強欲の旅人は神の恩恵を受けない   作:ルクエリシオン

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第97話 山岳の果て

 赤い滝の光に照らされながら、バンは崩落した道へ向かって歩いていた。

 

 第四十七階層を横断する細い岩道は、その入口から大量の岩に塞がれている。

 

 先ほど起きた噴出によって山肌が崩れたらしい。

 

 人間ほどの岩だけではない。

 

 家屋に近い大きさの岩塊が何層にも重なり、その隙間から赤い蒸気が漏れていた。

 

 崩落の手前には、太く深い足跡が残っている。

 

 前方へ向かう跡。

 

 左右へ動き回った跡。

 

 そして、岩山の内側へ続く跡。

 

 バンは足を止めた。

 

「中にいんのか?」

 

 答えるように、岩の向こうから低い音が響いた。

 

 爪が石を引っかく音。

 

 重い身体が岩へ擦れる音。

 

 さらに、獣の喉から漏れる唸り声。

 

 崩落した岩山の一部が、ゆっくりと持ち上がった。

 

 一つの岩が転がり落ちる。

 

 続いて二つ。

 

 隙間の奥から、黒い爪が突き出した。

 

 一本だけでバンの腕ほど太い。

 

 爪が岩を左右へ押し退け、赤黒い頭部が現れる。

 

 怪物は四本の脚を持っていた。

 

 身体は大型の熊に似ているが、その背中は幾重もの岩殻に覆われている。

 

 頭部から伸びる二本の角は前方へ湾曲し、先端が赤く熱を帯びていた。

 

 赤い亀裂のような模様が首から腹へ走っている。

 

 一体が岩山から這い出す。

 

 その背後で、別の爪が動いた。

 

「一匹じゃねぇな」

 

 二体目。

 

 三体目。

 

 岩山の左右からも同じ怪物が姿を現す。

 

 合計六体。

 

 崩落の中へ潜り込み、身体を岩と同化させるように隠れていたらしい。

 

 先頭の怪物が頭を低くした。

 

 前脚が地面を削る。

 

 角の赤い光が強くなった。

 

「突っ込んでくんのか」

 

 怪物が走り出した。

 

 巨体に似合わない速度だった。

 

 四本の脚が地面を叩くたび、細い岩道全体が揺れる。

 

 正面から止めることは難しくない。

 

 だが、その後ろには崩落した岩山があり、道の左右には赤い谷が広がっている。

 

 殴り飛ばせば岩壁へぶつかり、さらに大きな崩落を起こすかもしれない。

 

 バンは道の端へ移動した。

 

 怪物が迫る。

 

 湾曲した角が、バンの腹を捉えようと持ち上がった。

 

 身体を捻る。

 

 角の先端が赤い長衣のすぐ脇を通り過ぎた。

 

 バンは怪物の首へ片手を置き、走る勢いを横へ流す。

 

「そっち行け」

 

 巨体の向きが変わる。

 

 怪物は谷へ落ちる直前で爪を地面へ食い込ませた。

 

 岩道の縁が大きく削れる。

 

 後脚を踏ん張り、強引に身体を引き戻した。

 

「落ちねぇのか」

 

 怪物は振り返る。

 

 赤熱した角を左右へ振り、バンへ向かって唸った。

 

 残る五体も岩山から出てくる。

 

 細い道を塞ぐように横へ並んだ。

 

 一体ずつ相手をすることはできる。

 

 しかし、この場所で長く戦えば、それだけ足場が壊れる。

 

 背中の鞄へ炎や岩が当たる可能性も高くなる。

 

「魔石も持てねぇし、さっさと終わらせるか」

 

 バンはクレシューズを両手で握った。

 

 神器の四つの節が、赤い光を反射する。

 

 右足を後ろへ引く。

 

 腰を落とし、六体すべてを視界へ収めた。

 

 怪物たちが一斉に地面を蹴った。

 

 角を構えた六つの巨体が、狭い道を揺らしながら突進してくる。

 

 バンはクレシューズを右側へ引いた。

 

 節の連なった神器が伸びる。

 

 先端が一体目の前を通り、二体目、三体目へ向かって大きな弧を描いた。

 

 その軌道が六体すべてを捉える。

 

「乱獲(クレイジーハント)」

 

 バンがクレシューズを横へ振り抜いた。

 

 神器が通過した軌道に沿って、六つの黒紫色の魔石が怪物たちの胸から引き抜かれる。

 

 硬い岩殻。

 

 厚い筋肉。

 

 太い骨。

 

 そのすべてを無視して、魔石だけが宙へ飛び出した。

 

 怪物たちの赤い模様が同時に消える。

 

 突進の勢いを残した身体が灰へ変わり、六つの大きな灰の波となって道を滑った。

 

 湾曲した角と岩殻の一部だけが残り、バンの足元を通り過ぎていく。

 

 引き抜かれた魔石は、クレシューズの軌道に引かれるように一か所へ集まった。

 

 バンは神器を止める。

 

 六つの魔石が地面へ落ちた。

 

「いらねぇんだけどな」

 

 売ればかなりの金になるのだろう。

 

 だが、鞄にはもう余裕がない。

 

 一つ入れるだけでも、水袋や酒瓶へ負担が掛かる。

 

 バンは最も大きな魔石を拾い、少し考えたあと、崩落した岩の脇へ置いた。

 

「後から来る奴が拾うだろ」

 

 残りも同じ場所へ集める。

 

 帰還中の遠征隊なら、この道を通る可能性がある。

 

 見つからなければ、そのままダンジョンに飲み込まれるだけだった。

 

 怪物は倒した。

 

 しかし、岩道を塞ぐ崩落は残っている。

 

 バンは岩山へ近づいた。

 

 隙間から熱風が噴き出している。

 

 反対側へ続く空間は見えない。

 

「全部どかす必要はねぇか」

 

 先ほどの第四十六階層と同じように、人一人が通れる穴だけを作ればいい。

 

 バンは一番手前の岩へ手を向けた。

 

「強奪(スナッチ)」

 

 岩の一部が持ち上がる。

 

 だが、引き抜こうとした瞬間、岩山全体が僅かに沈んだ。

 

 上に積まれた岩が擦れ合い、細かな破片が落ちてくる。

 

「これ取ったら全部落ちんな」

 

 バンは岩を元の位置へ戻した。

 

 適当に穴を開ければ、上部の岩が崩れて道ごと谷へ落ちる。

 

 崩落の右側を見る。

 

 岩壁との間に細い隙間がある。

 

 幅は肩一つ分ほど。

 

 鞄を背負ったままでは通れない。

 

 左側は谷へ張り出した岩が続いている。

 

 足場として使える場所はあるが、熱風が下から絶えず吹き上がっていた。

 

「鞄だけ先に通すか」

 

 バンは右側の隙間へ近づく。

 

 鞄を下ろし、クレシューズの先端を紐へ巻きつけた。

 

 自分は岩壁へ身体を横向きにして入り込む。

 

 胸と背中が岩へ挟まれるほど狭い。

 

 赤い長衣がざらついた壁へ擦れた。

 

 バンはクレシューズを少しずつ引き、鞄を後ろから運ぶ。

 

 途中で鞄が岩へ引っ掛かった。

 

「酒割れんなよ」

 

 無理に引かず、片手だけを隙間の外へ伸ばす。

 

 引っ掛かっている岩の出っ張りを《強奪》で薄く剝がした。

 

 鞄が再び動く。

 

 数歩進む。

 

 頭上で小石が落ちた。

 

 岩山が僅かに軋む。

 

 バンは動きを止めた。

 

 崩落全体の振動が収まるのを待つ。

 

 再び進む。

 

 最後は身体を横へ抜き、反対側へ出た。

 

 クレシューズを引く。

 

 鞄も隙間から滑り出した。

 

「これで抜けたな」

 

 中身を確認する。

 

 水袋は無事。

 

 酒瓶も割れていない。

 

 バジリスクの鱗は鞄の背面で少し欠けていたが、熱除けとしてまだ使えそうだった。

 

 赤い長衣の肩には新しい擦り傷が増えている。

 

「地上戻ったら、また直してもらわねぇとな」

 

 鞄を背負い直す。

 

 岩道の先へ進んだ。

 

 

        ◇

 

 

 谷の中央へ伸びる岩道は、歩くほど細くなった。

 

 左右にあるのは底の見えない赤い谷。

 

 谷壁を伝って流れる赤熱した液体が、途中で火花へ変わって落ちていく。

 

 足元の岩は黒い。

 

 ところどころ赤い亀裂が走っているものの、今まで通った場所よりは安定していた。

 

 だが、風が強い。

 

 下から吹き上がる熱風と、山々の間を横切る風がぶつかり、岩道の上で不規則な渦を作っている。

 

 普通の冒険者なら、足を滑らせただけで谷へ落ちるだろう。

 

 バンは長衣の前を閉じた。

 

 風を受けた鞄が左右へ揺れる。

 

 紐を片手で押さえながら進む。

 

 岩道の中ほどへ来たところで、前方の空気が赤く歪んだ。

 

 熱風ではない。

 

 朱色の翼が煙を切り裂く。

 

 第四十五階層で見た飛竜型の怪物が、谷の下から飛び上がった。

 

 一体。

 

 その後ろに二体。

 

 さらに左右からも現れる。

 

 岩道を取り囲むように、八体の怪物が旋回を始めた。

 

「またこいつらか」

 

 飛竜型の喉が赤く光る。

 

 一体が炎を吐いた。

 

 バンは走る。

 

 細長い炎が背後の岩道を焼く。

 

 二体目が正面から降下した。

 

 大きく避ければ谷へ落ちる。

 

 バンは頭を下げ、湾曲した角の下を潜り抜けた。

 

 すれ違う瞬間、飛竜の翼を片手で掴む。

 

 そのまま下へ引いた。

 

 怪物の身体が岩道へ叩きつけられる。

 

 魔石を抜けば終わる。

 

 だが、残る七体が一斉に口を開いていた。

 

「鞄が焼けんのは困るぞ」

 

 バンは倒れた怪物を持ち上げた。

 

 巨大な身体を楯のように使う。

 

 複数の炎が飛竜へ直撃した。

 

 朱色の鱗が黒く焦げる。

 

 怪物が苦鳴を上げた。

 

 炎が止まった瞬間、バンは身体を谷へ投げる。

 

 飛竜は落下しながら翼を開き、体勢を立て直そうとした。

 

 バンが片手を向ける。

 

「獲物狩り(フォックスハント)」

 

 胸から魔石が抜ける。

 

 飛竜は灰となり、赤い谷へ散っていった。

 

 残る七体が再び高度を下げる。

 

 一体ずつ相手にしていれば、岩道が炎で崩れる。

 

 バンはクレシューズを伸ばした。

 

 先端を前方の岩柱へ巻きつける。

 

「付き合ってらんねぇな」

 

 地面を蹴る。

 

 クレシューズを縮め、身体を一気に前へ引いた。

 

 岩道の上を低く飛ぶ。

 

 左右から炎が交差する。

 

 バンは鞄を片腕で抱え、身体を回転させながら炎の隙間を抜けた。

 

 赤い長衣の裾へ火がつく。

 

 着地すると同時に、手で叩いて消した。

 

「また焦げたな」

 

 飛竜たちは追ってくる。

 

 バンは走りながら気配を消した。

 

「絶気配(ゼロサイン)」

 

 追っていた怪物たちの動きが鈍る。

 

 姿は見えている。

 

 足音も聞こえている。

 

 それでも、目の前を走る存在を獲物として認識できない。

 

 一体が炎を吐こうとして口を開いたまま、首を左右へ動かした。

 

 別の個体は岩道の上へ降り立ち、爪で地面を探る。

 

 バンはその横を走り抜ける。

 

 怪物の翼が触れそうな距離だった。

 

 振り返らない。

 

 岩道の終わりへ着き、黒い山肌の裏へ回り込む。

 

 飛竜たちの姿が見えなくなるまで進んでから、《絶気配》を解いた。

 

「数多いな、ここ」

 

 戦えば魔石は増える。

 

 だが、第五十階層へ着く前に鞄が裂ければ、ここまで集めた物を抱えて歩くことになる。

 

 不要な戦闘を避ける方が早かった。

 

 

        ◇

 

 

 岩道を越えた先には、第四十七階層の終わりを示す巨大な門があった。

 

 左右の山が内側へ曲がり、上方で繋がっている。

 

 門の中央には四十八の数字。

 

 その周囲には、遠征隊が残した無数の傷があった。

 

 矢印。

 

 白い布。

 

 噴出を警告する三本線。

 

 飛行種を示しているらしい翼の形。

 

 そして、門の内側へ向かう大きな矢印。

 

「最後の山か」

 

 バンは門を潜った。

 

 第四十八階層。

 

 足を踏み入れた瞬間、これまでとは違う熱が全身を包んだ。

 

 第四十七階層までの熱気は、山や亀裂から吹きつけるものだった。

 

 ここでは空気そのものが焼けている。

 

 息を吸うたび、喉の奥へ熱が入り込む。

 

 岩も、灰も、煙も、すべてが赤い熱を持っていた。

 

 普通の人間なら、立っているだけで体力を奪われるだろう。

 

 バンは平然と歩きながら、背中の鞄へ手を触れた。

 

「こっちは平気じゃねぇな」

 

 革がかなり熱い。

 

 バジリスクの鱗を入れた背面はまだ耐えているが、左右の側面まで熱を帯び始めていた。

 

 水袋を取り出す。

 

 一つ目はほとんど空だった。

 

 残りを飲み干す。

 

 温かい水が喉を通る。

 

 空になった水袋を畳み、鞄の外側へ結びつけた。

 

 二つ目はまだ残っている。

 

 第五十階層まで持たせるなら、無駄には飲めない。

 

 バンは酒瓶も確認した。

 

 中身は無事だったが、瓶全体が温められている。

 

「冷てぇ酒どころか、煮えそうだな」

 

 瓶を布で包み直し、水袋と一緒に鞄の中央へ置いた。

 

 周囲を大型の魔石と鱗で囲む。

 

 鞄を閉じる。

 

 第四十八階層には、はっきりした道がなかった。

 

 黒い山の斜面が幾重にも重なり、その間を赤い川が流れている。

 

 灰が絶えず降り続けているため、足跡もすぐに消える。

 

 遠征隊が結んだ白い布も、その多くが焦げて黒くなっていた。

 

 バンは近くの岩壁を見る。

 

 白い塗料の矢印は半分ほど焼けている。

 

 それでも向きは分かる。

 

「こっちか」

 

 矢印が示す斜面を上る。

 

 足元の岩が赤くなっている場所は避け、黒い部分だけを踏む。

 

 途中で、山の奥から轟音が響いた。

 

 バンは立ち止まる。

 

 第四十六階層で聞いたものより大きい。

 

 地面の下を何かが走るように、低い振動が近づいてくる。

 

 岩壁の亀裂が一斉に明るくなった。

 

「また噴くのか」

 

 周囲を見回す。

 

 遠征隊が残した半円の避難印は見当たらない。

 

 斜面の上には、大きく張り出した黒い岩がある。

 

 その下だけ、赤い灰が積もっていなかった。

 

 バンは走った。

 

 岩の下へ滑り込む。

 

 直後、第四十八階層全体が赤く染まった。

 

 山肌の無数の亀裂から、炎と蒸気が噴き出す。

 

 谷底の赤熱した川が膨れ上がり、火の粉を空中へ巻き上げた。

 

 上方から赤い岩片が降り注ぐ。

 

 雨ではない。

 

 拳ほどの岩が、炎をまとって落ちてくる。

 

 バンは鞄を下ろし、自分の身体で覆った。

 

 肩や背中へ赤熱した岩がぶつかる。

 

 皮膚が焼け、すぐに再生する。

 

 赤い長衣には小さな焦げ跡が増えていった。

 

「服だけ狙ってんじゃねぇだろうな」

 

 大きな岩が張り出しの上へ落ちた。

 

 頭上の岩が軋む。

 

 細い亀裂が走り、天井の一部が剝がれ始めた。

 

 このままでは、鞄ごと埋まる。

 

 バンはクレシューズを片手で握った。

 

 落ちてくる岩へ伸ばす。

 

 先端を巻きつけ、その軌道を横へ変えた。

 

 二つ目も同じように弾く。

 

 三つ目は拳で砕かず、掌で受け止めて脇へ投げた。

 

 噴出は長い。

 

 熱風が岩の下へ入り込み、鞄の表面を焼こうとする。

 

 バンは赤い長衣を脱いだ。

 

 鞄へ何重にも巻きつける。

 

 自分の背中を熱風へ向け、風除けとなった。

 

 皮膚が黒く焼ける。

 

 だが、すぐに元へ戻る。

 

「あとどれくらい続くんだよ」

 

 轟音は収まらない。

 

 落下する岩が少なくなった代わりに、赤い灰が吹き込んでくる。

 

 バンは目を細め、鞄を押さえ続けた。

 

 やがて地面の振動が弱くなる。

 

 炎の噴出が一つずつ止まり、赤熱した川も元の幅へ戻っていった。

 

 最後に大きな蒸気が噴き上がり、階層へ静けさが戻る。

 

 バンは身体を起こした。

 

 背中に残っていた焼け跡が消える。

 

 赤い長衣を鞄から外す。

 

 外側は灰で黒く汚れ、裾と肩には焦げた穴が増えていた。

 

 それでも完全には燃えていない。

 

 鞄の革も変色していたが、中身は無事だった。

 

 水袋を押す。

 

 破れていない。

 

 瓶が割れた音もしない。

 

「こいつ、結構丈夫だな」

 

 長衣を着直す。

 

 以前の鮮やかな赤色は、焦げと灰でほとんど分からなくなっていた。

 

 

        ◇

 

 

 噴出の後、第四十八階層の景色は大きく変わっていた。

 

 白い布はさらに焼け落ち、塗料の矢印も灰に埋もれている。

 

 バンは進む方向を失った。

 

 来た道は分かる。

 

 だが、下へ続く道がどれなのかは見えない。

 

「面倒だな」

 

 近くの最も高い山を見る。

 

 上からなら、階層全体を見渡せるかもしれない。

 

 バンはクレシューズを伸ばした。

 

 山肌の突起へ先端を巻きつけ、身体を引き上げる。

 

 赤い岩を蹴り、さらに上へ。

 

 途中で崩れた場所は、クレシューズを別の岩へ移して越える。

 

 頂上へ近づくほど熱風が強くなった。

 

 赤い長衣と鞄が大きく揺れる。

 

 最後の岩へ手を掛け、身体を引き上げた。

 

 山頂は平らだった。

 

 バンは立ち上がり、周囲を見る。

 

 第四十八階層の赤黒い山々が、視界の下へ広がっている。

 

 無数の赤い川。

 

 煙を噴き上げる亀裂。

 

 朱色の飛竜たちが遠くを旋回している。

 

 その先。

 

 山岳地帯が途切れていた。

 

「お?」

 

 遥か前方に、赤ではない空間が広がっている。

 

 平らな大地。

 

 赤黒い山の壁を抜けた先に、灰色と褐色の荒野がどこまでも続いていた。

 

 山岳の出口へ向かって、一本の大きな坂が下っている。

 

 遠征隊が使ったらしい道も見えた。

 

 噴出によって白い布は失われているが、何十人もの冒険者と荷物が通った痕跡までは消えていない。

 

 削れた岩。

 

 荷車の溝。

 

 大人数が踏み固めた灰。

 

「あそこだな」

 

 バンは山を下り始めた。

 

 

        ◇

 

 

 出口へ続く道には、ほとんど怪物がいなかった。

 

 先ほどの噴出から逃げたのか。

 

 それとも、大勢の遠征隊が通ったことで近づかなくなったのか。

 

 バンは残された痕跡を辿り、第四十八階層の終わりへ進んだ。

 

 熱は少しずつ弱くなっていく。

 

 空気に混ざる灰も減った。

 

 赤い亀裂の数が少なくなり、黒い岩が褐色へ変わり始める。

 

 やがて、左右に巨大な石柱が現れた。

 

 これまで見た階層境界の門とは違う。

 

 二本の石柱は途中で折れている。

 

 周囲の岩壁も大きく砕け、何か強大な攻撃が通り抜けたような跡が残っていた。

 

 片方の石柱へ、四十九の数字が刻まれている。

 

「ここが次か」

 

 バンは石柱の間を抜けた。

 

 熱風が止まる。

 

 代わりに、乾いた風が正面から吹いてきた。

 

 第49階層。

 

 〈大荒野モイトラ〉。

 

 赤黒い山岳とは異なる、広大な荒野が目の前に広がっている。

 

 地面は灰色と褐色。

 

 起伏は少なく、遠くまで見渡すことができた。

 

 しかし、穏やかな場所ではない。

 

 大地のいたるところが抉れている。

 

 巨大な爪で引き裂かれたような溝。

 

 何十メートルもの岩塊が砕かれた跡。

 

 広範囲を黒く焼いた焦土。

 

 地面へ突き刺さった折れた槍や矢。

 

 そして、荒野の中央には、街の広場ほどもある巨大な窪みが残っていた。

 

 窪みの周囲から放射状に亀裂が伸びている。

 

 その一角には、赤黒い巨大な角のような物が突き刺さっていた。

 

 バンが紅蓮の山岳で倒した怪物の角とは比べものにならない。

 

 根元だけでも人間の胴より太い。

 

 先端は砕け、表面には剣、斧、槍、魔法による無数の傷が刻まれている。

 

 合同遠征隊が、ここで何かと戦った。

 

 それも、数人で倒せるような相手ではない。

 

 バンは大きく抉れた荒野を見渡した。

 

「随分派手にやったみてぇだな」

 

 乾いた風が吹く。

 

 灰と砂が舞い上がり、戦場跡の上を流れていく。

 

 遠く。

 

 荒野の奥に、小さな光が見えた。

 

 一つではない。

 

 一定の間隔で並ぶ魔石灯。

 

 その周囲を、複数の人影が移動している。

 

 遠征隊の一部が、まだ第四十九階層に残っているらしい。

 

 バンは焦げた赤い長衣の襟を直した。

 

 膨らんだ鞄を背負い直し、クレシューズを肩へ担ぐ。

 

「第五十階層まで、あと一つだな」

 

 合同遠征隊が残した巨大な戦場跡へ足を踏み入れ、荒野の奥に見える光へ向かって歩き始めた。




第97話までお読みいただき、ありがとうございます。

今回は第四十七階層の崩落地帯を越え、紅蓮の山岳で最も高温となる第四十八階層を突破し、第49階層〈大荒野モイトラ〉へ到達するまでを描きました。

複数の岩殻型モンスターに対しては、クレシューズを振る軌道へ対象を収めたうえで《乱獲》を使用しています。また、第四十八階層の大規模噴出では、バン本人ではなく、鞄、水、酒、赤い長衣を守ることを優先しました。

大荒野に残る巨大な戦闘痕は、合同遠征隊が往路で階層主と戦った跡です。

引き続き楽しんでいただけると嬉しいです。
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