巨大な毒針が、地下空間を貫いた。
空気が押し潰され、耳をつんざく轟音へ変わる。
アンタレスの尾が振り下ろされる寸前、バンは石床を蹴っていた。
赤いコートが翻る。
その直後。
バンが立っていた場所へ、紫黒い毒針が突き刺さった。
衝撃とともに石床が陥没する。
放射状に走った亀裂が地下空間を横断し、砕けた岩が弾丸のように飛び散った。
バンは左手のクレシューズを旋回させる。
飛来した石片だけを正確に打ち落としながら、崩れかけた柱の側面へ着地した。
「危ねぇな」
毒針は、ただ地面へ突き刺さっただけではなかった。
針の周囲から、紫黒い筋が石床へ染み出していく。
それは亀裂へ潜り込み、瞬く間に黒い根へ変わった。
一本。
十本。
数え切れない根が石の下を這い、地下空間の四方へ広がっていく。
根が触れた場所から、色が失われた。
亀裂の間に生えていた苔が干からびる。
岩陰に潜んでいた小さな虫が動きを止める。
わずかに残っていた大地の力さえ、根に吸い上げられていく。
奪われたものは紫色の光へ変わり、毒針から長い尾を伝ってアンタレスの巨体へ戻った。
砕けていた甲殻の亀裂が、ゆっくりと閉じ始める。
「刺した相手からだけじゃねぇのかよ」
あの毒針は、獲物を貫くためだけの武器ではない。
大地へ根を打ち込み、周囲一帯をアンタレスの餌場へ変えるための杭。
子供たちを失ったアンタレスは、今度は遺跡そのものから力を奪おうとしていた。
――ドクン。
巨大な鼓動が響く。
アンタレスの背から伸びた結晶が、先ほどよりも強く明滅した。
神器解放は、まだ続いている。
クレシューズの特性である超集中力によって、地下空間を巡る力の流れが鮮明に捉えられていた。
毒針から大地へ。
大地から黒い根へ。
黒い根からアンタレスの巨体へ。
すべてが一本の流れとして繋がっている。
だが、その力を読み取るほど、バンの左腕へ負担が積み重なっていく。
片腕だけで神器を解放し、死神の一薙ぎまで放った直後だ。
指先は痺れ、肩の筋肉は熱を持っている。
吊られた右腕の傷も、先ほどの衝撃で再び痛み始めていた。
「長引かせると、こっちが面倒だな」
バンが呟く。
アンタレスの巨大な眼が、柱の上に立つ赤い旅人を捉えた。
次の瞬間。
二つの大鋏が大きく開いた。
黒い甲殻が擦れ合い、岩を引きずるような音を立てる。
右の鋏が、石床を削りながら横薙ぎに振るわれた。
バンは柱を蹴った。
頭上を巨大な鋏が通過する。
巻き起こった風圧だけで柱が根元から砕け、粉々になって吹き飛んだ。
バンは空中でクレシューズを振るう。
鋭い先端をアンタレスの鋏へ巻きつけ、その勢いを利用して巨体の上へ飛んだ。
「力任せだな」
甲殻へ足をつく。
アンタレスの前脚が跳ね上がり、バンを振り落とそうとする。
だが、その動きはすでに読めていた。
甲殻の下で筋肉が収縮する位置。
巨体の重心。
脚が動き始める瞬間。
バンは足場が傾く直前に跳び、前脚をかわした。
そのままアンタレスの頭部へ迫る。
狙うのは、巨大な眼。
クレシューズの先端が一直線に伸びる。
だが、眼へ届く直前。
甲殻の隙間から無数の黒い根が噴き出した。
一本目を貫く。
二本目を裂く。
しかし、さらに後ろから太い根が重なり、クレシューズの進路を塞いだ。
別の根がバンの左脚へ巻きつく。
「ちっ」
冷たい感覚が皮膚を走った。
根が触れた場所から、熱と力が引き抜かれていく。
先ほどアンタレスの子供たちから奪った身体能力。
バン自身の生命力。
それらが根を通じ、アンタレスへ流れ始める。
バンはクレシューズを引き戻そうとした。
だが、武器へも何重もの根が巻きついている。
動きを封じ。
身体へ触れ。
そのまま獲物を干からびさせる。
アンタレスの結晶が、紫黒い光を強めた。
「オレから盗ろうってか」
バンの口元が上がる。
黒い根は、バンとアンタレスを繋いでいる。
向こうから奪えるということは。
こちらからも、流れへ手をかけられる。
バンはクレシューズを握ったまま、《強奪》を根の内側へ滑り込ませた。
「身体狩り《フィジカルハント》」
奪う流れと、奪う流れが正面から衝突した。
地下空間の空気が激しく震える。
アンタレスは根を通じ、バンの生命力を引き抜こうとする。
バンは同じ根を辿り、アンタレスの身体能力へ手をかける。
巨大な尾を振るう力。
大鋏を閉じる力。
六本の脚で巨体を支える力。
大地へ根を張り、自らを固定する力。
あまりにも膨大だった。
一つの肉体が持っているとは思えないほど、重い。
アンタレス自身の力だけではない。
これまで子供たちが運んできた生命。
砂漠の獣。
隊商の人間。
大地。
名も分からない無数の生き物。
奪い集めた力が混ざり合い、濁流となってアンタレスの体内を巡っていた。
「欲張りやがって……!」
流れへ触れた瞬間、バンの左腕が軋んだ。
自分の器へ入りきらないほどの力。
無理にすべてを奪おうとすれば、アンタレスより先にバンの肉体が壊れる。
アンタレスはそれを察したのか、黒い根をさらに増やした。
腰。
胸。
左腕。
何本もの根がバンの身体へ絡みつく。
熱が奪われる。
呼吸が重くなる。
右腕の傷から滲んでいた血が、逆らうように根へ引かれていった。
奪い。
奪われる。
二つの力が一本の流れを取り合い、地下空間の中央でぶつかり続ける。
アンタレスの眼が細くなる。
長い年月をかけ、数え切れない生命を餌にしてきた怪物。
奪い合いで自分が負けるなど、考えていないのだろう。
「勘違いすんなよ」
バンは歯を見せて笑った。
「オレは、全部欲しいわけじゃねぇ」
膨大な生命力はいらない。
混ざり合った魔力もいらない。
大地から奪った力も必要ない。
欲しいものだけを選ぶ。
アンタレスが甲殻を維持するために使っている力。
外殻の形を保ち。
衝撃を分散し。
巨大な身体を守っている力。
そこへ《強奪》を集中させる。
「それだけ貰うぜ」
黒く輝いていた甲殻から、色がわずかに抜けた。
表面に細い亀裂が走る。
硬度そのものをバンの身体へ移すのではない。
甲殻を支えている力を奪い、守りを内側から崩す。
亀裂は一本から二本へ。
さらに枝分かれし、アンタレスの頭部へ広がっていく。
怪物の巨体が大きく揺れた。
黒い根の締めつけが一瞬だけ緩む。
「貰ったぜ」
バンは奪った力を左腕と両脚へ回した。
身体を捻る。
巻きついていた根が引き伸ばされ、数本が途中から引きちぎれた。
同時にクレシューズを振るい、残った根を切り裂く。
紫色の液体が噴き出した。
拘束から抜けたバンは、アンタレスの頭部へ着地する。
足元の甲殻には、身体狩りによって作られた亀裂が残っていた。
「硬ぇ殻も、中から崩せば同じだな」
クレシューズを短く持ち替える。
鋭い先端を亀裂へ合わせた。
振り下ろす。
轟音。
甲殻が大きく砕けた。
紫色の液体が隙間から噴き出し、アンタレスの巨体が跳ね上がる。
直後。
咆哮が地下空間を襲った。
声ではない。
身体全体から放たれた衝撃波。
空気が歪み、砕けた石と黒い根が一斉に吹き飛ぶ。
バンの身体も甲殻から弾き出された。
「ぐっ……!」
左手のクレシューズを遠くの柱へ巻きつける。
鎖が伸びきる。
バンは宙で強引に軌道を変え、崩れかけた柱の側面へ足をついた。
それでも衝撃を殺しきれない。
柱へ長い亀裂が走り、バンの口元から血が一筋流れた。
「やっと本気になったか」
アンタレスの巨大な眼に、初めて明確な警戒が宿っていた。
目の前にいる男は、ただ力を奪われるだけの獲物ではない。
同じように。
いや、自分以上の精度で、必要なものだけを奪う存在。
アンタレスの背にある結晶が一斉に輝いた。
地下空間の壁。
天井。
石床。
残っていた黒い根が、すべて鎌首をもたげる。
次の瞬間。
数百本もの根が、柱の上にいるバンへ殺到した。
「数頼みは子供と同じだな」
バンは柱を蹴る。
最初の根をかわし、二本目をクレシューズで弾く。
三本目の上へ着地。
根そのものを足場にして走る。
右から迫った根へ聖棍の先端を突き刺し、反動で左へ跳んだ。
赤いコートの裾を、別の根がかすめる。
布の端から色が抜け、乾いた紙のように崩れ落ちた。
「服まで食うんじゃねぇよ」
さらに十本。
前方を塞ぐように、根が壁を作る。
バンはクレシューズを高速で旋回させた。
「死神の一薙ぎ《アサルトハント》!」
聖棍が唸る。
広く、不規則な軌道を描いた連撃が、迫る根をまとめて切り裂いた。
正面。
左右。
頭上。
クレシューズの節が次々と角度を変え、根の束を異なる方向から打ち砕く。
紫黒い結晶が割れる。
根が千切れる。
アンタレスへ繋がっていた力の流れが、何本も途切れた。
だが。
バンが根を薙ぎ払った、その直後。
アンタレスの巨大な尾が動いた。
「頭も回るじゃねぇか」
死神の一薙ぎが終わり、クレシューズの回転が僅かに緩む瞬間。
そこを狙っていた。
紫黒い毒針が、バンの胸へ一直線に迫る。
正面から受け止めれば、先ほど指先へ伝わった威力では済まない。
たとえ身体狩りで尾の筋力を削っても、完全に止められる保証はなかった。
バンは避ける。
だが、ただ横へ逃げるのではない。
クレシューズの先端を毒針へ巻きつける。
四節棍が尾の側面を滑り、鎖が何重にも絡んだ。
「身体狩り《フィジカルハント》」
狙うのは、尾を振り抜くための力。
毒針そのものではない。
アンタレスの尾を動かす筋力を、衝突の直前に奪う。
尾の速度が僅かに落ちた。
バンは左腕を引き、クレシューズを通して毒針の軌道を横へ逸らす。
紫黒い針が、バンの脇腹すれすれを通過した。
赤いコートが裂ける。
針先は皮膚を深く抉らなかった。
だが、触れた一瞬。
身体の内側から生命力を引きずり出す冷たい感覚が走った。
「がっ……!」
バンの姿勢が崩れる。
毒針はそのまま背後の壁へ突き刺さった。
黒い根が一斉に広がろうとする。
同時に、脇腹へ残った紫黒い力が、バンの生命をアンタレスへ運び始めた。
傷口から血が滲む。
熱が抜ける。
視界の端が僅かに暗くなった。
「そう何度も……」
バンはクレシューズの鎖を毒針へ巻きつけたまま、左手へ力を込める。
「盗らせるかよ!」
毒針を通じて流れていた力へ、《強奪》をぶつけた。
バンの生命力を運ぶ流れが止まる。
さらに逆向きへ辿る。
毒針の内部。
根を生み出し、生命を吸収する力が集まっている一点。
超集中力が、その位置を捉えた。
直接は見えない。
厚い甲殻の内側に隠された、小さな結晶。
毒針へ力を供給するための核。
クレシューズを握る左手の指が、ゆっくりと締まる。
「獲物狩り《フォックスハント》」
見えない手が、毒針の内側へ伸びた。
結晶へ触れる。
引く。
だが、簡単には動かない。
尾の内部を走る根と繋がり、アンタレス本体から強い力を送られている。
「これくらいなら……!」
バンが《強奪》を強める。
毒針の甲殻へ亀裂が走った。
紫色の光が漏れる。
次の瞬間。
小さな結晶が甲殻を突き破り、外へ飛び出した。
結晶はクレシューズの鎖に引かれるように、バンの目の前へ運ばれる。
バンは聖棍を振るった。
四節棍の一つが、空中の結晶を正確に打ち砕く。
紫黒い光が弾けた。
毒針から力が抜ける。
地面へ広がり始めていた黒い根が、途中で萎んだ。
アンタレスの尾が激しく痙攣する。
「一つ、剥がしたぜ」
バンはクレシューズの鎖を引いた。
毒針から聖棍が外れる。
その反動を利用し、尾の上へ飛び乗った。
巨大な尾を駆ける。
アンタレスの背中へ。
途中、黒い根が進路を塞ぐ。
クレシューズが一閃。
一本目を裂き、二本目をかわす。
紫黒い結晶の上へ足をつき、さらに前へ跳ぶ。
アンタレスの大鋏が振り上げられた。
バンを挟み潰そうと、左右から迫る。
超集中力が、その軌道を捉える。
閉じる瞬間。
僅かに残された隙間。
バンはそこへ身体を滑り込ませた。
二つの鋏が、背後で激突する。
衝撃波が赤いコートを揺らした。
「惜しかったな」
バンはアンタレスの頭部へ着地した。
先ほど砕いた甲殻の亀裂。
だが、すでに黒い根が集まり、傷口を塞ごうとしている。
「また隠すのかよ」
クレシューズを突き立てる。
根を貫き、亀裂の奥へ押し込む。
アンタレスの巨体が暴れた。
バンは聖棍を足場のように使い、左手一本で身体を支える。
その状態のまま、《強奪》をアンタレスの内部へ流した。
全部は奪わない。
今度の狙いは、脚。
大鋏。
尾。
巨体を支えている主要な筋力。
「身体狩り《フィジカルハント》」
アンタレスの巨体が沈んだ。
六本の脚が石床へ深くめり込む。
持ち上がっていた鋏が下がる。
尾が力なく床へ落ち、地下空間全体を揺らした。
銀色の鎖が、再びアンタレスの甲殻へ食い込む。
バンの身体へ、巨獣の力が流れ込んだ。
左腕の筋肉が軋む。
脚へ力が満ちる。
呼吸が一瞬止まりそうになるほど、重い。
「量が違ぇな……!」
奪いすぎれば危険だ。
自分の身体へ入りきらない。
そう分かっていても、アンタレスの動きを止めるためには、一定量を奪う必要がある。
バンの脇腹から血が流れる。
吊られた右腕の傷も開き、布が赤く染まり始めた。
それでも《強奪》を緩めない。
アンタレスも抵抗する。
甲殻の亀裂から根を伸ばし、バンの身体へ巻きつけようとする。
奪われた力を取り戻すため。
あるいは、バンの生命ごと飲み込むために。
バンは根をクレシューズの節で払いながら、アンタレスの巨大な眼を見下ろした。
「どっちが先に空になるか、勝負するか?」
笑うバンへ、アンタレスの眼が紫黒く輝く。
その直後。
地下空間の流れが変わった。
「……あ?」
アンタレスは、バンから力を奪い返そうとしているのではない。
残っている力を、一か所へ集め始めていた。
外の大地から奪った力。
子供たちが蓄えた生命。
黒い根に残った魔力。
巨体を動かすための力まで。
すべてが胴体の奥へ流れていく。
紫黒い光が、甲殻の隙間から漏れ出した。
鼓動が速くなる。
――ドクン。
――ドクン。
――ドクン。
アンタレスを拘束していた銀色の鎖が、激しく明滅した。
『……核……』
掠れた声が、バンの頭へ響く。
『……あれを……壊せ……』
「ようやく教えてくれたな」
バンはクレシューズを通じ、アンタレスの内部を巡る力を探った。
胴体の奥。
幾重もの甲殻。
絡み合った黒い根。
周囲に埋め込まれた結晶。
そのすべてに守られた中心。
巨大な結晶核が脈打っている。
子供たちを生み出し。
大地から生命を吸い。
封印を内側から侵食し続けてきた力の源。
だが、深すぎる。
毒針の核とは比べものにならない。
アンタレスの身体だけではなく、地下空間を覆う根や遺跡の地脈とまで繋がっている。
獲物狩りで核そのものを引き抜こうとすれば、反動でバンの身体が壊れる。
下手をすれば、封印を支える遺跡ごと崩しかねない。
「丸ごとは無理か」
ならば。
核を奪うのではない。
核を守り、周囲へ繋ぎ止めているものを奪う。
バンは身体狩りを止めた。
奪った力を両脚へ集める。
アンタレスの頭部を蹴り、上空へ跳んだ。
その直後。
力を取り戻したアンタレスが大鋏を振り下ろす。
バンは空中でクレシューズを振るい、鋏の側面へ先端を巻きつけた。
身体を引く。
落下の軌道が変わる。
巨大な鋏が、アンタレス自身の頭部へ叩きつけられた。
轟音。
身体狩りによって弱くなっていた甲殻が、大きく砕ける。
亀裂の奥から、紫黒い光が噴き出した。
「力はあるけど、使い方が雑なんだよ」
バンは砕けた甲殻へ着地する。
超集中力によって、亀裂の奥が見えた。
巨大な結晶核。
ただし、その全貌はまだ黒い根に覆われている。
太い根が五本。
いや、六本。
核を周囲の甲殻と地面へ固定し、力を送り込んでいる。
さらに、根の根元には小型の紫黒い結晶が埋め込まれていた。
核そのものではない。
核を守るための留め具。
それなら奪える。
「まずは周りからだ」
バンはクレシューズを振るった。
聖棍の先端が、襲いかかる黒い根を打ち払う。
同時に《強奪》の狙いを絞る。
一つ目。
左側の根へ力を送る結晶。
「獲物狩り《フォックスハント》」
紫黒い結晶が根を突き破り、外へ飛び出した。
クレシューズの一節が空中でそれを砕く。
一本目の根が萎む。
二つ目。
アンタレスの背へ繋がる結晶。
見えない手が奥へ伸びる。
だが、アンタレスの力が押し返してくる。
バンの左腕へ激痛が走った。
「ぐっ……!」
獲物狩りの力が弾かれる。
指先の皮膚が裂け、血がクレシューズの柄へ流れた。
簡単には奪わせない。
アンタレスが核を守るため、すべての力を周囲の結晶へ集めている。
「抵抗すんじゃねぇよ」
バンは歯を食いしばり、もう一度《強奪》を伸ばす。
今度は正面から引かない。
根の中を流れる力が一瞬弱まる時を待つ。
アンタレスの鼓動。
力が核へ戻る瞬間。
その僅かな隙間へ、見えない指を滑り込ませた。
「そこだ」
結晶が引き抜かれる。
クレシューズが打ち砕く。
二本目の根が力を失った。
三本目。
四本目。
一つずつ。
巨大な核へ直接手をかけるのではなく、それを守る結晶だけを正確に盗む。
だが、結晶を失うたび、アンタレスの抵抗は激しくなった。
黒い根がバンへ殺到する。
大鋏が左右から迫る。
毒針の力を失った尾も、巨大な鞭として頭上から振り下ろされた。
バンは砕けた甲殻の上を走る。
根をかわし。
鋏の間を抜け。
尾が落ちる直前に、クレシューズを別の結晶へ突き刺す。
「獲物狩り《フォックスハント》!」
五つ目の結晶が抜けた。
五本目の根が崩れ落ちる。
残るのは一本。
核の下から伸び、遺跡のさらに深い場所へ繋がっている最も太い根。
その根だけは、補助の結晶を持っていなかった。
核と大地を直接繋いでいる。
力を奪うことはできる。
だが、根そのものを引き抜けば、地下空間全体が崩れる危険がある。
「最後は盗れねぇか」
『……断て……』
銀色の声が響く。
バンは巨大な核を見る。
周囲を覆っていた根は失われ、紫黒い結晶の大部分が露出していた。
だが、下部に残る一本の太い根から、今も大地の力が流れ込んでいる。
アンタレスが咆哮した。
地下空間が大きく揺れる。
残った力をすべて使い、核の周囲へ新しい根を伸ばそうとしている。
時間はない。
ここで核を壊すには、まだ早い。
大地へ繋がったまま破壊すれば、行き場を失った力が暴発する可能性がある。
まず、最後の根を切り離す。
アンタレスと封印。
そして大地の流れを分けてから、核を砕く。
「分かってるよ」
バンはクレシューズを握り直した。
左腕は震えている。
脇腹からは血が流れ続けていた。
右腕の包帯も赤く染まっている。
神器解放による負担。
身体狩りの反動。
何度も獲物狩りを使った左手は、指を動かすだけでも痛んだ。
それでも。
超集中力は途切れていない。
露出した核。
最後の根。
アンタレスの大鋏。
迫る尾。
銀色の鎖。
崩れ始めた天井。
すべてが見えている。
「他人から盗り続けて」
バンは低く腰を落とした。
「最後は全部、自分のもんにできると思ったか?」
アンタレスの巨大な眼が、バンを睨む。
黒い根が一斉に伸びる。
大鋏が持ち上がる。
尾が天井近くまで引かれる。
「残念だったな」
クレシューズの四つの節が広がった。
鋭い先端が、核と大地を繋ぐ最後の根へ狙いを定める。
「盗ったもんは返せねぇけどよ」
バンは砕けた甲殻を蹴った。
赤い影が、アンタレスの中心へ飛び込む。
「盗り続ける手くらいは、止められるぜ」
左右から大鋏が迫る。
頭上から尾が落ちる。
正面を黒い根が塞ぐ。
バンはクレシューズを振り抜いた。
聖棍が不規則な軌道を描く。
一本目の根を弾き。
二本目を裂き。
鋏の縁へ巻きついて、バンの身体を僅かに横へ引く。
尾が赤いコートのすぐ横を通過した。
その一瞬。
核へ繋がる最後の根が、完全に露出する。
超集中力が、切断すべき一点を捉えた。
バンの左腕が振り下ろされる。
聖棍クレシューズの鋭い先端が、最後の根へ深く食い込んだ。
紫黒い光が弾ける。
銀色の鎖が強く輝く。
アンタレスの咆哮が、地下空間のすべてを震わせた。
今回は、他者から力を奪い続けてきたアンタレスと、同じく《強奪》を持つバンの奪い合いを描きました。
身体狩りでアンタレスの甲殻の硬度や身体能力を奪い、獲物狩りで巨大な結晶核を引きずり出しています。