強欲の旅人は神の恩恵を受けない   作:ルクエリシオン

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第26話です。
今回はゼウス・ファミリア先遣隊との接触回です。
外洋決戦へ向けて、メレンに新たな戦力が到着します。


第26話 暴喰の男

港の鐘が鳴り終わっても、メレンのざわめきは収まらなかった。

 

海上要塞の上にいた者たちは、作業の手を止めて港の門の方を見ていた。船大工も、ポセイドン・ファミリアの冒険者も、補給係も、ギルド職員も、同じ方向へ視線を向けている。

 

ゼウス・ファミリアの先遣隊。

 

その名だけで、港の空気が変わる。

 

最強の一角が来た。

 

それは、希望であり、緊張でもあった。

 

バンは海上要塞の縁に立ち、包帯を巻き直されながら港を見下ろしていた。

 

左腕の傷は、さっきの訓練で少し開いた。カイムに一本取られた時、踏み込みの癖を直そうとして妙な力が入ったせいだ。痛みはある。だが、動かないほどではない。

 

カイムは包帯をきつく結びながら言った。

 

「だから、今日はここまでだと言った」

 

「ちょっと開いただけだろ」

 

「ちょっとで済ませるな。海の上では小さな傷が命取りになる」

 

「陸でもそうだろ」

 

「君は陸だと聞かないだろう」

 

「よく分かってんな」

 

「分かりたくなかった」

 

カイムはため息をつき、包帯の端を結んだ。

 

その時、港の門から大きな笑い声が響いた。

 

低く、太く、腹の底に響くような声だった。

 

続いて、馬車と数人の冒険者が港へ入ってくる。

 

先頭にいたのは、巨漢だった。

 

二メートルを超える体躯。

漆黒のフルプレートアーマー。

肩から背へ流れる真紅のマント。

背中には、自身の身長と変わらないほど巨大な大剣。

 

歩くだけで、周囲の空気が重くなる。

 

威圧しているわけではない。

ただ、そこにいるだけで強い。

 

港の男たちが自然と道を開けた。

 

バンは目を細める。

 

「でけぇな」

 

カイムが静かに告げた。

 

「ザルド。ゼウス・ファミリア幹部。二つ名は暴喰《ディグニタス》。レベル七だ」

 

「暴喰」

 

バンはその言葉を口の中で転がした。

 

「ずいぶん腹減ってそうな二つ名だな」

 

「本人の前で言うな」

 

「言うだろ」

 

「言うと思った」

 

カイムは諦めたように額を押さえた。

 

ザルドの後ろには、二人の男が続いていた。

 

一人は細身の青年。

 

短い金髪に、鋭く知的な目。軽量な鎧を身につけ、腰には双剣。歩き方が軽い。人混みの中でも足音が薄く、視線だけで港の配置、警備、物資の動きを拾っている。

 

もう一人は、三十代後半ほどの髭を蓄えた男だった。

 

背中には巨大な背嚢。腰には大工道具、測量器具、縄、短い杭。冒険者というより、戦場に家を建てに来た職人のような姿をしている。だが、体の運びには隙がない。

 

カイムが続ける。

 

「金髪の男がカストル。斥候と作戦調整役。レベル五。もう一人がアルガス。補給と拠点設営の担当。レベル四だ」

 

「ちゃんとしてそうだな」

 

「ゼウス・ファミリアだぞ」

 

「もっと騒がしいのかと思ってた」

 

「先遣隊だからな。今回来たのは実務寄りの三名だ」

 

「実務ねぇ」

 

バンはザルドを見る。

 

実務という言葉から一番遠そうな巨体だった。

 

だが、港に入ったザルドは、真っ先に海を見た。次に海上要塞。次に船の配置。最後に、負傷した船員たち。

 

笑みはない。

 

豪快そうな外見とは違い、その目は冷静だった。

 

ザルドは司令所から降りてきたオルドへ向かった。

 

オルドが手を差し出す。

 

「よく来た、ザルド」

 

「外洋が騒がしいと聞いた。あの神に、先に状況を見てこいと言われた」

 

ザルドの声は低い。

 

よく通るが、無駄に大きくはない。

 

オルドは頷いた。

 

「助かる。まだ本隊を出す段階ではないが、海は待ってくれん」

 

「海は飯時も待たんからな」

 

ザルドがそう言うと、周囲の緊張が少し緩んだ。

 

バンは眉を上げる。

 

「分かってるじゃねぇか」

 

カイムが横目で見る。

 

「反応するところはそこか」

 

その間にも、カストルはすぐに動き出していた。

 

港の配置を確認し、海図を持ったギルド職員と話し、水中班の報告書を受け取る。カイムの姿を見つけると、迷いなく近づいてきた。

 

「ポセイドン・ファミリアのカイム殿ですね」

 

「ああ。あなたがカストルか」

 

「ゼウス・ファミリア先遣隊、斥候兼調整担当のカストルです。外洋航路、潮流、浮標の損失状況、水中班の最新報告を確認したい」

 

「こちらへ。司令所に資料をまとめています」

 

「助かります。ザルドは要塞と海王の位置関係を、アルガスは補給導線を確認します」

 

会話に無駄がない。

 

バンとザルドが港で互いに様子を見ている間に、カイムとカストルはすでに作戦の話へ入っていた。

 

アルガスはさらに無言だった。

 

彼は海上要塞へ向かい、足場の板を叩き、鎖の張りを見て、倉庫の位置を確認し、補給船の接続部を測り始めている。メレンの船大工が怪訝な顔をすると、アルガスは一言だけ言った。

 

「ここ、荷重が偏る」

 

船大工の顔が変わる。

 

「分かるのか」

 

「板の鳴りが違う」

 

それだけ言って、アルガスは測量器具を広げた。

 

メレンの職人たちが、すぐに彼の周りへ集まっていく。

 

バンはそれを見ていた。

 

「本当にちゃんとしてんな」

 

カイムが言った。

 

「先遣隊だからな」

 

「ゼウスってのは、こういう真面目な連中の神なのか?」

 

カイムは一瞬黙った。

 

「……それは、私からは何とも言えない」

 

「なんだ、その間」

 

「今は気にしなくていい」

 

バンは少し不思議そうにしたが、それ以上は聞かなかった。

 

その時、ザルドがこちらへ歩いてきた。

 

近づくほどに、圧が増す。

 

巨体。

黒い鎧。

赤いマント。

背中の大剣。

 

だが、目は静かだった。

 

ザルドはバンの前で足を止める。

 

「お前が赤い旅人か」

 

バンはザルドを見上げた。

 

「そう呼ばれてんなら、たぶん俺だ」

 

「黒い砂漠とエルソスの件は聞いている」

 

「耳が早ぇ奴ばっかだな、この辺は」

 

「海と港は噂が速い。ゼウスも喜んでいた」

 

「ゼウスってのは知らねぇが、喜ばれるようなことした覚えはねぇな」

 

「あの神は英雄譚が好きだからな。本人がそう思っていなくとも、結果がそうなら噂になる」

 

ザルドはバンの左腕を見た。

 

包帯の下に残る傷。

まだ消えきっていない毒の気配。

それでも立っている姿。

 

「傷は深いな」

 

「飯食ったらだいぶ治った」

 

「そうか」

 

ザルドは少しだけ口元を動かした。

 

「飯は大事だ」

 

バンの目が少しだけ変わる。

 

「分かってんじゃねぇか」

 

「戦うにも、食うにも、まず腹がいる」

 

「いいこと言うな、黒鎧」

 

「ザルドだ」

 

「バンだ」

 

「知っている」

 

「俺は今知った」

 

近くにいたカイムが小さく咳き込んだ。

 

ザルドは気にしない。

 

「海王を食う気だと聞いた」

 

周囲の空気が少しだけ固まった。

 

ポセイドン・ファミリアの者たちが、思わずこちらを見る。

 

バンは肩をすくめた。

 

「食えるならな」

 

ザルドは怒らなかった。

 

むしろ、静かに頷いた。

 

「そうか」

 

「止めねぇのか」

 

「止める理由がない。俺も、喰えるものなら喰う」

 

沈黙。

 

カイムが目を閉じた。

 

近くのポセイドンの隊員が信じられない顔をする。

 

バンはザルドを見た。

 

「へぇ。あんたも食う側か」

 

「俺にとって、喰うことは力にすることだ」

 

「俺にとっては、うまいかどうかだな」

 

「なら、違うな」

 

「でも食うんだろ」

 

「ああ」

 

「気が合いそうだな」

 

「部分的にはな」

 

ザルドは低く笑った。

 

その笑いに、周囲の緊張がさらに妙な形で緩む。

 

海王リヴァイアサン。

 

普通なら、その名を前にして食うなどと言えば怒号が飛ぶ。

だが、この二人だけは違った。

 

片方は、食材として見ている。

もう片方は、力として見ている。

 

目的は違う。

 

だが、三大クエストの怪物を前にして、喰うという発想へ辿り着く異常さだけは重なっていた。

 

カストルが戻ってきて、その会話を聞き、わずかに眉をひそめた。

 

「ザルド。海王を食べるかどうかは、現時点の主題ではありません」

 

「そうだな」

 

ザルドはあっさり頷く。

 

バンがカストルを見る。

 

「真面目だな、金髪二号」

 

「カストルです。二号ではありません」

 

「一号はルカだな」

 

「知りません」

 

カイムが疲れたように言う。

 

「カストル、こちらへ。海図の確認を」

 

「はい」

 

カストルはバンを一瞥した。

 

「あなたが赤い旅人ですね。噂よりも自由そうだ」

 

「噂より?」

 

「噂では、もう少し人の話を聞かないと」

 

「失礼だな」

 

カイムが横で小さく言った。

 

「事実だ」

 

「おい」

 

カストルは表情を変えずに続けた。

 

「ですが、海上要塞の上ではポセイドン側の指示に従うと聞いています。それなら問題ありません」

 

「海の上では、海の連中の言うこと聞けって言われたからな」

 

「賢明です」

 

「なんか腹立つな」

 

カストルは淡々と頭を下げ、カイムと司令所へ向かった。

 

その背を見ながら、バンは言う。

 

「ゼウスの連中、もっと騒がしいのかと思ってた」

 

ザルドは肩を鳴らした。

 

「騒がしい奴らもいる」

 

「いるのか」

 

「いる。だが、今は外洋討伐だ。馬鹿騒ぎをしに来たわけではない」

 

「ちゃんとしてんな」

 

「しなければ死ぬ。三大クエストは、酒場の喧嘩ではない」

 

バンはザルドを見る。

 

その言葉は重かった。

 

ふざけていない。

恐れてもいない。

ただ、理解している。

 

リヴァイアサンは強い。

だから、全力で準備する。

 

それだけだ。

 

「いいな」

 

バンが呟く。

 

「何がだ」

 

「飯も喧嘩も、本気の方がうまい」

 

ザルドはしばらくバンを見ていた。

 

「お前は、本当に旅人なのか」

 

「何度も言ってるだろ。ただの旅人だ」

 

「ただの旅人は、三大クエストの怪物を前にして腹を鳴らさん」

 

「腹は勝手に鳴るだろ」

 

その瞬間、本当にバンの腹が鳴った。

 

海上要塞の上に、妙に間の抜けた音が響く。

 

ザルドは一瞬だけ黙った。

 

それから、低く笑った。

 

「なるほど。腹は正直だ」

 

「だろ」

 

「飯にするか」

 

「お、分かってるな」

 

カイムが遠くから戻ってきて、二人を見た。

 

「なぜ到着早々、食事の話になっているんですか」

 

ザルドが答える。

 

「戦う前に食うのは当然だ」

 

バンも頷く。

 

「飯食わねぇと話にならねぇ」

 

カイムは数秒だけ空を見上げた。

 

「この二人を同じ卓につけてよいのだろうか」

 

ザルドは真面目な顔で言った。

 

「問題ない。食う量は多いが、食い方は汚くない」

 

「そこではありません」

 

その時、アルガスが海上要塞から戻ってきた。

 

手には板の欠片と、簡単な図面がある。

 

「オルド副団長はどこだ」

 

「司令所です」

 

カイムが答える。

 

「中央甲板の西側、補給箱を積みすぎると傾く。治療区画の横は水樽を置くべきじゃない。揺れた時に転がって通路を塞ぐ。あと、前方左の鎖は交換した方がいい。音が悪い」

 

カイムの表情が引き締まる。

 

「確認します」

 

「今すぐだ。外洋に出てからでは遅い」

 

アルガスはそれだけ言い、また要塞の方へ戻ろうとした。

 

バンが声をかける。

 

「飯は?」

 

アルガスは振り返らない。

 

「仕事の後だ」

 

「真面目だな」

 

「飯は仕事が終わってからの方がうまい」

 

その答えに、バンは少しだけ笑った。

 

「分かってんな」

 

ザルドも頷いた。

 

「アルガスの飯は遅いが、よく食う」

 

「いいことだ」

 

カイムは静かに呟いた。

 

「なぜ食事評価で人を測るんだ、この人たちは」

 

港の食堂へ向かう途中、メレンの者たちは何度もザルドを見た。

 

恐れ。

期待。

憧れ。

緊張。

 

レベル七。

 

ゼウス・ファミリア幹部。

 

暴喰。

 

その肩書きは重い。

 

だが、ザルドは周囲を見下さない。港の船大工に道を譲り、負傷した船員の担架が通れば立ち止まる。食堂の前で待っていた子どもが彼の大剣を見上げると、少しだけ膝を曲げて見せた。

 

バンはそれを見ていた。

 

「見た目より細かいな」

 

「ザルドは、そういう人です」

 

カイムが言う。

 

「ゼウス・ファミリアは豪快な者が多いと聞くが、三大クエストへ向かう者たちは皆、戦場を知っている」

 

「へぇ」

 

「軽い者だけでは、最強とは呼ばれない」

 

「そりゃそうだ」

 

食堂へ入ると、エッダがザルドを見て目を輝かせた。

 

「おや、今日は腹の減った大物が二人も来たのかい!」

 

ザルドが軽く頭を下げる。

 

「世話になる」

 

「どれくらい食う?」

 

「鍋二つ」

 

店内が静かになった。

 

バンがにやりと笑う。

 

「負けたな」

 

「張り合うな」

 

カイムが即座に言った。

 

「怪我人だろう」

 

「治療中だから食うんだよ」

 

「その理屈は昨日聞いた」

 

エッダは大笑いし、鍋の準備を始めた。

 

ザルドは席につき、バンは向かいに座る。カイムは頭を抱えながら横に座った。少し遅れて、カストルとアルガスも食堂へ入ってくる。

 

カストルは海図の写しを持ったまま席につき、アルガスは黙って水を飲んだ。

 

料理が運ばれてくる。

 

魚骨のスープ。

海獣肉と豆の煮込み。

硬いパン。

塩焼き魚。

港の薄酒。

 

ザルドは黙って食べ始めた。

 

食べ方は豪快だが、雑ではない。

 

肉を一口で大きく食う。

だが、皿を汚さない。

骨を無駄にしない。

スープを最後まで飲む。

 

バンはそれを見て、満足そうに言った。

 

「いい食い方するな」

 

「食材に失礼な食い方は好かん」

 

「気が合うな」

 

「そうかもしれん」

 

カイムは小さく言った。

 

「この二人、本当に会わせてよかったのでしょうか」

 

カストルが海図から目を離さずに答える。

 

「少なくとも、食事中は静かです」

 

「会話の内容は物騒ですが」

 

「ゼウス・ファミリアでは、これくらいは平常です」

 

「そうなのか……」

 

アルガスがぼそりと言った。

 

「飯時に机を壊さないなら平和だ」

 

カイムは無言になった。

 

食事の途中、ザルドがバンへ言った。

 

「海王をうまく料理できると思うか」

 

バンは煮込みを飲み込み、考える。

 

「見てねぇから分からねぇ」

 

「匂いも肉質も知らんからか」

 

「ああ。魚なのか、獣なのか、竜なのか。それで変わる。脂が強けりゃ炙り。身が締まってりゃ鍋。臭みがあるなら香草と酒。毒があれば抜く。硬けりゃ煮る」

 

「骨は」

 

「出汁だな。でかすぎたら鍋に入らねぇけど」

 

ザルドは低く笑った。

 

「面白い」

 

「何がだ」

 

「お前は、本気で食うつもりで考えている」

 

「冗談で飯の話はしねぇよ」

 

「そこは信用できる」

 

ザルドは杯を置いた。

 

「俺は、喰らうことで力を得る。強いものほど、喰らえば力になる。だが、器を超える力を喰えば、俺の身体が壊れる」

 

カイムとカストルの表情がわずかに変わる。

 

ザルドは隠す気がなかった。

 

「リヴァイアサンを喰えば、俺は強くなるかもしれん。あるいは、壊れるかもしれん」

 

「それでも食うのか」

 

バンが聞く。

 

「必要ならな」

 

ザルドの声は静かだった。

 

「力が必要なら喰う。仲間を生かすためなら喰う。だが、ただの欲で喰うわけではない」

 

「俺は欲だな」

 

「だろうな」

 

「飯と酒の欲だ」

 

「悪くない欲だ」

 

バンは少しだけ笑った。

 

「分かってんじゃねぇか」

 

「欲は人を動かす。問題は、何を欲し、何のために使うかだ」

 

ザルドは皿の肉を一つ口に運んだ。

 

「お前の欲は、妙だな。自分の腹から始まって、いつの間にか他人の皿まで守っている」

 

「さあな。泣いてる奴の横で食う飯はまずいだけだ」

 

「なら、それがお前の欲だ」

 

バンは黙った。

 

少しだけ。

 

それから、酒を飲む。

 

「説教くせぇな、黒鎧」

 

「ザルドだ」

 

「覚えたらな」

 

「さっき名乗った」

 

「じゃあ、たぶん覚えた」

 

ザルドはまた低く笑った。

 

その時、食堂の扉が開いた。

 

ギルド職員が息を切らして入ってくる。

 

「オルド副団長から伝令です!ヘラ・ファミリアの先遣隊も、明日にはメレンへ到着予定とのこと!」

 

食堂の空気が変わった。

 

カイムが立ち上がる。

 

カストルは海図を畳む。

 

アルガスは黙って背嚢の中の道具を確認した。

 

ザルドは杯を置く。

 

「ヘラも来るか」

 

バンは魚の骨を皿に置きながら聞いた。

 

「ヘラってのは、強いのか」

 

食堂にいた何人かが、同時にバンを見た。

 

カイムが慎重に答える。

 

「強い。恐ろしく」

 

ザルドが付け加える。

 

「そして、気位が高い」

 

カストルが淡々と言う。

 

「不用意な発言は避けるべきです」

 

バンは首を傾げた。

 

「たとえば?」

 

カイムは一瞬考え、言った。

 

「海王を食う、とか」

 

「それは言うだろ」

 

「言わないでくれ」

 

ザルドは珍しく少しだけ楽しそうに笑った。

 

「言うだろうな」

 

「止めろよ」

 

カイムが言う。

 

ザルドは首を横に振る。

 

「無理だ。こいつは言う」

 

バンは不満そうに言った。

 

「勝手に決めんな」

 

「違うのか」

 

「……まあ、言うな」

 

カイムは両手で顔を覆った。

 

外では、港の鐘が鳴っていた。

 

ゼウス・ファミリア先遣隊が到着し、メレンの準備は一段階進んだ。

 

そして明日、ヘラ・ファミリアが来る。

 

海上要塞。

ポセイドンの海。

ゼウスの暴喰。

ヘラの怪物たち。

外洋の海王。

 

役者が、少しずつ揃っていく。

 

バンは皿に残った最後の肉を口へ放り込み、笑った。

 

「面倒な飯になりそうだな」

 

ザルドは静かに頷く。

 

「ああ。だが、食い甲斐はある」

 

カイムは二人を見て、深くため息をついた。

 

「どうか、海を食卓にしないでください」

 

バンとザルドは、ほとんど同時に答えた。

 

「もうなってるだろ」

 

「もうなっている」

 

カイムはその日一番深いため息をついた。




第26話でした。
今回はゼウス・ファミリア先遣隊との接触回です。
外洋決戦へ向けた準備がさらに進み、メレンにも新たな緊張感が生まれ始めました。

バンとザルドは目的こそ違いますが、「海王を喰う」という発想だけは噛み合ってしまう異常な組み合わせです。

次回は、ヘラ・ファミリア先遣隊の到着に入ります。
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