ポケットモンスターAGE デルタの終点   作:natsuki

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第三話 共鳴

 

 

 その日の講義は、それ以外ほとんど頭に入らなかった。

 世界はひとつではない。

 アクロマが口にしたその言葉だけが、まるで耳の奥へ残響のように残り続け、教室の窓から差し込む午後の日差しも、教師の声も、級友たちの笑い声さえもどこか遠く感じられる。

 もちろん、それは現実味のない話だった。

 パラレルワールド。

 別の歴史。

 異なる可能性。

 そんなものは古い伝承や空想科学の中だけの存在であり、少なくとも昨日までのレイなら笑って終わらせていただろう。

 しかし。

 昨日拾ったあの石だけは説明がつかない。

 レイは授業が終わると、人目を避けるように中庭の隅へ向かった。

 制服のポケットから取り出した石は、昼間よりも僅かに光を増していた。

 

「やっぱり……」

 

 指先へ伝わる微かな熱。

 生き物の鼓動のような振動。

 どう考えても普通の鉱石ではない。

 

「ニャローテ」

 

 肩の上にいたニャローテも、不安そうに石を見つめ、小さく鼻を鳴らす。

 その時だった。

 石の中心から、紫色の光が一瞬だけ脈打つ。

 

「……!」

 

 反射的に握り締める。

 同時に、頭の奥へ何かが流れ込んできた。

 知らない景色。

 見たこともない街。

 巨大な塔。

 青い炎。

 空を覆う結晶。

 そして――。

 崩れていく世界。

 

「うっ……!」

 

 膝をつく。

 頭痛。

 吐き気。

 視界が激しく揺れる。

 数秒だった。

 それだけで映像は途切れる。

 

「今のは……何だ」

 

 幻覚とは思えなかった。

 あまりにも鮮明だった。

 誰かの記憶を、一瞬だけ覗き見たような感覚。

 

「やはり、共鳴しましたか」

 

 突然聞こえた声に、レイは飛び上がるように振り返った。

 そこには、いつの間にかアクロマが立っていた。

 昼間と同じ白衣。

 しかし講堂で見せた研究者らしい表情ではなく、何かを確かめるようにレイを見つめている。

 

「……あなた」

「安心してください。石を返せと言いに来たわけではありません」

「これを知っているんですか」

 

 レイは石を見せる。

 アクロマは小さく頷いた。

 

「知っていますとも。ですが、その石がそこに存在している理由までは、私にも分かりません」

「これは何なんです」

「質問を変えましょう」

 

 アクロマは逆に問い返す。

 

「君は、その石を拾ってから何か見ませんでしたか」

 

 レイは言葉に詰まる。

 なぜ分かった。

 今の映像を。

 

「……見ました」

「そうでしょうね」

 

 まるで最初から分かっていたような口ぶりだった。

 

「それは夢ではありません」

「じゃあ何なんです」

 

 アクロマは少しだけ空を見上げる。

 夕焼けが広がり始めていた。

 

「記憶です」

「誰かの?」

「いいえ」

 

 一拍置いて、彼は静かに言う。

 

「世界の、です」

 

 レイは意味が分からなかった。

 世界に記憶がある?

 そんな話を誰が信じるというのか。

 だがアクロマは冗談を言っているようには見えない。

 

「君は非常に興味深い存在です」

「どういう意味です」

「本来、その石は誰とも共鳴しません」

 

 その一言に、レイの背筋が冷える。

 

「にもかかわらず、君は世界の断片を視た」

 

 アクロマは眼鏡を指で押し上げる。

 

「偶然とは思えません」

 

 その瞬間だった。

 

 

 ――ゴォン。

 

 

 重く鈍い音が、大地の底から響いた。

 二人は同時に振り返る。

 遠く。

 パルデアの大穴。

 そこから紫色の光が、夕焼け空へ一本の柱となって立ち昇っていた。

 学園中が騒然となる。

 教師たちの悲鳴。

 避難を促す放送。

 空を飛ぶポケモンたちが一斉に逃げ始める。

 アクロマだけは、その光景を見つめながら小さく呟いた。

 

「……予定より、随分早い」

「え?」

 

 レイが聞き返した時には、彼は既に歩き始めていた。

 

「来なさい、レイ君」

 

 振り返ることなく言う。

 

「ここから先は、君にも見届けてもらう必要があります」

 

 世界は、静かに軋むだけでは終わらなかった。

 その歪みは、ついに誰の目にも見える形となって現れ始めていた。

 

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