今回はオアシス都市リオード。
砂漠へ向かう交易の町で、バンが迷子になっていた相棒、聖棍クレシューズと再会します。
ただし、見つけたからといってすぐ手に入るとは限りません。
リーヴァを出た商隊は、川沿いの湿った空気を置き去りにして、少しずつ乾いた土地へ入っていった。
最初は草があった。
次に低い灌木が増えた。
それから土の色が薄くなり、風が熱を帯び、道の端に転がる石が白く乾いていった。
荷馬車の車輪が、硬い土を軋ませる。
空は高く、雲は少ない。
日差しはリーヴァの川辺とは比べものにならないほど強かった。
バンは荷台の上で寝転がり、片手で目元を覆っていた。
「暑ぃな」
御者台のラドが笑う。
「リオードはまだ砂漠の入口ですよ。ここで暑いと言っていたら、砂漠越えはできません」
「煉獄よりはマシだ」
「またそれですか。どんな土地なんです、れんごくというのは」
「飯が不味くなる話だ」
「毎回それで済ませますな」
ラドは肩をすくめた。
荷馬車には、リーヴァで仕入れた干し魚、黒だれの壺、濁り酒の樽が積まれている。バンはそのうち干し魚を少し譲ってもらい、噛みながら揺られていた。
噛めば噛むほど塩気と川魚の旨味が出る。
悪くない。
だが、酒が欲しくなる味だった。
「リオードってのは酒があるんだろうな」
「商人の町ですからね。酒場はあります。ただし、水は高い。酒も安くはありません」
「水より酒が高ぇのか」
「どちらも高いです」
「面倒な町だな」
「砂漠の町は、だいたいそういうものです」
やがて、地平線の向こうに緑が見えた。
最初は蜃気楼のようだった。
揺らぐ熱気の中に、背の高い椰子に似た木々が立ち、白っぽい壁が見える。壁の内側には、青く光る水面があった。
オアシス都市リオード。
砂漠へ向かう者、砂漠から帰る者、商人、傭兵、旅人、盗掘屋、香辛料売り、そして怪しい珍品商が集まる中継都市だった。
町へ近づくと、まず目に入ったのは港だった。
ただし、水の港ではない。
砂の港。
町の外れに広がる乾いた砂地に、船のようなものが何艘も並んでいた。船底は平たく、側面には大きな板と金属の部品が組み込まれている。帆の代わりに、厚い布と骨組みでできた翼のようなものが畳まれていた。
バンは荷台から身を乗り出した。
「船か?」
「砂栗船です。砂の上を滑る船ですよ」
「砂の上を?」
「ええ。砂漠越えの交易には欠かせません。底に特殊な木材と魔石機構を使っていて、風と砂流を読んで進むんです」
「へぇ」
バンは少しだけ興味を示した。
「乗れんのか」
「金があれば」
「また金か」
「世の中の大半は金で動きます」
「飯と酒もな」
「それもです」
リオードの門を抜けると、乾いた熱と香辛料の匂いが一気に押し寄せた。
通りには色とりどりの布が張られ、日陰を作っている。露店には干した果物、香辛料、革袋、砂漠用の外套、奇妙な形の武器、ガラス玉、怪しげな護符が並んでいた。
リーヴァの川魚とは違う匂い。
焼けた肉、羊の脂、豆の煮込み、香辛料、砂埃、汗、革、そして少しだけ甘い酒の匂い。
バンは鼻を鳴らした。
「飯の匂いは悪くねぇな」
ラドは荷馬車を止め、荷を下ろすために商人仲間のところへ向かった。
「私は商会へ顔を出してきます。バンさんは例の古道具屋へ行くのでしょう?」
「ああ。場所は?」
「北の市場の端です。『砂鼠の蔵』という店。看板に鼠の絵があります。値切りすぎると主人が怒りますので、ご注意を」
「金がねぇんだけどな」
「リーヴァの魔石代が少し残っているでしょう」
「酒飲んだら減った」
「でしょうね」
ラドは呆れながらも笑った。
バンは人混みの中を歩いた。
赤いロングコートは、リオードの色鮮やかな布の中でも十分に目立った。露店の商人が声をかけてくる。
「赤い兄さん、砂漠用の水袋はどうだ!」
「こっちは香辛料だ! 肉に振れば何でもうまくなる!」
「珍しい短剣、安くしとくよ!」
バンは香辛料の店でだけ足を止めた。
「肉に合うのはどれだ」
店主はにやりと笑い、小さな木箱をいくつか開けた。
赤い粉。黄色い粒。黒い種。乾いた葉。
鼻を近づけると、辛みと甘みと土っぽい香りが混ざっている。
「これとこれ。羊に合う。こっちは魚に合う。こいつは酒にも入れられる」
「酒に?」
「体が温まるぞ」
「砂漠で温まってどうすんだ」
「夜は冷えるんだよ、赤コート」
バンは少しだけ香辛料を買った。
酒代を削るのは悩んだが、うまい肉のためなら仕方がない。
市場の奥へ進むと、人通りが少し変わった。
綺麗な露店が減り、古い金属、壊れた道具、ひびの入った魔石灯、片方だけの靴、誰が使うのか分からない仮面などが並ぶ。値札もなく、店主たちの目つきも鋭い。
その一角に、鼠の絵が描かれた木の看板が揺れていた。
砂鼠の蔵。
店の中は、外よりもさらに雑然としていた。
天井から古いランプが下がり、壁には錆びた剣、曲がった槍、折れた盾、異国の楽器、割れた壺、正体不明の金具が並んでいる。床には箱が積まれ、その隙間を本物の鼠が走った。
奥の椅子に、小柄な老人が座っていた。
鼻は長く、目は細い。白い髭は胸まで伸び、指にはいくつも指輪をはめている。
老人はバンを見るなり、片目を開けた。
「買うのか、売るのか、冷やかしか」
「探し物だ」
「探し物は高い」
「まだ名前も言ってねぇだろ」
「探す手間が高い」
バンは少し笑った。
「四つに折れた棒みてぇな武器があるって聞いた」
老人の目が、ほんの少しだけ動いた。
「ある」
バンの空気が変わった。
「見せろ」
「見るだけなら銀貨一枚」
「見るだけで金取んのかよ」
「珍品は目で減る」
「減らねぇよ」
「わしの気分が減る」
老人はしれっと言った。
バンは懐の革袋を探る。
硬貨は少ない。リーヴァで得た魔石代の残りは、酒と香辛料でかなり減っている。
バンは銀貨を一枚置いた。
「さっさと出せ」
「せっかちな客は嫌われるぞ」
「飯が冷める前に済ませたいんでな」
老人は奥の棚へ消えた。
しばらく物をどかす音がした。金属がぶつかり、何かが落ち、老人が小さく悪態をつく。
そして、布に包まれた長いものを抱えて戻ってきた。
老人が布を開く。
四つに折れた棍。
金属とも木ともつかない質感。
節ごとに分かれた形。
見た目は古びているが、ただの古道具ではないことは一目で分かる。眠っていても、そこにあるだけで妙な存在感があった。
バンは無言でそれを見下ろした。
指先を伸ばす。
触れる。
馴染んだ重さが、手のひらに帰ってきた。
「……迷子になってんじゃねぇよ」
聖棍クレシューズは何も答えない。
だが、バンの手の中で、ほんのわずかに空気が締まったような気がした。
老人は目を細める。
「ほう。反応したな」
「俺のだ」
「今はわしの商品だ」
バンの視線が老人へ向いた。
「拾ったもんを売ってんのか」
「仕入れたものを売っている。商売とはそういうものだ。持ち主がいるなら、買い戻せ」
「いくらだ」
老人は指を三本立てた。
バンは革袋を見た。
足りない。
かなり足りない。
「高ぇな」
「珍品だからな。魔力を通しても反応が薄い。だが壊れない。曲がらない。刃もないのに、武器屋が欲しがる。観賞用にもなる。貴族の変人も買う」
「貴族の変人に渡すな。似合わねぇ」
「なら金を出せ」
「今はねぇ」
「なら売れん」
老人は布を戻そうとした。
バンはクレシューズから手を離さない。
「働きゃいいか」
「何?」
「金が足りねぇんだろ。稼いでくる。取り置きしとけ」
老人は鼻を鳴らした。
「取り置きにも金がいる」
「いちいち金取るな、じいさん」
「金を取るのが商売だ、赤コート」
バンはしばらく老人を見た。
それから、懐に残っていた硬貨を全部置いた。
「これで足止めだ」
「一日だけだな」
「十分だ」
老人は硬貨を数え、にやりと笑った。
「一日過ぎれば売る」
「その前に戻る」
「金を持ってな」
「ああ」
バンは店を出た。
クレシューズを見つけた。
だが、金がない。
つまり、稼ぐ必要がある。
バンの判断は早かった。
「飯作るか」
リオードには酒場が多い。
なら、厨房もある。客もいる。腹を空かせた商人や船乗り、傭兵もいる。
うまい飯を作れば、金になる。
バンは市場へ戻った。
夕方のリオードは、昼とは違う顔を見せ始めていた。
日差しが傾くと、張られた布の影が濃くなり、露店の火が増える。砂栗船の乗組員、商人、護衛、旅人たちが酒場へ流れていく。
通りの角に、やけに騒がしい酒場があった。
看板には、砂の上を走る船と酒杯が描かれている。
砂杯亭。
バンは扉を開けた。
中は熱気と匂いで満ちていた。
羊肉の脂、豆の煮込み、焼いた平たいパン、酸味のある酒、香辛料。客たちは声が大きく、卓を叩き、笑い、時に言い争っている。
バンはカウンターへ向かった。
店主は腕の太い女だった。日焼けした肌に、布を巻いた髪。目つきは鋭い。包丁を持つ手に迷いがない。
「飯か、酒か、喧嘩か」
「厨房を貸せ」
店主の眉が上がった。
「出てけ」
「金が欲しい。飯を作る。客に出せ。売れた分だけ分けろ」
「ここは素人の遊び場じゃないよ」
「食ってから決めろ」
バンは買った香辛料と、リーヴァから持ってきた黒だれの小瓶を取り出した。
店主の目が黒だれに止まる。
「リーヴァのか」
「ああ。魚もうまかった」
「ふん。川の町のたれで砂漠の肉を焼く気かい」
「うまけりゃ何でもいいだろ」
店主はしばらくバンを見ていた。
そして、顎で厨房を示す。
「一皿だけだ。まずかったら追い出す」
「十分だ」
バンは厨房に入った。
材料を見る。
羊肉、乾燥豆、平たいパン、玉ねぎに似た野菜、辛い香草、酸味のある酒。塩はあるが高い。油は羊脂。
バンは羊肉の脂身を少し厚めに切り、黒だれと香辛料を合わせた。リーヴァの黒だれは魚向けだが、発酵の旨味と塩気は肉にも合う。そこに砂漠の赤い香辛料を加え、酒で少し伸ばす。
肉を強火で焼く。
じゅう、と音がした。
脂が跳ね、黒だれが焦げ、香辛料の匂いが一気に立ち上がる。
厨房の外にいた客が、何人か鼻を動かした。
「なんだ、その匂い」
「リーヴァの黒だれか?」
「肉に塗ってんのか?」
バンは焼いた肉を薄焼きパンに乗せ、刻んだ香草と豆の煮込みを少し添えた。最後に黒だれをほんの少し垂らす。
「ほらよ」
店主が一口食べた。
沈黙。
肉の脂。
黒だれの焦げた旨味。
香辛料の熱。
豆の柔らかい甘み。
薄焼きパンの粉っぽさが、全部を受け止める。
店主はもう一口食べた。
「……腹立つね」
「うまいか?」
「売れる」
「褒め言葉だな」
店主は厨房の外へ怒鳴った。
「新しい串肉だ! 黒だれ羊肉! 食いたいやつは金を出しな!」
客たちが一斉に反応した。
「こっちに二つ!」
「酒もだ!」
「何だその匂い、俺にもよこせ!」
そこからは忙しかった。
バンは羊肉を切り、黒だれと香辛料を絡め、焼き、パンに挟み、串にも刺した。店主は横で酒を出し、皿を回し、金を取る。
最初は珍しさで注文していた客たちも、一口食うと顔を変えた。
「うまい!」
「酒に合うぞ、これ!」
「辛ぇ、でも止まらねぇ!」
「黒だれを肉に使うなんて考えたやつ、馬鹿だろ!」
「馬鹿だがうまい!」
バンは肉を焼きながら笑った。
「馬鹿は余計だ」
火の前は暑い。
だが、悪くない。
香辛料の煙。焼ける脂。酒を求める声。腹を空かせた客の目。
厨房は戦場に似ている。
ただし、倒す相手は腹の減った客だ。
何十皿も売れたころ、店の奥で騒ぎが起きた。
大柄な男たちが三人、卓を囲んでいた。砂漠の傭兵か、荒くれ商人の護衛か。顔は赤く、酒臭い。
そのうちの一人が、空の皿をカウンターへ投げた。
「おい、赤コート! こっちにもっと肉よこせ!」
「金払え」
バンは肉を焼きながら言った。
「後で払う」
「今払え」
「俺たちを誰だと思ってる」
「腹減った酔っ払い」
周囲が少し静かになった。
男の顔が歪む。
「舐めてんのか」
「肉を焦がすなよ。皿がもったいねぇ」
男が立ち上がり、バンへ歩いてきた。
店主が包丁を握り直す。
バンは焼き上がった肉を皿に乗せ、片手で酒杯を持った。
ちょうど自分用に注いだ濁った砂漠酒だった。
男が拳を振るう。
バンは避けた。
酒杯の中身は一滴もこぼれない。
次の瞬間、バンの足が男の膝裏を払った。男の巨体が崩れ、顔面から床に落ちる。
二人目が掴みかかる。バンは酒杯を持ったまま肩で受け流し、肘を腹に入れる。男が息を詰まらせて膝をついた。
三人目が短剣を抜いた。
バンの目が少しだけ細くなる。
「厨房で刃物を振り回すな」
バンは皿を置き、短剣を持つ手首を掴んだ。
軽く捻る。
短剣が落ちた。
男も落ちた。
床に三人が転がる。
バンは酒杯を見た。
こぼれていない。
「よし」
店内は静まり返っていた。
バンは酒を一口飲み、顔をしかめる。
「薄いな」
その一言で、誰かが吹き出した。
次の瞬間、酒場中が笑いに包まれた。
「赤コート、最高だ!」
「肉も喧嘩もうめぇ!」
「今のもう一皿くれ!」
「倒れてる連中の分も俺が買う!」
店主はカウンターを叩いて笑った。
「気に入ったよ、赤コート。今日の売上の取り分、約束より増やしてやる」
「助かる。買い戻すもんがあるんでな」
「女か?」
「棒だ」
「……変な男だね」
夜が深まるころ、バンの革袋はずっしり重くなっていた。
砂杯亭の店主は、最後に小さな壺を渡してくれた。
「砂漠の香辛料だ。黒だれと合わせるなら、こいつを少し足しな」
「いいのか」
「また作りに来な。客が喜ぶ」
「酒がうまくなってたらな」
「薄いって言ったね、あんた」
「薄いもんは薄い」
店主は笑いながら、バンの背を叩いた。
バンはその足で砂鼠の蔵へ向かった。
夜のリオードは、昼よりも暗かった。
魔石灯は少ない。市場の多くは灯りを落としている。
ラドによれば、この町では夜に強い光を出しすぎると、空を飛ぶ魔物サバトを呼ぶのだという。
暗い通りを、バンは歩いた。
砂の匂い。香辛料の残り香。遠くの酒場の笑い声。
砂鼠の蔵はまだ開いていた。
老人は椅子に座り、まるでバンが戻ることを分かっていたかのように茶を飲んでいた。
「早かったな」
「稼いできた」
バンは革袋を置いた。
老人は中を数える。
一枚一枚、丁寧に。
じれったいほどゆっくり。
バンは黙って待った。
やがて老人は頷いた。
「足りている」
「なら返せ」
「売る、だ」
「俺のだ」
「今からお前のものになる」
「細けぇな」
老人は布を開き、聖棍クレシューズを差し出した。
バンはそれを受け取った。
重さが手に戻る。
握り慣れた感触。
掌に収まる節の形。
長い旅の中で、何度も振るい、何度も血を浴び、何度も一緒に生き残ってきた相棒。
バンはクレシューズを肩に担いだ。
「待たせたな」
もちろん、返事はない。
だが、それで十分だった。
老人が言った。
「それは何だ」
「俺の武器だ」
「ただの武器には見えん」
「ただの武器じゃねぇからな」
「神器か?」
バンは老人を見た。
老人は商人の顔ではなく、古い物を見る者の顔をしていた。
「名前は?」
「聖棍クレシューズ」
「聞いたことがない」
「この世界のもんじゃねぇしな」
老人は目を細めた。
「面白いことを言う」
「本当のことだ」
「なら、大事にしろ。迷子にするな」
「こいつが勝手に迷子になったんだよ」
老人は鼻で笑った。
バンは店を出た。
外へ出ると、夜風が砂の匂いを運んできた。昼の熱は嘘のように引き、肌に少し冷たい。
ふと、空がざわついた。
町の上を、黒い影が横切る。
翼のある魔物だった。
大きさは人ほど。細長い翼を持ち、夜の空を滑るように飛んでいる。数は多くないが、町の外側を旋回していた。
通りの端で、灯りを消していた男が小声で言う。
「サバトだ。明かりに寄ってくる。目を合わせるなよ」
バンは空を見上げる。
「食えねぇのか」
男がぎょっとした。
「食う気か?」
「羽があるなら焼けそうだろ」
「あれは肉が臭い。しかも魔石を取れば灰になる」
「使えねぇ鳥だな」
「鳥じゃない」
バンは少し残念そうにした。
その時、ラドが通りの向こうからやってきた。
彼はバンの肩のクレシューズを見るなり、目を丸くした。
「取り戻したのですね」
「ああ」
「おめでとうございます。これで砂漠越えも少し安心ですな」
「砂漠越え?」
「サバハ方面へ向かう砂栗船の便を見つけました。明後日の朝、出るそうです」
「サバハ?」
「砂漠の中継地です。その先に、ローランという土地があります」
バンの眉が動く。
「ローラン?」
「砂葡萄酒で有名です。砂漠の夜に飲むと、喉の奥が涼しくなるような酒だとか」
バンは黙った。
クレシューズを肩に担ぎ直す。
「詳しく」
ラドは苦笑した。
「そう言うと思いました」
「うまいのか」
「噂では。蜂蜜のような甘みと、夜風のような冷たさがあるそうです。ただ、今は交易路が不安定で、手に入りにくい」
「なんでだ」
「黒い砂嵐の噂があります。サバハの先で、砂が黒く染まり、水が毒になる場所があるとか。商隊がいくつも戻っていない」
「物騒だな」
「ええ。ですから、普通は近づきません」
「砂葡萄酒はその向こうか」
「おそらく」
バンは夜の砂漠を見た。
町の外には、暗い砂の海が広がっている。
サバトの影が空を流れ、遠くで砂が風に鳴っている。
うまい酒がある。
その道が塞がっている。
黒い砂嵐とやらが邪魔をしている。
分かりやすい話だった。
「なら行くか」
ラドが額を押さえた。
「今の話のどこを聞いてそうなるんです」
「酒があるんだろ、向こうに」
「危険もあります」
「酒の道に危険があるのは、まあ普通だろ」
「普通ではありません」
バンは笑った。
肩には聖棍クレシューズ。
懐には少しの硬貨と香辛料。
腹の中には黒だれ羊肉と薄い砂漠酒。
迷子の相棒は戻った。
次の目的地も決まった。
オアシス都市リオードの夜。
魔石灯を落とした暗い通りで、赤い服の旅人は砂漠の向こうを見ていた。
「悪くねぇな」
神の恩恵もなく。
ステイタスもなく。
ファミリアにも属さず。
飯と酒と相棒を取り戻した旅人は、次の一杯を求めて、砂の海へ向かうことにした。
第5話は、聖棍クレシューズとの再会回でした。
リオードでは、古道具屋、砂漠酒場、黒だれ羊肉、サバト、そして砂葡萄酒の噂まで登場しました。
次回は、砂栗船で砂漠へ出発します。