コホー。
自分の記憶に深刻な疑いを持ったアナキンはそっと視線を逸らし、現実逃避のために端末を操作して『宇宙海賊討伐および治安維持の進捗状況』を開いた。仕事は増えていく。片付けても片付けても増えていく。
それが今はありがたかった。
特区時代から、アナキン自ら先陣を切ってガンガン宇宙海賊を討伐したこともあり、経済力の乏しい辺境惑星であっても、良好な流通網が再建され経済発展が著しいのがデータから見て取れる。
そう、旧共和国時代から頭を悩ませていたアウター・リムの各種問題が、開拓により解決しつつあるのだ。
それは素晴らしいことだ。アナキンもライトセーバー(ルークと出会った後、気付いたらクリスタルが浄化され青い光に戻っていた)片手に暴れ回った甲斐があったというものだと頷ける。
だが、そのデータが示す「もう一つの現実」は、非常に頭の痛い問題だった。
自分たちもその良好な状況に参加しようと幾つもの星系が雪崩を打った結果、連邦の支配領域が急激に広がりすぎているのである。
アウター・リムの過半からミッド・リムとコア・ワールドの一部にまで版図が拡大した結果、守るべき航宙路も、取り締まるべき海賊や犯罪シンジケートの数も指数関数的に跳ね上がってしまった。
今現在の警察及び軍の警備隊ではどうしようもないほどに。
良好な流通網を維持するためには、戦艦や空母はともかく、巡洋艦とその搭載機を必須としている。
つまりは、正規軍の多くを各星系の治安維持に回し、急ピッチで内政を固めなければならない。前線に大艦隊を張り付けている場合ではないのだ。
はっきり言って、今の連邦には帝国と全面戦争を継続する力などない。
(…………やはり、帝国とは一時的な停戦ではなく、可能ならば終戦を結ぶべきだ)
それが理性的な現実だった。だが、そうやすやすと実現できる現実ではなかった。シーヴ・パルパティーンが生きている限り、枕を高くして眠れるわけがない。
(やつさえ、あの悪魔さえいなければ!?)
今回の奇襲でアナキンは思い知ったが、アナキンとシーヴは価値観において天敵だった。シーヴにとって大切なものはアナキンにとって顔をしかめるものでしかなく、アナキンにとって大切なものはシーヴにとって踏みにじるものでしかない。
何故か師弟をしていたが、本来なら顔を合わせた途端に殺し合うくらいに価値観を含めた人格が合わない。
(なぜあの男と私は一時的にでも師弟に? いや、そもそもあの男は何故ここまで価値観が違いすぎる私を弟子に?? 何を考えていたんだ??? …………いや、それさえも理解できないほどに自分とあの男では価値観が違うのだ)
クソッ、今回の奇襲でパルパティーンさえ仕留めておけば。そうすれば、理の通じる新皇帝になった教え子のダサンと腹を割って話をして、今よりもはるかに良い感じに停戦交渉が進んだはずなのに。いや、上手くやれば終戦すら見えたかもしれないのに。
「お父さん、終戦は難しいと思うわよ」
「……そうなのか、レイア」
漏れていた呟きに、レイアが冷静かつシビアな声で返してきた。
「ええ。モスマ議長もアクバー大将もトニス参謀長もだけど、上層部の人間は皆、本音では『今すぐ帝国と全面講和して内政に専念したい』と思っているわ。でもね、連邦の民衆が絶対にそれを許さないの」
「民衆が?」
「長年の帝国の圧政による犠牲者は、文字通り兆の単位に上ってしまうのよ。連邦中の全市民が、家族や故郷を奪ったパルパティーンと帝国に対して怒り狂っているの。昨日、連邦議会で『ムスタファーの惨劇と、スカイウォーカー代表に対する非道な洗脳』も公式に認定されたけれど、それは数え切れない帝国の悪逆非道な行いの一つに過ぎないわ。なにより緒戦で20億近くの尊い命が連邦だけで喪われた。
両国を合わせたら100億もの命が喪われたわ。両国の民衆は怒っているの。
何かしら大きい出来事が無い限り、終わらせるのは不可能よ」
(なるほど)
アナキンは内心でため息を吐いた。
確かに帝国の政治は酷すぎた。
一兆人規模の犠牲者を出した帝国の圧政そのものについては、完全にシーヴ・パルパティーンの敷いた恐怖政治の所業であり、そこに関しては洗脳被害者云々ではなくアナキンには本当に関係がない。彼自身が(ダース・ベイダーとして)前線で戦っていたこととは別次元の、純粋な帝国という政治システムの悪辣さが原因だからだ。
連邦最高裁判所に「命令された事をしていただけの軍人」として他の元帝国軍人と同じ無罪宣告を受けたアナキンは、パルパティーンの非道っぷりを改めて嫌悪した。
「この状態では、内政を整えるための『一時休戦や戦時条約』はなんとか結べても、『終戦』なんて口にした途端、上層部が弱腰だって有権者から暴動が起きるわ。最低でも今、議員の方は議席を失う。選挙に負けてね」
「ダサン兄の帝国が、今までのパルパティーンみたいな圧政をしないって皆に分かれば話は違うんだろうけどね……父さんは、戦争をやめたいの?」
「ああ。お前と同じくらいにはな、ルーク。戦争なんてものは、長くなればなるほど憎しみの連鎖で犠牲が増え、終わらせられなくなる。早く終わらせた方が良いんだ」
ジェダイとして、そして連邦の総大将としての重い言葉。
それを聞いたナベリー家とラーズ家の面々が、アナキンを見る目をさらに温かく、そして優しくした。
「相変わらず、平和第一ね。アニーおじさん」
「でも、今は少し仕事を休むべきよ、アナキン。ルゥイーさんもジョバルさんも言っていたじゃない」
当たり前のように、家族の輪に入れられている。
それはかつてアナキンが何よりも渇望し、そしてアナキン自らの手で破壊してしまったはずの温もりだった。嬉しい。だが、真実を知る身としては、耐え難いほどの罪悪感が付き纏う。
(──いや、これさえも記憶が混乱しているからなのだろう。一人の大人、一人の父親としていい加減受け止め治療に前向きにならねばならないな)
アナキン・スカイウォーカーは今の幸せにより、遂に記憶の混乱を受け入れつつあった。
その時だった。
ピピピッ! と、アナキンの手元の端末に最高司令部からの極秘・緊急速報が飛び込んできた。
『未確定情報:帝国首都コルセアにて、シーヴ・パルパティーン前皇帝が死亡した模様』
「なんだと!!?? パルパティーンが死んだ!!?? 死ぬのか!!?? あの男が!!!??? 死ぬだと!!?? まるで普通の人間のようにっ!!!????」
思わず絶叫するアナキンの声に、ルークとレイアも顔色を変えた。
三人は慌てて目を閉じ、フォースの深淵へと意識を向ける。未だ訓練中であるレイアでさえ明確に感じ取れるほど、銀河を覆っていた巨大なダークサイドの中心──あの底知れぬ悪意の気配が、確かにポッカリと消失していた。
あまりのことに三者は驚愕したあと、それぞれの感情を爆発させた。
「父さん! ダークサイドの気配が消えた! パルパティーンが死んだんだ! これで戦争が終わるかもしれない!」
歓喜の声を上げるルーク。だが、レイアは厳しく首を横に振った。
「甘いわよルーク。前皇帝が死んだ程度で終わるはずがないわ。すでにこの戦争だけで百億もの尊い命が失われているのよ。民衆の怒りは収まらないと断言できる。それに──」
レイアは連邦の若き指導者としての、冷徹な分析を口にする。
「独裁者が突然死ねば、残されるのは権力の空白よ。ダサンさんが新皇帝に即位したとはいえ、まだしたばかりなのよ。彼に帝国政府と帝国軍を即座に掌握できる保証はない。もし掌握できなければ、帝国軍は各地で軍閥化し、群雄割拠の時代に突入する。そうなれば、連邦の今の軍事力じゃ到底治安を維持できずに、銀河は永遠の戦乱の泥沼に落ちるわ」
(その通りだ……)
アナキンはレイアの慧眼に頷くと同時に、かつてシスとしてパルパティーンの側に仕えていた経験から、さらなる危機感を抱いていた。
「いや、そもそも奴には今まで散々煮え湯を飲まされてきた。あそこまで執念深く、自己保身の塊のような男があっさり死ぬはずがない。何か恐ろしい罠を仕掛けているはずだ!」
肉体を失ったとしても、クローン技術や古代シスの秘術を用いて復活を企てているかもしれない。あるいは、自らの死と同時に作動する恐るべき破壊兵器を遺している可能性すらある。
いや、どこかの惑星に秘密艦隊でも作り上げているかもしれない。シスの艦隊とでもいうべきものを作り上げているだろう。間違いない。
アナキンは今までの所業から、ダース・シディアスがただ死んだなど欠片も信じていなかった。
「私は今すぐ司令部へ行き、各艦隊に最高レベルの警戒態勢を敷かせ、情報局に探りを入れさせなければ! 議長たちとも直ぐに会合を! アクバー大将やトニス参謀長とも対策を練る! これは銀河の存亡を懸けた分水嶺だ!」
最悪の事態を想定し居ても立っても居られず、アナキンが勢いよく立ち上がった、その時だった。
「──待ちなさい、アナキン。君は直ぐに司令部へ行く必要はない」
不意に、義父であるルウィーが重々しく咳払いを一つして、彼を呼び止めた。
「……え?」
「情報の精査や非常呼集は、オビ=ワンたちに任せておきなさい。君は医師団からも休むよう言われているはずだ。それに……」
ルウィーは、慈愛に満ちた瞳でアナキンを真っ直ぐに見つめた。
「あのような非道な洗脳の真実を知り、心に大きな傷を負った君には、無理に非常時の仕事へ逃げ込むのではなく、前を向くための明るい希望が必要だ。家族の絆を取り戻す時間がね」
「義父さん!? いや、しかし今は皇帝が──」
「君にはより大事な仕事がある。より差し迫った仕事があるのだ。驚くべき報せに対処する仕事がね」
「いえ、前の皇帝が死んだ以上の報せなどこの宇宙にあるわけが」
「今から、ハンとレイア、そしてルークとマラの結婚式の話を詰めねばならないのだよ」
……………………????!!!!!??!?!!?
アナキンの呼吸器が、ピタリと止まった。
「what(は?)」
「連邦と帝国の間に一時停戦が結ばれるにせよ、罠だとしても空白の時間が訪れる。再戦までにはまだ時間があるのだ。その間に、式を挙げてしまおうという話だ。……パドメの時のように、我々が何も知らないうちに終わっていたなどという悲劇は、二度と御免だからな!」
きっぱりと言い切るルウィーの言葉に、ジョバルもソラも、そしてオーウェン夫婦も力強く頷いている。
ルークは照れくさそうに頭を掻き、レイアは少し顔を赤らめながらも堂々と胸を張っていた。そして、そのままルークとレイアは、もはや皇帝死亡という非常事態などそっちのけで、親族たちと式の相談を始めた。
自分の目の前に出されたデータパッドには、身近な人だけを招く小規模だが盛大な結婚式の計画が記されている。
明日にでも結婚できそうな内容で。
(…………え? なにこれ?)
どうやら、自分以外の全員の間で、既に話がついていたらしい。
パルパティーン死亡の真偽確認と、戦時条約交渉、そして軍閥化対策という、これから銀河の命運を分ける最大の政治的駆け引きが待っているというのに。親族たちにとっては、それさえも家族の絆の前ではどうでも良いらしい。
いや、それこそが普通なのだろう。きっと。
夫婦揃ってワーカホリックだったことを最近理解したアナキンはとりあえず合わせることにしてデータパットを見て──軽くめまいがした。
子供たちの、ダブル結婚式。
コホー。
十七歳だから早くないか。とは思うが、法律では問題ないし、何よりも自分も似たような歳で結婚したから何も言えない。
アナキン・スカイウォーカーは、あまりの急展開すぎる事態に、ただただ生命維持装置の呼吸音を響かせることしかできなかった。
活動報告の通り、最高指導者スノークの如く死にました。