ちょっとルークが家出した話   作:サリエリキキ

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オルデランの姫君と冷たい水のボトル

 ハンのすぐ近く──ファルコン号から数歩しか離れていない駐機場のコンテナの影で、もう一つの対話が繰り広げられていた。

 

「──我々カミーノの民を、理不尽な業火から救い出してくださったこと、心より感謝申し上げます。我々の持つすべての医療および遺伝子技術、そして残された全資産は、寛大なるダース・ベイダー卿に献上いたしましょう」

 

 長い首と優美な白い肌を持つカミーノアンの難民代表が、深く優雅に頭を下げた。

 

「『我々の技術が、少しでもこの美しい星とベイダー卿の統治の助けになれば幸いです』……と仰っております、レイア姫。おお、何という悲劇的な境遇、そして気高き精神でしょうか!」

 

 傍らに控えるC-3POが、流暢なカミーノ語を通訳しながら、己の感情モジュールを震わせて大袈裟に身振り手振りで同情を示して穏やかな空気をもたらしている。

 その対面に立っているのは、アイロンの効いた真新しい帝国軍の文官用制服を着た壮年のローディアン族の男──この星区を預かるベイダー配下の責任者だった。

 彼はわざわざ難民の出迎えのために駐機場まで足を運んでおり、淡々とデータパッドに視線を落としながら首を横に振った。

 

「感謝には及びません、代表。資産の献上なども不要です。すべてはベイダー卿の『難民はすべて受け入れろ。私の私財を好きに使え。決して彼らを見捨てるな』という厳命によるものですから」

「まあ……!」

 

 レイアが感嘆の息を漏らす。

 責任者は、極めて有能な実務家としての顔つきでデータパッドを叩き続けた。

 

「既に皆さんの仮設住宅、および当面の生活物資の手配は完了しております。技術提供に関しても、無償での献上などという非効率な真似はさせません。正当に評価し、相応の報酬をお支払いさせていただきます。……現在、当星区は周辺からの難民受け入れに伴う特需で、労働力も技術者もいくらあっても足りない状況ですが、そうでなくとも我々は歓迎しますよ。我々はただ、種族を問わず明日を生きる権利が欲しいだけです。ベイダー卿の法の下でなら、我々の子供たちは理由もなく焼き殺されずに済みますからね。この星の気候は、きっと皆さんの肌にも合うはずですよ」

「なんて素晴らしい……」

 

 レイアは、感極まったように両手を組み合わせた。

 恐怖による支配ではなく、法と正当な評価による保護。しかも、それをシスの暗黒卿が私財を投げ打って行っているというのだ。

 年若いレイアは素直にダース・ベイダーを尊敬した。

 

「ターキンのような傲慢な男が星を焼き、皇帝がそれを黙認する狂気の時代。そんな時に、貴方たちは、真っ向からその暴政に反旗を翻し、真の平和と救済を体現しておられる。オルデランの王女として、貴方たちの気高き『反乱』に最大限の敬意と支援をお約束しますわ!」

 

 レイアの熱烈な言葉に、総督府の責任者は不思議そうに目をパチクリとさせた。

 

「反乱? はて、おかしなことを仰る、オーガナ姫。我々は誇り高き帝国民であり、ベイダー卿こそが皇帝陛下の右腕にして、我々エイリアンに法と平等を授けられた帝国の体現者ですぞ」

「え……?」

「我々はただ、種族を理由に不当な迫害と殺戮を行う非合理なシステムとそれを是とする者どもを憎み軽蔑しているだけです。我々の才能や技術を、種族的理由でありもしない反逆の疑いで焼き払うなど、これほどまでに愚かしく憎らしい損失はありません。……個人的にはターキンを早々に抹殺したいと考えておりますが、それは軍の仕事です。帝国そのものに反乱する気など毛頭ありません」

 

 彼は淡々と、しかし抑えきれない憤怒を滲ませて続けた。

 

「ベイダー卿の統治はシンプルです。『種族を問わず、帝国市民として正当に権利を保障される』それだけです。ターキンが燃やした市場を我々が保護(吸収)し、この星区の経済的独立性を高めているのも、我々エイリアンの生存権を脅かす『ターキン・ドクトリン』に対する、唯一かつ最大の防衛線なのです。我々は、自らの権利を守るためにこそ、ベイダー卿の統治を死守しているのですよ」

 

(なるほど。そういうことなのね)

 

 レイアは、静かに息を吐き出した。

 彼らはイデオロギーで戦っているのではない。彼らにとって、ターキンのように星を焼く行為は「我々の生存権を奪う一方的な暴力」であり、ベイダーのエイリアンの権利を認め難民を保護し経済圏に組み込む行為は、「自分たちを帝国市民として認めてくれる、極めて理にかなった統治」だから支持しているのだ。

 

「……分かりましたわ」

 

 レイアは、先ほどの熱烈な態度をスッと収め、一人の為政者として、穏やかな、しかし確かな敬意を込めた笑みを浮かべた。

 

「貴方たちは反乱者ではない。けれど、理不尽から命を救い、種族の壁を超えた法と権利でこの星を豊かにしようとする、間違いなく正気で誠実な帝国の官僚です。……オルデランは、貴方たちのような方々と、エイリアンの権利を守るための確かな取引ができることを、誇りに思います」

「ええ、歓迎しますよ、姫君。我々の生存権は、ベイダー卿と我々の手で勝ち取るものですから」

 

 ローディアンの責任者は、誇らしげに胸を張った。

 

「さあ、カミーノの皆さん。急ぎ労働ビザと居住区の登録手続きを進めましょう。お口に合う食事と、清潔なベッドが待っています。先ほども申しましたがこの星の気候は、きっと皆さんの肌にも合うはずですよ」

「おお! ご配慮に深く感謝いたします!」

 

 カミーノアンの代表が優雅に一礼し、完璧に通訳したC-3POが「素晴らしい光景です! この惑星の法の下では、エイリアンにも等しく権利があるとは!」と感動に身を震わせ周りの空気を暖かにする。

 そんな和やかな光景を前にして、しかし、レイアは良く当たる自分の勘(フォース)が悲鳴を上げていることに、ぞっとするような寒気を覚えていた。

 

(これは、戦争になる)

 

 帝国において、これほどまでに巨大な「奴隷制を排除して、エイリアンと人間を平等に扱う」ことを保障する統治が機能し繁栄している地域がある。

 今まではまだ良かった。帝国のほんの数パーセントの人口が、ベイダー卿の直轄領という特区に所属しているだけだった今までは。

 しかし、今回の事件でその均衡は完全に崩れた。

 故郷を理不尽に焼かれた何百万人もの難民たちと、彼らに「帝国市民としての権利」を保証し、私財を投げ打ってまでも真っ当に統治してのけようとしているベイダー卿。

 周囲の星系がこれを知れば、いや、抑圧されているエイリアンや奴隷たちが知れば、生き残るために、こぞってベイダー卿の庇護下に入ろうとするだろう。ベイダー卿の勢力は、これから爆発的に膨れ上がる。

 

(絶対にやってほしくはないけれど……もし皇帝が、今この瞬間にベイダー卿の越権行為を咎め、この統治を公式に否定すれば、まだ小火で済むかもしれない。でも、もし皇帝がこれを黙認でもしようものなら──)

 

 その時だった。

 駐機場に設置されているだけで灯りを消していた大型のホロ・プロジェクターや、官僚の持つデータパッド、さらにはファルコン号の通信パネルに至るまで、あらゆる回線から緊急放送のアラートがけたたましく鳴り響いた。

 

『──全銀河の市民に告ぐ』

 

 銀河帝国成立以来、長らく公の場から姿を消していた皇帝パルパティーンが、突如として全銀河のホロネット回線にその姿を現した。

 レイアの心臓が、嫌な予感に大きく跳ねた。

 

『わが左腕ターキン大総督による反乱分子への断固たる処置は、帝国の秩序を守るための悲壮なる決断であった。……しかし、その業火から逃れ、救いを求める罪なき者たちもまた多くいることだろう』

 

 皇帝の皺だらけの口元が、深く、優しく、若返って見えるほど艷やかな笑みの形になった。

 なのに、レイアの産毛が総毛立ち、背筋にぞわりと這い上がるような悍ましい悪寒が走る。

 

『見よ。我が最も信頼する右腕、ダース・ベイダー卿を。彼は今、自らの領地を開放し彷徨える民をその寛大なる腕で抱き留め、荒れた星々に進出し苦しむ民の涙をその優しき手で拭おうとしている。恐怖によって秩序を正す剣ターキンと、慈悲によって民を導く盾ベイダー。これこそが、我が帝国の懐の深さである!』

 

(なっ……!?)

 

 レイアは息を呑んだ。皇帝はベイダーの行動を止めるどころか、全銀河に向けて大々的に称賛し始めたのだ。

 幼い頃から高度な政治教育を受けてきたレイアには分かる。

 一つの国家の中で、『星を焼く恐怖』と『難民を救う慈悲』という相反する統治を同時に肯定するなど、政治として絶対にあり得ない。それは多様性などという生易しいものではない。ひとつの車軸の左右で、強大な車輪を逆回転させるようなものだ。間違いなく国という車体そのものが引き裂かれる。

 

『ベイダー卿よ! 押し寄せる混沌を自らの力で呑み込み、新たな秩序を創り上げてみせよ! 余は、卿が彼らを導き、その統治をもってさらなる帝国の発展に帰するのを、心待ちにしているぞ!』

 

 銀河中に配信されるホログラムカメラの前で、皇帝は慈愛に満ちた慈父の顔で重々しく頷いた。

 どこまでも優しく、父性に飢えた子を惹く慈父の顔。

 だが、その顔がレイアには、一度引きずり込まれれば二度と光の差さない、底なしの真っ黒なダークホールに見えた。

 

『そして大総督ターキンよ! 卿が自らの手を血に染めてまで示した断固たる意志こそが、愚かな反逆の火種を摘み取る帝国の絶対なる矛である。私情を捨て、一つの星を灰にしてでも全銀河の安寧と法を守り抜く、その冷徹にして揺るぎなき忠義、実に見事であった!』

 

 数千万の命を奪った大虐殺を「絶対の忠義」と言い換えた瞬間、皇帝の顔に浮かんだのは、紛れもない哀悼と誇りの色だった。

 全銀河の市民を完全に欺く、非の打ち所のない完璧な政治家の顔。

 その顔がレイアには、数千億の命を盤上の駒としか思っていない途方もない怪物に、いや、血の海を覗き込んで微笑む悪魔に見えた。

 

『我が誇り高き双璧、ベイダー卿、大総督ターキン。双方、大儀であった!』

 

 皇帝が両腕を大きく天へ広げ、二人の名を高らかに称え上げた。

 

 通信はそこで途絶えた。

 駐機場は、水を打ったような一瞬の静寂に包まれた。

 

「おおおっ……!」

 

 静寂を破ったのは、ローディアン族の責任者から漏れた、感極まったような震える声だった。彼はデータパッドを握る手を小刻みに震わせ、やがて歓喜を爆発させた。

 

「聞いたか! 皇帝陛下が、今回の救出と我々の独自統治と拡大を公式に承認されたぞ! これで堂々と周辺星系の経済圏を併合できる! エイリアンの権利が更に広く認められるのだ! 我々はもう、怯えることなく胸を張って生きることができる! さあ、大急ぎで財務に予算拡張の申請を上げるんだ!」

「はっ! 直ちに行います!」

「やはり皇帝陛下は、いや、パルパティーン議長は……旧共和国時代の、公明正大な議長のままだったんだ!」

「ああ、そうだ! 今までずっと顔をお見せにならなかったのも! エイリアン差別も! ターキンやマス・アメダ共のせいだ! 陛下が我々を見捨てるはずがなかったんだ!」

「あの君側の奸どもめ! これまでは軍や官僚の力で陛下の耳目を塞いでいたのだ!」

 

 官僚たちが一斉に活気づき、涙を浮かべながらデータパッドを弾き始める。

 その熱狂は、彼らだけにとどまらなかった。

 広大な駐機場に集まっていた難民たち、そしてこの星で働くあらゆる種族のエイリアンたちもまた、今のホログラム放送を聞いていたのだ。

 

「我々は生きていける! 殺されずに済むぞ!」

「皇帝陛下は、我々の生存権をベイダー卿に託してくださった!」

「人間至上主義の鬼畜どもやマス・アメダたち裏切り者の特権エイリアンどもから、皇帝陛下とベイダー卿をお守りするのだ!」

 

 カミーノアンの難民たちが、長い首を寄せ合って安堵の涙を流し合う。トワイレックの商人たちが両手を天に掲げ、ウーキーの労働者たちが歓喜の雄叫びを上げる。

 これまで帝国の人間至上主義に虐げられ、いつ故郷を焼かれ殺されるかと怯えていたエイリアンたちの鬱屈が、「今まで沈黙していた皇帝陛下は我々の味方だった」という強烈な解放感と狂信的な忠誠心へと一気に変換されていく。

 ──皇帝がたった今、ターキンによる数千万の殺戮をも『絶対の忠義』として肯定したという、彼らにとって都合の悪すぎる事実からは完全に目を背けて。

 自分たちの「生きたい」という切実な願いすらも、銀河を分断させるための手段として利用されているだけだとは夢にも思わず、彼らはパルパティーンの筋書き通りに、熱狂へと躍り上がっていく。

 ──かつて17年前、人々が共和国を議長と共に守るという大義のもとに熱狂し、銀河を二つに割る『クローン大戦』の泥沼へと自ら足を踏み入れたあの日のように。

 ──14年前、旧共和国の人々が、安全と引き換えに、反逆したジェダイの凶刃を退けて大戦を勝利に導いた英傑を皇帝として仰ぎ、万雷の拍手をもって自らの自由と権利を売り払ったあの日のように。

 

「ああ、なんて慈悲深い皇帝陛下でしょう! 帝国の未来は明るいですぞ、レイア姫! これなら──ん? 少々お待ちください」

 

 隣で感動に身を震わせていたC-3POが、ふと電子音を詰まらせ、首を傾げた。

 

「私の言語論理プロセッサーが深刻な矛盾を検知しました。皇帝陛下は先ほど、ターキン大総督の『星を焼く行為』をも絶対の忠義として肯定されましたよね? 

 ……ええと、相反する二つの統治方針を同一国家内で同時に進行させた場合、帝国というシステムそのものが内部崩壊を起こす確率は。

 おお、信じられません! 99.999%です! 

 ……えっ? きゅ、99.999%!? い、いや、いくら何でも極端すぎます、何かの間違いです! 私の計算ユニットがエラーを起こしているに違いありません。もう一度、帝国の各種変数を入力し直して再計算を

 …………ああっ、信じられない! やはり同じです! むしろ再計算のたびに小数点以下の確率が削られていきますぅ! 

 皇帝陛下はお乱れになっているのでしょうか!? ひぃぃっ、私たちは破滅です!」

 

 金色のドロイドは頭を抱えてパニックを起こしたが、その警告の悲鳴は、皇帝の仕掛けた熱狂の渦に、うねるような大群衆の歓声に完全に呑み込まれ、レイアを除く誰の耳にも届かなかった。

 

『皇帝陛下万歳! ベイダー卿万歳! 帝国万歳!』

 

 パルパティーンは議長時代のままの公明正大な人物だった。ターキン派の軍閥とマス・アメダたち特権階級こそが諸悪の根源であり、我々はその悪からベイダー卿と共に帝国を守るのだと。

 数千、数万のエイリアンと人間たちが唱和する声が、熱波となって駐機場を揺らした。

 

 しかし──その熱狂の渦の中心で、レイアだけは3POの弾き出した絶望的な計算結果に同意し、青ざめた顔で立ち尽くしていた。

 周囲の熱気が高まれば高まるほど、彼女の背筋は氷のように冷え切っていく。

 

(違う……! 乱れてないのよ。C-3PO。皇帝はおかしくなったわけじゃないのよ。わざとやっているんだわ!)

 

 無邪気に万歳を叫び、涙を流して喜ぶ彼らの顔が、今のレイアには「自ら進んで処刑台への階段を上りながら、救われたと錯覚して喜んでいる」ようにしか見えなかった。善良な人々が、何も知らないまま、生きるために殺し合う地獄へと誘導されている。

 画面の向こうで堂々と両手を広げたあの姿は、レイアの目には、銀河という巨大な闘技場を作り上げ、その中で全員を殺し合わせようとする悪魔にしか見えなかった。

 終わった。

 皇帝は今、事実上「帝国の中に、もう一つの巨大な国を作ること」を公認してしまったのだ。

 ターキン率いる「恐怖による支配」を是とする帝国主流派と、ダース・ベイダーを旗印に集結する「エイリアンの権利を認める統治」を求める新興勢力。

 銀河は完全に二つに割れる。そして、その衝突は、かつてのクローン戦争すら生ぬるいほどの巨大な大内戦に発展するだろう。

 

(何を、何を考えているの! 皇帝は何を考えているの! 統治などどうでもいいとでも──いいえ、あの狡猾な旧共和国議長時代の手腕からしてあり得ない! なぜ! どうして! 安定した銀河よりも大切なものが有るとでも言うの! 

 銀河を焼くほどに大切なものが有るとでも言うの! ──そんな馬鹿な!!!)

 

 数百億の命を薪としてくべ、大内戦という極限の闘争の坩堝を作り出す。そしてその劫火の中で、自分を脅かすほどの『最強のシスの後継者』を鍛え上げる。

 そんなほぼ全ての人が理解出来ないものを第一の目的とする存在が、カルトの思考をする人物が、今、銀河皇帝なのだとは、レイアには思いもよらなかった。

 レイアは、「今日を生き延びたい」という人々の切実で純粋な渇望すらも、皇帝という怪物が仕組んだ舞台装置の一部であり、自ら大内戦の業火に身を投じるように完璧にコントロールされた燃料でしかなかったという残酷な事実に気づき、底知れぬ邪悪に、ただ小刻みに震えるしかなかった。

 

「……姫さん。あんた、えらく顔色が悪いぜ」

 

 タラップから降りてきたハンが、眉をひそめてレイアを見た。

 

「なんかヤバいことでも起きたのか? 皇帝のジジイがベイダーとターキンを褒めてただけみたいだが」

「……ハン」

 

 レイアは震える声で、絞り出すように言った。

 

「お金を支払ったら……貴方はすぐに、なるべく遠くへ逃げなさい。そして、もう二度と私たちに関わらないことね」

「あ? なんだよいきなり。またポンコツ扱いか?」

「違うわ!」

 

 レイアは、ハンの胸ぐらを掴まんばかりの勢いで振り返った。

 

「銀河の歴史上、最悪の戦争が始まるのよ! それも、帝国を反乱勢力が制圧するなんていう生易しいものじゃなくて……帝国そのものが真っ二つに割れる、正真正銘の大戦争がね! だから、早く逃げ──ひゃっ!?」

「おっ、震えは収まったな」

 

 レイアは、ハンの予期せぬ行動と頬の冷たさに、思わず間の抜けた声を上げた。

 ハンは、結露した冷たい金属製のボトルをレイアの頬から離し、からかうような、けれどどこか優しい眼差しで見下ろしていた。

 

「冷たっ……! 何するのよ!」

 

 レイアは頬を赤らめ、驚きと安堵が入り混じった表情で彼の手にあるボトルを睨む。彼女の震えは、いつの間にか止まっていた。

 

「俺はただの密輸業者だ。政治のことはわからん。だが、あんたがここでパニックを起こしたところで、空から大金が落ちてくるわけじゃない。俺がギャラをもらって逃げるかは、あんたが落ち着いてから決めればいいだろ?」

 

 ハンはボトルを彼女に手渡し、タラップに腰を下ろして天を仰いだ。

 

「今はただの喉が渇いたお姫様に戻れよ。後のことは、爺さんたち魔法使いにでも任せとけばいいさ。……ま、俺たちみたいな汚れ仕事の運び屋と、ただのお姫様には、銀河の命運なんて背負いきれねぇよ」

 

 ハンの冷静で少し冷ややかな言葉が、かえってレイアの心を現実へと引き戻し、不確かな未来への恐怖を和らげてくれた。彼は、ただ目の前の、恐怖に震える少女を、彼なりの方法で落ち着かせてくれたのだ。

 

(ただの、お姫様……)

 

 物心ついた時から、レイアは常に「オルデランの王女」として、大人よりも大人らしく振る舞うことを求められてきた。公務に出るようになってからは、弱音を吐くことも、恐怖に震えることも許されず、誰も自分を「守られるべき14歳の少女」として扱ってなどくれなかった。

 いつもなら「子供扱いしないで」と反発するはずのその言葉が、今のレイアには泣きたくなるほど温かく、そして甘く響いた。

 

(なんで)

 

 どうしてだろう。突然、ハンのあちこちがやけに鮮明に目に飛び込んでくる。

 

 先ほどボトルを手渡してくれた時の、かすかに油と硝煙の匂いがする、無骨で大きな手。

 タラップに腰を下ろし、呆れたように天を仰ぐ、ひどく広くて頼もしい背中。

 王宮には絶対にいない、粗野で危険なはずの空気が、今はたまらなく安心できた。

 ふいに視線が交差して、彼が「なんだよ?」とばかりに片眉を上げる。ただそれだけの仕草に、絶望で凍りつきそうだったレイアの胸の奥底で、ふわりと熱いものが弾けた。

 さっきまで死の恐怖でバクバクとうるさかったはずの心臓が、いつの間にか全く別の理由で、トクトクと鼓動を早めている。息が浅くなり、喉の奥がキュッと締め付けられるような、痛いような、甘いような感覚。

 

(──なに、これ)

 

 カッと、今まで経験したことのない熱が顔中の血を一気に沸騰させた。

 政治の裏目論見も、外交の駆け引きも知っている。けれど、この感情にだけは名前をつけられない。14歳のレイアは、生まれて初めてコントロールを失いそうになる自分の心に激しく戸惑い、悟られまいと慌てて視線を逸らした。

 両手でボトルをぎゅっと握りしめると、心臓の音が彼に聞こえてしまわないか不安になる。

 

 それでも──どうしても、もう一度見たくなる。

 

 レイアは少しだけ潤んだ、ひどく女の子らしい瞳で、自分が元気になった事に穏やかに口角を上げるハンの顔をそっと盗み見た。

 胸の奥で芽生えた、この生意気で不器用で誰よりも優しい密輸業者への、甘酸っぱいざわめき。それをどうにか冷たい水と一緒に流し込むように、レイアはゴクリと喉を鳴らし、熱を冷ますように深く、深く息を吐き出した。

 

 

 

 夕暮れの空では、R2とルークとその膝の上にちょこんと乗ったマラを乗せたテストカラーのXウイングが、迫り来る銀河の大乱など何も知らずに、楽しげなスピンを繰り返している。

 

 

 

 

 

 




 パルパティーンは悪魔だぞ! byオビ=ワン・ケノービー
 裁判などどうにでもされてしまう! 殺すしかない! それ以外にパルパティーンは止められない! byメイス・ウィンドゥ
 暗殺はジェダイの道ではない。だが、パルパティーンは、ダース・シディアスだけは、絶対に討たねばならんbyヨーダ

 間違いなく、ジェダイは腐敗して道を見失っていた。
 しかし、パルパティーンに対する評価と決断は正しかった。
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