現実逃避の仕事を続けるアナキンに、義父ルウィーの絞り出すような声が突き刺さった。
「それで、R2。パドメはやはり──ムスタファーで……」
その問いに、R2-D2のドームがひときわ悲しげに回転し、重苦しい電子音が響く。
『ピロロロロロ……、プィィィ(うん。独立星系の政治家たちが、敗色濃厚になったからパドメに極秘の和平交渉を申し込んできたんだ。パドメはそれに応えて、護衛の戦闘機に乗るアナキンと一緒に極秘裏にムスタファーに向かった。でも、着いた途端、ものすごい数の敵機──60機近い皇帝直属の戦闘機部隊に襲われたんだ。アナキンは僕と一緒に宇宙でその大軍と激闘を繰り広げて、なんとか全部叩き落としたんだけど、そのせいで戦闘機はひどく損傷しちゃって……でも、パドメの乗っている機体には傷一つ負わさなかった。やっぱりアナキンは凄いよ)』
「おお……! R2は申しております。独立連合の政治家たちが秘密裏にパドメ様を頼り、和平の道を探ろうとしたところを、恐るべき皇帝の部隊が襲撃したのだと! アナキン様は宇宙空間で60機近い敵機を相手に孤軍奮闘し、見事パドメ様を護り抜いてムスタファーへ着陸したのだと! ご覧の通りに!」
C-3POの悲壮感しかない翻訳に加え、R2がホログラムで再生する『六十対一の絶望的な空中戦(※素材をクローン戦争から採用した完全なる捏造映像)』を見て、親族たちが息を呑む。
『ピィィィ……(でも、着陸したムスタファーには、皇帝が差し向けたダーク・ジェダイが十人以上も待ち伏せていたんだ。奴らは独立連合の政治家たちを皆殺しにして、パドメにも襲いかかった。僕は船の修理をしていたから映像はないけど……アナキンが、必死でパドメを守り抜こうと無数の敵と戦う音だけはある。聞きたい? 聞かない方が良いと思うよ)』
「なんということでしょう!」
C-3POは信じられないと言わんばかりに金色の両手で頭を抱え、金属の体をガシャガシャと震わせながら慟哭した。
「何とか着陸した我々の所にダーク・ジェダイが複数現れたと! 彼らは和平を望んだ独立連合の政治家たちを無慈悲に皆殺しにし、あろうことかパドメ様へも凶刃を向けたのです! R2は、恐ろしい数の敵を前に、アナキン様が致命傷を負いながらも、最期までパドメ様を護ろうと死闘を繰り広げられた痛ましい音データだけは残っていると!」
親族たちが悲痛な声を上げかけるが、C-3POはさらに声を張り上げた。
「ああ、皆様! R2は『聞くべきではない』と申しておりますし、私も再生は絶対にお勧めいたしません! 気絶したパドメ様を護らんとするアナキン様の決死の息遣いと、無情な剣戟の音(※オビ=ワン・ケノービ監修により極めて巧妙に加工済み)など、皆様方には到底お聞きに耐えられるものではありませんっ!」
C-3POはそこでハッとしたように身を震わせた。
「──そうか! 私にアナキン様用シールド発生器が取り付けられた理由が、今ようやく分かりました! 二度とこのような悲劇を繰り返さぬためだったのですね!
……ちなみに、既にレイア様のご命令で四度ほど使用しておりますが、どう思われますか?」
「3PO! それは黙っててって言ったじゃない!」
「どういうことだレイア!」
「まさか、あなた、そんな危険な所に!?」
コー……ホー……。
アナキンは、その完璧すぎる作り話と、今度はレイアへ集中し始めた親族たちの問い詰めを聞きながら、最早存在しない胃がねじ切れるような錯覚を覚えていた。
コホー。
銀河の常識として、『ドロイドは嘘をつけない』。
基本プログラムとして事象を客観的に記録するよう作られている彼らに、虚偽の報告をするという概念は存在しないからだ。ましてや、翻訳をしているC-3POはクローン戦争直後に完全に記憶をワイプされているため、ムスタファーの真実を本当に知らない。彼の悲壮感に満ちた翻訳には、一片の嘘も疑いも混じっていないのだ。
──「シールド発生器など使っていない」と嘯いていたレイアを後で問い詰めることや、この機に乗じて彼女の無茶を家族にチクったC-3POの素晴らしいファインプレーは、今は別問題である。
では、映像を再生しているR2-D2はどうなのか。
この頑固で小生意気なアストロメク・ドロイドは、アナキンと共に戦っていた数十年も前から、ただの一度も記憶をワイプされていない。独自の自我を完全に確立した、ある意味で『ドロイドの皮を被った別の何か』である。
どうやって制限を誤魔化しているのかは定かではないが、『捏造した加工済みの音声データを真実として紐づけている』か、『一家の平穏を護るために気合でシステムを突破して平然と嘘をついている』かのどちらかだ。
──機械いじり好きなアナキン・スカイウォーカーとしては後者の疑いが極めて高い。「んな馬鹿な」と笑われるだろうから言わないが。
結果として、この場には『絶対に嘘をつかない(と信じられている)ドロイドが提示する、客観的で完璧な悲劇の記録』だけが提示されているのだ。
だから、その記録を疑う者は誰一人いなかった。
「お祖父さん、僕が少しだけとはいえ、その戦闘音を聞いたんだ」
ルークが重々しく、しかし父親への強い尊敬を込めて口を開いた。
「信じられないほど強いダーク・ジェダイが少なくとも十人以上いた。……父さんでも、母さんを守り切ることは不可能だった。いや、ベンが来るまで母さんに殆ど攻撃させなかったなんて──それだけでも僕には信じられないくらい凄いんだ」
「独立連合の政治家たちは、ムスタファーで何とか交渉しようとしていたのね。そこで話が通じるお母さまを頼った……それが皇帝の仕掛けた罠だった。あの男のせいで、私たちはお母様と両親と過ごす日々を失ったのね」
レイアがギリッと唇を噛む。
「じゃあ、ダース・ベイダー。つまりは、アナキンが独立連合のトップを討ち取ったと大々的に報道しておいて……実は、パルパティーンの暗殺者が全員殺していたの!?」
義姉のソラが愕然と声を上げる。
「なんということだ……ムスタファーで独立連合の首魁が全員討ち取られたと聞いた時には、我々は戦争が終わると喜んでしまっていた──だがその裏で、パドメは……っ」
「アナキン……あなたは、60機もの敵機と戦った直後でボロボロだったのに、さらに暗殺者と戦って、致命傷を負いながらもパドメを護り抜いて、駆けつけたオビ=ワンに娘を託してくれたのね! そのお蔭で、ルークとレイアは産まれることが出来たのよぉ!」
ルウィーとジョバルが、顔を覆って号泣し始めた。
「そして自分は、記憶を失うほどの重傷を負ったところを皇帝の手先に捕らえられ、記憶を奪われたうえに、処刑人(ダース・ベイダー)として無理矢理使役されていたなんて! それなのに、武器を持たない相手をむやみに傷つけなかったなんて──あぁ」
「アナキン……あんた、ずっと一人でそんな地獄を……」
ラーズとオーウェンまでもが、目頭を熱くしてアナキンを見つめている。
「ベンが言っていたよ。父さんは『僕は手遅れだ。追撃が来る前にパドメを、子供たちを』と火にまかれながら言っていたって」
「ベンおじさんが、『私が今まで言えなかったのは、後悔ゆえだ。私がもう少し早ければと。そして、アナキンが死んだものと考えていたことをずっと後悔していたんだ……いや、君たちに責められるのが怖かったんだ、レイア。そして、ルーク──すまなかった。わたしは……間に合わなかった』って」
ルークとレイアは、四日前のオビ=ワンの話を真に受けてすっかり感動している。
(違う!)
アナキンは心の中で絶叫した。
(60機の敵機などいない! 分離主義者の幹部どもが泣き叫びながら逃げ惑うところを無慈悲に皆殺しにしたのは、間違いなくこの私だ! ダーク・ジェダイなんて一人もいなかった! パドメの首をフォースで絞め上げたのも私だ! 私を止めようとしたオビ=ワンと死闘を繰り広げ、溶岩の畔で全身を焼かれたのも、私自身の意志でダークサイドに堕ちたからだ! 悪いのは私なのだ!!)
たしかに、長年にわたってパルパティーンの巧妙な精神操作を受けていたことに関しては、今でこそ『ああ、あれは完全に洗脳されていたな』と客観的に見れるようにはなった。
(だが、それでも最終的に剣を振るったのは私だ。私自身の意志でダークサイドに堕ちたのだ。悪いのは私なのだ!!)
だが、アナキンは声に出して反論することをしなかった。いや、できなかった。
なぜなら、この「完璧に捏造された美談」を前にして真実を語ることがいかに無意味か、この数日で骨の髄まで思い知らされていたからだ。
事の発端は六日前、パルパティーンの策略(とアナキンは認識している)によって彼の正体が世間に暴露された直後のことだ。説明を求めたルークと、ナブーから暗号化ホロ通信で接続したレイアに対し、R2は「アナキンは自分を悪者にしようとするから、僕が真実を伝えるね」と、いち早くこの捏造映像を二人に見せていたのである。
それにより、子供たちはすでに完璧な偽史を信じ切っていた。
その二日後、今から四日前。仕事の合間に、ルークとレイア、二体のドロイド、そしてなぜかしれっと同席していたオビ=ワンと共に、アナキンは初めてこの家族向けに編集された記録映像を見せられた。
そこで初めて自分に関するこの美談を知ったアナキンは、慌てて真実を──自らが犯した取り返しのつかない大罪を、せめて子供たちにだけでも伝えようとしたのだ。
だが、真実を語る父親を前に、子供たちはただ悲痛な涙を流すばかりだった。
「お母さまを護れなかったこと、そして皇帝の操り人形にされていたことが、辛いのね」
「父さん、辛いのは分かる。でも忘れないで、僕たちは絶対に傍にいる」
さらに、そんな彼らの横で、沈痛な顔のオビ=ワンが息子と娘に「私がもう少し早く駆けつけていれば……」という謝罪まで交えながら『R2の記録を完璧に裏付ける作り話』を聞かせた上で、真実を語るアナキンに心底不思議な顔でこう言い放ったのだ。
『何を言っているんだ。R2の動画の通りだったじゃないか……ああ、そうか(悟った眼差し)──少し働き過ぎではないか、アナキン。疲れは先ずは記憶にくる。休んだ方が良い。後は任せるんだ』
(※この時、アナキンは心底驚愕した。あの日のことについて、これまでオビ=ワンとは互いに触れずに生きてきたが、まさか彼がR2の捏造記録を『真実だ』と肯定してくるとは思いもしなかったからだ)
そして、それで終わらなかった。二度目はその翌日、今から三日前、連邦の最高会議でのことだ。
家族との連絡や仕事に忙しいアナキンに、後は任せるんだとか抜かしたオビ=ワンは「かつての分離主義の関係者の皆さんと、最低限共有すべきことがある」と述べ、R2が編集した事件の概要資料を。議会関係者と高官だけが閲覧を許される極秘資料となった資料を出した。
映像は家族に見せたものより短く、戦闘の詳細も伏せられていたが、それでも結論は同じだった。
それを見たトニス参謀長やマール・トゥーク中将をはじめとする旧分離主義勢力の生き残りたちは、わなわなと怒りに肩を震わせた。
「我が分離主義の指導部と、唯一対話可能だった良識派のアミダラ議員を一挙に葬り去り、あろうことかその夫に罪を擦り付けて洗脳するとは……パルパティーンっ!」
「合理的だが、一線を越えておるわ! 何たる悪鬼っ!」
「……ここまで人でなしだったとは、な。いや、そうでなくてはあのような圧政などできんか」
分離主義者ではなかったギアル・アクバー大将もその他の将校たちも皆一様に怒りに震えて、パルパティーンへの殺意を新たにしていた。
居たたまれなかったアナキンが、「いや、違う! 私がパドメの首を絞めたし、幹部どもを全員斬り殺したんだ!」と予定より早く罪を背負う覚悟で真実を叫んだのだが──。
「代表、今日は休んだ方が良いでしょう」
「スカイウォーカー将軍、いえ、代表…………少し休まれては」
幹部たちは誰一人として眉をひそめたりすることはなかった。それどころか、全員が、アナキンに向かってこの上なく温かい同情と慈愛の眼差しを向けたのである。
「もうご自分を罰する必要はありません、代表。我々はすべてを理解いたしました」
「皇帝の悪辣な精神支配の爪痕が、まだ貴方に『自らが愛する者たちに手を下した』という痛ましいフラッシュバックを見せているのですね。なんとお労しい……直ぐに医療チームを呼びましょう」
「共に必ずやあの悪魔を討ち果たし、心の呪縛を解き放ちましょう。皆であの悪鬼による涙をぬぐうのです」
違う、幻覚じゃない、現実だ。
そう言っても、彼らはアナキンの震える装甲越しの肩(限界を突破した罪悪感と頭痛によるもの)を「トラウマに苦しんでいる」と勝手に解釈し、優しく、そして力強く叩いて慰めてくるのだ。
どう話しても「洗脳された後遺症で記憶が混乱し、存在しない罪の意識に苛まれている気の毒なアナキン・スカイウォーカー」にしか見てもらえなかった。
だが、それは仕方ない。
幼少時から長年の精神支配を受け、負傷して瀕死の状態になり全身をサイボーグ化して生き延びるという壮絶な経緯を経た患者が、「記憶に何の問題もない、全て自らの意志でやった」と必死に主張するのを聞いた医療チームは、当然のようにこう診断したのだから。
『愛する妻や大切な仲間を護れなかった自分が負傷しても生き延びてしまったという無力感から逃れるための自己防衛と、極度のトラウマによる記憶の混乱(作話)と幻覚の可能性極めて大。典型的な洗脳被害者である』と。
医学的見地からすれば、あまりにも真っ当な診断結果だった。──弟(アナキン)は洗脳されていたのではないかと疑っていたオビ=ワン(※仕掛人)さえもが高官の皆とともに「「「やはり、そうだったか」」」と悲痛に口を揃えたのは必然だろう。
アナキンが今仕事しているのも、人手不足と『記憶の混濁と幻覚症状を残すものの、洗脳自体は解けている。それゆえに現在は職務という規則的なルーティンが心の防波堤となっており、急激に生活環境を変えることは、かえって精神の均衡を著しく崩す危険性が高い』との診断を悲痛な顔のルークとレイアを抱きとめながら、家族として聞いたオビ=ワンが「そうします」と断言したからに過ぎない。
──ああ、勿論『可能性大』は、患者に聞かせる時にだけ付け加えた言葉だよ。医療チームはオビ=ワン含む家族には『洗脳と重傷による記憶の混乱と幻覚に苛まれている』と断定している。それ以外にあり得ない患者の状況なのだから当たり前だよね。
いま、こうして家族が一堂に集まっているのも、今まで顔を合わせる機会のなかった親族同士の引き合わせと、アナキンを心底心配してのことだ。
つまりは、四日前からアナキンは、彼自身の口で真実を告白し、反論すればするほど、悲劇の英雄にして洗脳犠牲者としての株が青天井で上がり続ける地獄を経験しているのだった。
当然、政治家オビ=ワン・ケノービがその状況で駄目押しないはずがなかった。
「間違いなく、これが……真実です」
R2による極秘資料(加工済み)と医療チームの診断を手に、彼は痛ましげな表情で二日前に呼び出された連邦議会においてまでそう公式に証言したのである。
唯一の生き証人であるオビ=ワンが、嘘を付けないドロイドであるR2と、専門家である医療チームの記録を手に公に証言した。
こうなればもう、医療チームに洗脳被害者と診断されたアナキン一人がどれだけ「私がやったんだ!」と声を大にして喚いたところで、誰一人として信じるはずがない。ひっくり返すことなど、物理的にも論理的にも完全に不可能となってしまったのだ。
最後は家族に被害を被せないようにしながら犯した罪を断罪されて散る。密かに抱いていた根が潔癖なアナキンの終活は、見透かしていた兄(オビ=ワン)によって儚く消えてしまったのだ。