強欲の旅人は神の恩恵を受けない   作:ルクエリシオン

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第27話です。
今回は、ヘラ・ファミリア先遣隊の到着回です。
メレンに新たな最強の一角が到着し、赤い旅人との初接触に入ります。


第27話 黒衣の才女と赤い旅人

翌日。

 

港町メレンの正門に、ヘラ・ファミリアの一団が到着していた。

 

港の喧騒が、一瞬だけ静まる。

 

ゼウス・ファミリアの先遣隊が来た時とは、空気が違った。

 

あちらは、豪快さと圧が先に来た。

大きな笑い声、重い足音、黒鎧の巨体。

海の男たちが「強い者が来た」と肌で分かる到着だった。

 

だが、今メレンへ入ってきた一団は違う。

 

整っている。

 

歩幅。

隊列。

外套の揺れ。

視線の向け方。

武器の位置。

どれも無駄がない。

 

黒と銀を基調とした装備に、ヘラ・ファミリアの紋章。

団員の中には白い外套を羽織る者もいたが、先頭に立つ女だけは違った。

 

黒。

 

その色が、彼女にはよく似合っていた。

 

港町の油と塩の匂いの中に、まるで刃物のような空気が差し込んだ。

 

先頭に立つ女は、病的なほど白い肌をしていた。

 

長い銀髪。

透き通るような肌。

整いすぎた顔立ち。

細い身体。

そして、黒を基調とした服。

 

白い肌と銀の髪に、黒衣がよく映える。

 

だが、弱々しいだけではない。

 

むしろ、その細い身体の内側に、触れてはならない何かがある。

静かな音。

張り詰めた弦。

声を出せば空気そのものが割れるような、そんな気配。

 

アルフィア。

 

ヘラ・ファミリア幹部。

才色兼備の怪物。

病を抱えながらも、なおこの時代の頂点に近い場所へ立つ女。

 

彼女の隣には、やや若い女性団員がいた。

 

イリス。

 

以前、黒い砂漠でディオスと共に赤い旅人を監視していた、ヘラ・ファミリアの下級団員である。

 

彼女はメレンの港へ足を踏み入れた瞬間、無意識に周囲を見回していた。

 

黒い砂漠。

黒い獣。

赤い服の旅人。

巨大な角を前にして、素材の価値も知らず「邪魔」と言い放った男。

 

あれを見た時から、イリスの中で常識の一部が少しずれていた。

 

あの男は、冒険者ではない。

ファミリアに属していない。

ステイタスを持っていない。

 

それなのに、三大クエストの一角に関わる災厄を、本当にどかしてしまった。

 

ヘラ・ファミリア内部にも、その報告は届いている。

 

赤い服の旅人。

 

本人は英雄を名乗らない。

むしろ、英雄扱いされることを嫌がるらしい。

酒と飯を求めて歩き、邪魔なものをどかすだけの男。

 

そんな者が、今度は海王リヴァイアサンの噂を追って、メレンに来ている。

 

イリスは内心、少しだけ胃が痛かった。

 

「イリス」

 

アルフィアの声がした。

 

冷たいが、よく通る声。

 

「はい」

 

「赤い旅人は、この町にいるのだな」

 

「そのはずです。ポルト・グランデからの報告では、すでにメレン入りしていると」

 

「そうか」

 

アルフィアは港を見た。

 

海上要塞。

ポセイドン・ファミリア。

ゼウス・ファミリアの先遣隊。

そして、まだ姿を見せない海王。

 

彼女の表情は変わらない。

 

ただ、わずかに眉が動いた。

 

「潮の匂いが濃い」

 

「外洋の影響でしょうか」

 

「それだけではない。人の緊張、鉄、油、血、古い木材。戦場前の町の匂いだ」

 

イリスは少しだけ背筋を伸ばした。

 

アルフィアは病弱な身体をしている。

だが、その感覚は恐ろしく鋭い。

 

彼女の前では、下手な報告は通じない。

 

もう一人、ヘラ・ファミリアの女性団員が前へ出た。

 

濃い栗色の髪を一つに束ねた、背の高い女だった。腰には細剣。外套の内側には、補助用の短杖を忍ばせている。

 

名はセリカ・レインヴェール。

 

ヘラ・ファミリアの先遣隊に同行した実務担当であり、アルフィアの負担を抑えるための護衛兼連絡役でもある。

 

「アルフィア様。まずは司令所へ向かいますか」

 

「様は要らない」

 

「……失礼しました。アルフィア」

 

セリカは即座に言い直した。

 

ヘラ・ファミリア内でも、アルフィアは「様」と呼ばれることを好まない。

ただし、彼女自身がヘラを呼ぶ時は別だ。

 

ヘラ様。

 

主神への忠誠だけは、揺るがない。

 

アルフィアは短く言った。

 

「司令所へ行く前に、町を見る」

 

「町を、ですか」

 

「海王を討つには、海を見るだけでは足りない。港を見る。人を見る。飯を見る。何が減り、何が残っているかを見る」

 

イリスは一瞬、別の男を思い出した。

 

飯を見る。

 

赤い旅人も、似たようなことを言いそうだった。

 

もっとも、あちらはもっと雑に、

 

飯が減るなら邪魔だ。

 

そんな言い方をするだろうが。

 

アルフィアは歩き出した。

 

ヘラ・ファミリアの一団が、港町メレンの中へ入っていく。

 

町の者たちは自然と道を開けた。

 

美しいからではない。

恐ろしいからでもある。

そして何より、誰もが知っているからだ。

 

ヘラ・ファミリア。

 

この時代、ゼウス・ファミリアと並び立つ最強の一角。

 

港町メレンに、その黒衣の影が到着した。

 

同じ頃、バンは港の屋台にいた。

 

昨日の海上要塞での訓練、司令所での話、ザルドとの食事。

いろいろあったが、腹は減る。

 

しかも、メレンの飯は気に入った。

 

ポルト・グランデのような華やかさはない。

だが、塩と脂と魚の旨味が強い。

身体を動かすための飯。

海へ出る者たちの燃料。

 

バンは屋台の長椅子に座り、木の串を片手に薄酒を飲んでいた。

 

串に刺さっているのは、海蛇のような細長い魚の切り身だった。

 

表面を強めに炙り、粗塩と魚醤を刷り込んである。身は弾力が強く、噛むほどに脂が出る。臭みもあるが、それを香草ではなく塩と酒で押し切っていた。

 

「荒いな」

 

バンは一口かじる。

 

「でも、嫌いじゃねぇ」

 

屋台の親父が笑った。

 

「そいつは沖縄魚《おきなうお》だ。見た目が悪いから、ポルト・グランデじゃ安く買い叩かれる。だが、海の男はこれを食う」

 

「何でだ」

 

「腹に残る。脂が強い。塩に負けねぇ。冷めても食える」

 

「なるほどな」

 

バンはもう一口食べた。

 

「見た目より、いい魚だ」

 

「分かるかい」

 

「料理は見た目だけじゃねぇからな」

 

「兄ちゃん、料理人か?」

 

「旅人だ」

 

「旅人が魚の筋を見ながら食うかね」

 

「見るだろ」

 

「見ねぇよ」

 

親父は笑いながら、次の串を焼いた。

 

バンの横には、なぜかザルドがいた。

 

黒いフルプレートはさすがに外し、上半身は厚手の黒い服になっている。それでも巨体は目立つ。背中の大剣は近くの柱に立てかけられていた。

 

彼の前にも、串が山のように積まれている。

 

「この魚は悪くない」

 

ザルドが言った。

 

「脂が強い。だが、力になる」

 

「やっぱりそっちか」

 

「お前は味か」

 

「そりゃな。食うなら美味い方がいいだろ」

 

「力になる飯は、美味いことが多い」

 

「分かってんじゃねぇか」

 

二人は普通に会話していた。

 

屋台の親父は最初こそ緊張していたが、今は半分諦めたように焼き続けている。

 

赤い旅人。

暴喰の男。

 

この二人が同じ屋台に座っているだけで、周囲の客は遠巻きに見ていた。

 

カイムはいない。

 

カストルと司令所で作戦資料を詰めている。

アルガスは海上要塞の補給線を見直している。

オルドはヘラ・ファミリア到着の報告を受け、対応に追われている。

 

つまり今、バンを止める役がいなかった。

 

ザルドは止める側ではない。

 

むしろ、食う側だった。

 

「海王の肉が残るなら」

 

ザルドが串を食べながら言う。

 

「お前なら、どうする」

 

「大きさによるな」

 

「山ほどあるだろう」

 

「なら部位で分ける。脂の強いところは炙り。身の締まったところは鍋。内臓がいけるなら酒で洗って焼く。骨は出汁。鰭は……食えるか分からねぇな」

 

「鰭は素材として価値があるかもしれん」

 

「皿にもなるか?」

 

「お前は何でも皿にしたがるな」

 

「でかいなら便利だろ」

 

ザルドは低く笑った。

 

「海王を倒す前から、処理の話をするか」

 

「倒した後に考えたら、肉が悪くなるだろ」

 

「理にかなっている」

 

「だろ」

 

周囲の客は、さらに遠巻きになった。

 

その時だった。

 

ヘラ・ファミリアの一団が、港の屋台通りへ入ってきた。

 

空気が変わる。

 

屋台の喧騒が少しだけ弱まった。

 

海の男たちが、串を持ったまま黙る。

船大工が木槌を止める。

店主たちが姿勢を正す。

 

ヘラ・ファミリア。

 

その名は、メレンの屋台にも届いていた。

 

イリスは、周囲を見ながら歩いていた。

 

報告書と現場は違う。

外洋の被害は数字で見るより、町の匂いに出る。

 

減った魚。

高くなった塩漬け肉。

補給用に回される硬いパン。

不安を酒で薄めようとする船乗りたち。

 

そして、その中に一つだけ、明らかに場違いな光景があった。

 

赤い服の男が、屋台で魚串を食べている。

 

隣には、ゼウス・ファミリアのザルド。

 

二人は海王の肉の処理について、妙に真面目に語っていた。

 

イリスは足を止めた。

 

思わず目を見開く。

 

「あ……」

 

アルフィアが横を見る。

 

「どうした」

 

イリスは、少しだけ声を潜めた。

 

だが、その声には確信があった。

 

「あの人です」

 

アルフィアの視線が動く。

 

「あの赤い服の男か」

 

「はい。黒い砂漠で見た、赤い服の旅人は」

 

イリスは飲み込むように続けた。

 

「あいつが、赤い服の旅人です」

 

バンはちょうど串の最後の一切れを食べ終え、薄酒を飲んでいた。

 

その視線が、ふとイリスたちへ向く。

 

赤いロングコート。

スタッズ付きの赤いレザーパンツ。

太い茶革のベルト。

銀のバックル。

左腕には包帯。

肩に立てかけられた聖棍クレシューズ。

 

そして、気の抜けたような顔。

 

英雄には見えない。

冒険者にも見えない。

港の屋台で魚を食っている、ただの旅人にしか見えない。

 

だが、イリスは知っている。

 

あの男は、黒い砂漠で陸の王者を相手にしていた。

素材価値も、名誉も、歴史も知らず、ただ「酒の道の邪魔」と言って踏み込んだ。

 

アルフィアはバンを見た。

 

細い目が、わずかに鋭くなる。

 

「……あれが」

 

その声は低い。

 

バンは片手を上げた。

 

「なんだ、こっち見て」

 

イリスが少しだけ固まる。

 

アルフィアは歩き出した。

 

ヘラ・ファミリアの団員たちが続く。

 

屋台の前に、黒と赤とさらに濃い黒が揃った。

 

バン。

ザルド。

アルフィア。

 

港の屋台通りが、完全に静かになった。

 

ザルドは串を置き、アルフィアを見た。

 

「来たか、アルフィア」

 

「ザルド」

 

短い挨拶だった。

 

親しいわけではない。

だが、互いに実力を知っている者同士の距離感だった。

 

アルフィアは次に、バンを見る。

 

「お前が、赤い旅人か」

 

バンは首を傾げる。

 

「またそれか。そう呼ばれてんなら、たぶん俺だ」

 

イリスが小さく息を呑む。

 

ヘラ・ファミリアの前でこの態度。

 

普通ならありえない。

 

だが、アルフィアは怒鳴らなかった。

 

ただ、バンを観察している。

 

左腕の傷。

包帯の下の毒の残り。

服の修復痕。

目の奥にある緩さ。

そして、その緩さの下に沈んでいる異常なほど深い何か。

 

アルフィアは眉を寄せた。

 

「妙な男だな」

 

「よく言われる」

 

「褒めていない」

 

「そうかよ」

 

バンは屋台の親父へ言った。

 

「親父、もう一本」

 

「この空気で追加するのかい」

 

「食ってる途中だろ」

 

親父は震えた手で串を焼き始めた。

 

アルフィアの目がわずかに細くなる。

 

「ヘラ・ファミリアを前にして、よく食えるな」

 

「腹減ってるからな」

 

「相手を見て態度を変える気はないのか」

 

「飯の前では変えねぇな」

 

ザルドが低く笑った。

 

「こいつは本当にこういう男だ」

 

「お前と気が合う理由が分かった」

 

アルフィアは冷たく言う。

 

「どちらも、食うことを中心に考えている」

 

「飯は大事だろ」

 

バンとザルドが同時に言った。

 

アルフィアの眉間に、ほんのわずかに皺が寄る。

 

イリスは心の中で、まずい、と思った。

 

だが、アルフィアは怒りを露わにはしなかった。

 

その代わり、バンへ一歩近づく。

 

「黒い砂漠で、何をした」

 

「でかいのをどかした」

 

「ベヒーモスをか」

 

「名前は知らねぇ。でかい黒い奴だ」

 

「三大クエストの一角を、でかい黒い奴で済ませるな」

 

「邪魔だったからな」

 

アルフィアの目がさらに鋭くなる。

 

「邪魔?」

 

「酒の道が塞がってた」

 

イリスは頭を抱えたくなった。

 

だが、黒い砂漠で聞いた報告と一致している。

この男は本当に、そういう理由であの災厄へ踏み込んだ。

 

アルフィアは少し黙った。

 

やがて、静かに言う。

 

「お前は英雄になりたいのか」

 

「ならねぇよ」

 

即答だった。

 

「名誉は」

 

「いらねぇ」

 

「報酬は」

 

「飯と酒ならいる」

 

「ファミリアに属する気は」

 

「ない」

 

「神の恩恵は」

 

「いらねぇ」

 

アルフィアの視線が変わった。

 

この世界で、神の恩恵をいらないと言う者は少ない。

 

恩恵は力だ。

冒険者の証だ。

神と人を繋ぐ契約だ。

 

それを、目の前の男は串焼きの追加を待ちながら、面倒くさそうに切り捨てた。

 

「なぜだ」

 

「俺は俺のままで歩く。背中に神様の名前を書かれなくてもな」

 

その場が静まった。

 

ザルドの目が細くなる。

イリスは息を止める。

セリカもわずかに表情を変えた。

 

アルフィアは、バンを見ていた。

 

「……言うではないか」

 

「そうか?」

 

「神の恩恵を軽んじる発言だ」

 

「軽くは見てねぇよ。必要な奴には必要なんだろ」

 

バンは焼き上がった串を受け取った。

 

「俺にはいらねぇってだけだ」

 

それは傲慢にも聞こえた。

 

だが、アルフィアには違って聞こえた。

 

この男は、恩恵を否定しているわけではない。

神々を侮っているわけでもない。

ただ、自分の足で立つことを選んでいる。

 

ステイタスの数字ではなく。

ファミリアの名ではなく。

神の加護でもなく。

 

ただ、己の身体と欲で歩いている。

 

奇妙な男。

 

アルフィアはそう思った。

 

バンは串を一口かじり、顔をしかめた。

 

「親父、さっきより塩が多い」

 

「無茶言うな!この空気で手元が狂うわ!」

 

「飯に緊張を入れんなよ」

 

「誰のせいだと思ってんだ!」

 

屋台の親父の叫びに、周囲の空気が少しだけ緩んだ。

 

ザルドが低く笑う。

 

イリスは思わず小さく息を吐いた。

 

アルフィアだけは、表情を変えない。

 

「バン」

 

初めて、彼の名を呼んだ。

 

バンは串を持ったまま見る。

 

「あ?」

 

「外洋決戦では、勝手な行動をするな」

 

「またそれか」

 

「海王は、黒い砂漠の獣とは違う。海では一人の無謀が全員を沈める」

 

「それは聞いた」

 

「なら従え」

 

「海の上では、海の連中の言うこと聞くって決めた」

 

アルフィアは一瞬だけ意外そうにした。

 

「お前が?」

 

「飯食う時は店の奴の言うこと聞く。海も似たようなもんだろ」

 

アルフィアは数秒黙った。

 

それから、ほんのわずかに視線を逸らす。

 

「……例えは愚かだが、理解はしているようだな」

 

「褒めてんのか?」

 

「半分も褒めていない」

 

「じゃあ残りは?」

 

「呆れている」

 

ザルドが笑った。

 

「的確だ」

 

バンは不満そうに酒を飲んだ。

 

イリスは、そのやり取りを見ながら、また胃が痛くなった。

 

だが同時に、少しだけ不思議にも思っていた。

 

アルフィアが、会話を続けている。

 

普通なら、無礼な相手は一言で切り捨てる。

気に入らなければ、声だけで場を凍らせる。

 

だが、彼女はバンの言葉を聞いている。

 

それは、認めたわけではない。

好意でもない。

ただ、判断を保留している。

 

赤い旅人という存在が、無視できないものだと理解したからだ。

 

そこへ、カイムが駆けつけてきた。

 

後ろにはカストルもいる。

 

「アルフィア殿、到着されていたのですね」

 

カイムはまずアルフィアへ礼を取り、それからバンとザルドを見た。

 

屋台。

串焼き。

薄酒。

ヘラ・ファミリア。

ゼウス・ファミリア。

赤い旅人。

 

状況を見て、カイムは一瞬だけ目を閉じた。

 

「……なぜ、重要人物たちが屋台前に集まっているのですか」

 

「腹が減ったからだろ」

 

バンが答える。

 

「私はあなたに聞いたのではありません」

 

「じゃあ誰に聞いたんだよ」

 

カイムは答えず、アルフィアへ向き直った。

 

「司令所でオルド副団長がお待ちです。外洋の最新報告と、海上要塞の運用について共有したいと」

 

「分かった」

 

アルフィアは短く答える。

 

そして、去る前にもう一度バンを見た。

 

「赤い旅人」

 

「名前で呼べよ。バンだ」

 

「では、バン」

 

アルフィアの声が少し低くなる。

 

「お前が本当にただの旅人か、外洋で見せてもらう」

 

バンは笑った。

 

「勝手に見てろ」

 

イリスがまた息を呑む。

 

だが、アルフィアは怒らなかった。

 

「言われずとも、見る」

 

そう言い残し、黒衣の才女は司令所へ向かった。

 

ヘラ・ファミリアの団員たちが後に続く。

 

イリスは最後にもう一度、バンを見た。

 

バンは串焼きを食べ直していた。

 

何事もなかったように。

 

イリスは小さく呟く。

 

「……本当に、何なんですか、あの人」

 

その声に、ザルドが答えた。

 

「旅人らしい」

 

「それは分かっています」

 

「なら、それでいいのだろう」

 

イリスは納得できない顔をした。

 

ザルドは薄酒を飲み、バンは串を食う。

 

カイムは胃が痛そうな顔で司令所へ向かうよう促し、カストルは淡々と海図を抱え直した。

 

港町メレンに、ヘラ・ファミリアが到着した。

 

ポセイドンの海。

ゼウスの暴喰。

ヘラの黒衣の才女。

そして、赤い旅人。

 

外洋へ向かう役者は、また一人、いや一団、揃った。

 

遠く、海上要塞の鎖が鳴る。

 

その向こうで、まだ見ぬ海王が眠るように海を揺らしていた。




第27話でした。
今回は、ヘラ・ファミリア先遣隊の到着回です。
アルフィアとイリスがメレンへ到着し、屋台で飲食していたバンと初めて接触しました。

バンは相変わらず英雄らしさも冒険者らしさもありませんが、アルフィアはその異質さを少しだけ見抜き始めています。

補足です。
アルフィアの呼び方についてですが、原作ではザルドは「ザルド」、ゼウスは「エロジジイ」「あの糞神」、関心のない相手や敵全般は「雑音」と呼ぶ印象があります。

ただ、バンに対してはどう呼ばせるのが一番自然か少し迷ったため、本作では現時点では「バン」と呼ばせています。
今後の関係性の変化に合わせて、呼び方も少しずつ変わっていくかもしれません。

次回は、司令所でゼウス・ヘラ・ポセイドンの三勢力が揃い、外洋決戦へ向けた作戦会議に入ります。
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