ゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアの役割分担が決まると、次に行われたのは他派閥への協力要請だった。
三大クエストの一角を討つ以上、二大派閥とポセイドン・ファミリアだけですべてを賄う理由はない。海上要塞の修復には職人が必要であり、治療や補給にも人手がいる。そして戦闘についても、主力とは別に要塞周辺を守る戦力が必要だった。
数日後、ヘラ・ファミリアの本拠へ集められた顔ぶれを見て、バンは椅子へ座ったまま眉を上げた。
「知ってる顔がいるな」
「なんや、その言い方」
真っ先に反応したのはロキだった。
「うちら呼びつけといて、その態度はないやろ!」
「呼んだのオレじゃねぇし」
「細かいこと言うな!」
ロキの後ろにはフィン、リヴェリア、ガレスがいる。以前バンを勧誘しに来た時にもいた三人だが、今回は古参の幹部たちは同行していなかった。
少し離れた場所にはフレイヤと、その傍らに立つオッタル。そしてバルドル・ファミリアから派遣されたレオンの姿もあった。
「全員を呼んだわけではないわ」
レグナイトが席についたまま言う。
「必要なのは数ではなく、役割を果たせる人間よ。各派閥から適任者だけを出してもらった」
「うちはもっと出してもええんやで?」
ロキが言うと、レグナイトは即座に首を振った。
「必要ないわ。オラリオまで空にするつもりはないもの」
「相変わらず容赦ないなぁ」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
レグナイトはまずフィンたちへ視線を向けた。
「フィン、リヴェリア、ガレス。三人ともLv.4だったわね」
「はい」
フィンが代表して答える。
「あなたたちには海上要塞の外周防衛を任せる予定よ。周囲から接近する海洋モンスターへの対応、後衛と補給部隊の護衛、それから必要に応じて別区画への援護」
ガレスが腕を組む。
「リヴァイアサン本体には行かんのか?」
「状況次第ではあるでしょうね。ただし、最初からそのつもりで連れていくわけではないわ」
その言葉に三人の表情が僅かに引き締まった。
「勘違いしないことね。あなたたちは十分に強い。でも今回の相手は三大クエストよ。普段のダンジョンで強いというだけでは、前に立つ理由にはならない」
「分かっています」
フィンは素直に頷いた。
「僕たちも、自分たちがゼウス・ファミリアやヘラ・ファミリアと同じ位置にいるとは思っていません」
そう言いながら、フィンは一瞬だけバンを見る。
以前、大通りで聞いた言葉を思い出したのだろう。
「遠いな」
あの時、バンはそう答えた。
強い者を数人揃えれば埋まる差ではない。人数、経験、連携、補給、治療、撤退まで含めて一つの軍になる。今回の遠征は、その意味を実際に見る機会にもなる。
「分かっているならいいわ」
レグナイトは次にオッタルへ視線を移した。
「あなたはLv.5。フィンたちより前へ出てもらう可能性が高いわ」
「承知しています」
オッタルの返事は短い。
「ただし、勝手に本体へ挑むことは許さない。指示があれば前へ出る。それ以外では要塞を守りなさい」
「はい」
「素直ねぇ」
バンが横から言う。
オッタルが視線だけを向けてくる。
「何だ」
「いや。もっと『オレが倒す』とか言うタイプかと思ってた」
「自分の力量くらいは理解している」
「そりゃいい」
以前会った時にも感じたが、若い割に浮ついたところがない。
フレイヤはそんなオッタルを満足そうに見ていた。
「いい子でしょう?」
「だから何でお前はそいつ見る時だけそんな感じなんだよ」
「可愛いからよ」
「分からねぇ……」
バンが首を傾げる横で、オッタルは何も聞こえなかったかのように前を向いていた。
最後にレグナイトがレオンを見る。
「レオンもLv.5。あなたもオッタルと同じく、状況によっては前線へ出てもらうわ」
「分かりました」
「ただし、二人とも主力だとは思わないこと」
レオンは少しだけ目を細める。
「随分とはっきり言いますね」
「曖昧に言って死なれるよりましでしょう?」
「それもそうですね」
レオンは苦笑したものの、不満は見せなかった。
「むしろありがたいです。三大クエストがどれほどのものなのか、自分の目で確かめられる」
「余裕があればね」
「努力します」
「努力でどうにかならない時は逃げなさい。それも仕事よ」
レオンは今度こそ真面目に頷いた。
話を聞いていたバンが、集まった若い冒険者たちを見回す。
「思ったより連れてくんだな」
「経験させるためだけに呼んだわけではないわ」
レグナイトが答える。
「実際に使えるから呼んでいる。ただし、使えることと三大クエストへ正面からぶつけることは別の話よ」
「まあ、そりゃそうだな」
フィンたちなら周囲のモンスターを抑えられる。オッタルやレオンなら、状況次第で本体との戦闘にも加われる。それでも世界最強の二大派閥と同じ役割を求められているわけではない。
それぞれが自分のできる仕事をする。
バンが以前フィンへ話したことと、結局は同じだった。
「それじゃ決まりね」
レグナイトが席を立つ。
「出発までに各自準備を済ませなさい。装備、薬、必要な物資は自分たちの主神とも相談しておくこと。海に出てから『忘れた』は通用しないわよ」
「聞いたか、フィン!」
ロキが突然言った。
「うちの酒は多めに積んどいてな!」
「ロキ」
「冗談やって!」
「半分くらい本気だっただろ」
バンが笑う。
「何で分かんねん!」
「顔」
「神様に向かって失礼やぞ!」
騒ぎ始めたロキをよそに、若い冒険者たちはそれぞれ静かに顔を見合わせた。
彼らがこれから目にするのは、ダンジョンの深層とも、派閥同士の争いとも違う。
世界がまだ倒せていない災厄との戦いだった。