残された唯一の望みは、旧ジェダイたちだった。
彼らだけは真実を知っている。なにせ聖堂を自分は素顔で襲ったのだから。
彼らが情報を明かし自分を断罪するというのなら、自分にふさわしい最期だとアナキンは思っていた。
──だが。
その最後の望みさえ、儚く潰えた。
ジェダイ聖堂の惨劇を知る者たちもまた、復讐ではなく、赦しを選んだからだ。
そもそも、旧ジェダイ聖堂を襲った記録は、帝国時代には宮殿に改装されたため、その全容を知る資料を見た者など皇帝しかいなかった。その上で今回、あらゆる資料と共に根こそぎ吹き飛ばされていたから、事実を知る者はほんの一握りでしかない。
「ふむ……確かに映像を見た。パルパティーンめに洗脳されたクローン軍が、ジェダイ聖堂を襲うのを、な」
その一握りことヨーダは、一応アナキンが虐殺したのかを確認しに来た連邦政府の者の問いに対して静かに目を伏せた。
「じゃが、彼らを恨んではおらぬ。己の意志で刃を振るったのではない者に、憎しみを向けても仕方あるまい。憎むべきは、彼らをそのように使った者じゃ」
育成所で静かに余生を送る好々爺ことヨーダ。根こそぎ吹っ飛ばすのを主導した賢者は、こう断言したのである──それを聞いたアナキンは「あの爺、惚けやがった」と呻いた──。
当然、それを聞いた連邦の者は『他のオーダー66と同じく、パルパティーン洗脳下にあった同情すべき元クローン兵によるもの。元クローン兵に対する支援を更にする必要あり』とだけ報告した。ヨーダの言葉にアナキンのアの字も無かったのだから当然書類にもアナキンのアの字さえない。
やっぱりスカイウォーカー代表は無罪だったな。で連邦内で終わってしまった事に嘆くのはアナキンだけだった。
だが、ヨーダのすっとぼけなど、まだ可愛いものだった。
アナキンにとって本当の地獄は、彼が『この者たちだけは自分を断罪してくれるはずだ』と一縷の望みを託して今回改めて探った元ジェダイたち全員が、とうの昔に彼を赦していたことだった
生き残った旧ジェダイたちは、それぞれの形で過酷な過去を乗り越えていたからだ。
オーダー崩壊後、世俗に下って生きることを余儀なくされた当時の大人たちは、外の世界を知ることで、かつてのジェダイがいかに独善的で硬直した組織であったかを客観的に理解した。自分たちの過ちを痛感した彼らは、長年の洗脳の末に堕とされたアナキンを深く哀れみ、理知的に赦した。
一方、当時子供だった者たちは、真実と感情の行き場を求めて一年前までには全員ヨーダを訪ねていた。
連邦政府には惚けてみせた老賢者だったが、心に深い傷を負った若者たちには、ジェダイの非を認めた上でこう導いていたのだ。
「過ちを犯したのは、かつて洗脳されておったスカイウォーカーだけではない。我ら、導くべき立場であったジェダイも、そしてオーダーの教えそのものもまた多くの過ちを犯しておった。
罪は憎んでよい。
じゃが、人まで憎んではならん。
憎しみは、新たな憎しみを生む。過去に囚われれば、お主らもまた、その過去に縛られるだけじゃ。過ちから学び、未来を歩むのじゃ。
それがお主ら、若者の務めじゃよ。老人には決して叶わぬ尊い務めよ」
そのようなヨーダの慈愛に満ちた導きにより、若者たちもまたダークサイドへと繋がる憎しみを捨て、アナキンを赦していた。
──ああ、もちろんアナキンは若者たちがヨーダに人生相談したことなど知らない。知る由もない。プライバシーだからね、護らないと。ルークやレイアも相談したことあるけど当然プライバシーは守られているもの。
アナキンが知っているのは、ただ一つ。
真実を知るはずの元ジェダイたちが、誰一人として自分を糾弾しないという事実だけだった。
あの日、『マスター・スカイウォーカーだ。助かった』という希望の目を絶望に変え、生き延びたかつての幼い子たち──思い出すだけでアナキンは死にたくなる──さえもアナキンを赦したのだ。
復讐の刃を向ける者はいない。
罪を暴こうとする者もいない。
ただ、皆どこか穏やかで罪悪感に満ちた眼差しで彼を見つめ、罪を告白しても「それは違う」としか言わないだけだった。
こうしてアナキンは、望みもしない"赦し"だけを積み重ねられていった。
──勿論、未だアナキンにしこりを抱いている者も少なからずいた。だがそれすらも、今後『医療チームによる重度洗脳被害者の診断結果』が知れ渡ることで、綺麗さっぱり消滅する運命にある。
それに加えて、アナキンの頭痛の種はまだ増えていた。
二年前、マンダロアでルークに対し、オビ=ワンがしれっと吹き込んでいた言葉を今になって知らされたのだ。
『その通り。彼こそがお前の父親だ。私の弟子であり友であり弟でもある。それがアナキン・スカイウォーカーであり……今、皇帝によってダース・ベイダーにされてしまっても、決して善の心を失わなかった男なのだ』とか口にしていたことを今の今までオビ=ワンは言わなかったのだ。ルークにも口止めしていたのだ。
つまり二年前にはルークは自分が父親だとしっていたのだ――態度が変わらなかったから気付かなかった……ルーク曰く「それまでも父親だと思っていたから、態度変えようと思っても変えられないよ。レイアと兄妹だってことも薄々分かってたし。父さんは嘘つくの下手だね」
頭痛を起こしたアナキンを誰が責められようか。
師匠の変わらない畜生っぷりに、アナキンは物理的な頭痛を覚えていた。少し疑いというか呆れが出てきた。そう、今の状況はオビ=ワンの仕込みなのではないかという疑いが──
(いや、なにを馬鹿な。妻と息子と娘を救ってくれたオビ=ワンを疑うなんてどうかしている。確かに畜生だが、私たちに対して悪気なんてない。いや、善意しかないのだ、畜生だが彼は私の兄だ。家族だ。基本善意の人なのだ。高所大所に立ちすぎて、たまに人の血が流れてないのではないかと思う時があるほどに畜生だが善人なのだ。わかっているだろう! アナキン・スカイウォーカー! こんな仕込みをするはずが無い! 彼は畜生だが善なる兄なのだ!!)
──オビ=ワンがまだ畜生レベルだと信じているアナキンは知らなかった。
(潔癖な弟(アナキン)は、洗脳されていたにも関わらず自らを罰しようとしてしまう。断罪されることすら望んでいるのだろう。私も、そして死の淵にあってなおアナキンを信じ愛していたパドメも、彼を恨んではおらぬというのに……。
幸い、今ならばパルパティーンが何を語ろうと、帝国の宣伝工作として退けられる。
──ならば、真実など語る必要はない。誰もが納得する物語さえあれば良い。
諸悪の根源はシーヴ・パルパティーンただ一人という物語を。事実として、あの悪魔さえいなければ、当時の多くの犠牲は生まれなかったのだから)
こんな理性で動いて仕込んでいるド畜生だとは、割と盲目に兄(オビ=ワン)を信じているアナキンには知る由もなかった。
かくて、連邦議会にまで提出されたアナキンがシスに墜ちた関連の当時の映像は、R2がマスター権限で完全に上書き・消去したため、もはや証拠すら存在しない。残されたのは、『嘘をつけないドロイド』であるR2-D2が提示した、完璧に加工された記録だけだった。
そう、クライマックスが「僕は手遅れだ。追撃が来る前にパドメを、子供たちを」「なにを言ってる! 私はお前を救うぞ! アナキン! お前は私の弟だ!」「(業火の中で微笑みながら)プリーズ、兄さん(マスター)」の感動的な映像しかないのだ!
つい昨日などは、連邦議会において『悪辣な帝国のプロパガンダ及び洗脳によるアナキン・スカイウォーカーを始めとする人々への名誉毀損、並びにパドメ・スカイウォーカー殺害の罪』を新たにシーヴ・パルパティーンへ追加する決議が満場一致で可決されてしまった。
──つまり、「あの悪魔を必ず討つ」と千を超えた宣言がさらに一つ増え、『重度の洗脳被害者であるスカイウォーカー代表が今後自ら罪を告白したとしても、それは精神支配の後遺症(作話)であるため、直ちに保護と手厚い医療ケアの対象とする』という法的な見解まで通ってしまったのだ。
連邦の法においてアナキンが罪に問われる可能性は、完全に消滅したのである。
思わず、地に膝と手をついてしまったアナキンを誰が責められようか。
そして極めつけは、法的・社会的なものだけでは終わらなかった。
自分の耳がおかしくなっていなければ、フォースの中からパドメの声まで聞こえてくるのだ。
『その通りよ、アニー。そうなのよ。悪いのはあなたじゃない。私たちをこんな運命にしたのは、悪いのは、あの悪魔なのよ』
優しく、あまりにも優しく語りかける最愛の妻の声。
アナキンは思わず頭を抱えた。
(……いや、違う。違うんだ、パドメ)
悪いのは、自分だ。
剣を抜いたのも、自分。
フォースで彼女の首を絞めたのも、自分。
ジェダイ聖堂やムスタファーであの惨劇を引き起こしたのも、自分なのだ。
(なのに……)
R2も。
オビ=ワンも。
ヨーダも。
ルークも、レイアも。
家族も。
連邦も。
医療チームも。
かつての仲間も。
果てはフォースの中のパドメまでもが、「違う」と言い続ける。
ここまで全員が同じことを言う。 ここまで誰一人として、自分の罪を事実では無いと言う。 それでもなお、自分一人だけが「あの日の真実」を知っていると思い込んでいる。
だからこそ、アナキン・スカイウォーカーは、ついに自分自身を疑い始めていた。
(……壊れているのは、私の記憶の方なのか?)
重傷と洗脳の後遺症で記憶が歪み、自分は存在しない罪を背負い込んでいるだけなのではないか。
R2は、一切データを加工していないのではないか。
オビ=ワンたちの証言こそが、本当の真実なのではないか。
医療チームの『あまりのストレスによる記憶の混乱と幻覚の可能性大』という診断が正しいのか。
そんな、あまりにも愚かで、あまりにも恐ろしい考えをもはや完全には振り払えなくなっていた。