兵やペレオン提督に負わせるべきではありません。将兵に咎を出せば、ただでさえ揺らいでいる帝国の結束は完全に崩壊します」

「……何?」

「今成すべきは、先ほど両陣営が結んだ一時停戦の機運を繋ぎ、連邦へ正式に停戦を申し入れることです。既に、マス・アミダ宰相には彼が連邦中枢に築いた非公式のパイプを使って交渉に入るよう命じてあります」

 

「「「死ね! パルパティーン!!!」」」というオープン回線での殺意の咆哮と共に砲火が降り注ぎ、激しい爆発の揺れが続く艦内で、ダサンは一切の動揺もなく、極めて合理的な政治的ヴィジョンを提示してみせた。

 

「この奇襲で混乱した我々と同じく、連邦側も急速に膨れ上がった勢力圏の混乱を収め、占領地を統治する内政基盤を整える必要があります。ベイダー卿の特区という巨大な中核があっても、彼らとて一枚岩ではない。固まる時間が必要なのです。アミダのパイプを使えば、必ず停戦交渉のテーブルにつかせることができます。その上で何らかの戦時条約を結び、体制を立て直す時間を作るべきです。それが、帝国を未来へ繋ぐ唯一の道です」

 

(──おお。なんと若さに見合わぬ政治的嗅覚か)

 

 ダサンの提示した冷静な情勢分析に、シーヴは感心した。

 短期間でマス・アミダを盤面の駒として組み込み、敵軍の政治的限界を正確に見抜く視点。

 だが、足りぬ。まだ、教え導かねばならない。息子を教え導くのだ。残り少ない時間で、出来る限りのことをしなければ──

 

「ダサン……お前の絵は、寸分の狂いもなく正しい」

 

 パルパティーンは弱々しい老人の顔を拭い去り、銀河を恐怖と知略で支配してきた銀河皇帝としての鋭く老獪な眼光を覗かせた。

 

「敵の息切れを見抜き、アミダのパイプを利用する。実に見事だ。……だが、息子よ。その絵を完成させるには、どうしても『足りないもの』が一つある」

「足りないもの……?」

「今の圧倒的に不利な戦局を見ろ。連邦は今、勝利の美酒に酔い、末端の兵士に至るまで血に飢えている。……息子よ、私はクローン戦争により弱まった政治力をもって何としてもこの広大すぎる銀河の秩序を保つため、非人類への苛烈な統制や粛清といった、やむを得ぬ圧政を敷いてきた」

 

 第一の理由である『ダークサイドをさらに深めるため』という本音はひた隠しにし、あくまで第二の理由である『キャパシティ不足による圧政』を表向きの理由として語る。

 ──もっとも、そのキャパシティ不足を招いた最大の原因は、皇帝が政務を放り出し、オカルト研究に没頭していたことと、最高議長時に巻き起こしたクローン戦争により、銀河が大打撃を受けたからなのだが──

 そんな身も蓋もない真実は心の奥へ押し込み、苦悩を顔に刻んだシーヴは、自らの罪を背負う孤独な王として重々しく告げた。

 

「その治世の影で失われた無数の命……連邦の者たちが抱く哀惜と憎悪こそが、烏合の衆である彼らを繋ぎ止める最大の求心力なのだ。彼らは失われた命のために、私という首魁と、帝国そのものを決して許しはしない。いかに敵の政治中枢が停戦を望もうと、私の首に手が届くこの絶対的優位な盤面にあっては、熱狂に押し流されるだけだ。私の首を取るだけでなく、お前の首を取って帝国の中枢を滅ぼすまで、決して戦いを止めないだろう。

 ……なにより、連邦中枢も現状では停戦には賛同しておるまい。のらりくらりと躱しておろう。私の首を取れると期待しながら、躱しておるのだ」

 

 シーヴはダサンの手を取ったまま、静かに、だが絶対の確信を持って言い放った。

 先ほどアミダから受けた『連邦政府はアクバーの攻勢を見守っている』という報告と、寸分違わぬ情勢分析。通信から隔離された医療区画にありながら、盤面の裏の裏までをも見通すその圧倒的な知略に、ダサンは改めて銀河皇帝シーヴ・パルパティーンの底知れぬ凄みを知った。

 

「彼らの矛を何とかして収めさせ、停戦条約を呑ませるには、大衆の復讐心を満たすだけの巨大な戦果が必要なのだ。……すなわち、『圧政を敷いた悪しき銀河皇帝シーヴ・パルパティーンの死』という、決定的な戦果がな」

「……ッ!!」

「この戦況では、私がここで死なねば、連邦軍の熱狂は収まらない。彼らの矛先が私に向かっている隙に、お前は生き延びて援軍と合流し、皇帝になるのだ。お前が生き延び皇帝として立ち、停戦をもぎ取り帝国を立て直すためには、前時代を象徴する私という老骨が、このエグゼクターと共に宇宙の塵とならねばならん」

 

 それは、感情論を一切排した、最高権力者としての完璧な政治的断言だった。

 連邦の内部事情、大衆心理、そして戦争の落とし所。そのすべてを計算し尽くした上で、シーヴは自身の死を盤面をひっくり返すための最も有効な政治カードとして切ってみせた。

 

「父、さん……。そんな、それではあなたが……っ」

 

 政治の理屈としては完全に正しい。だからこそ反論の余地がなく、ダサンは絶望に顔を歪めた。

 そんな息子に、シーヴは自らの懐から、赤黒い光を放つピラミッド状のアーティファクト──シスのホロクロンを静かに取り出し、その震える手に握らせた。

 

「これを持っていけ。……私の力のすべて、知識のすべて、そして真の教義だ。これを、私のすべてをお前に託す」

「父さん!」

「泣くな、ダサン。お前はこれから、帝国を背負い、帝国を率いる皇帝となる男なのだ。……私を犠牲にして、帝国の未来を繋げ」

 

 連続する被弾によって艦内が激しく揺れ動く中にあって、老皇帝は巨岩のように微動だにしなかった。

 死の淵に立ってなお微塵の恐怖も後悔も見せず、ただ国と息子のために自らの命を泰然と差し出す。その姿は、一人の息子を深く愛する慈父であると同時に、数多の星々を背負い続けてきた誰もが認める偉大なる銀河皇帝の姿そのものであった。

 死すらも超越した揺るぎない覚悟と、偉大な父の言葉に、ダサンの目からついに大粒の涙が零れ落ちた。

 彼はホロクロンを胸に抱きしめ、眼前にそびえ立つあまりにも巨大な父の愛と覚悟をその身に深く刻み込むように、深く首を垂れた。

 

(──そうだ。それでいい、息子よ。私を深く愛し、私の犠牲に泣き、この偽りの愛情を本物の鎖として己の魂に縛り付けるがいい!)

 

 涙を流す愛息子を見下ろしながら、死地に残る老皇帝は内心で狂おしいほどの高笑いを上げていた。

 政治家としての正論をもって、自らの死を「帝国と息子を救うための自己犠牲」へと昇華させる。

 これですべての種は蒔かれた。

 やがて真実を知ったその日、この涙は絶望へと変わり、銀河を焼き尽くすほどの暗黒面を生み出すだろう。究極のシスが生まれる。

 それに比べれば己の命など何ほどでもない。

 

(……だが、あの戦闘機のフォース。あれはアナキンにも匹敵した)

 

 歓喜の中で、シーヴの脳裏に、先ほどのフォースの知覚が微かなノイズとしてよぎる。

 

(私としたことが、まんまとやられたわ。パドメ・アミダラの腹の中にいた赤子が、スカイウォーカーの息子が生きていたとはな。

 ……だが、それも丁度良い。暗黒面が語っておるわ。ジェダイとして育ったあの哀れな若者は、我が息子ダサンと戦う運命にある、と。

『ジェダイとシス』『光と闇』。アナキンが教えた二人の対極の存在が殺し合う事こそ、次代の最強のシスを鍛え上げるための、これ以上ない極上の試練となる! それを見れないことが無念ではあるが──未来への希望を宿しながら逝くのもまた良しよ!)

 

 万雷の拍手を浴びて銀河帝国を樹立したあの日、既に人生に勝利していたシーヴは、万感の思いを胸に刻む。

 

(ジェダイを滅ぼし! 共和国を滅ぼし! 銀河帝国を樹立し! シスが銀河の支配者となり! 銀河をダークサイドで染め上げ! 次なるシスに教義を渡した!! ダース・ベインのグランド・プランは、この私が完成させた!! ──我が生涯に一点の曇りなし!!!)

 

 シーヴ・パルパティーンは何処までも完璧なシスだった。

 

 

 

 

 その光景を、医療区画の入り口に控えていたターキン大総督とマス・アミダ宰相が、沈黙したまま見つめていた。

 二人は、ほんの一瞬だけ視線を交わし──互いの腹の底にある認識を、完璧に共有した。

 

(老獪だが、オカルト宗教に耽溺し、ろくに政務もせず非合理な恐怖政治を行うだけでなく、国家レベルの反乱勢力を作り戦争を招いた狂気の老害が消える)

(若いが、極めて理知的で、ここに来てから政治・軍事において一切の過ちを犯さず、将兵の労をねぎらい、合理的な判断を下せる若き新主が皇帝となる)

 

 とうの昔に先帝(シーヴ)を見限っていた彼らにとって、これからの『新生帝国』の頂点に必要なのがどちらかなど、改めて比べるまでもない。

 むしろ「この狂った宗教に耽溺する老害を、いかにして混乱なく帝国の玉座から排除するか」が最大の懸案だった彼らにとって、シーヴ・パルパティーン自らが『死んで囮になる』と宣言したこの状況は、笑い出したいほどの天恵であった。

 

「──殿下。いえ、新皇帝陛下」

 

 ターキンが一歩前に進み出た。その声は一切の迷いなく新たな主君を仰ぐ者のそれだった。

 

「大総督として、このターキンが陛下を全身全霊でお支えいたします。……先帝陛下の崇高なる御遺志、決して無駄にはいたしません」

「この宰相マス・アミダもまた、身命を賭して。……先帝陛下が、その偉大なる愛をもって我々の囮になってくださるうちに、我々は速やかに脱出いたしましょう。直ちに兵や官僚たちに準備させます」

 

 アミダも恭しく、深く頭を下げる。

 

((我々の地位と権限を保証してくださるならば、忠誠を誓います。さあ新陛下、狂人が正気(?)に戻って前言撤回する前に、とっととこの死地に置いて逃げ出しましょう))

 

 言葉をそのまま受け取り二人の忠誠心に感動する未だ若いダサンは気付かないが、老獪なシーヴには分かる。二人の堂々たる姿は、雄弁にそう物語っていた。

 あまりにも見事な、そして容赦のない切り捨て。

 シーヴの自己犠牲の美談に嬉々として便乗し、厄介な先代を合法的に処理して次代と共に逃げ出そうとする帝国最高の政治家と軍人。

 これには流石のシーヴも、内心の高笑いと己の演技を完全に忘れて素でポカンとし、鼻白むしかなかった。

 

(こ、こやつら……ッ!!)

 

 自分が恐怖と実力主義で支配し作り上げた帝国の高官たちが。自分がその地位を保障し、あるいは自ら引き上げた者たちが、ここまで情に薄く、完璧な合理主義の権化なことに、シスの暗黒卿すらも戦慄を覚えた。

 

 

 

『──こちら、第十一艦隊。これより本戦域に入る』

 

 その時、突如として、エグゼクターを含めた帝国全軍の通信回路に、氷のように冷たく、洗練された声が響き渡った。

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