強欲の旅人は神の恩恵を受けない   作:ルクエリシオン

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第33話 オアシス交易都市リオード

地平線の彼方に、緑が見えた。

 

黄褐色の大地と抜けるような青空。

 

それ以外には何もなかった景色の中に、ほんの小さな染みのような緑が浮かんでいる。

 

陽炎に揺らめいているせいで、最初は幻にしか見えなかった。

 

「見えてきたぞ」

 

砂船の先頭に立つ船頭が声を上げた。

 

日除け布の下で休んでいた者たちが、次々と顔を上げる。

 

荷箱に背を預けていたバンも、ゆっくりと身体を起こした。

 

「やっとかよ。尻が干からびるところだったぜ」

 

右腕は布で吊られている。

 

ベヒーモスとの戦いで負った傷は深く、骨も完全にはつながっていない。

 

以前のバンなら、どれほど重い傷であろうと瞬く間に治っていた。

 

だが、不死の力はもうない。

 

それでも常人とは比べものにならない回復力を見せているものの、しばらく右腕を動かすなと、治療を担当した者たちから何度も念を押されていた。

 

「お前はほとんど寝ていただろう」

 

低い声で答えたのはザルドだった。

 

巨大な身体を砂船の中央に収め、腕を組んで座っている。

 

その顔には、戦闘による疲労がまだ濃く残っていた。

 

ベヒーモスの肉とともに取り込んだ猛毒は、ザルドの身体を今なお蝕んでいる。

 

あらゆるものを食らい、それを力へ変える彼でさえ、陸の王者の毒だけは完全に消化できていなかった。

 

「寝てても揺れんだよ、この船は」

 

「ならば歩けばよかっただろう」

 

「怪我人に冷てぇな」

 

「右腕以外は元気に動いている。怪我人を名乗るなら少しは大人しくしていろ」

 

「オレは繊細なんだぜ?」

 

「お前のどこに繊細さがある」

 

二人の声が続く中、砂船の奥から冷たい声が響いた。

 

「朝から耳障りだ。少しは静寂というものを知れ」

 

毛布に包まれて横たわっていたアルフィアが、薄く目を開く。

 

ベヒーモスとの戦いで限界を越えて魔法を使った反動により、持病が悪化していた。

 

高熱は下がったものの、顔には血の気が少なく、呼吸も普段より浅い。

 

「起きてたのかよ、アルフィア」

 

「お前の下品な声で目が覚めた。眠りを妨げる雑音ほど不愉快なものはない」

 

「そいつは悪かったな」

 

「謝罪はいらん。口を閉じろ」

 

「相変わらず手厳しいねぇ」

 

バンが笑う。

 

アルフィアは不快そうに眉を寄せ、そのまま目を閉じた。

 

ザルドは水筒を手に取ると、彼女へ差し出した。

 

「水を飲め」

 

「いらん」

 

「朝から何も口にしていない」

 

「喉は渇いていない」

 

「飲め」

 

アルフィアは目を開き、差し出された水筒を冷ややかに見つめた。

 

「私に命令するな、ザルド」

 

「倒れられる方が面倒だ」

 

「私を誰だと思っている」

 

「病人だ」

 

「……貴様」

 

「睨んでも水は減らん。さっさと飲め」

 

しばし睨み合った末、アルフィアは舌打ちするように息を吐き、水筒を奪い取った。

 

ほんの少しだけ水を口に含み、乱暴にザルドへ返す。

 

「これで満足か」

 

「ああ」

 

「次に同じ真似をすれば、その腕ごと消し飛ばす」

 

「元気になってからにしろ」

 

ザルドは平然と答えた。

 

そのやり取りを見ていたバンが、口元を緩める。

 

「仲良しだな、お前ら」

 

「黙れ」

 

「消え失せろ」

 

二人の声が重なった。

 

「息ぴったりじゃねぇか」

 

バンが声を上げて笑う。

 

アルフィアはこめかみを押さえた。

 

「不快な笑い声まで響かせるな。ここが戦場なら、とうに頭ごと吹き飛ばしている」

 

「怖ぇ怖ぇ」

 

砂船は乾いた大地を滑り続けた。

 

進むにつれて、遠くに見えていた緑は輪郭を増していく。

 

大きな泉を中心として、日干し煉瓦や白い石で築かれた建物が幾重にも広がっていた。

 

背の高いナツメヤシが風に揺れ、その外側を低い城壁が囲っている。

 

壁の前には大小さまざまな隊商が列を作っていた。

 

荷を背負った駱駝。

 

巨大な角を持つ荷役獣。

 

砂漠の熱を防ぐ外套をまとった商人。

 

護衛らしき冒険者たち。

 

街へ入る者と、これから砂漠へ旅立つ者が、絶え間なく行き交っている。

 

「オアシス交易都市リオードだ」

 

船頭が告げた。

 

「イスラファン北端にある、カイオス砂漠有数の交易地だ。東西南北から隊商が集まる。水、食料、薬、武器、珍しい品――金さえあれば、大抵のものは手に入る」

 

「酒もか?」

 

バンが間を置かずに尋ねる。

 

「もちろんだ。リオードの酒を飲まずに街を出る奴は、泉を前にして干からびる愚か者だと言われている」

 

「そいつは楽しみだな」

 

「お前は飲むな」

 

アルフィアが即座に言った。

 

「まだ何も飲んでねぇぞ」

 

「飲むつもりだから言っている。薬を服用している身で酒を欲しがるとは、愚鈍にもほどがある」

 

「水で薄めりゃ平気だろ」

 

「頭まで損傷したのか?」

 

「元からこういう性格だ」

 

ザルドが言う。

 

「ザルド、余計な雑音を重ねるな」

 

「事実だろう」

 

「事実でも口にする必要はない」

 

「オレより扱いが酷くねぇか?」

 

「当然だ。ザルドは私の世話をするために存在している」

 

「初耳だぞ」

 

「今、教えてやった。光栄に思え」

 

「はいはい」

 

「返事が軽い」

 

アルフィアの目が細くなる。

 

だが、本気で怒ってはいないらしい。

 

ザルドもそれを分かっているのか、まるで気にしていなかった。

 

砂船は隊商の列へ加わり、ゆっくりと門へ近づいていく。

 

門の前では、槍と曲刀で武装した衛兵たちが荷物を確認していた。

 

ベヒーモスが討伐された知らせは、すでにここにも届いているようだった。

 

門の脇には、大きな文字で陸の王者討伐を知らせる布告が張られている。

 

だが、討伐した者たちの名や姿までは伝わっていない。

 

衛兵はバンたちを負傷した冒険者の一行と判断し、簡単な確認を済ませて通行を許可した。

 

門をくぐった瞬間、乾いた風に無数の匂いが混じった。

 

香辛料。

 

焼いた肉。

 

甘い果実。

 

薬草。

 

革製品。

 

荷役獣の体臭。

 

そして何より、冷たい水の匂い。

 

「へぇ」

 

バンが感嘆の声を漏らす。

 

大通りの先には、太陽の光を反射する大きな泉が広がっていた。

 

オアシスから引かれた水路が街の中を走り、乾いた石畳の横を透き通った水が流れている。

 

水辺にはナツメヤシが生い茂り、その木陰では旅人たちが休んでいた。

 

「水が道を流れてやがる」

 

「この街にとって水は、金銀より価値のある財産だ」

 

船頭が答える。

 

「この泉が一年中枯れないから、隊商が集まる。隊商が集まれば品物が集まり、品物が集まれば人と金が集まる。それがリオードだ」

 

大通りには異なる文化を持つ者たちが入り乱れていた。

 

砂漠の民。

 

ヒューマンの商人。

 

獣人の護衛。

 

小人族の職人。

 

長い耳を頭布で隠したエルフ。

 

建物の間には赤、青、黄色の布が張られ、強い日差しを遮っている。

 

地面へ落ちる色鮮やかな影の下では、露天商が声を張り上げていた。

 

「気に入らんな」

 

アルフィアが小さくつぶやく。

 

「何がだ?」

 

「音だ。商人の呼び声、獣の鳴き声、車輪の軋み、人間どもの笑い声。異なる音が無秩序に重なっている。不協和音の見本だな」

 

「賑やかでいいじゃねぇか」

 

「お前の感性を基準に語るな。静寂に勝る音楽など存在しない」

 

「酒場の音は結構好きだけどな、オレ」

 

「聞いていない」

 

砂船が宿の前で止まった。

 

バンは左手を使い、軽やかに地面へ飛び降りる。

 

着地した瞬間、右肩に鈍い痛みが走った。

 

わずかに眉が動く。

 

「無駄に格好をつけるな」

 

アルフィアはそれを見逃さなかった。

 

「痛みを隠したところで傷が消えるわけではない。愚者の虚勢ほど醜いものはないぞ」

 

「これぐらい平気だって」

 

「平気かどうかを決めるのはお前ではない。治るまで右腕を動かすな」

 

「お前も人のこと言えねぇだろ」

 

「私とお前を同列に置くな」

 

そう言ってアルフィアは身体を起こし、砂船から降りようとした。

 

しかし足へ力を入れた途端、身体がわずかに揺れる。

 

ザルドがすぐに腕を伸ばした。

 

「触るな」

 

「落ちるぞ」

 

「この程度、一人で歩ける」

 

「歩けていない」

 

「手を放せ、ザルド」

 

「宿までだ」

 

ザルドはアルフィアの言葉を無視し、その細い身体を軽々と抱き上げた。

 

アルフィアの表情が凍りつく。

 

「ザルド」

 

「なんだ」

 

「今すぐ降ろせ」

 

「断る」

 

「三度目はない。降ろさなければ、貴様の耳障りな心音を永遠に止める」

 

「止められる体調になってから言え」

 

「私を侮るな」

 

「暴れるな。落とすぞ」

 

「貴様が落ちろ」

 

周囲の商人たちが、恐る恐る二人へ視線を向ける。

 

バンはその様子を見て笑った。

 

「だったらオレが運んでやろうか?左腕しか使えねぇけどよ」

 

「お前に運ばれるくらいなら、砂漠を這って進む方がましだ」

 

「そこまで言うか?」

 

「当然だ」

 

「じゃあザルドで我慢しろよ」

 

「我慢している。この男が愚鈍でなければ、そもそも必要のない苦行だ」

 

「俺のせいにするな」

 

「口答えするな。宿までさっさと運べ」

 

「はいはい」

 

「返事が軽いと言ったはずだ」

 

ザルドは小言を聞き流しながら宿へ入った。

 

それに続こうとしたバンへ、船頭が小声で尋ねる。

 

「あの女性は、いつもああなのか?」

 

「ああ。今日は大人しい方だぜ」

 

船頭の顔が引きつった。

 

宿へ入った三人は、まず常駐している治療師の診察を受けた。

 

バンは骨が順調につながっているが、右腕の使用は禁止。

 

ザルドは毒を抜く薬を飲み、刺激の強い料理を避けること。

 

アルフィアは数日間、可能な限り寝台から出ないことを命じられた。

 

診察を終えた老治療師は、三人を順番に見回した。

 

「それから、酒は禁止です」

 

椅子に座っていたバンの笑顔が消える。

 

「全員?」

 

「全員です」

 

「一杯も?」

 

「駄目です」

 

「水で薄めたら?」

 

「駄目です」

 

「見るだけなら――」

 

「お前は必ず飲む。諦めろ」

 

アルフィアが切り捨てた。

 

「まだ分かんねぇだろ」

 

「分かる。お前の思考は単純すぎる。読む価値すらない」

 

「アルフィア殿も、病状が悪化する可能性がありますので、絶対に飲まないでください」

 

治療師が念を押す。

 

アルフィアの目が鋭くなった。

 

「私に指図するな」

 

「ですが――」

 

「酒などという下等な液体に興味はない。無用な忠告を重ねるな、雑音が増える」

 

「は、はい……」

 

治療師は怯えたようにうなずき、部屋を出ていった。

 

扉が閉まる。

 

少しの沈黙の後、バンがザルドを見る。

 

「なあ」

 

「駄目だ」

 

「まだ何も言ってねぇぞ」

 

「酒なら駄目だ」

 

「お前まで治療師側かよ」

 

「俺も薬がある」

 

「意気地なしだな」

 

「お前に言われる筋合いはない」

 

「好きに飲めばいい」

 

アルフィアが寝台へ身体を横たえながら言った。

 

「おっ、いいのか?」

 

「ただし、傷が腐っても私の前で泣き喚くな。苦鳴ほど耳障りな雑音はない」

 

「……やっぱやめとくわ」

 

即答したバンを見て、ザルドが鼻を鳴らす。

 

「意気地なしめ」

 

「お前も飲まねぇだろうが」

 

「俺は自制しているだけだ」

 

「同じじゃねぇか」

 

「黙れ」

 

夕刻になると、窓の外から香ばしい匂いが漂ってきた。

 

宿の前へ屋台が並び、夕食の準備が始まったらしい。

 

炭火の上では、小型のトカゲ型モンスターが丸ごと串へ刺され、ゆっくりと回されている。

 

焼けた皮から脂が落ちるたびに、炭が音を立てて炎を上げた。

 

「あれは何だ?」

 

ザルドが窓の外へ目を向ける。

 

荷物を運び込んでいた宿の主人が答えた。

 

「砂漠トカゲの丸焼きです。この辺りではよく食べられていますよ」

 

「トカゲを食うのか」

 

バンも窓から屋台を覗く。

 

「皮は硬いですが、時間をかけて焼くと中の肉は白く、鶏肉に似た味になります。岩塩と砂漠の香草を振るだけで、十分おいしいですよ」

 

「三匹買え」

 

ザルドが即座に言った。

 

「お前、急に元気になったな」

 

「食事は身体を作る」

 

「食えると分かったら何でも口に入れやがる」

 

「食えるかどうかは、口に入れてから決めればいい」

 

「その考え方でよく今まで生きてきたな」

 

ザルドは答えず、寝台のアルフィアを見る。

 

「お前も食え」

 

「いらん」

 

「朝からほとんど食べていない」

 

「食欲がないと言っている」

 

「少しでいい」

 

「しつこい男だな」

 

「食べなければ治らん」

 

アルフィアが冷たくザルドを睨む。

 

「貴様はいつから治療師になった」

 

「お前の世話を任されてからだ」

 

「私は任せた覚えなどない」

 

「だが俺がいなければ、食事も用意しないだろう」

 

「必要なら用意する」

 

「必要になるまで食べない」

 

「……余計な知恵だけは回るな」

 

しばらくして、アルフィアは諦めたように目を閉じた。

 

「一口だけだ。それ以上勧めれば、料理ごと吹き飛ばす」

 

「それでいい」

 

三人は一階の食堂へ移動した。

 

店内には多くの旅人が集まり、長旅を終えた開放感から、あちこちで笑い声が上がっていた。

 

料理とともに運ばれているのは、透明に近い淡い琥珀色の酒だった。

 

細長い瓶から器へ酒を注ぎ、冷たい井戸水を数滴加える。

 

その瞬間、透き通っていた酒が乳白色へ変わった。

 

「うわっ!?」

 

近くの卓にいた若い冒険者が、大きく目を見開いた。

 

「酒が白くなったぞ!?大丈夫なのか、これ!」

 

周囲の客たちがどっと笑う。

 

「初めてリオードへ来た奴は、みんな同じ顔をするな!」

 

「安心しろ、毒じゃない!」

 

酒を運んだ女店員も笑いながら説明した。

 

「リオード名物の『砂漠の霧酒』です。酒に溶け込んでいる香草の油が、井戸水を加えると細かく広がって白くなるんですよ」

 

若い冒険者は、乳白色になった酒を恐る恐る口へ運んだ。

 

次の瞬間、目を見開き、激しく咳き込む。

 

「つ、強っ……!喉が焼ける!」

 

「だから気をつけろと言っただろう!」

 

再び店内へ笑い声が広がる。

 

酒からは、アニスに似た甘い香りと砂漠の薬草の匂いが漂っていた。

 

第一印象は薬にも近い。

 

だが、その奥には鼻を通り抜ける鋭い爽快感がある。

 

「絶対うまいぜ、あれ」

 

バンが未練がましく酒を見つめる。

 

「見るな。欲望が顔に出ている」

 

「一口ぐらい平気じゃねぇか?」

 

「平気だと判断する根拠を述べてみろ」

 

「気分?」

 

「話にならんな」

 

アルフィアが冷たく切り捨てた。

 

やがて三人の前へ、砂漠トカゲの丸焼きが運ばれてきた。

 

表面の皮は濃い褐色に焼き上がり、岩塩と刻んだ香草がたっぷりと振られている。

 

主人がナイフを入れると、硬い皮の内側から湯気とともに白い肉が現れた。

 

バンは左手だけで器用に肉をちぎり、口へ運ぶ。

 

「おっ」

 

引き締まった肉を噛むと、中から熱い肉汁があふれた。

 

見た目に反して臭みはない。

 

確かに鶏肉に近いが、それより歯応えがあり、濃い旨味がある。

 

強めの岩塩と、爽やかな香草の香りがよく合っていた。

 

「うめぇな、これ」

 

ザルドも大きく肉を切り取り、口へ入れる。

 

「悪くない」

 

「お前がそう言うなら相当だな」

 

「皮も食える」

 

ザルドは硬く焼けた皮まで噛み砕き始めた。

 

ばりばりという音に、宿の主人が驚いた顔をする。

 

「それ、普通は残す部分なんですが……」

 

「食える」

 

「そりゃ食えるだろうけどよ」

 

アルフィアは目の前へ置かれた小さな肉片を見つめた。

 

「随分と野蛮な姿だな」

 

「見た目で判断すんなよ。うまいぜ」

 

「お前に美食を語る資格があると思っているのか」

 

「ザルドよりはあるだろ」

 

「俺は料理もできる」

 

「そういやそうだったな」

 

「食べろ、アルフィア」

 

「命令するな」

 

「冷めるぞ」

 

「……一口だけだ」

 

アルフィアは小さく切り分けられた肉を口へ運んだ。

 

ゆっくりと咀嚼し、わずかに目を細める。

 

「どうだ?」

 

ザルドが尋ねる。

 

「香草が強すぎる。岩塩も粗雑だ。火の入れ方にもムラがある」

 

「つまり?」

 

「食べられないとは言っていない」

 

そう言って、アルフィアは二口目へ手を伸ばした。

 

バンがにやりと笑う。

 

「気に入ったんじゃねぇか」

 

「違う。食材そのものに罪はない。調理の欠点を確認しているだけだ」

 

「三口目に行ってるぜ」

 

「黙れ。食事中の雑音は消化を妨げる」

 

続いて、浅い大皿へ盛られた黄色い粒状の料理が運ばれてきた。

 

蒸した細かな穀物に豆、焼いた野菜、香草、干し果実を混ぜた『砂漠の恵みのクスクス』。

 

さらに、大きな土壺の蓋が開かれる。

 

中ではモンスター肉と根菜が、澄んだ脂を浮かべながら煮込まれていた。

 

リオード名物、モンスター肉の岩塩ツボ煮込み。

 

壺の中で長時間煮込まれた肉は、匙を入れるだけでほぐれるほど柔らかい。

 

クスクスの上へ肉を乗せ、濃い煮汁をかけて食べる。

 

岩塩の強い塩気を、豆の素朴な甘さと干し果実の風味が和らげていた。

 

「こいつもうめぇな」

 

バンが夢中で食べ進める。

 

「砂漠じゃ塩が濃い方がいいのか」

 

「汗で失った塩分を補うためでしょうね」

 

宿の主人が説明する。

 

ザルドは黙々と大皿を空にしていた。

 

「お前、毒で弱ってんだよな?」

 

「食欲はある」

 

「見りゃ分かるよ」

 

アルフィアも、温かな煮汁を少しずつ口へ運んでいる。

 

最初は一口だけと言っていたが、いつの間にか小さな器の半分ほどを食べ終えていた。

 

ザルドはそれを横目で確認したが、何も言わなかった。

 

余計なことを口にすれば、アルフィアが意地になって食べるのをやめると分かっているのだろう。

 

やがて食事を終え、バンは椅子の背へ深くもたれた。

 

「ここへ来て正解だったな」

 

窓の外では、沈み始めた太陽が街を赤く染めている。

 

オアシスの水面へ橙色の光が揺れ、露店には次々と明かりがともり始めていた。

 

「水もある。飯もうまい。砂船と違って寝床も揺れねぇ」

 

「しばらくはここで休む」

 

ザルドが言った。

 

「アルフィアの熱が完全に下がり、お前の腕が使えるようになるまでだ」

 

「お前の毒が抜けるまで、の間違いだろ?」

 

「俺は動ける」

 

「オレも動けるぜ」

 

「片腕を吊ったまま何を言っている」

 

「左だけでも、大抵の奴には勝てる」

 

「そういう話ではない」

 

ザルドが眉をひそめる。

 

アルフィアは器を置き、二人を冷ややかに見た。

 

「聞き苦しい強がりを競うな。二人とも満身創痍だ。己の状態すら理解できない愚か者が、戦場に立つ資格などない」

 

「お前が一番重症だろ」

 

バンが言う。

 

「黙れ。私は自分の限界を理解している」

 

「限界を分かってて越えるのが、お前じゃねぇか」

 

「必要であれば越える。だが今は、その必要がない」

 

アルフィアは窓の外へ視線を向けた。

 

賑やかな街の灯りが、灰色の瞳に映る。

 

「今は休め。傷を治し、力を戻せ。次の戦場で無様な雑音を響かせるつもりがないのならな」

 

「そいつは、お前自身にも言ってんのか?」

 

バンが尋ねる。

 

アルフィアはわずかに目を細めた。

 

「愚問だ」

 

それだけ答えると、彼女は席を立とうとした。

 

だが、足元がわずかに揺れる。

 

ザルドが無言で身体を支えた。

 

「触るな」

 

「部屋まで運ぶ」

 

「歩ける」

 

「歩けていない」

 

「貴様は同じ言葉しか話せないのか。知性の欠如を疑うぞ」

 

「言葉を変える必要がないからだ」

 

「……不愉快な男だ」

 

アルフィアは抵抗を諦めたらしく、ザルドの腕を払いのけなかった。

 

バンは二人の後ろ姿を眺めながら、楽しそうに笑う。

 

「やっぱ仲良しじゃねぇか」

 

アルフィアが振り返る。

 

「バン」

 

「なんだ?」

 

「次にその言葉を口にした瞬間、今度こそ口を閉じられない身体にしてやる」

 

「へいへい」

 

「返事が軽い」

 

静かな休息とはほど遠い。

 

それでも、ベヒーモスとの死闘を越えた三人にとって、この騒がしさは決して不快なものではなかった。

 

少なくとも、今この瞬間だけは。

 

オアシス交易都市リオードの夜は、まだ始まったばかりだった。




最後までお読みいただき、ありがとうございます。

今回はベヒーモス戦後の休息として、リオードへの到着と三人の食事風景を描きました。

リオード名物として登場したのは、水を加えると乳白色に変わる「砂漠の霧酒」、屋台の「砂漠トカゲの丸焼き」、そして「砂漠の恵みのクスクス」と「モンスター肉の岩塩ツボ煮込み」です。

特に、重傷を負っていても酒を諦めきれないバン、料理が関わると途端に反応が早くなるザルド、文句を言いながらもきちんと食べるアルフィアという、それぞれの性格が出るよう意識しました。
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