かつての銀河のへそであり、帝国の心臓であった首都星コルサント。
緒戦で戦場となり元老院を含む政治設備群の壊滅という未曾有の大打撃を受け、帝国政府は臨時首都を重工業と造船の要衝である『コレリア』へと移転していた。
そのコレリアの帝国官庁の会議室で。
会議前の帝国宰相マス・アミダは、ここ数年で最も深い、心からの安堵の息を吐き出していた。
彼の目の前にあるデータパッドには、帝国全土から上がってくる内政、経済、治安維持の報告書が並んでいる。かつては処理しきれないほどの反乱報告と、それに対する無軌道な鎮圧費用の請求書で埋め尽くされていたその画面は、今や驚くほど健全な数字を叩き出していた。
「……皮肉なものだ。銀河の半分を失って初めて、我々は自分たちが抱えすぎていたのを理解できた」
アミダの独り言に、同席していた各省庁の大臣たちが深く頷く。その会議室には、これまで人間至上主義を掲げていた帝国では決して重用されることのなかった、多種多様なエイリアンの官僚たちの姿もあった。
「全くだ。エイリアン差別や過酷な搾取といった狂気じみた悪政を廃し、領土拡大を止めただけで、我が国がここまでマトモな国家として機能するようになるとは」
そう口にしたのは、新たに司法大臣へと抜擢されたパウアンの高官、ヴェリス・ハイダンだった。
かつての帝国であれば、決してこの地位に就くことなど許されなかったエイリアンである。
「司法の現場も同じです。これまでならば、種族や出身地、帝国への忠誠心といった、本来ならば法の前に持ち込むべきではない要素が、判決を左右することさえあった。ですが今は違う。犯罪者は犯罪者として裁き、被害者は被害者として救済する。ただそれだけのことが、ようやく我々にも許された。皆が喜んでいます」
ハイダンは、深い感慨を込めて息を吐いた。
「法を正常に機能させるだけで、これほどまでに国家への信頼が戻るとは。今までの帝国は、一体何をしていたのでしょうな」
「全くです」
財務大臣シリー・ムーアは、心底からの実感を込めて息を吐いた。
「これまで、どれほど優秀な人材が種族だけを理由に登用されず、どれほどの資源が辺境の反乱鎮圧や無謀な軍事計画へと消えていったことか。財政を預かる者として、今までの帝国がいかに異常だったのか……数字を見るだけで嫌というほど理解できます」
彼女は一度言葉を切り、僅かに目を伏せた。
「それが今では、必要な場所に必要なだけ資金を回せる。徴税も安定し、交易も回復しつつある。……しっかりとした責任者が居て当たり前の統治をする、国家というものはこれほどまでに健全に機能するのですね」
かつての帝国は、アウター・リムの辺境に至るまで全銀河を支配下に置こうとし、果てのない反乱の鎮圧と超兵器開発に莫大なリソースを浪費し続けていた。文字通り、帝国のキャパシティ(統治能力の限界)を完全に超えた異常な拡大路線だったのだ。
だが今、アウター・リム連邦という強大な対抗勢力が生まれ、銀河が真っ二つに割れたことで、帝国の領土はコア・ワールドを中心とした銀河の半分へと圧縮された。その上で2代目皇帝により、悪政が終わった。
結果として、分散していた軍事力は国境線と航路警備に集中し、無駄な治安維持費などは消え失せ、残された豊かな惑星群の経済圏だけで、帝国の国家運営はかつてないほど完璧に機能し始めていたのである。
「宰相閣下の仰る通りです。今こそが、我々の統治能力に相応しい領域なのです」
「これ以上の領土拡大は百害あって一利なし。今の安定した国境線を維持し、内政を固めるべきです」
「連邦との停戦時に互いの国家を認め合った。我らは対話できるのです」
「ええ。このまま連邦との停戦期間を延長したい。いや……できれば、このまま終戦条約を結んでしまいたい」
「そうしたいですが厳しいですな。互いの兵が憎しみに駆られ、独断で殺戮に手を染めてしまった以上、両国の兵士や民たちの間に残る遺恨は簡単には消えないでしょう」
「憎い。実に憎い。
あの虐殺に関わった者たちは、すでに互いの政府が情報を交換し、全員処刑されている。それでも、憎しみは消えない。
政府レベルでは対話できるからこそ、あの殺戮を行った連中が憎らしい……。連中は、本当によくもやってくれましたよ。平和が遠のいた」
大臣たちから次々と飛び出すその言葉は、数週間前──前皇帝シーヴ・パルパティーンの治世下であれば、口にした瞬間に反逆罪で一族郎党処刑されていたであろう弱腰の極みである。
だが、恐怖政治が終わりを告げた今、それは極めて論理的で、帝国を守るための最善の正論として機能していた。
エイリアンを含めた帝国上層部は今、全員が「皇帝が代わって本当に良かった」と安堵を共有し、心の底から連邦との終戦を渇望していたのである。
前皇帝シーヴ・パルパティーンの死を、誰一人として悼むことなく喜んでいる。その事実だけで、彼の施政がどのようなものであったかは十分に察せられた。
「卿らの見解は正しい。余も全くの同意見だ」
会議室の奥から響いた、若くも絶対的な威厳を持つ声。
新皇帝ダサン・パルパティーンが会議室に姿を現すと、アミダをはじめとする重臣たちは一斉に姿勢を正し、深く頭を垂れた。
ダサンは彼らに視線を向け、はっきりと宣言した。
「現在の一ヶ月という停戦期間を、一年に延ばすよう連邦側と交渉しろ。その間、我々は減税と公正かつ十分な統治を行う……そうすれば、怒り狂った民衆が頭を冷やすか、戦時税による増税と不足する統治を懐かしんで戦争に飽きてくれる」
「承知しました。全力を尽くします」
アミダは感極まったように深く一礼した。
理性的で、現実的な指導者。己の野望や狂気ではなく、国家の安定を第一に考えてくれる皇帝。何よりも今のように会議に出席して確りと仕事してくれる責任者。
これこそが、アミダたち帝国官僚が長年夢にまで見たまともなトップの姿だった。
「軍部(ターキンたち)の再編と国境の要塞化には時間が要る。交渉の切り札として、連邦側に有利な通商条約の譲歩案も用意しておけ。アミダ宰相、頼んだぞ」
「御意のままに、我が皇帝陛下」
「で、次はだが──」
活気よくスムーズに政治が行われる。それが今の帝国だった。
色々な政務を終えたダサンが、臨時玉座の間へと歩みを進めると、そこにはすでに先客が待ち受けていた。
「見事な手腕だな、ダサン」
闇の中から現れたのは、黒と赤の刺青を持つザブラクの戦士──かつてシーヴ・パルパティーンの弟子であり、今は帝国で働く男、モールである。
「モール卿。遅くなりました。わざわざ出向いていただき、感謝します」
ダサンは、かつての父(シーヴ)のようにモールを見下したり、ただの道具として扱うような真似はしなかった。
一人の強大な戦士として、実力者として。そして、自分と対等な「もう一人のシス」として接していた。
シディアスとモールが師弟として並んでいたように、ベイダーがジェダイになった以上、今この銀河に存在する二人のシスは、ダサンとモールなのだ。だが、ダサンは自分をモールの師だとは考えていなかった。父の後を継いだからといって、父の立場まで継ぐ必要はない。
モールは弟子ではない。同じシスとして、自分と並び立つ同胞なのだ。
その対等な態度に、モールの口角が僅かに上がる。
「シディアス(あの男)とは大違いだな。お前は理性を持ち合わせている」
現在、新体制帝国の最高指導者たるダサンの執務室。そこには彼とモール、たった二人しかいなかった。
少し雑談すると、ダサンは少しだけ首を傾げ、ふと疑問に思ったことを口にする。
「何故、卿は私と二人きりになっても襲ってこないのです? モール卿は私を殺して、皇帝になるつもりはないのですか?」
シスの教えからすれば、隙を見せた支配者を殺し、自らが頂点に立つのが自然だ。
しかしモールは、ダサンの机の上に山脈のようにそびえ立つ決裁書類の山と、ダサンの目の下にある濃いクマをチラリと見て、即座に首を横に振った。
「いや、まったくない」
「ないのですか」
「そんな激務、誰がやるものか。私は真っ平ご免だ」
モールのあまりにも正直な即答に、ダサンは苦笑するしかなかった。
「そうですね。はは、そう言えば相談したいことがあるんですよ」
「うん?」
「ご覧ください」
ダサンが手元のデータパッドをモールに見せると、そこには、パルパティーンが残したシスの教義が記されていた。
「『シスにとって究極的な敵はジェダイではなく、自分を支配するあらゆるもの』。つまりは、何者にも縛られない自由こそが、シスの在り方なんですよね」
ダサンの言葉に、モールも神妙な顔で頷く。
「うむ。そうだな。前に話し合った通り、自由こそがシスの根幹だ」
「はい、その通りです。そして、そこが疑問なんです
「と、いうと?」
「それを説明する前に、一つ質問させてください。モール卿にとっての、自由とは何なんです?」
「それは、そうだな……」
モールは腕を組み、かつての自分の執着を思い返した。
「戦士として生きることだな。強者と戦い、己の力を振るう。それこそが私の望みであり、自由だ。だから私を倒したケノービと戦い、勝ちたい。復讐を果たすことで、さらに自由になれる。そう思っていた」
「今は違うのですか?」
「ケノービという強者と戦う。それ自体には今でも心躍る。だが……もはや、それが復讐である必要はない」
「何故です?」
「復讐のために戦う必要がなくなったからだ」
「……必要が?」
「うむ。ケノービを倒さねばならぬ、という執着に縛られていた頃の私は、自由ではなかった。奴と戦いたいから戦う。それで十分なのだ。ここ数日お前と語り合って理解できた」
「なるほど……」
「だからこそ今は、奴と戦える日をただ楽しみにしている。復讐ではなく、ただ、強者と戦士として技を競う為に。それだけだ」
「そうですか。それでは、今やっていただいている海賊狩りなどは、どうですか? これも自由ではありませんか?」
「いや、自由だ。己の力を存分に振るって戦闘を楽しみ、戦士として生き、その力で正当な糧を得ている。誰かに復讐するためでも、誰かに命じられたからでもない。これ即ち、自由だ。今の私は自由だ」
「では、モール卿は今、シスとして充実しているのですね?」
「勿論だとも。少なくとも、今の私はな」
力強く頷くモールに相槌をうつと、ダサンは再び手元のシスの教義に目を落とした。数秒ほど、その文字列を無言で見つめる。
「…………」
そして、困惑したように顔を上げた。
「これは……教義が間違っているというか、後世に誤解されるように記されていませんか? どう読んでも『銀河の支配者となれ』と謳っていますが……それでは、先ほどの『何者にも縛られない』という思想とは噛み合わないのでは?」
「確かに、私も読ませてもらったが……はっきり言って、支配者など向き不向きがあるだろう」
シディアスには読ませてもらえなかったが、ダサンには読ませてもらえたモールは、腕を組んだまましみじみと同意した。
「私は過去に犯罪シンジケートを経営していたことがあるが、ひたすらに面倒くさく、全く楽しくなかった。自由ではない。
今のように、ペレオン提督という優秀な指揮官の元で、現場の戦士として暴れ回る方がよほど性に合っている。自由だ」
「変えましょう、教義」
ダサンは真顔で言い切った。
「いえ、正しく整理しましょう。あまりにも変です。誰も彼もが支配者に向いているわけではないのに、それを強要する教えなど、『自由』に反しています」
「ああ、その通りだ」
ダサンはデータパッドを操作し、シスの教義の再構築を始めた。
「つまり、『己こそが己の支配者である』と。そして、それに至るためには、己の欲望すらも克己せよと……なるほど。非常に理にかなっている」
「うむ。私も教義の深淵はそこまで知らなかったが……シスの教えとは、かくも深いものだったのか。教義の『勝利によって、我が鎖は断ち切られる。フォースが私を自由にする』という一文。その勝利は己自身が知るもの。他人には関係がないという事だな」
二人は真面目な顔で『シスの教義の再構築(※本来の形へ戻す)』をしていく。
「纏めると、こうなりますね」
ダサンが読み上げる。
『何者にも屈するな。己が己の主となれ。己を縛る鎖は、自らの力で断ち切れ。己の欲望こそ最大の鎖となる。これを克己せよ』
「……なるほど。素晴らしい教えですね」
ダサンが感動しながら頷くと、モールも深く、深く感銘を受けたように頷いた。
「まったくだ。『己の運命は己で決めよ』か。シスの教えは端的にして深い。……私は未熟だった。する必要もない支配をするべきだと勘違いし、オビ=ワン・ケノービへの復讐という過去の欲望に囚われていたのだな」
「ええ。他人を支配したいというのも、過去の復讐を果たしたいというのも、結局は己の欲望ですからね。それを克己してこそのシス。己の意志を貫いて成せ……私も、これからはそう生きましょう。皇帝としての責務は義務ではなく己の意志で成しているのだと」
ダサンはスッキリとした顔で頷いた。
「ところで、シスの『二人の掟』ですが。この教義に照らし合わせると、師と弟子という関係で縛り合うのは鎖に他なりませんね」
「うむ。自由を阻害する悪しき掟だな」
「では、廃止しましょう」
「ああ、そうだな。私も弟子……いや、教え子を迎え入れるか。自由なる者を増やすために」
「ええ、私もそうします……ところで、もう一つ提案が」
「うん?」
ダサンは真剣な眼差しで、かつてシスの暗黒卿と呼ばれた男を見据えた。
「フォースの暗黒面──ダークサイドに深く浸かりすぎると、猜疑心や破壊衝動に飲まれ、身内や親しい者同士で無意味に殺し合う傾向にあります。教義にある『己を縛る鎖』そのものとなるのです。 ……はっきり言いますが、私は卿を良き協力者であり、友人だと思っています。力に飲まれ、あなたと殺し合うような結末は絶対に御免です」
ダサンの率直すぎる言葉に、モールは目を丸くした。
シスにおいて友人などという概念は本来あり得ない。だが、幾度も暗黒面の狂気に飲まれ、復讐心だけで人生を狂わされてきた今のモールには、その言葉の重みと正しさが痛いほどよく分かった。
同時に、自由を掲げながら、その自由を自ら奪っていた教義の恐ろしさも、痛感していた。
「……ふっ、私も御免だ。怒りや憎悪に身を任せ、狂気に陥って己を見失う……それこそが、最も恐ろしい『己を縛る鎖』なのだと、今ならはっきりと分かる。暗黒面の衝動に支配され、友と殺し合うなど、自由を掲げるシスの名折れよ。友を得ることもまた、自由なのだ」
「ええ。力は『使う』ものであって、『使われる』ものではない。暗黒面に頼りすぎるのをやめ、己の理性を保ちましょう。我々は、自らを律してこそ真の自由を得るのですから」
「うむ。力に溺れず、己を律し己の支配者となる。即ち自由となる。それがシスの道だからな」
こうして。かつてダース・ベインが定め、千年の時をかけてシーヴ・パルパティーンという終着点へと至ったシスの教義は、大きく形を変えた。
そもそも、ベインが定めた『二人の掟』をはじめとするシスの教義は、ジェダイを打倒し、シスが銀河を支配するというグランド・プランを成し遂げるためのものだった。
そして、そのグランド・プランはシーヴ・パルパティーンによって達成された。
ならば──その目的を失った今、その目的の為に千年にわたって積み重ねられてきた教義をそのまま守り続ける意味はあるのだろうか。勿論ない。いや、害にすらなっていた。
ジェダイを仮想敵として定め、グランド・プランの達成を至上命題として変質していった教義。それは、グランド・プランが完遂された現在のシス二人にとって、もはや目的と手段が噛み合わないものとなっていた。
ライトサイドにもダークサイドにも囚われていないダサンと、現場第一主義の武闘派モール。
二人による極めて真っ当な語り合いの結果、シスの教義は五千年前のその原点──『己こそが己の主となる』という自由の思想へと立ち返った。
二人が考える「本来のシス」。
即ち──『克己的自由主義道』へと。
死んだシーヴ・パルパティーンがこの教義改革を知ったなら、歓喜に涙したことだろう。
千年越しのグランド・プランは、彼自身の手によって完成した。
だが、その先、これからのシスが何を目指すべきなのかまでは、老いた彼にも分からなかった。
だからこそ、彼は万人を恐怖させ、憎悪を集め、ただひたすらにダークサイドを高めることしかできなかった。
彼が分からなかったその先を、自らが見込んだ後継者ダサンと、自らが育てたモールという二人の弟子たちが切り拓いた。
「己こそが己の主となる」という思想に立ち返り、師弟関係すら鎖として捨て、自分自身の意志で生きる道を切り拓く。
それこそが、シディアスが最もシスらしいと認める意志だった。
彼はきっと、冥府から二人の弟子を眺めながら、誇らしげに笑っていることだろう。
「よくやってくれた」
そう呟きながら、自慢の弟子たちの姿に感涙して。
シスが「自由」を極端化した結果、支配へ堕ちた。
ジェダイは「調和」を極端化した結果、個人の自由や感情を抑圧した。
どちらも、最初に掲げた理念そのものが間違っていたわけではない。
ただ、その理念を長い年月にわたって極端に追い求めた結果、自らが最も望んでいたものを見失ってしまった。
ジェダイは、生き延びた者たちによって本来の道へと是正された。
そして今、シスもまた、その道を取り戻したのである。