ポセイドン・ファミリアの団員に案内され、一行は港の奥に停泊していた大型船へと向かった。
甲板では船員たちが出航の準備を進めており、積み込まれた物資の確認や船具の点検が行われている。その中央、船首に近い場所に一人の男神が立っていた。
「久しいな、レグナイト。マキシムも」
「久しぶりね、ポセイドン」
「待たせたか?」
「いや、こちらも準備が整ったところだ」
ポセイドンは二人と順に言葉を交わした。海を預かる神らしい落ち着いた佇まいで、周囲の船員たちも彼の動きに合わせて自然と行動している。
「今回は力を貸してくれて感謝するわ」
「礼には及ばない。海の脅威を放置すれば、いずれ陸にも影響が及ぶ。私たちにとっても他人事ではないからな」
ポセイドンはそう答え、集まった者たちを見回した。
「ゼウスとヘラの精鋭に加え、鍛冶神たちまで来てくれたか。これなら要塞の修復も進められるだろう」
「まずは実物を見せてもらう。図面だけでは判断できないことが多すぎるからね」
ヘファイストスが言うと、ゴブニュも頷いた。
「構造を確認しなければ、どこまで直せるかも分からん。現地で調べさせてもらうぞ」
「もちろんだ。あの場所は長く私たちが管理してきた。案内は任せてくれ」
ポセイドンは二柱の鍛冶神へ答えた後、今度はバンへ目を向けた。
「君がバンか」
「そうだけど?」
「ゼウスとヘラから話は聞いている。ベヒーモス討伐に加わり、さらに単独で深層まで潜ったそうだな」
「大した話じゃねぇよ」
「謙遜する必要はない。神の恩恵を持たず、それだけの戦いを経験している者は珍しい」
「珍しいのは認めるけどな」
バンは軽く笑った。
「それで、海の怪物を相手にする時は何をすりゃいい?」
「まずは海を知ることだ」
ポセイドンは湖の向こうへ視線を向けた。
「陸上の戦いと海上の戦いは違う。足場は揺れ、視界は水に遮られ、敵が水中へ潜れば位置を見失う。力があっても、それだけでは対応できない場面がある」
「なるほどな。面倒くせぇ場所だ」
「だからこそ、我々がいる」
その言葉に、ポセイドン・ファミリアの団員たちが静かに頷いた。彼らは海洋探索や水棲モンスターの討伐を専門としてきた者たちだ。水中での活動に長けた団員もおり、海上での案内や索敵は彼らが担うことになる。
「それで、リヴァイアサンの状況は?」
レグナイトが本題へ戻す。
ポセイドンの表情が僅かに引き締まった。
「昨夜、再び位置の変化を確認した。以前観測した海域から移動している。正確な進行方向までは掴めていないが、活動範囲は確実に広がっている」
「こちらへ向かっている可能性は?」
「否定はできない。ただし、現時点で進路を断定することはできない」
「姿は確認できたのか?」
マキシムが尋ねる。
「ああ。遠方からだが、再び水面近くへ浮上した。背の一部と尾を確認している。間違いなくリヴァイアサンだ」
その場の空気が変わった。
「近づいたのか?」
バンが尋ねる。
「距離は保った。だが、巨体が動いただけで周囲の海流が乱れ、こちらの船は一時的に舵を取られた。正面から近づくのは危険だ」
「船ごと持っていかれるってわけか」
「そういうことだ。海上での戦闘では、敵の攻撃だけでなく、身体の動きそのものにも注意しなければならない」
ポセイドンは一同を見渡した。
「だからこそ、海上要塞が必要になる。あれを拠点として使えれば、船だけで戦うよりもはるかに多くの選択肢が生まれる」
「要塞の場所は?」
ゴブニュが尋ねた。
「ここから海へ出て、しばらく進んだ先にある孤島だ。私が発見したのは、食料と水を求めて航海していた時だった」
ポセイドンは遠い記憶を辿るように話し始めた。
「島には大きな山と深い森があった。最初はただの無人島だと思っていたが、山の斜面で人工物を見つけた。石壁と道だ。自然にできたものではない。調べていくうちに、山の内部へ続く空間があることが分かった」
「それが海上要塞だったのか」
「ああ。人の手で造られた、古代の遺物だ。私が造ったものではない。発見してから長い時間をかけて調査し、最低限の維持を続けてきた」
「それでも、今は修復が必要な状態というわけね」
ヘファイストスが確認する。
「その通りだ。動かすことはできるかもしれないが、外殻も内部の設備も傷んでいる。戦場で使うなら、君たちの力が必要になる」
「分かった。まずは現物を見せてもらおう」
ゴブニュが答えた。
「案内しよう。船の準備もほぼ整っている」
ポセイドンが船員へ合図を送ると、甲板のあちこちで出航の声が上がった。港に繋がれていた綱が外され、船員たちが帆と舵を確認していく。
「全員、乗船しなさい」
レグナイトの声が響く。
「ここから先は海よ。陸の常識だけで動かないこと。ポセイドン・ファミリアの指示には従いなさい」
「了解した」
マキシムが答え、各ファミリアの団員たちも続いて船へ乗り込んだ。
バンは甲板の端へ移動し、港街メレンを振り返る。つい先ほどまで人々の声や荷車の音で賑わっていた街が、少しずつ遠ざかっていく。
「いよいよ海か」
新しい鞄の肩紐を確かめ、背中のクレシューズを軽く直す。
「バン、何をしている?」
ポセイドンが近づいてきた。
「いや、忘れ物がないか確認してただけだ」
「準備は済んだか?」
「ああ。あとは酒が足りるかどうかだな」
「……海の上では水も必要だぞ」
「分かってるって」
ポセイドンは小さく笑い、船首へ戻っていった。
やがて船がゆっくりと港を離れ、ロログ湖の広い水面を進み始める。湖を抜ければ、そこから先は広大な海だ。
目指すのは、古代の海上要塞が眠る孤島。
そして、その海域を動き回る三大クエストの一角――リヴァイアサン。
海神ポセイドンの案内のもと、討伐隊はオラリオを離れた。