翌日、ゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアでは、前日の会議で保留になっていた人員について再び話し合いが行われた。
海へ向かう者を決めるだけなら、まだ簡単だった。戦える者、必要な役割を持つ者を選べばいい。しかし残留組を決めるとなれば、単純に戦力が低い者を残せばいいという話ではない。
オラリオには両ファミリアの本拠があり、治療中の団員もいる。何より、主力の多くがリヴァイアサン討伐へ出る以上、万が一の事態に備えて高レベル冒険者を残す必要があった。
「まずブリュン」
レグナイトが名前を呼ぶと、壁際に立っていた女が顔を上げた。
「ブリュンはオラリオに残りなさい」
予想していたのか、ブリュンは驚かなかった。ただ、一度だけ確認するように尋ねる。
「本当にいいのか? 海上要塞なら、私の防御は役に立つと思うが」
「役に立つわ。だからこそ残すのよ」
レグナイトは即答した。
「私、アルフィア、リシェルまで海へ出る。そこにあなたまで連れていけば、こちらの本拠に残る高位冒険者が薄くなりすぎるでしょう」
「なるほどな」
「それに、留守を任せるなら中途半端な人間では困るわ」
ブリュンは少しだけ目を細めた。
「つまり、守れと」
「そういうことよ。ヘラ・ファミリアの本拠だけではない。必要ならゼウス側にも手を貸しなさい」
「了解した」
短いやり取りだったが、ブリュンに不満はなさそうだった。海へ出ることだけが戦いではない。自分たちが戻る場所を守ることもまた役目の一つだと理解している。
問題はもう一人だった。
「ザルド」
マキシムに呼ばれ、ザルドが腕を組んだまま視線を向ける。
「お前も残れ」
「断る」
「早いな」
バンが横から口を挟む。
「聞く前から決めてただろ、それ」
「決めていた」
ザルドは悪びれる様子もなく答えた。
「戦える以上、俺が残る理由はない」
「ある」
今度はパァルが言った。
「お前の身体だ」
「またその話か」
「何度でもする。ベヒーモスの毒が完全に抜けていない以上、長期間の海上戦へ出すのは合理的ではない」
「戦えないわけではない」
「誰もそうは言っていない」
そこへネリネも口を挟んだ。
「ですが、万全ではありません。海上では途中で体調を崩したから戻る、ということも簡単にはできないでしょう」
「なら崩さなければいい」
「そういう話ではありません」
「似たようなものだ」
「全く違います」
ネリネが呆れたように息を吐く。
ザルドはそれでも納得していない様子だった。バンはそんな彼をしばらく見ていたが、今度は黙っているだけでは終わらなかった。
「残っとけよ」
ザルドが顔を向ける。
「お前まで言うのか」
「言う」
「理由は?」
「今のお前が弱ぇからじゃねぇよ」
バンは椅子の背もたれに身体を預けたまま続けた。
「むしろ逆だろ。お前くらい強ぇ奴を一人残しときゃ、こっちも余計な心配しなくて済む」
「随分と都合のいい言い方だな」
「事実だろ」
バンは肩を竦める。
「それにベヒーモスとはもうやったじゃねぇか。次まで全部お前が出張る必要ねぇだろ」
「お前は行くのにか?」
「オレはどこのファミリアにも入ってねぇし、守る本拠もねぇからな」
「便利な立場だな」
「だろ?」
バンが笑うと、ザルドは小さく息を吐いた。
マキシムもそこへ続ける。
「ザルド。これは戦力外通告ではない。俺たちが海へ出ている間、オラリオに何か起きた時に動ける戦力が必要だ。お前とブリュンが残るなら、それだけでこちらは動きやすくなる」
「……最初からそう言えばいい」
「昨日から言っているつもりだったがな」
「言い方が悪い」
「お前が聞く気がなかっただけだろう」
しばらく睨み合った後、ザルドが折れた。
「分かった。残る」
ネリネがほっとしたように息を吐く。
「ただし、俺が必要になったら呼べ」
「海の真ん中まで泳いでくるつもりか?」
バンが言う。
「必要ならな」
「やりそうだから怖ぇよ」
その日の話し合いが終わった後、ザルドとブリュンの残留は正式に決まった。
さらにゼウス側では、アルも基本的にオラリオへ残ることになった。本人は前線へ出ることを希望しなかったわけではないが、遠征へ向かう主力が多い以上、本拠側で動ける者が必要だった。
そして、それを一番安心した様子で聞いていたのがメーテリアだった。
「アルも残るんですね」
「ああ」
アルが頷く。
「今回はこっちを守る」
「よかったです」
「そんなに心配だったのか?」
「もちろんです」
メーテリアは柔らかく微笑んだ。
「姉さんも行ってしまいますし、皆さんまでいなくなったら少し寂しいですから」
その言葉を聞いたアルフィアが、ほんの少しだけ眉を寄せる。
「メーテリア」
「はい?」
「無理はするな」
「姉さんもですよ」
「私は問題ない」
「それを言うと思いました」
メーテリアが困ったように笑う。
「ちゃんとネリネさんの言うことを聞いてくださいね」
「必要ない」
「必要です」
「……お前まで言うのか」
「姉さんの妹ですから」
アルフィアはしばらく黙っていたが、最後には視線を逸らした。
その様子を少し離れた場所から見ていたバンが、隣のザルドへ小声で言う。
「妹には弱ぇな」
「今さら知ったのか」
「いや、知ってたけどよ」
「聞こえているぞ」
アルフィアの冷たい声が飛んできた。
「うるせぇな。耳良すぎだろ」
「次は口を塞ぐ」
「怖ぇ怖ぇ」
バンは笑いながら両手を上げた。
メーテリアはそんなやり取りを見て、また小さく笑っている。
海へ向かう者と、オラリオへ残る者。
役割は違っても、どちらか一方が重要というわけではない。
前へ出る者が安心して戦えるのは、帰る場所を守る者がいるからだ。そして残る者たちもまた、海へ向かう仲間たちが帰ってくることを信じて待つ。
こうして二大派閥の内部で、リヴァイアサン討伐へ向けた役割分担が少しずつ固まり始めていた。