強欲の旅人は神の恩恵を受けない   作:ルクエリシオン

15 / 87
修正版の第13話です。
赤い旅人の続きになります。


第13話 暴食の男

リオードの南門は、昼前だというのに騒がしかった。

 

砂漠船組合の者たちが走り回り、商人たちが荷を止められて不満の声を上げている。

門番は普段よりも多く配置され、砂漠へ出ようとする船を一隻ずつ確認していた。

水袋、積み荷、護衛の人数、行き先。

 

誰もが黒い砂漠の方角を気にしている。

 

ハルファから伝令が届いた。

 

その事実は、半日も経たないうちにリオード中へ広がっていた。

 

黒砂が交易路を横切り始めた。

黒く染まった魔物が逃げている。

井戸に影響が出ている。

地鳴りが続いている。

ハルファは一晩で水路を塞ぐ羽目になった。

 

そして、誰かが小声で言った。

 

ベヒーモスが動き始めたのではないか、と。

 

その言葉が広がるのは早かった。

 

商人は荷を止め、船頭は風を見ながら眉をひそめ、役人は顔を青くして書状をまとめていた。

 

バンは、その騒ぎの端にある屋台で肉を食べていた。

 

香辛料をまぶした羊肉の串焼き。

焼きたての平たいパン。

酸味のある乳酒。

 

肩と脇腹には包帯。

右腕にも薬草を巻いた布。

 

見た目だけなら、休んでいろと言われる側だ。

 

だが、本人は左手で肉串を持ち、普通に食べている。

 

「ん。昨日より焼きがいいな」

 

屋台の親父が目を丸くする。

 

「この状況で味の感想かよ」

 

「この状況だからだろ。飯がまずかったら、余計に気が滅入る」

 

「まあ、そりゃそうだが」

 

バンは平たいパンで肉を挟み、かじった。

 

香辛料の辛味。

肉の脂。

少し焦げた端の苦味。

乳酒の酸味。

 

悪くない。

 

生きてリオードへ着いた後の飯は、やはりうまかった。

 

サナはその横で、呆れた顔をしていた。

 

「本当に食べてますね」

 

「食わねぇと治るもんも治らねぇだろ」

 

「それはそうですけど、普通はもう少し休みます」

 

「座って食ってる」

 

「そういう意味じゃありません」

 

サナはため息をついた。

 

彼女の薬箱は足元にある。

リオードへ着いてからも、バンの傷を確認し、薬を変え、水を飲ませ、休ませようとしていた。

 

だが、バンは飯の匂いにつられて屋台に来た。

 

サナは止めきれなかった。

 

ダリオとミラは、砂漠船組合で報告の補助をしている。

ジャミルは船頭たちと黒砂の広がりについて話している。

サイモンは商会の印を使い、リオードの役人へ緊急書状を渡しに行った。

 

つまり、今のバンは少しだけ暇だった。

 

暇なら飯を食う。

 

当然の流れだった。

 

バンは乳酒を飲む。

 

薄い。

 

だが、砂漠帰りの喉にはちょうどいい。

 

「黒砂酒の方がいいな」

 

「今はお酒を飲みすぎないでください」

 

「これ、弱いぞ」

 

「弱くても酒です」

 

「硬いな」

 

「誰のせいだと思ってるんですか」

 

サナが睨む。

 

バンは何も言い返さず、肉をかじった。

 

その時だった。

 

南門の方で、空気が変わった。

 

ざわめきが一瞬だけ引き、次に別の種類のざわめきが起こる。

 

人々が道を開け始めた。

 

商人たちも、門番も、船頭も、自然と脇へ下がる。

 

バンは肉串を口にくわえたまま、そちらを見た。

 

リオードの門をくぐってきたのは、数人の一団だった。

 

先頭に立つ男は、巨大だった。

 

背が高いだけではない。

厚い。

肩幅も胸板も、普通の人間とは一回りも二回りも違う。

 

臙脂色の短髪。

目元には獣に裂かれたような深い傷跡。

重そうな鎧を身にまとい、背には巨大な大剣。

 

その歩き方だけで、周囲の人間が勝手に道を空ける。

 

威圧しているわけではない。

 

ただ、そこにいるだけで圧がある。

 

地上の魔物とも、冒険者とも、砂漠の民とも違う。

 

神の恩恵を受けた強者。

 

しかも、その中でも上澄み。

 

バンは肉を噛みながら、目を細めた。

 

「でけぇな」

 

サナがその男を見て、息を呑む。

 

「ゼウス・ファミリア……?」

 

「知ってんのか」

 

「直接見たことはありません。でも、紋章が」

 

男の鎧の一部に、雷を思わせる意匠が刻まれている。

 

その後ろには、数名の冒険者が続いていた。

 

一人は細身の男。

砂色の外套をまとい、手には地図筒。

目つきが鋭く、周囲の人間の会話や視線を拾っている。

 

一人は大柄な槍使い。

先頭の巨漢ほどではないが、鍛えられた体つきで、盾も背負っている。

 

もう一人は、短い杖を持つ女性。

治療師か、補助役だろう。

彼女は門をくぐった瞬間から、負傷者や黒砂の付着した荷へ視線を向けていた。

 

そして、一団の一番後ろに、白髪の若い支援者らしき男がいた。

 

荷物を抱え、少し腰が引けている。

だが、その足運びは妙に軽い。

危険を避けることに慣れているような動きだった。

 

バンはそちらを見て、少しだけ笑う。

 

「あの白いの、逃げ足速そうだな」

 

サナが困った顔をする。

 

「初対面の人に言うことですか」

 

「褒めてるぞ」

 

「褒め方が変です」

 

巨大な男が、砂漠船組合の前で足を止めた。

 

組合長らしき老人が慌てて出てくる。

 

「ザルド殿……!」

 

その名を聞いた瞬間、周囲のざわめきがさらに広がった。

 

ザルド。

 

ゼウス・ファミリアの幹部。

二つ名は、暴喰。

 

世界最強の一角に数えられる派閥の、中心にいる男。

 

サナの顔がさらに強張った。

 

「暴喰のザルド……」

 

バンはもう一本、肉串を買った。

 

「暴食?」

 

「暴喰です。何でも食べる、という意味もある二つ名だと聞いたことがあります」

 

「へぇ」

 

バンは少しだけ興味を持った。

 

何でも食べる男。

 

それはなかなか面白い。

 

ザルドは組合長の話を聞きながら、ちらりとこちらを見た。

 

いや、こちらというより、バンを見た。

 

離れている。

 

だが、視線が合った。

 

獣のような目ではない。

戦場を見慣れた武人の目。

 

一瞬で相手の立ち方、呼吸、傷、武器、重心を見る目だ。

 

バンは肉串を片手に、にやりと笑った。

 

ザルドは表情を変えなかった。

 

だが、組合長の話を聞き終えると、真っ直ぐバンの方へ歩いてきた。

 

周囲がさらに道を空ける。

 

サナが半歩下がった。

 

バンは座ったまま、肉を食べている。

 

ザルドはバンの前で止まった。

 

大きい。

 

近くで見ると、さらに大きかった。

 

バンも長身だが、ザルドはそれよりさらに頭一つ分ほど高い。

鎧の重みもあり、まるで小さな壁のようだった。

 

ザルドは低い声で言った。

 

「お前が、ハルファから伝令を守った赤い旅人か」

 

「飯食ってる赤い旅人だ」

 

サナが小さく頭を抱えた。

 

ザルドはバンを見下ろす。

 

「怪我をしているな」

 

「ちょっとな」

 

「右腕も鈍っている」

 

「よく見てんな」

 

「見れば分かる」

 

ザルドの視線がバンの腰へ落ちる。

 

聖棍クレシューズ。

 

そして、包帯の下の傷。

 

「神の恩恵は?」

 

「ない」

 

「ファミリアは?」

 

「入ってねぇ」

 

「それで黒砂持ちを相手にしたのか」

 

「飯と酒がかかってたからな」

 

ザルドはしばらく黙った。

 

そして、低く笑った。

 

「いい理由だ」

 

バンの目が少し動いた。

 

「分かるのか?」

 

「食うために戦う。飲むために生きる。分かりやすい」

 

「お前、よく食いそうな顔してんな」

 

サナが今度こそ固まった。

 

周囲で聞いていた何人かも息を止める。

 

だが、ザルドは怒らなかった。

 

むしろ、口元にわずかに笑みを浮かべた。

 

「食えるものは食う。食えぬものも、必要なら食う」

 

「腹壊すぞ」

 

「壊れん」

 

「内臓強ぇな」

 

「鍛えた」

 

「そこ鍛えるもんなのか」

 

「鍛えるものだ」

 

バンは肉串を一本、ザルドへ差し出した。

 

「食うか?」

 

サナが目を丸くする。

 

ザルドは肉串を見た。

 

香辛料まみれの羊肉。

 

しばらく見てから、受け取る。

 

一口で半分ほど食べた。

 

咀嚼する。

 

飲み込む。

 

「火が浅い」

 

屋台の親父がびくっとした。

 

ザルドは続ける。

 

「香辛料で肉の臭みを消しているが、脂の落とし方が足りん。強い火で表面を焼き、少し休ませてから炙り直せば、まだ良くなる」

 

屋台の親父がぽかんとする。

 

バンは目を細めた。

 

「分かってんじゃねぇか」

 

「食うなら味も見る」

 

「暴喰っていうから、何でも丸呑みするだけかと思った」

 

「悪食と味覚がないことは違う」

 

「いいこと言うな」

 

ザルドは残りの肉も食べた。

 

バンは笑い、屋台の親父へ言った。

 

「今の聞いたか?」

 

「あ、ああ」

 

「次は火を強くしろ。あと焼いた後すぐ出すな。ちょい休ませろ」

 

「お前ら、こんな時に料理談義かよ……」

 

屋台の親父は呆れつつも、少し嬉しそうだった。

 

ザルドの後ろから、細身の情報役が近づいてきた。

 

「ザルドさん、組合長から聞き取りは終わりました。リオード南西の交易路に黒砂帯が確認されています。ハルファからの報告とも一致します」

 

男はバンをちらりと見る。

 

「あなたがバンですね。私はエルン・リード。ゼウス・ファミリアの情報収集役です」

 

「情報収集役?」

 

「聞く、見る、嗅ぐ、書く、逃げる。だいたいそれが仕事です」

 

「逃げるも入るのか」

 

「情報を持って帰れなければ、情報役ではありませんから」

 

「いい仕事だな」

 

エルンは少しだけ笑った。

 

続いて大柄な槍使いが口を開く。

 

「ロウム・ガルトだ。前衛と護衛をしている」

 

短く、低い声。

 

無駄な言葉を嫌うタイプらしい。

 

女性の治療師も軽く頭を下げた。

 

「セリア・ノクトです。治療と状態確認を担当しています」

 

彼女はバンの包帯を見る。

 

「その傷、黒砂持ちによるものですか」

 

「そうらしい」

 

「見せてもらっても?」

 

サナがすぐに前へ出た。

 

「処置はしました。黒砂の付着は灰と薬草で洗い、進行は止まっています。ただ、右腕の痺れは残っています」

 

セリアはサナを見て、柔らかく頷く。

 

「丁寧な処置です。あなたは薬師ですか」

 

「見習いです」

 

「なら、よくやっています」

 

サナは少しだけ頬を赤くした。

 

ザルドはバンを見たまま言う。

 

「黒砂から何かを抜いたと聞いた」

 

「ちょっとな」

 

「どうやった」

 

「盗った」

 

エルンが手元の帳面を止める。

 

「盗った?」

 

「俺の魔力だ。力とか流れとか、そういうのを盗る」

 

ロウムが眉をひそめた。

 

「強奪系の魔法か」

 

「魔法って言われるとちょっと違う気もするけどな」

 

エルンがすぐに質問する。

 

「神の恩恵なし。ファミリア所属なし。それで魔力が発現している?出身は?」

 

「遠いとこ」

 

「国名は」

 

「言っても分かんねぇよ」

 

「種族はヒューマン?」

 

「たぶんな」

 

「たぶん?」

 

「細けぇな」

 

エルンはさらに聞こうとしたが、ザルドが片手を上げて止めた。

 

「今はそこではない」

 

エルンは頷き、帳面を閉じる。

 

ザルドは低い声で続けた。

 

「黒砂を盗った時、何を感じた」

 

バンは肉串の最後を食べ、少しだけ考えた。

 

「ざらつく。砂みてぇなのに、魔力っぽくもある。毒とも違う。呪いとも違う。生き物の流れに食い込んでくる感じだ」

 

セリアが真剣な顔になる。

 

「侵食性の異常魔力……いえ、地形由来の汚染に近いのでしょうか」

 

エルンが帳面を開き直す。

 

「黒砂は砂そのものではなく、奥の存在の影響を受けた媒体という可能性がありますね」

 

ロウムが短く言う。

 

「つまり、放置すれば広がる」

 

「そういうことです」

 

ザルドはバンを見る。

 

「奥の気配には触れたか」

 

バンの表情が少しだけ変わった。

 

軽い笑みが薄くなる。

 

「ああ」

 

「どうだった」

 

「指引っかけただけで、腕持ってかれそうになった」

 

ザルドの目がわずかに細くなる。

 

「そうか」

 

「知ってんのか」

 

「知っているわけではない」

 

ザルドは南の砂漠を見る。

 

「だが、三大クエストの怪物とは、そういうものだ。正面から力を測ろうとした者から壊れる」

 

バンはザルドの横顔を見た。

 

ただ強いだけの男ではない。

 

この男は、あの怪物を知っている。

 

名前としてではなく、目標として。

人生の中心に置いているものとして。

 

ベヒーモス。

 

暴喰の男は、その名を重く持っている。

 

サイモンが役所から戻ってきた。

 

その顔は少し青い。

 

「書状は受理された。だけど、リオードの役人はハルファからの退避も検討しろと言っている」

 

ジャミルも砂漠船組合から戻ってくる。

 

「船頭たちも動揺している。交易路に黒砂が出た以上、救援を出すにしても護衛が必要だ」

 

ザルドが問う。

 

「ハルファには、どれほど人がいる」

 

ジャミルが答える。

 

「百人には届かん。砂漠の民、商人、見張り、薬師、家族連れ。戦える者は多くない」

 

「水は」

 

「一晩は守った。だが、黒砂がもう一度水路に流れれば分からん」

 

ザルドは少しだけ考えた。

 

その間、誰も口を挟まなかった。

 

やがて、ザルドは言う。

 

「エルン」

 

「はい」

 

「リオードからオラリオへ早馬と砂漠船を出せ。ゼウスへ直通の符号を使う。ベヒーモスの可能性あり、と伝えろ」

 

「了解しました」

 

「ロウム、セリア。救援物資の選別。水、灰、薬草、黒砂対策用の布、板、釘。余計な荷は捨てろ」

 

「了解」

 

「分かりました」

 

ザルドは最後にジャミルを見る。

 

「ハルファへ戻る船は出せるか」

 

ジャミルは一瞬だけ黙った。

 

それから、笑った。

 

「普通なら断る」

 

「今は」

 

「黒砂がハルファを飲むなら、俺の通る砂漠も死ぬ。出すしかない」

 

「よし」

 

サイモンが息を呑む。

 

「戻るのか?今来た道を?」

 

ジャミルは頷いた。

 

「今ならまだ通れる。遅くなれば、黒砂帯が太くなる」

 

サナが小さく言う。

 

「ナジュさんたちが待っています」

 

バンは黙っていた。

 

リオードには飯がある。

酒もある。

傷を休める宿もある。

 

だが、ハルファには黒砂酒が一樽待っている。

 

それに、あの集落の飯はまだ食い足りない。

 

何より、あのまま黒砂に飲まれるのは気に入らない。

 

ザルドがバンを見る。

 

「赤い旅人。お前はどうする」

 

「戻る」

 

即答だった。

 

ザルドは少しだけ目を細める。

 

「理由は」

 

「酒の約束がある」

 

サナが横で小さく笑った。

 

ザルドも低く笑う。

 

「いい」

 

バンはザルドを見上げる。

 

「お前は?」

 

「俺も行く」

 

「理由は」

 

ザルドは南を見た。

 

「喰らうべきものが、そこにいるかもしれん」

 

「ベヒーモスを食う気か」

 

「必要ならな」

 

「腹壊すぞ」

 

「壊れんと言った」

 

「そうだったな」

 

二人の間に、奇妙な沈黙が落ちた。

 

緊張ではない。

 

互いを測るような空気。

 

強欲と暴喰。

 

盗る男と、喰う男。

 

どちらも、まともな英雄の顔ではない。

 

だが、どちらも今、黒い砂漠へ戻ろうとしている。

 

理由は立派ではない。

 

酒の約束。

飯がなくなると困る。

喰らうべき怪物がいる。

 

それでも、理由があるなら人は動く。

 

バンは屋台の親父に銅貨を投げた。

 

「肉、あと五本焼け。火は強めでな」

 

親父が慌てる。

 

「これから戻るんだろ!?」

 

「だから食うんだよ」

 

ザルドが言う。

 

「俺の分も五本だ」

 

親父はさらに固まった。

 

「十本!?」

 

バンが笑う。

 

「暴喰ってやつらしいからな。多めに焼いとけ」

 

ザルドは腕を組む。

 

「お前も食うだろう」

 

「もちろん」

 

サナが呆れたように言う。

 

「出発前に食べすぎないでください」

 

バンとザルドが同時に答えた。

 

「食わねぇと動けねぇだろ」

 

「食わねば戦えん」

 

サナは二人を見比べ、深くため息をついた。

 

「似ているようで、似ていないようで……やっぱり似てますね」

 

エルンが帳面に何かを書きながら呟く。

 

「強欲の旅人と暴喰の幹部。組ませると胃袋の補給量が倍増、と」

 

ロウムが真顔で言う。

 

「食料を増やす」

 

セリアも真面目に頷いた。

 

「胃薬も増やしましょう」

 

バンは不満げに言う。

 

「俺は腹壊さねぇぞ」

 

ザルドも静かに言う。

 

「俺も壊れん」

 

サナが小さく言った。

 

「周りの胃が痛くなるんです」

 

それを聞いて、サイモンが思わず笑った。

 

少しだけ、場の空気が軽くなる。

 

黒砂は迫っている。

ハルファは危ない。

ベヒーモスという名の災害が、眠りの中で地面を揺らしている。

 

だが、人はそれでも飯を食う。

 

水を積む。

荷をまとめる。

武器を研ぐ。

誰かを助けに戻る。

 

リオードの南門では、急ぎの救援準備が始まった。

 

砂漠船に水袋が積まれる。

灰と薬草。

板と布。

予備の帆。

簡易の担架。

干し肉と硬いパン。

 

エルンはオラリオ行きの伝令を手配し、ロウムは荷を軽くするために無駄なものを降ろした。

セリアはサナと一緒に黒砂傷用の薬を分けた。

ジャミルは風を読み、出発の時刻を決める。

サイモンは商人たちを説得し、水袋を譲らせた。

 

ザルドは南門の外に立ち、黒砂の方角を見ていた。

 

バンはその隣に並び、焼き直された肉串を一本渡す。

 

「今度はどうだ」

 

ザルドは食べる。

 

ゆっくり噛む。

 

「さっきよりいい」

 

「だとよ、親父」

 

屋台の親父は遠くで泣きそうな顔をしていた。

 

バンも肉を食べる。

 

確かに、さっきよりうまい。

 

脂が落ち、香辛料の匂いが立っている。

少し休ませたぶん、肉汁も落ち着いていた。

 

「いいじゃねぇか」

 

ザルドは南を見たまま言う。

 

「赤い旅人」

 

「あ?」

 

「黒砂の奥にいるものからは、まだ盗るな」

 

バンは肉を噛む手を止めた。

 

「命令か?」

 

「忠告だ」

 

「理由は」

 

「今のお前では、喰われる」

 

バンはザルドを見る。

 

ザルドは本気だった。

 

馬鹿にしているわけではない。

力を認めたうえで、言っている。

 

バンは少しだけ笑った。

 

「分かってるよ。全部盗る気はねぇ」

 

「ならいい」

 

「けど、端くらいは盗るぞ」

 

ザルドの口元がわずかに上がる。

 

「それで十分だ。災害を倒すには、まず流れを変える必要がある」

 

「分かってんじゃねぇか」

 

「食らう前に、獲物の動きを見るのは当然だ」

 

「盗る前にも見るんだよ」

 

二人はしばらく黙って、黒い砂漠の方角を見ていた。

 

遠くの空は、わずかに黒ずんでいる。

 

風はリオードへ向かって吹いていた。

 

黒砂の匂いが、薄く混じる。

 

ザルドが肉串の最後を食べる。

 

「行くぞ」

 

バンも肉を食べ終えた。

 

「ああ」

 

砂漠船の帆が張られる。

 

水と薬と武器を積んだ救援船が、再び黒砂の影へ向かう。

 

その船には、神の恩恵を受けない赤い旅人と、ゼウス・ファミリアの暴喰が乗っていた。

 

飯と酒を守るため。

 

喰らうべき災害を見極めるため。

 

そして、まだ黒砂に飲まれていない人の暮らしを、少しでも残すために。

 

砂漠船は風を受け、リオードを離れた。

 

黒い砂漠の奥では、眠る災害が静かに息をしている。

 

その寝息へ向かって、強欲と暴喰が同じ船で進み始めた。




第13話でした。
修正版では、リオードへ伝令が届いた後、ゼウス・ファミリアのザルドが登場する流れにしました。

ゼウス・ファミリア側は、ザルド以外の同行者として、本作オリジナルの情報収集役エルン、前衛護衛ロウム、治療担当セリアを追加しています。

今回は、バンとザルドの初対面を中心にしつつ、「食う男」と「盗る男」が互いを測り、ハルファ救援へ向かう導入回にしました。

1日の投稿数、どれくらいが読みやすいですか?

  • 1日3〜4話(現状維持)
  • 1日5話ペース
  • 1日6話ペース
  • 1日7話ペース
  • 1日8話ペース
  • 1日9話ペース
  • 1日10話ペース
  • 1日10話以上!
  • ストックある限り全部!
  • その他(感想欄へ)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。