第114話 海へ向かう者たち
リヴァイアサン討伐へ向けた準備は、その日のうちに始まった。
ポセイドン・ファミリアへ海上要塞の再起動準備を伝える使者が出され、ゴブニュ・ファミリアとヘファイストス・ファミリアにも協力要請が送られた。その一方で、ゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアにはもう一つ決めなければならないことがあった。
誰を海へ連れていくのか。
翌日、両ファミリアの幹部たちは再び一室へ集められていた。バンも呼ばれていたが、椅子に腰を下ろすなり面倒そうに背もたれへ身体を預けた。
「また会議かよ」
「嫌なら帰ってもいいわよ」
正面に座るレグナイトが冷たく返す。
「帰ったら後で勝手に決めんだろ?」
「当然でしょう」
「じゃあいる」
「なら黙って聞きなさい」
早くもいつもの調子で言い合う二人を横目に、パァルが机の上へ何枚かの紙を広げた。
「現時点で動ける者と、遠征から帰還後も治療が必要な者を分けてある。ただし、今回は単純にレベル順で選ぶつもりはない」
「当たり前よ」
レグナイトは全員を見回した。
「戦場は海。それも三大クエストを相手にするのよ。前に出て殴れるという理由だけで連れていくほど、私は馬鹿ではないわ」
必要なのは正面から敵を押さえる前衛だけではない。遠距離攻撃、偵察、魔導士、治療、補給、要塞内部の防衛。さらにポセイドン・ファミリアの艦隊と連携しながら、周囲から接近する海洋モンスターにも対処しなければならない。
「まず私が行く」
マキシムが腕を組んだまま口を開いた。
「ゼウス・ファミリアを出す以上、俺が残る理由はない」
「異論はないわ。ただし全体の指揮は私が執る」
「ああ。それで構わん」
レグナイトとマキシムの間に余計なやり取りはなかった。今回の討伐ではヘラ・ファミリアが主軸となる。その方針はすでに両派閥の間で共有されている。
「パァルも連れていく」
マキシムが続ける。
「私もそのつもりだ」
「お前、海まで行っても書類仕事すんのか?」
バンが口を挟むと、パァルは真顔のまま答えた。
「人間と物資は勝手に動かん。食料も薬も武器も、必要な場所へ必要な量を送る者がいる。戦える者を並べただけで戦争ができると思うな」
「いや、そこまで言ってねぇけど」
「なら覚えておけ」
「真面目だなぁ」
「お前が適当すぎるだけだ」
パァルが視線を紙へ戻す。
「次。ルヴァン・セルディア」
壁際に立っていた長身のエルフが静かに顔を上げた。淡い青緑色の髪、その背には本人の身長を超えるほど巨大な弓がある。
「異論はありません」
「海ならお前の射程を潰す障害物も少ない」
マキシムが言う。
「本体への牽制だけではない。飛行種や周辺の海洋モンスター、こちらの後衛を狙う敵への対処も頼む」
「承知しました。ただし、通常より矢を多く用意していただきたい」
「矢?」
バンが首を傾げる。
「海へ落とした場合、回収は困難です」
「そこ気にすんのかよ」
ルヴァンは表情を変えなかった。
「当然でしょう。矢は勝手に生えてきません」
「……お前、ほんと変なとこ細けぇよな」
「物を大切にしているだけです」
その横ではザルドが僅かに口元を緩めていた。
「シグネも候補に入れる」
パァルが続けた。
偵察と連絡を担う彼女は、ルヴァンとの連携にも慣れている。広大な海の上では敵を早く発見することそのものが大きな意味を持つため、こちらも反対する者はいなかった。
ゼウス側の候補がある程度まとまると、今度はヘラ・ファミリアへ話が移った。
「私は当然行くわ」
レグナイトに続き、アルフィアも短く口を開く。
「私も行く」
それだけだった。わざわざ理由を説明する必要もないという声音に、誰も異論を挟まない。
ただし、ネリネだけはアルフィアを見ながら言った。
「同行には条件があります」
「却下だ」
「まだ何も言っていません」
「聞かなくても分かる」
「でしたら尚更、聞いてください」
アルフィアが露骨に面倒そうな顔をする。
「戦闘そのものを止めるつもりはありません。ただし私の判断で休息を取ってもらいます。薬も持っていってください」
「必要ない」
「必要かどうかを決めるのは私です」
「……鬱陶しいな」
「慣れています」
ネリネはまったく引かなかった。
バンはそのやり取りを眺めながら小さく笑う。
「お前、ちゃんと見張られてんじゃねぇか」
「黙れ」
「はいはい」
「バンさんも人のことは言えないと思いますが」
ネリネの言葉に、今度はバンが黙った。
リシェルも参加する。要塞内部の魔導士や結界の管理、各部隊との連携を考えれば欠かせない。セレーネも中衛として候補に入り、周囲の敵への迎撃や後衛の援護を担当する方向で話がまとまっていった。
そして、話題が一人の女へ移る。
「ブリュンは?」
ヘラが尋ねた。
レグナイトはすぐには答えなかった。
Lv.7【城塞姫】。防御に秀でた彼女が海上要塞へ乗れば、確実に大きな戦力になる。しかし同時に、それほどの冒険者をオラリオへ残す価値も大きい。
「保留よ」
「私も?」
ブリュン本人が眉を上げる。
「不満?」
「いや。ただ、行くものだと思っていた」
「お前ほどの防御役は海でも欲しい。だからこそ簡単には決めないわ」
ブリュンは少し考えた後、それ以上は何も言わなかった。
するとザルドが口を開く。
「なら、俺も候補に入れておけ」
部屋が僅かに静かになった。
「ベヒーモスは終わった。次が海だろうが何だろうが、戦えるなら行く」
レグナイトは答えず、ザルドを見た。
代わりにネリネが口を開く。
「現在の身体で長期間の海上戦は勧められません」
「戦えないとは言っていないな」
「言っていません。ただ、万全でもありません」
「なら問題ない」
「問題があるから言っています」
ザルドは退く様子を見せなかった。
バンも隣から彼を見るが、何も言わない。ベヒーモスの毒がまだ身体に残っていることは知っている。しかし、ここで自分が止めれば素直に聞く男でもない。
「ザルド」
レグナイトがようやく口を開いた。
「お前については保留にする」
「理由は?」
「まだ残留戦力を決めていないからよ」
女帝はザルドだけではなく、部屋にいる全員へ視線を向けた。
「勘違いするな。海へ向かう者だけが重要なのではない。私たちが三大クエストを追ってオラリオを空けている間、この街と両ファミリアを守る者も必要になる」
ザルドはしばらく黙っていたが、やがて腕を組み直した。
「分かった。今はそれでいい」
最後にレグナイトの視線がバンへ向いた。
「それで、お前はどうするの?」
「どうするって、もう行くって言っただろ」
「確認よ。途中で面倒になったなどと言われても困るもの」
「そこまで適当じゃねぇよ」
「十分適当でしょう」
「失礼な奴だな」
レグナイトは気にすることなく続けた。
「お前はどの部隊にも固定しない。遊撃として動きなさい」
「細けぇ命令されんのは嫌だぞ」
「する気もないわ。穴が空いた場所へ行く。落ちた者がいれば拾う。危険な場所があれば潰す。それくらい自分で判断できるでしょう?」
バンは少し考え、口元を上げた。
「それならいい」
「決まりね」
こうして海へ向かう者たちの姿は、少しずつ形になり始めた。
しかし、まだ全てが決まったわけではない。ザルドとブリュンをはじめ、誰を海へ送り、誰をオラリオへ残すのかという問題が残っている。
海へ向かう者を選ぶということは、同時に、この街へ残る者を選ぶということでもあった。