討伐隊の人選と各自の準備が進む一方、リヴァイアサン討伐にはもう一つ、どうしても解決しなければならない問題が残っていた。
古代の海上要塞を、実際に戦える状態まで戻すこと。
そのため、数日後にはヘラ・ファミリアの本拠へ二柱の鍛冶神が呼ばれていた。
一人は赤髪と眼帯が特徴的な女神、ヘファイストス。もう一人は建築や巨大構造物の製作にも長けたゴブニュだった。
「それで、これが例の海上要塞?」
ヘファイストスは机に広げられた図面へ視線を落とした。
「ああ」
マキシムが答える。
「ポセイドン・ファミリアが長年かけて調べたものだ。正確な図面ではないらしいが、大まかな構造は分かる」
「大まか、ね……」
ヘファイストスは何枚かの紙をめくる。
図面には巨大な円形の構造物と、内部を区切るいくつもの区画が描かれている。横には現在確認されている損傷箇所も記されていたが、その数は決して少なくなかった。
ゴブニュも別の一枚を手に取る。
「これ、本当に浮くのか?」
「ポセイドン側では最低限の航行機構が生きていることを確認している」
パァルが答えた。
「ただし、現状のまま戦場へ出せる状態ではない」
「見れば分かる」
ゴブニュは図面の端を指先で叩く。
「支柱が何本生きているのかも分からん。外壁の損傷も、表面だけなのか内部まで腐っているのか判断できない。これだけ古いものなら、見た目では無事でも中が駄目になっている場所があるはずだ」
「やはり実物を見る必要があるか」
「当然だ」
即答だった。
「図面だけ渡されて『直せ』と言われても無理だ。直せないという意味ではない。何を直せばいいのか分からないという意味だ」
バンは少し離れた場所から図面を覗いていた。
「職人って面倒くせぇな」
「誰のために直すと思っているのよ」
ヘファイストスの視線が飛んでくる。
「壊れたら海に落ちるのはあなたたちでしょう?」
「そりゃそうだけどよ」
「なら黙って任せなさい」
「はいはい」
バンが肩を竦める。
ヘファイストスは再び図面を見ると、今度はリヴァイアサンの記録が置かれた方へ視線を移した。
「問題は、どこまで耐えさせるつもりなのかね」
「沈まなければいいわ」
レグナイトが答えた。
ヘファイストスの眉が僅かに動く。
「ずいぶん簡単に言うのね」
「リヴァイアサンの攻撃を完全に防げる要塞を作れ、とは言っていないわ。一撃で全てが終わらないようにしなさい。壊されても戦闘を続けられる程度には」
ゴブニュが小さく息を吐いた。
「そっちの方がまだ現実的だな」
「壊される前提なのか?」
バンが聞く。
「相手は三大クエストでしょう?」
ヘファイストスが答える。
「絶対に壊れないものを作ろうとする方が無茶よ。だったら、壊れる場所を決めておく。重要な部分まで一緒に死なない構造にするの」
「なるほどな」
「分かっている顔じゃないわね」
「大体は分かった」
「大体で海へ出るのはやめなさい」
レグナイトが話を戻す。
「ゴブニュには要塞そのものの修復と補強を任せたい。甲板、支柱、外壁、内部区画。必要なら構造そのものにも手を入れて構わないわ」
「実物を見てからだ。それなら引き受ける」
「ヘファイストスには武装と金属部分を」
「それだけ?」
「必要なら冒険者の装備も頼むわ」
ヘファイストスは少し考えた後、頷いた。
「いいわ。ただし条件がある」
「何?」
「現地で勝手に注文を増やさないこと。『ついでにこれも』『ここにも武器を付けたい』なんて言われても、材料も時間も無限じゃないんだから」
レグナイトは隣にいるゼウスへ視線を向けた。
「聞いた?」
「何故わしを見るんじゃ」
「一番やりそうだからよ」
「心外じゃ!」
「否定できるの?」
「……できんのう」
「できないのかよ」
バンが笑う。
ヘファイストスは額へ手を当てたものの、すぐに真面目な表情へ戻った。
「それと、海上で使う武器なら普段とは条件が違う。潮風もあるし、足場も揺れる。固定式の装備を置くにしても、反動を船体が受け止められるか確認しないといけないわ」
「だからゴブニュと一緒に来てもらった」
パァルが言う。
「構造と武装を別々に考えた結果、片方がもう片方を壊すようでは意味がない」
「そこまで分かっているなら話は早いわね」
ヘファイストスが僅かに笑った。
「いつ出るの?」
「準備が整い次第、まずメレンへ向かう」
マキシムが答える。
「そこでポセイドン・ファミリアと合流し、海上要塞が眠る島へ移動する」
「なら職人を選ばないといけないわね」
ヘファイストスが立ち上がる。
「全員連れていくわけにはいかないから、現地で判断できる鍛冶師を何人か連れていく。必要な資材は実物を見てから追加で送らせましょう」
「こちらも同じだ」
ゴブニュも図面を畳んだ。
「建築に強い者を選ぶ。だが先に言っておく。七百メドル近い古代の遺物だ。数日で新品に戻るとは思うな」
「新品にしろとは言ってないわ」
レグナイトは平然と答えた。
「リヴァイアサンを殺すまで保てばいい」
「……要求だけ聞けば十分無茶だな」
「今さらでしょう?」
ゴブニュは一瞬黙った後、小さく笑った。
「確かにな」
話は決まった。
海上要塞を眠りから起こすため、オラリオでも指折りの職人たちが動き始める。
バンは机の上に残った巨大な要塞の図面をもう一度眺めた。紙の上では大きさなどほとんど実感できないが、本当に七百メドル近いものが山の中に眠っているという。
「どんな化け物が出てくるかと思ったら、今度は船まで化け物かよ」
「船じゃないと言われていただろう」
パァルが横から訂正する。
「ああ、そうだったな」
バンは笑った。
「海上要塞だった」
次に彼らが向かうのは港街メレン。
そして、その先にある海だった。