ポケットモンスターAGE デルタの終点   作:natsuki

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第六話 兆し

 

 翌朝になっても、空は何事もなかったように晴れ渡っていた。

 昨日、大穴から立ち昇った紫色の光は既に消え失せ、ニュース番組でも『一時的なエネルギー異常』という短い説明が繰り返されるばかりで、街には少しずつ日常が戻り始めている。

 人という生き物は、安心できる理由を探すのが上手い。

 専門家が「問題ありません」と言えば信じるし、「原因を調査中です」と言えば、その結果が出るまでは考えることを止めてしまう。

 それが悪いことだとは思わない。

 そうしなければ、誰も平穏な毎日など送れないのだから。

 だが、レイだけは違った。

 昨夜、自分は見てしまった。

 空の裂け目を。

 紫色の結晶に覆われた世界を。

 そして、あの正体の分からない人影を。

 あれを「見間違いだった」と片付けるには、あまりにも鮮明すぎた。

 

「……やっぱり、気になるよな」

 

 朝食を終えたレイは、自室の机へ布包みを広げる。

 中から現れたのは、草むらで拾ったあの石だった。

 昨日ほどではない。

 しかし、今もなお淡い光を宿している。

 ニャローテは机へ飛び乗ると、石へ鼻先を近付け、小さく首を傾げた。

 

「お前も気になるか」

 

 返事をするように短く鳴く。

 その時、端末が着信を告げた。

 画面にはアカデミーからの一斉通知。

 昨日発生した異常現象について、本日午後より自由参加の説明会を実施します。

 それだけだった。

 原因も。

 対策も。

 何一つ書かれていない。

 

「説明会、か……」

 

 レイは端末を閉じる。

 きっと昨日と同じだ。

 

「調査中です」

「心配ありません」

 

 そんな言葉が並ぶだけ。

 それでも、行かないという選択肢はなかった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 午後。

 講堂へ向かう途中、レイは中庭で一人の人物を見つける。

 白衣姿の男。

 アクロマだった。

 彼は昨日と変わらず静かな表情で、植え込みの脇へしゃがみ込み、何かを採取している。

 土を。

 草を。

 それから、小さな紫色の結晶片を。

 研究員が声を掛ける。

 

「博士、こちらのサンプルも回収できました」

「ありがとうございます」

 

 短いやり取り。

 それだけだった。

 レイは思わず足を止める。

 昨日、自分を見ていた男。

 何か知っているはずの男。

 しかし、アクロマはレイへ気付いても何も言わない。

 軽く会釈を返しただけで、再び地面の観察へ戻ってしまう。

 

「……」

 

 昨日とは逆だった。

 話し掛けるべきなのはこちらなのに、不思議と声が出ない。

 研究者の纏う空気が、それを拒んでいるように思えた。

 結局、何も言えないまま講堂へ向かう。

 説明会は三十分ほどで終わった。

 予想通りだった。

 異常現象は現在調査中。

 危険性は確認されていない。

 不要な外出は控えるように。

 昨日のニュースと何も変わらない。

 生徒たちも半ば呆れた様子で席を立ち始める。

 

「結局、何も分からないってことか」

「まあ、そんなもんだろ」

 

 そんな会話が聞こえてくる。

 レイだけは納得できなかった。

 本当に何も分かっていないのだろうか。

 それとも。

 分かっていて話せないのだろうか。

 講堂を出ようとした時だった。

 視界の端で、アクロマが研究員へ一枚の資料を渡す姿が見えた。

 資料は風に煽られ、一枚だけ床へ落ちる。

 誰も気付かない。

 レイは拾い上げようとして、そのまま手を止めた。

 紙面には一枚の航空写真。

 昨日、自分が見た大穴の上空だった。

 その中央へ、赤い文字で一行だけ書かれている。

 

 

 ——境界面拡大を確認

 

 

 境界。

 その言葉が胸へ引っ掛かる。

 昨日、自分が見た『もう一つの世界』。

 あれは、本当に存在するのかもしれない。

 資料を拾い上げた研究員は、何事もなかったようにアクロマへ返した。

 アクロマはその瞬間だけ、レイと目が合う。

 そして、ほんのわずかに口元を緩めた。

 まるで。

 君も見たのですね――そう言っているかのように。

 その日、レイは初めて自分の意志で決めた。

 誰かが真実を教えてくれるのを待つのではない。

 自分で、この異変を追ってみよう、と。

 

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