討伐隊の大まかな編成が決まると、オラリオでは出発へ向けた準備が一気に進み始めた。
ゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアの本拠には朝から荷車が出入りし、食料や薬品、予備の武器、防具、野営道具が次々と運び込まれている。今回は普通の遠征とは違い、目的地は海の上だ。ポセイドン・ファミリアとの合流後にどれだけ長く海へ出ることになるか分からないため、準備する物資の量も自然と増えていた。
一方、バンはいつもの古びた教会を出ると、両ファミリアの本拠とは反対の方向へ歩いていた。
「まず、あれ取りに行くか」
肩に掛かっているのは、こちらの世界へ来てから長く使ってきた古い鞄だった。何度もダンジョンへ持ち込み、第五十階層まで一人で潜った時にも使ったせいで、あちこちに傷が増えている。
少し前から新しい鞄を頼んでいたものの、完成が間に合っていなかった。だが昨日、工房から仕上がったという知らせが届いていた。
工房へ入ると、奥から職人が一つの鞄を持ってくる。
「これだ。注文通り、できるだけ丈夫にしてある」
「お、いいじゃねぇか」
バンが受け取った新しい鞄は、以前のものより一回り大きかった。厚い革が使われているが、見た目ほど重くはない。肩掛けの帯も幅広く作られており、身体へしっかり固定できるよう補助の留め具まで付けられている。
「走ったり戦ったりしても暴れにくいようにしてある。それと、お前が次は海へ行くらしいと聞いたからな。最後に水への対策も少し足した」
「話早ぇな」
「今のオラリオで知らない奴を探す方が難しいぞ。三大クエストが動いたんだからな」
職人が鞄の表面を叩く。
「多少の雨や水飛沫なら問題ない。ただし水の中へ長時間沈めても平気、なんて代物じゃないから勘違いするなよ」
「そこまで期待してねぇよ」
「お前の場合、本当に鞄ごと海へ飛び込みそうだから言ってる」
「必要なら飛び込むだろ」
「だから言ったんだ」
真顔で返され、バンは笑った。
内部には大きな収納部分のほか、小物を分けられる区画もいくつかある。薬や食料を適当に放り込んでいた以前の鞄より、かなり使いやすそうだった。
バンはその場で古い鞄から荷物を移し替える。最後に空になった古い鞄を手に取ると、長く使ってきただけあって捨てるには少し惜しい気もした。
「そっちはどうする?」
「まだ使えるし、教会に置いとく」
「それがいい。穴が開いているわけでもないからな」
新しい鞄を肩へ掛け、身体の横で軽く揺らしてみる。固定具を締めればほとんど動かない。
「悪くねぇな」
「悪くないじゃなくて、ちゃんと金を取れる仕事をしたんだ」
「分かってるって」
代金を払い、バンは工房を後にした。
そのまま市場へ向かい、今度は自分で必要な物を買い揃えていく。保存の利く肉、硬いパン、干した果物、簡単な調味料。薬については討伐隊側でも用意されるため、自分で持つのは最低限に留めた。
そして最後に酒屋へ入る。
「これと、これ。あとそっちのも二本」
「ずいぶん買うね。遠出かい?」
「まあな」
「海へ行く連中か?」
「そんなとこ」
店主は何かを察したようだったが、それ以上は聞かなかった。代わりに棚の奥から一本の瓶を取り出す。
「だったらこいつも持っていきな。船乗りがよく買っていく酒だ。少し癖があるが、身体は温まる」
「いいねぇ」
迷うことなく追加する。
酒瓶を鞄へ入れたところで、後ろから聞き慣れた声がした。
「何本買うつもりだ」
振り返ると、店の入口にパァルが立っていた。
「何でいんだよ」
「こちらが聞きたい。物資の確認で市場へ来たら、お前が大量の酒を買っているのが見えた」
「大量ってほどじゃねぇだろ」
パァルが鞄を見る。
「今、六本入れなかったか?」
「数えてんじゃねぇよ」
「遠征物資として請求するつもりではないだろうな」
「自腹だよ」
「なら好きにしろ。ただし水より酒を多く持つな」
「そんな馬鹿じゃねぇよ」
パァルは何とも言えない顔をした。
「その言葉をどこまで信用していいものか……」
「失礼な奴だな」
「日頃の行いだ」
バンは酒瓶の入った鞄を軽く叩き、そのまま店を出た。パァルも市場での仕事が残っているらしく、別の方向へ歩いていく。
街を歩きながら、バンは新しい鞄の位置を少しだけ調整した。
武器はクレシューズがある。食料も酒も揃えた。着替えなどは出発前に詰めればいい。自分一人の準備なら、それほど大掛かりなものではなかった。
周囲を見れば、討伐に参加する者だけでなく、彼らを送り出すために動く職人や商人たちの姿がある。武器を運ぶ者、薬草を箱へ詰める者、大量の保存食を用意する者。まだ海にすら出ていないというのに、すでに多くの人間が一つの戦いのために動き始めていた。
「ほんと、戦争だな」
ベヒーモスの時にも見た光景だった。
強い者だけでは、あの怪物には届かない。
バンは新しい鞄を背負い直し、教会へ向かって歩き出した。
間もなく、討伐隊はオラリオを離れる。
次に向かう場所は、港街メレンだった。