ポケットモンスターAGE デルタの終点   作:natsuki

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第十話 観測者(後編)

 

「同じ現象なんですか?」

「それが分かれば、ここへ皆さんを集める必要もなかったでしょう」

 

 アクロマは淡々と答える。

 

「ですが、似ています」

 

 次の映像。

 都市の一角。

 画面そのものが揺れている。

 空気が水面のように歪み、その向こう側に、本来存在しないはずの建物が一瞬だけ浮かび上がる。

 レイは息を呑んだ。

 見覚えがある。

 大穴上空で見たものと同じだった。

 

「……境界」

 

 無意識に呟いていた。

 アクロマの目がこちらを向く。

 

「その言葉を覚えていたのですね」

「忘れませんよ」

「良いことです」

 

 映像はそこで止まる。

 

「ミアレシティでは過去にも、これに近い空間異常が確認されています」

 

 部屋の空気が僅かに変わる。

 

「数年前の都市再開発期間中、野生ポケモンがトレーナーとの共鳴なしに異常なメガシンカを起こす事件が発生しました」

「メガシンカ……」

 

 レイの指が無意識に鞄へ触れる。

 中には、あの石がある。

 

「そして同時期、都市内部に空間の歪みが発生したという記録も残っています」

 

 また画面が切り替わる。

 今度は資料画像。

 そこには、一つの都市が二重に重なっているような奇妙な写真が映っていた。

 

「研究者たちは便宜上、その領域を異次元ミアレと呼びました」

「異次元……」

 

 誰かが小さく笑う。

 

「そんなの、作り話じゃないんですか?」

 

 アクロマは否定しなかった。

 

「そう思うのも無理はありません。しかし、作り話かどうかを決めるのは証拠です」

 

 そして。

 

「証拠は存在します」

 

 誰も声を出さない。

 レイだけは、別のことを考えていた。

 昨夜。

 南国の島。

 倒れていた帽子の少年。

 もし。

 あれも『別の場所』ではなく。

 別の世界だったとしたら。

 

「博士」

 

 気付けば口を開いていた。

 

「ミアレで起きた事件と、今パルデアで起きていることは繋がっているんですか?」

「可能性はあります」

「じゃあ、メガストーンも?」

 

 言った瞬間。

 自分が余計なことを言ったと気付く。

 周囲の視線が一斉に集まった。

 アクロマも黙る。

 

「メガストーン?」

 

 隣の男子生徒が訊ねる。

 

「君、持ってるの?」

「いや……」

 

 誤魔化そうとした。

 しかし。

 

「構いません」

 

 アクロマが言った。

 

「ここまで来たのであれば、隠しても意味はないでしょう」

 

 レイは彼を見る。

 

「レイ君が数日前に拾った鉱石は、現在の分析ではメガストーンに非常に近い構造を持っています」

 

 ざわめき。

 

「ただし」

 

 アクロマの声がそれを遮る。

 

「完全に一致してはいません」

「どういうことですか?」

「そこが、今回もっとも興味深い部分なのですよ」

 

 アクロマは初めて、僅かに楽しそうな表情を見せた。

 

「レイ君の石には、メガエネルギーとテラスタルエネルギー、両方の特徴が存在しています」

「両方……?」

「本来ならあり得ません」

 

 その言葉。

 もう何度聞いただろう。

 本来ならあり得ない。

 存在しないはず。

 説明できない。

 今回の事件は、そんなものばかりだった。

 アクロマは画面を閉じる。

 

「今日はこれで終わりです」

「待ってください」

 

 レイが声を上げる。

 

「それだけですか?」

「何がでしょう」

「これだけ話して、何もするなって?」

「何もしないでください」

 

 即答だった。

 

「少なくとも今は」

「でも」

「君たちは研究者ではありません」

 

 その言葉に、少しだけ苛立つ。

 

「だからって、何も知らないまま待ってろっていうんですか」

 

 アクロマはレイを見る。

 その目は冷たい。

 だが、拒絶ではなかった。

 

「違います」

「では?」

「知識が足りないと言っているのです」

 

 言葉を切る。

 

「動くのであれば、まず知りなさい」

 

 そして。

 

「君は自分が何を持っているのかすら、まだ理解していない」

 

 レイは鞄へ触れる。

 何も言えなかった。

 アクロマは研究員たちへ何か指示を出すと、部屋を出ていく。

 だが、扉が閉じる直前。

 

「レイ君」

「はい」

「昨夜、何か見ましたか?」

 

 心臓が跳ねる。

 

「……どうして」

「顔に書いてありますよ」

 

 しばらく迷った。

 それでも答える。

 

「島を」

「島?」

「南国みたいな場所でした。そこに、一人の少年が倒れていました」

 

 アクロマの表情が止まった。

 本当に一瞬。

 しかし確かに。

 

「帽子を被っていました」

 

 さらに続ける。

 

「赤い帽子です」

 

 沈黙。

 

「……そうですか」

 

 それだけ。

 アクロマは部屋を出ていった。

 しかし。

 扉の向こうへ消える直前に見えた彼の横顔は、これまで一度も見たことがないほど険しいものだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 同じ頃。

 パルデアから遠く離れたカロス地方。

 ミアレシティ。

 プリズムタワーを中心に広がる街並みは夜の光へ包まれ、再開発によって生まれ変わった区画には多くの人々が行き交い、その地下では研究施設の職員たちが慌ただしく端末へ向かっていた。

 

「またです!」

「座標は?」

「固定できません! 数値が飛び続けています!」

「異次元ミアレの再発か?」

「違います!」

 

 一人の研究員が叫ぶ。

 

「過去のデータと一致しません!」

 

 巨大モニターへ表示されているのは、世界地図。

 その中心で、一点だけが赤く明滅している。

 

「位置は……」

 

 研究員の手が止まる。

 

「パルデア地方?」

 

 直後。

 警告音。

 画面へ新しい文字列が表示される。

 

『観測対象との同期を確認』

「対象?」

「誰を観測しているんだ……?」

 

 誰も答えられない。

 ただ一人。

 部屋の奥で過去の記録を確認していた研究者だけが、画面へ映し出された波形を見て息を呑んだ。

 

「この反応……」

 

 何年も前。

 この街で起きた異変。

 暴走メガシンカ。

 異次元ミアレ。

 その時にだけ観測された、特殊な波形。

 しかし。

 今回のものは、それとも少し違う。

 二つ。

 いや。

 幾つもの波形が重なり合っている。

 

「……何が、繋がろうとしているんだ」

 

 その疑問へ答える者はいなかった。

 ミアレの夜空。

 誰にも見えないほど小さな亀裂が、一瞬だけ開き。

 その向こう側で。

 紫色の結晶が、静かに瞬いていた。

 

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