翌朝。
レイは昨夜拾った石を制服のポケットへ入れたまま、オレンジアカデミーへ向かっていた。
結局、あれが本当にメガストーンなのかは分からなかった。
図鑑で見た特徴とはよく似ている。
だが、だからこそ納得がいかない。
メガシンカはカロス地方やホウエン地方で確認されている特殊現象であり、パルデア地方で天然のメガストーンが発見されたという報告は、一度も耳にしたことがなかった。
もし本物なら、世界的な大発見だ。
逆に偽物なら、妙に精巧すぎる。
そんなことを考えながら歩いていると、校門前が普段より騒がしいことに気付いた。
教師たちが慌ただしく行き来し、何人もの研究員らしき人物が大きなケースを運び込んでいる。
「何かあったのか?」
近くにいた級友へ尋ねると、彼は興奮気味に答えた。
「知らないのか? 今日、ゼロラボから特別講師が来るらしいぞ」
「ゼロラボ?」
「ああ。大穴の研究をしてる人たち」
その言葉に、レイは思わず研究員たちへ目を向けた。
彼らの白衣には見慣れない紋章が刺繍され、その中央にはテラスタルを思わせる六角形の結晶が描かれている。
世界最先端。
そんな言葉が似合う集団だった。
午前の授業は急遽変更され、講堂へ全校生徒が集められた。
壇上には校長と数名の研究員。
その最後尾に、一人だけ場違いなほど静かな男が立っていた。
白衣。
細身の体。
眼鏡の奥にある鋭い眼差し。
しかし、その瞳には教師とも研究者とも違う、何かを観察する者特有の冷たさがあった。
男は紹介されることなく、一歩前へ出る。
「諸君」
低く、よく通る声だった。
「君たちは世界をいくつ知っている?」
ざわり、と講堂が揺れる。
質問の意味が分からない。
男は気にした様子もなく続けた。
「パルデア」
「カロス」
「ホウエン」
「イッシュ」
「ガラル」
「ジョウト」
「カントー」
「シンオウ」
「アローラ」
「これが、君たちの知る世界だろう」
そこで一度言葉を切り、静かに笑った。
「では、質問を変えよう」
「君たちは、それ以外の世界が存在しないと、どうして言い切れる?」
誰も答えられなかった。
教師たちでさえ顔を見合わせている。
男はスクリーンへ一枚の写真を映し出す。
それは大穴の最深部。
結晶が林立する地下空間だった。
「五年前、大穴で観測されたエネルギー反応を解析した結果、奇妙な現象が確認された」
画面が切り替わる。
無数の波形。
誰にも理解できない数式。
「結論だけ述べよう」
男はあまりにも平然と言った。
「世界は、ひとつではない」
その瞬間、講堂全体がどよめいた。
「古代と未来」
「異なる歴史」
「異なる可能性」
「それらは決して空想ではない」
「すべて、実在する」
レイは思わず息を呑む。
昨夜の紫色の光景が頭を過ぎった。
あれは、本当に見間違いだったのだろうか。
男は講義を終えると、生徒たちの反応にも興味を示さず、資料を抱えて壇上を降りていく。
その途中だった。
レイの制服のポケットが、かすかに熱を帯びる。
「……っ!」
慌てて触れる。
昨夜拾った石だった。
微かに脈打つような震え。
誰にも気付かれないほど小さい。
だが確かに、生き物の鼓動のようなリズムを刻んでいた。
その時、不意に男が立ち止まる。
振り返る。
講堂の奥。
何百人もの生徒の中から、まるで最初からそこにいることを知っていたかのように、真っ直ぐレイを見つめていた。
二人の視線が交差する。
ほんの数秒。
それだけだった。
男はわずかに目を細めると、何も言わず講堂を後にした。
残されたレイだけが、自分の鼓動が少しずつ速くなっていることに気付いていた。
講義の終わりを告げる拍手が響く中、司会の教師が男を紹介する。
「以上で、本日の特別講義を終了します。講師を務めてくださったのは、ゼロラボ特別研究員――アクロマ博士でした」
その名前を聞いた瞬間、レイはなぜか胸の奥に、小さな引っ掛かりを覚えていた。