ポケットモンスターAGE デルタの終点   作:natsuki

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第四話 大穴

 

 

 サイレンが鳴り響いていた。

 アカデミー中に設置された警報装置が、今まで一度も聞いたことのない警戒音を繰り返し鳴らし続け、生徒たちは教師の誘導によって次々と校舎へ戻されていく。

 だが、レイだけは動けなかった。

 いや、動かなかったと言うべきか。

 視線はただ一点。

 パルデアの大穴へ注がれていた。

 空へ向かって伸びる紫色の光の柱。

 夕焼け空を真っ二つに裂くようなその光景は、美しいという感情よりも先に、本能的な恐怖を呼び起こしていた。

 

「レイ!」

 

 教師が叫ぶ。

 

「何をしている! 早く避難しなさい!」

 

 その声で我に返る。

 振り返った時には、先ほどまで隣にいたアクロマの姿はもうなかった。

 まるで最初から存在しなかったかのように。

 

「……どこへ」

 

 その疑問は最後まで口にできなかった。

 地面が揺れた。

 ゴゴゴゴゴ……という低い振動が足元から伝わってくる。

 校舎の窓ガラスが細かく震え、木々の葉がざわめき始める。

 

「地震!?」

 

 誰かが叫ぶ。

 しかし違う。

 レイは揺れの方向に違和感を覚えていた。

 横ではない。

 下から押し上げられるような振動。

 まるで大穴そのものが鼓動しているかのようだった。

 ニャローテも肩から飛び降り、低く唸る。

 その視線は一点。

 光の柱。

 その周囲の空間だった。

 

「……?」

 

 最初は陽炎だと思った。

 空気が揺らいでいるだけ。

 だが違う。

 景色そのものが歪んでいた。

 夕焼け空の一部だけが、水面へ石を落としたように波打っている。

 誰もその異変に気付いていない。

 レイだけが、それを見ていた。

 やがて歪みはゆっくりと広がり始める。

 空。

 雲。

 山。

 すべてが重なって見える。

 そして。

 もう一つの景色が映り込んだ。

 

「…………!」

 

 思わず息を呑む。

 そこにあったのはパルデアではなかった。

 燃えている。

 街が。

 空が。

 建物が。

 巨大な結晶に覆われた都市。

 炎の中を逃げ惑う人々。

 咆哮を上げる見知らぬポケモン。

 その世界は確かに存在していた。

 数秒後。

 景色は元へ戻る。

 夕焼け。

 静かな森。

 いつものパルデア。

 だが、レイだけは理解してしまった。

 あれは幻ではない。

 昨夜見た映像と同じだ。

 世界が、重なっている。

 その時だった。

 制服のポケットの中で、石が熱を帯びる。

 取り出した瞬間、七色だった輝きが一瞬だけ深い紅色へ変わった。

 同時に、レイの脳裏へ一つの言葉が響く。

 

 

 ――楽園。

 

 

「……誰だ!」

 

 思わず叫ぶ。

 返事はない。

 しかし声は確かに聞こえた。

 男とも女ともつかない声。

 遠い昔から語り掛けてくるような、不思議な響き。

 ニャローテが突然、空へ向かって威嚇した。

 レイも反射的に顔を上げる。

 歪みの中心。

 紫色の空間に、一瞬だけ人影が立っていた。

 長身。

 赤い髪。

 黒いスーツ。

 その人物は、こちらを見ているようにも見えた。

 だが、瞬きをした次の瞬間には消えていた。

 

「……今の」

 

 胸がざわつく。

 写真で見たことがある。

 世界中へ配信された指名手配の映像。

 五年前、消息を絶った男。

 フレア団の首領——フラダリ。

 あり得ない。

 死んだはずだ。

 なのに、どうして。

 どうして今、この場所に。

 レイが呆然と立ち尽くす中、大穴から立ち昇る紫色の光はなおも空を貫き続けていた。

 その異変は、まだ始まりに過ぎない。

 世界は静かに、そして確実に、本来交わるはずのない『もう一つの世界』と重なり始めていた。

 

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