異変は、その日のうちにパルデア全土へ広がった。
ニュース番組では、大穴上空で観測された謎の発光現象について専門家たちが議論を交わし、各地方局は現地からの中継映像を繰り返し流している。
しかし、そのどれもが決定的な答えには至らなかった。
原因不明。
観測継続。
安全性は確認中。
そんな曖昧な言葉だけが並び、視聴者の不安を余計に煽っていた。
一方で、アカデミーには臨時休校が通達された。
生徒たちは寮へ戻るか、自宅待機を命じられる。
それでもレイは落ち着かなかった。
昨夜拾った石。
世界の記憶。
そして、大穴の光。
頭の中では一本の線になりかけているのに、肝心な最後の答えだけがどうしても見つからない。
「ニャローテ」
相棒へ声を掛ける。
ニャローテは返事をするように小さく鳴いた。
その時だった。
ピクリ、と耳を動かす。
次の瞬間、森の奥へ向かって勢いよく駆け出した。
「お、おい!」
慌てて追いかける。
木々の間を抜け、小川を飛び越え、ニャローテは迷うことなく一直線に進んでいく。
やがて、開けた草原へ辿り着いた。
そこには、一頭のガケガニがいた。
いや、正確には。
「様子がおかしい……」
身体の一部が紫色の結晶に覆われている。
まるでテラスタル化したまま戻れなくなったような姿。
ガケガニは苦しそうに身体を震わせ、突然こちらへ突進してきた。
「ニャローテ!」
咄嗟にボールを投げる。
「マジカルリーフ!」
葉の弾丸が命中する。
だが、ガケガニは怯まない。
結晶が鈍く輝き、力任せに地面を叩く。
轟音。
土煙。
足元が大きく揺れる。
「速い……!」
今まで見たガケガニとは明らかに違う。
理性がない。
暴れているというより、何かに操られているようだった。
「避けろ!」
ニャローテが身を翻し、爪を振るう。
その瞬間。
レイの胸ポケットの石が強く脈打った。
世界が止まる。
風が止む。
音が消える。
ほんの一瞬だけ。
レイの視界へ、見知らぬ戦場が映り込んだ。
瓦礫。
炎。
そして。
目の前のガケガニと全く同じように、紫色の結晶へ侵されたポケモンたち。
それらと戦う、一人の青年。
後ろ姿しか見えない。
帽子を被ったその青年が振り返ろうとした瞬間。
映像は途切れた。
「今だ!」
自分でも驚くほど自然に声が出た。
ニャローテは迷わない。
飛び上がる。
「トリックフラワー!」
花弁が一直線に飛び、結晶の中心へ命中する。
紫色の光が弾けた。
ガケガニは大きく身体を震わせ、その場へ崩れ落ちる。
結晶は、砂のように崩れて風へ消えていった。
静寂が戻る。
ガケガニは何事もなかったように立ち上がり、不思議そうに辺りを見回すと、そのまま森の奥へ歩いていった。
「助かった……のか?」
レイは息を整えながら、その背中を見送る。
だが、疑問は増える一方だった。
あの結晶は何だったのか。
なぜ自分だけがあの映像を見るのか。
そして。
あの青年は誰なのか。
ニャローテが突然、空を見上げる。
レイもつられて視線を向けた。
夕焼けに染まり始めた雲の向こう。
遠く、大穴の上空。
紫色の亀裂が、昨日よりもわずかに広がっているように見えた。
その裂け目の向こうで、誰かがこちらを見つめている。
そんな錯覚だけが、胸の奥へ静かに残り続けていた。