「いいかチューイ、俺たちは今から『ビジネスマン』だ。ランドの野郎が残していった気取ったマントの匂いも、甘ったるいコロンの匂いも全部追い出して、この船を銀河一の密輸船に仕立て上げてやるんだよ」
アウター・リムの辺境宙域。手に入れたばかりの愛機、ミレニアム・ファルコンの操縦席で、若き密輸業者ハン・ソロは上機嫌に嘯いた。
コンソールに足を乗せ、自慢げに笑うハンの隣で、相棒のウーキー族、チューバッカが『グルルル……(とりあえず、今回のまともな運びの仕事が終わってから言え。あと足どけろ)』と呆れたような喉を鳴らす。
彼らの今回の仕事は、ただの医療物資と日用品の輸送だった。
とはいえ、降り立った中継ステーションはタチの悪い密輸業者や賞金稼ぎがたむろする吹き溜まりである。薄暗いハンガーに着陸し、荷を下ろそうとタラップを降りた瞬間、案の定いつものトラブルは起きた。
「おいおい、兄ちゃんたち。この宙域で商売するなら、俺たち『赤き牙』にみかじめ料が必要だって、ママから教わらなかったのか?」
タトゥーだらけの屈強な海賊たちが、下品な笑い声を上げながらブラスターを片手にハンとチューバッカを取り囲む。
ハンはやれやれとため息をつき、腰のDL-44重ブラスター・ピストルにゆっくりと手を伸ばした。チューバッカもボウキャスターを構え、威嚇の咆哮を上げる。
血なまぐさい銃撃戦が始まる──ハンがそう覚悟し、密輸業者らしい不敵な笑みを浮かべた、次の瞬間だった。
「──そこまでだ。善良な市民に対する恐喝未遂、ならびに無許可の武装。貴様らを拘束する」
整然とした足音とともに現れたのは、純白の装甲服に身を包んだ帝国軍のストームトルーパーの小隊だった。
彼らは信じられないほど洗練された動きで海賊たちを包囲すると、ブラスターの『スタン・モード』を的確に命中させ、一瞬にして全員を気絶させ、無駄のない動きで拘束していく。
(……は? ストームトルーパーが、一発も外さずに標的に当てただと……!?)
あまりの鮮やかさと異常な命中率の高さに、ハンたちは完全に呆気にとられていた。
(嘘だろ……なんでこんな辺境のステーションに帝国軍が!? しかも密輸業者から賄賂を取るどころか、真面目に治安維持なんてやってやがる!)
ハンは顔を引きつらせた。
海賊より帝国軍の方がよっぽどヤバい。自分は帝国アカデミーを無断で脱走した身であり、隣にいるのは帝国が反逆者・奴隷として扱っているウーキー族なのだ。捕まればスパイス鉱山での強制労働は免れない。
「チューイ、隙を見てズラかるぞ……」
ハンが小声で囁き、こっそりタラップへ後ずさろうとした時、トルーパーの後方から、見覚えのある顔の帝国軍将校が歩み出てきた。
「怪我はないか、市民……ん? お前、もしかしてソロか? ハン・ソロ!」
「げっ……ヴァレン!?」
ハンは思わず声を出した。
将校は、帝国アカデミー時代の同期、ヴァレン中尉だった。優秀だが少し頭の固かった男だ。脱走兵である自分を見逃すはずがない。ブラスターのグリップを握る手に嫌な汗が滲む。
「久しぶりだな! まさかこんな所で会うなんて!」
満面の笑みで歩み寄ってきたヴァレンは、ハンの肩をバシバシと叩いた。ハンはブラスターから手を離せず、引きつった笑いを返す。
「あ、ああ。奇遇だな。俺はちょっと急いでてな……その、見逃してくれないか?」
「見逃す? 何を言ってるんだ。お前は海賊に襲われていた被害者だぞ。……おお! そちらのウーキーは君の相棒か!」
ヴァレンはチューバッカを見ると、一切の偏見や嫌悪感を見せることなく、ピシッと美しい敬礼をした。
チューバッカは困惑し、『ウゴォ……? (なんだこいつ、熱でもあんのか?)』とハンを振り返る。
「素晴らしい毛並みだ。ウーキー族の怪力と操縦センスは、艦隊でも高く評価されているからな」
「……は? 艦隊で評価? 帝国はエイリアンを奴隷にしてるんじゃないのか?」
ハンが思わず素で聞き返すと、ヴァレンは心底不思議そうな顔をした。
「いつの時代の話をしてるんだ。この星区は一年前に『ダース・ベイダー卿』の直轄領になったんだぞ。非効率な奴隷制やエイリアン差別は即日撤廃された。才能ある者は種族を問わず登用される。現に、私の直属の上官はトンドク族だ」
(ダ、ダース・ベイダー!? あの泣く子も黙るシスの暗黒卿!?)
ハンは背筋に冷たいものが走るのを感じた。
「なあ、ソロ。お前、相変わらずフリーランスで飛んでるのか? だったら、うちの軍に戻ってこないか?」
「……は?」
「ベイダー卿の直轄軍はいいぞ! なんせ上官が理不尽な命令を下さない! いや、下した瞬間にベイダー卿に物理的に首を絞められて排除されるからな! おかげで風通しは最高だ!」
ヴァレンは目をキラキラさせながら、恐ろしいブラックジョーク(事実)を爽やかに語り始めた。
「給与は標準の1.5倍。危険手当も出るし、ボーナスも出て、週に二度は必ず休暇が取れる。長期休暇も完備だ。なにより、ベイダー卿は前線の兵士の意見をすごく大事にしてくださるんだ。先日も、トルーパーのヘルメットの視界が悪くて射撃精度が落ちるという苦情に卿自ら対応してくださってな、最新型はHUDの解像度が上がってめちゃくちゃ快適なんだぞ! さっきの射撃を見たろ?」
「お、おう……」
「お前の腕と、そのウーキーの相棒と、その船があれば、すぐにでも小隊長待遇で迎え入れられる! キャッシュカードの限度額を気にしてコソコソ飛ぶ生活とはおさらばだ! どうだ、紹介状を書こうか?」
『ウオォォ! (そうだぞ、同胞。ここは最高だ。今や腕の立つウーキーたちは此処に集まってる!)』
突然、ヴァレンの後ろから、ウーキー族の体型に合わせて特注された漆黒の帝国軍装甲(階級章からして大尉)を着こなした、恰幅の良いウーキーの士官がひょいひょいと手を振って現れた。
その信じられない光景に呆然としていると、周囲で荷運びを手伝っていた他の同胞数人からも話を聞いたらしいチューバッカが、ハンの袖をグイグイと引っ張る。
『ウオォォ! (ハン、なんか待遇めっちゃいいぞ。ボーナスも出るらしいし、三食昼寝付きで医療保険も完備だ。就職してもいいんじゃないか? いや、就職しよう。同胞がこんなに笑顔で働いてるなんて、何十年も見てなかった!)』
『ウオォォ! (ん? お前……そういやキャッシーク(故郷)には帰ったか?)』
『ウオォォ! (いや、俺たちの星は、今帝国軍に占領されて酷いことに……)』
『ウオォォ! (なんだ知らないのか。あそこもベイダー卿の直轄領になってから急ピッチで復興してるぞ!)』
『ウオォォ!! (なんだと! 本当か!)』
『ウオォォ! (ああ、ベイダー卿は森林保護区の制定と復興支援をしてくださるからな。今、何人も同胞が復興事業に携わっている。お前も手を貸してくれないか。物資を運べる腕のいい輸送船持ちは、喉から手が出るほど欲しいんだ!)』
『ウオォォ!! (ハン! ここで働くしかないだろ! 俺たちの船は銀河一なんだから!)』
相棒は、福利厚生と郷土愛にあっさりとオチた。
「馬鹿野郎! 騙されるなチューイ! 帝国軍だぞ!? しかも相手はあの『ダース・ベイダー』だ! 気分次第で首を絞めてくる化け物だって噂だぞ!」
ハンは小声で相棒を叱り飛ばし、冷や汗をかきながらヴァレンに向き直った。
「えーっと、ヴァレン。ありがたい誘いだが、俺は一箇所に縛られるのが嫌いな性分でね。自由な星の海を、この愛船と一緒に飛んでいたいんだ。悪いな」
「そうか……。お前の腕が帝国のために振るわれないのは残念だが、無理強いはできないな。ベイダー卿も『個人の適性を無視した配置は全体の効率を下げる。意志なき者に操縦桿は握らせるな』と仰っていたしな」
『ウオォォ……(そうか、残念だ。こんど民間の依頼として発注させてくれ。運んで欲しい復興資材が山程あるんだ)』
ヴァレンとウーキーの大尉は心底残念そうに肩をすくめると、部下たちに海賊を連行するよう撤収の合図を出した。
「じゃあな、ソロ。もし気が変わったら、いつでも地域の帝国軍リクルートセンターに来てくれ。君の相棒のサイズの制服も、特注ですぐに用意させるから!」
『ウオォォ! (またな、同胞!)』
爽やかな笑顔で去っていくホワイトすぎる帝国軍の小隊を見送りながら、ハンは全身の力が抜けてファルコン号の機体に寄りかかった。
「……なぁ、チューイ。俺の知ってる帝国軍って、もっとこう、陰湿で、高圧的で、見つかったら問答無用で撃たれるような連中だったよな?」
『グルル……(時代は変わったんだな。同胞が奴隷から解放された。そして、母星は復興している。マトモなトップがいると、現場はここまで変わるんだな)』
「お前は感心してんじゃねえよ! ……クソッ、なんか調子狂うぜ。あんな真っ当すぎる帝国軍の顔なんて見てたら、密輸業者としてのプライドが保てねえ!」
ハンは頭をガシガシと掻き毟り、ファルコン号のタラップを駆け上がった。
「早くこんな宙域おさらばして、もっと俺たちに相応しい、胡散臭い連中がいる所行くぞ! そうだ、オルデランだ! あそこは最近色んな連中が出入りして賑やかだからな! きっと悪党どもと金が集まってる! 理不尽で真っ当な悪党稼業ができるはずだ!」
『ウゴォォ! (福利厚生のしっかりした堅気稼業を蹴って、わざわざブラックな無法地帯に向かってどうするんだ! ここでフリーランスとして合法的に物運べば良いじゃないか!)』
抗議するチューバッカを操縦席に押し込みながら、ハン・ソロは逃げるようにミレニアム・ファルコンを発進させた。
目指すは、コア・ワールドの美しい惑星オルデラン。そこでなら、きっと自分のような無法者に相応しい、危険でダーティな仕事があるはずだと信じて。
「この船は速いのですよね。この荷を積んで是非行って欲しい所があるのです」
そこで運命に会うのである。