ちょっとルークが家出した話 外伝 子連れ狼の始まり
激しい追撃を振り切り、幾度かのハイパースペース・ジャンプを経て、ファルコン号と揚陸艦は艦隊と一緒に無事にアウター・リム連邦の安全宙域へと到達した。
ファルコン号と揚陸艦が巨大な連邦軍旗艦のハンガーベイに着艦すると、ただちに医療班と整備班が駆け寄り、慌ただしくも活気に満ちた空気に包まれる。
「流石です、ソロ大佐。そしてそちらのマンダロリアンも何時も通りお見事」
出迎えたのは、連邦軍特務部隊の指揮官の一人であり、屈強な体躯と鋭い眼光を持つ女性、キャラシンシア・デューン大尉だった。
極めて有能な兵士でもある彼女の背後には頼もしい連邦の兵士たちが控えている。
「約束の追加報酬合わせて報酬はすでに口座に振り込んでおいたわ。よければ一杯やって休んでいって。客室を抑えてある。それから、その小さな可愛らしい『戦利品』は……保護局で責任を持って預かる。まずは医務室に連れていくわ」
「……頼む」
ディンは短く答え、ホバー・ポッドの中で不思議そうに周囲を見回している緑色の赤子を、ポッドごとキャラ大尉へと引き渡した。
「あう?」
「心配しないで、マンドー。こういう小さな命を守るために、アウター・リム連邦はあるんだから。ミルクでも飲ませて、フカフカのベッドに寝かせてやるわ。それにしても、肝の太い子ね。平然としてる」
キャラは少しだけ表情を和らげ、ポッドの中の赤子を覗き込んだ。
ディンは赤子がキャラの指を小さな手で握るのを確認すると、踵を返した。
傭兵としての仕事は終わった。今回も素晴らしい稼ぎだ。連邦の金払いの良さと信用性は本当に素晴らしい。
ボ=カターンが二年前にマンダロアを特区に参加させた決断は正しかった。
「世話になったな、大佐。また仕事があれば呼んでくれ」
「ああ、気をつけてな。お前の船、ウチのメカニックどもが気合入れて磨いといたらしいぜ」
ハンの言葉を背に受けながら、ディンはハンガーの奥に駐機されている愛機レイザー・クレストへと向かった。
ハッチを開け、船内に入ったディンはバイザーの奥で目を細めた。
マンダロリアンとして、他人に自分の船を勝手に弄られるのは本来好ましくない。だが、目の前の光景には文句のつけようがなかった。
配線は連邦製の高品質なものに引き直され、くたびれていたハイパードライブのコンデンサは最新型に換装されている。さらに、装甲の継ぎ目には見事な溶接が施され、無骨なガンシップとしての機能美が限界まで引き出されていた。
「……流石だ。これなら文句はないな。連邦の整備班、何時も通りに大した腕だ」
ディンは満足げに呟き、コックピットのパイロット・シートに腰を下ろした。
計器類も完璧に調整されており、エンジンの始動音はかつてないほど滑らかだ。これなら、帝国の新型機が相手でも十分に出し抜けるだろう。
チェックを終え、折角だから休ませてもらおうと立ち上がった。信用できる休憩場所は貴重なのだ。
ディンは船のシステムに厳重なロックを掛け、指定された客室エリアへと歩を進めた。
巨大な旗艦の内部は清潔で規律が行き届いており、すれ違う連邦兵たちも重武装のマンダロリアンに対して無用な警戒や敵意の視線を向けることはない。それどころか同胞として好意を向けてくれる。
彼らは皆、自分たちが何を守り、誰と戦っているのかを正しく理解している。統率の取れたプロフェッショナルな空気は、裏社会の泥水ばかり啜ってきたディンにとってひどく居心地が良いものだった。
四回ほど死にかけたが、ボ=カターンたちと共に戦った意味はあったのだ──だから、正規雇用ではなく傭兵兼賞金稼ぎでいたいという自由をもっと尊重して欲しい。
「空気を読めよ」という目を向けたボ=カターン代表や共に戦った仲間たちに切に思う。
案内された客室は無骨だが機能的で、何よりもセキュリティが完璧だった。
分厚い防音扉が閉まり、ロックが掛かる重低音を確認すると、ディンは小さく息を吐いた。
賞金稼ぎとして銀河を生きる彼にとって、他人の船でヘルメットを脱げるほどの安全地帯など滅多にない。
この連邦の信用度の高さは、ハン・ソロが提示した破格の報酬以上に価値がある。
装備を外し、ひとときの休息を得ようとヘルメットの縁に手を掛けた、その時だった。
「……クーッ」
部屋の奥から、微かな声が聞こえた。
ディンはピタリと動きを止め、ゆっくりと視線を落とす。
「あうー」
そこには、部屋の隅のフカフカのベッドの上にちょこんと座る、緑色の赤子がいた。
先ほどハンガーベイでキャラ大尉に引き渡し、医務室へ連れて行かれたはずのあの赤子だ。しかもその小さな手には、ディンが愛機レイザー・クレストの操縦桿に取り付けていた丸い銀色のノブがしっかりと握りしめられている。
「…………は?」
数多の死線を潜り抜けてきた凄腕の賞金稼ぎが、思わず間の抜けた声を漏らして硬直した。
どうやって医務室へ向かう大尉たちの目を盗み、自分より先にこの厳重なロックの掛かった客室へ入り込んだのか。いや、そもそもいつの間にレイザー・クレストに侵入してノブを取り外したのか。
さっぱりわからなかった。
「あー!」
ディンの困惑など知る由もなく、赤子は嬉しそうに銀色のノブを振り回しながら、大好きなパパを見つけたように抱っこしてと短い両手を伸ばしてきた。
「……………………」
数十秒の沈黙。
ディンはヘルメットを下ろすのを諦め、深大なるため息をついた。
「……お前、連邦の医務室のフカフカのベッドで寝るはずだっただろう。なんで俺のベッドにいる」
「あうぅ!?」
「はぁ……」
ガシッと、離れないぜとばかりにしがみついてきた赤子に溜息つきながらディンは腰の通信機を取った。
『こちらキャラ。どうしたの、部屋に不備でもあったの?』
「いや……忘れ物があった」
『え? どういう意味……そうだ。あなたの連れてきた赤ん坊知らない? 医務室から忽然と消えて大騒ぎに──』
「俺の部屋にいる。俺が連れて行く……いや、このまま基地まで乗せていってくれ。直接保護局に引き渡した方がよさそうだ」
『え……うそでしょ。どうやって』
通信の向こうで軍艦を小さい子供がほっつき歩いたことにキャラが絶句するのをよそに、ディンは通信を切り食堂に向かうことにした。
やれやれと首を振りながら、しがみつく小さな厄介者をひょいと抱え上げる。
傭兵としての冷徹な流儀も、面倒事を避ける賞金稼ぎの鉄則も、この純粋な丸い瞳の前ではどうにも形無しだった。
とりあえず、このまま船に乗せてもらって連邦の保護局へ向かい直接引き渡そう。まずはこの子に食事だ。
マンダロリアンと奇妙な赤子の銀河を揺るがす旅が、こうして幕を開けたのだった。