強欲の旅人は神の恩恵を受けない   作:ルクエリシオン

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第48話 荒野の焚き火

砂漠を抜けた翌日。

 

三人の前には、乾いた荒野がどこまでも続いていた。

 

砂丘はもう見えない。

 

地面を覆うのは、固く乾いた土と、風に削られた小石。

 

ところどころに背の低い草が生え、その間を細い獣道が縫うように伸びている。

 

空は高く、雲は少ない。

 

遮るもののない風が、バンの赤いコートを大きく揺らしていた。

 

「砂漠より歩きやすいな」

 

バンが言う。

 

足元が沈まない。

 

靴の裏が地面を踏むたび、乾いた音が返ってくる。

 

「砂に足を取られない分だけな」

 

ザルドが答えた。

 

「ただし、隠れる場所が少ない。雨や風が強くなれば面倒だ」

 

「雨なんて降りそうにねぇぞ」

 

「今の空だけを見て判断するな」

 

アルフィアが前を向いたまま言う。

 

「砂漠へ入る前も、お前は似たようなことを言っていた」

 

「何か言ったか?」

 

「覚えていないことが問題だ」

 

「細かいことまで覚えてられっかよ」

 

「お前は必要なことまで忘れる」

 

「お前が覚えてるならいいだろ」

 

「私をお前の記録係にするな」

 

バンは笑いながら、背負い袋の肩紐を握り直した。

 

昨日と同じように、片側にはクレシューズ。

 

もう片側には、名もない結晶。

 

荒野へ入ってからも、二つに変化はない。

 

金属音も。

 

黒紫色の力が漏れる気配もなかった。

 

それでも、道が大きく窪んでいる場所では、バンは歩幅を狭めて進んでいる。

 

ザルドが横目で見る。

 

「以前より慎重になったな」

 

「何度も言うなよ」

 

「事実だ」

 

「落としたら、アルフィアがうるせぇからな」

 

「私のせいにするな」

 

「じゃあ、落としていいか?」

 

「殺すぞ」

 

「ほらな」

 

「脅されなければ大切に扱えないのか」

 

「大事にしてるって」

 

バンは背中へ手を回し、袋を軽く叩こうとする。

 

「叩くな」

 

アルフィアの声が飛んだ。

 

手が止まる。

 

「軽くだぞ」

 

「軽くても駄目だ」

 

「中身が動いてねぇか確かめようとしただけだ」

 

「手で叩いて確かめるな」

 

「難しい奴だな」

 

「お前が雑なだけだ」

 

朝から同じようなやり取りを繰り返しながら、三人は街道を進んでいた。

 

街道と言っても、石が敷かれているわけではない。

 

荷車が何度も通り、草が生えなくなった幅広い土の道。

 

ところどころに車輪の跡が残り、蹄の形が重なっている。

 

昨日見つけた跡より、新しいものもあった。

 

ザルドが足を止め、地面を見る。

 

「今朝通ったようだな」

 

「隊商か?」

 

バンが尋ねる。

 

「荷車は四台ほど。荷獣もいる」

 

「追いつくか?」

 

「向こうの速度次第だ」

 

「走る?」

 

「走らない」

 

アルフィアが即座に答えた。

 

「オレ一人なら、すぐ追いつけるぞ」

 

「追いついてどうする」

 

「道を聞く」

 

「道は続いている」

 

「飯を分けてもらう」

 

「保存食がある」

 

「酒を持ってるか聞く」

 

「必要ない」

 

「一つくらい理由を認めろよ」

 

「全て不要だ」

 

バンは不満そうに口を尖らせた。

 

「まあ、今日中に会えるだろう」

 

ザルドが言う。

 

「荷車を引いているなら、俺たちより遅い」

 

「じゃあ急がなくていいか」

 

「ああ」

 

バンは歩調を戻した。

 

道の左右には、少しずつ植物が増えている。

 

黄色く乾いた草。

 

細い葉を持つ低木。

 

地面へ張りつくように広がる肉厚な植物。

 

砂漠では見なかった、小さな白い花も咲いていた。

 

バンがその前で足を止める。

 

「食えるか?」

 

「花を見るたびにそれを聞くな」

 

アルフィアが言う。

 

「腹減ったからな」

 

「朝食を食べてから、まだ二時間だ」

 

「歩いたから減った」

 

ザルドが白い花の葉を摘み、指で潰した。

 

青い匂いが風へ混じる。

 

「食用ではない」

 

「毒か?」

 

「弱い薬草だ。煮出せば、喉や腹の痛みに使える」

 

「じゃあ持ってくか?」

 

「必要な分だけな」

 

ザルドは根を傷つけないよう、葉だけを数枚摘んだ。

 

布へ包み、薬草を入れている小袋へ収める。

 

「料理にも使える?」

 

「苦い」

 

「アルフィアに食わせるか」

 

「福音《ゴスペル》」

 

場違いなほど澄んだ鐘の音が鳴った。

 

次の瞬間。

 

目に見えない衝撃が、バンの顔面へ真っ直ぐ放たれる。

 

「おっと」

 

バンは首を傾けるようにして、それを避けた。

 

不可視の砲撃が銀色の髪を掠め、背後にあった岩の表面を大きく抉る。

 

「冗談だって」

 

「次は当てる」

 

「苦いもん食わせるだけで殺す気かよ」

 

「雑音を消そうとしただけだ」

 

「相変わらず物騒だな」

 

「なら黙れ」

 

三人は再び歩き出した。

 

 

       ◇

 

 

正午を少し過ぎた頃。

 

街道の脇に、細い水の流れが現れた。

 

低い丘の間から湧き出した水が、浅い溝を通って荒野の先へ流れている。

 

川と呼ぶには細い。

 

だが、砂漠を歩き続けた三人にとって、流れる水を見るだけでも新鮮だった。

 

「水だ」

 

バンが道を外れる。

 

「待て」

 

アルフィアの声に、足を止める。

 

「飲むつもりか?」

 

「喉渇いたからな」

 

「安全か確認していない」

 

「流れてるぞ」

 

「流れていれば安全だと思うな」

 

「砂漠の井戸水は飲んでただろ」

 

「管理された井戸と同じにするな」

 

ザルドが水辺へしゃがみ込む。

 

流れの上流。

 

泥の色。

 

周囲の植物。

 

獣の足跡。

 

水の中に死骸や異物がないかを確かめる。

 

指先へ少量取り、匂いを嗅いだ。

 

「大きな問題はなさそうだ」

 

「ほらな」

 

「だが、一度沸かす」

 

「すぐ飲めねぇのかよ」

 

「水袋に残っている水を飲め」

 

「新しい方が冷たそうだぞ」

 

「腹を壊したいなら勝手にしろ」

 

アルフィアが言う。

 

「お前の治療はしない」

 

「この程度で腹壊す身体じゃねぇよ」

 

「なら飲めばいい」

 

「……何か怖ぇな」

 

「好きにしろ」

 

バンは水へ伸ばしていた手を引っ込めた。

 

「沸かすまで待つ」

 

「最初からそうしろ」

 

水辺から少し離れた場所に、大きな木が一本立っていた。

 

枝は横へ広がり、荒野の中へ濃い影を落としている。

 

三人は木陰へ入り、昼の休憩を取ることにした。

 

ザルドが小鍋へ水を入れ、火へ掛ける。

 

バンは背負い袋をゆっくり下ろし、幹へ立てかけた。

 

「確認する」

 

アルフィアが言う。

 

「毎回やるな」

 

「当然だ」

 

クレシューズ側へ触れる。

 

結晶側へ触れる。

 

温度。

 

包みの位置。

 

外へ漏れる気配。

 

「変化なし」

 

「オレもそう思う」

 

「聞いていない」

 

「ひでぇな」

 

昼食は、干し肉と硬いパン。

 

昨日とほとんど同じだった。

 

バンがパンを見下ろす。

 

「そろそろ違うもん食いたくならねぇ?」

 

「二日目だぞ」

 

ザルドが言う。

 

「二日も同じだ」

 

「街へ着けば変わる」

 

「今日着く?」

 

「分からん」

 

「隊商に追いついたら何か売ってもらうか」

 

「食料を積んでいればな」

 

「酒も?」

 

「お前はそればかりだな」

 

「酒は土地ごとに味が違うからな」

 

「食事より熱心だ」

 

「飯も大事だぞ」

 

バンは干し肉を齧る。

 

硬さに眉を寄せる。

 

「でも、これはそろそろ飽きた」

 

ザルドは何も言わず、周囲を見た。

 

水辺の近く。

 

木の根元。

 

風が運んできた匂い。

 

少し離れた草むらへ歩いていく。

 

「何だ?」

 

「食えるものを探す」

 

「あるのか?」

 

「水がある場所には植物も動物も集まる」

 

ザルドは草をかき分けた。

 

しばらくして、小さな葉を束にして戻ってくる。

 

丸みのある緑色の葉。

 

赤紫色の細い茎。

 

「それ食えんの?」

 

「若い葉はな。少し苦いが、火を通せば食える」

 

「肉は?」

 

「見つからん」

 

「残念だな」

 

「十分だろう」

 

ザルドは葉を水で洗い、細く刻んだ。

 

干し肉も小さく切り分け、小鍋へ入れる。

 

湧き水。

 

干し肉。

 

野草。

 

塩。

 

リオードの子供たちからもらった香草。

 

簡単な汁物が作られていく。

 

「さっき昼飯食い始めてなかったか?」

 

「パンは残しておけ」

 

「汁につけるのか」

 

「ああ」

 

「最初からそうしろよ」

 

「お前が急いで肉を齧った」

 

「腹減ってたからな」

 

湯気と共に、肉と香草の匂いが広がる。

 

アルフィアが鍋を見る。

 

「野草は安全なのか」

 

「似た毒草はあるが、茎の色と葉の形が違う」

 

「確実か?」

 

「俺が食う」

 

「毒見にならねぇだろ」

 

バンが言った。

 

「お前、毒でも普通に食いそうだし」

 

「毒の有無は分かる」

 

「味で?」

 

「ああ」

 

「便利だな」

 

ザルドは汁を一口飲む。

 

少し考え、塩を足した。

 

「できたぞ」

 

三つの器へ分けられる。

 

バンは硬いパンを千切り、汁へ浸した。

 

一口。

 

干し肉の塩気。

 

野草の僅かな苦味。

 

香草の匂い。

 

「うまい」

 

「朝と昼の干し肉が同じとは思えねぇな」

 

「調理すれば変わる」

 

「毎回やってくれよ」

 

「薪と水と時間があればな」

 

アルフィアも汁を口へ運ぶ。

 

「苦味が残る」

 

「嫌か?」

 

ザルドが尋ねる。

 

「悪くない」

 

「甘い菓子ばっかよりいいだろ」

 

バンが言った。

 

「お前の分へ苦い薬草を入れてやる」

 

「まだ根に持ってんのかよ」

 

「忘れていないだけだ」

 

バンは笑いながら、器を空にした。

 

 

       ◇

 

 

午後になると、空に雲が増え始めた。

 

薄い灰色の雲。

 

日差しは弱まり、風が少し冷たくなる。

 

「雨か?」

 

バンが空を見る。

 

「可能性はある」

 

ザルドが答える。

 

「朝、降りそうにないって言った奴がいたな」

 

アルフィアが言う。

 

「まだ降ってねぇだろ」

 

「時間の問題だ」

 

「少しくらい濡れてもいいじゃねぇか」

 

「荷物は濡らすな」

 

「防水布あるだろ」

 

「雨が降り始める前に使え」

 

「まだ早ぇよ」

 

「空を見ろ」

 

遠くの丘の上。

 

灰色の雲から、細い筋が地面へ伸びている。

 

雨だ。

 

こちらへ向かって、風も変わり始めていた。

 

「本当に降るな」

 

「お前の予想は役に立たない」

 

「たまたまだろ」

 

三人は街道脇の岩陰へ移動した。

 

バンは背負い袋を下ろし、購入していた防水布で全体を包む。

 

革紐を二重に巻き、口を閉じる。

 

「どうだ?」

 

「隙間がある」

 

アルフィアが指摘する。

 

「これくらい入らねぇよ」

 

「風で捲れる」

 

「じゃあ、ここか」

 

紐を締め直す。

 

「まだ甘い」

 

「細けぇな」

 

「中身を濡らしたくないのはお前だろ」

 

「分かってるって」

 

ザルドも手を貸し、袋全体を完全に覆った。

 

準備が終わった直後。

 

大粒の雨が地面へ落ち始めた。

 

一滴。

 

二滴。

 

すぐに音が増える。

 

乾いた土へ黒い染みが広がり、埃の匂いが立ち上る。

 

「結構降るな」

 

バンは岩陰から手を伸ばした。

 

手のひらへ雨粒が当たる。

 

冷たい。

 

「砂漠じゃほとんど降らなかったから、久しぶりだな」

 

「エルソスの森では湿気があっただろう」

 

アルフィアが言う。

 

「あそこは地下ばっかだったからな」

 

雨は長く続かなかった。

 

空を覆った雲は、強い風に流されていく。

 

しばらくすると雨脚は弱まり、青い空が覗き始めた。

 

地面には小さな水溜まり。

 

草の葉には水滴が残り、荒野の色が少しだけ濃くなっている。

 

バンは防水布を外す前に、表面の水を払った。

 

「中は?」

 

ザルドが尋ねる。

 

「濡れてねぇ」

 

アルフィアも縫い目と口を確認する。

 

「問題ない」

 

「ほら、ちゃんとできただろ」

 

「ザルドが直したからだ」

 

「オレもやったぞ」

 

「最初は隙間だらけだった」

 

「結果が良けりゃいいんだよ」

 

「昨日、同じことを言っていたな」

 

「便利な考え方だろ」

 

「愚か者の考え方だ」

 

再び袋を背負う。

 

濡れた土の匂いが、風へ混じっている。

 

雨上がりの空は澄み、遠くまでよく見えた。

 

街道の先。

 

丘を越えた向こうに、小さな黒い影が動いている。

 

「何かいるぞ」

 

バンが目を細めた。

 

荷車。

 

複数の人影。

 

荷獣。

 

ゆっくりと街道を進んでいる。

 

「今朝の隊商か」

 

ザルドが言う。

 

「追いついたな」

 

「向こうが休んでいたのだろう」

 

「行ってみるか?」

 

「同じ道を進めば、いずれ近づく」

 

アルフィアが答えた。

 

「走る必要はない」

 

「分かってるよ」

 

三人は街道へ戻った。

 

雨で固くなった土の上に、新しい車輪の跡が残っている。

 

それを辿るように歩き始めた。

 

 

       ◇

 

 

日が暮れる頃。

 

三人は丘の麓に野営場所を見つけた。

 

雨を避けられる岩の張り出し。

 

近くには濡れた草と、細い流れ。

 

先ほど見えた隊商は、さらに先へ進んだらしい。

 

荷車の影は、もう見えなくなっていた。

 

「明日には追いつくな」

 

バンが言う。

 

「おそらくな」

 

ザルドが濡れていない枝を探す。

 

雨の後で火を起こすのは少し手間だったが、岩の下に残っていた枯れ枝は乾いていた。

 

火打石。

 

細く裂いた布。

 

小さな火が生まれ、少しずつ大きくなる。

 

夕食は、昼に作った汁物と似たものになった。

 

干し肉。

 

野草。

 

豆。

 

子供たちからもらった香草。

 

ザルドが鍋を見ながら言う。

 

「明日、隊商と会えれば食料を補充する」

 

「違う肉あるかな」

 

「売ってくれるとは限らん」

 

「金なら――」

 

バンは言いかけて止まった。

 

コートの内側を探る。

 

銅貨が僅か。

 

「なかったな」

 

「ほとんど酒に使ったからだ」

 

アルフィアが言う。

 

「必要な出費だ」

 

「何の役に立った」

 

「気分が良くなった」

 

「不要だ」

 

「今夜も少し飲んでいいか?」

 

「駄目だ」

 

「何でだよ。昨日は飲んだだろ」

 

「昨日飲んだからだ」

 

「毎日少しずつ飲むために残したんじゃねぇの?」

 

「違う」

 

「じゃあ何のために持ってんだよ」

 

「お前が全部飲まないように管理するためだ」

 

「目的変わってねぇ?」

 

ザルドが鍋をかき混ぜながら笑った。

 

「一杯だけにしておけ」

 

「ザルドは話が分かるな」

 

「甘やかすな」

 

アルフィアが言う。

 

「歩き続けた後だ。少量なら構わんだろう」

 

「こいつの少量は信用できない」

 

「お前が注げばいい」

 

数秒。

 

アルフィアは黙ってバンを見た。

 

やがて荷物から霧酒の瓶を取り出す。

 

「一杯だけだ」

 

「分かってる」

 

「杯から溢れさせるな」

 

「子供じゃねぇぞ」

 

「子供より信用できない」

 

小さな杯へ、透明な酒が注がれる。

 

バンは冷たい水を数滴落とした。

 

たちまち乳白色へ変わる。

 

雨上がりの冷たい風。

 

焚き火。

 

荒野の匂い。

 

白く濁った酒。

 

「やっぱ外で飲むのも悪くねぇな」

 

「味は同じだろう」

 

「景色が違う」

 

バンは一口だけ飲んだ。

 

香草の香り。

 

喉を焼く熱。

 

身体の内側へ、ゆっくりと温かさが広がる。

 

今度は、本当に一口で止めた。

 

アルフィアが少し意外そうに見る。

 

「何だよ」

 

「何でもない」

 

「もっと飲むと思った?」

 

「思った」

 

「約束は守るぞ」

 

「時々な」

 

「信用ねぇな」

 

「積み重ねが足りない」

 

バンは残りをゆっくり飲んだ。

 

空になった杯を地面へ置く。

 

「これでいいか?」

 

「ああ」

 

アルフィアは瓶を取り戻し、すぐに荷物へしまった。

 

「まるで宝物だな」

 

「お前から守る必要がある」

 

「オレの酒なんだけどな」

 

夕食を終えた後。

 

三人は焚き火を囲んでいた。

 

ザルドは鍋と器を片づける。

 

アルフィアは岩へ背を預け、目を閉じる。

 

バンは背負い袋のそばへ座った。

 

雨で湿った地面の匂い。

 

焚き火の煙。

 

遠くで鳴く夜の獣。

 

砂漠の夜とは、聞こえる音が違う。

 

虫の声。

 

草が擦れる音。

 

小さな水の流れ。

 

「賑やかだな」

 

バンが言った。

 

「砂漠よりはな」

 

ザルドが答える。

 

「アルフィアは嫌いそうだ」

 

「自然の音は雑音ではない」

 

目を閉じたまま、アルフィアが答えた。

 

「じゃあ、オレの声も自然みてぇなもんだろ」

 

「違う」

 

「即答かよ」

 

「お前の声は不要だ」

 

「ひでぇな」

 

バンは背負い袋へ手を置いた。

 

「こいつの音は?」

 

「それも自然ではない」

 

「雑音か?」

 

アルフィアは少しだけ黙った。

 

「……今は違う」

 

バンが目を細める。

 

「何だ。気に入ったのか?」

 

「調子に乗るな」

 

「クレシューズの話だぞ」

 

「分かっている」

 

「なら怒んなよ」

 

その時。

 

袋の奥から。

 

ちり、と。

 

小さな金属音が響いた。

 

三人が同時に視線を向ける。

 

バンは袋へ置いていた手を動かしていない。

 

「またか」

 

ザルドが言う。

 

「ああ」

 

アルフィアが身体を起こした。

 

「結晶は?」

 

「触ってねぇ」

 

「外から確認する」

 

アルフィアはまずクレシューズ側へ。

 

次に結晶側へ手を添えた。

 

黒紫色の力は漏れていない。

 

温度にも変化はない。

 

「異常はない」

 

「なら、こいつが返事しただけだな」

 

「決めつけるな」

 

「毎回、オレが触った時に鳴るぞ」

 

「偶然だ」

 

「何回続けば認める?」

 

「何度でも偶然は起こる」

 

「棗椰子と同じか」

 

アルフィアの視線が鋭くなる。

 

「関係ない話を持ち出すな」

 

「図星かよ」

 

「消すぞ」

 

バンは笑い、袋から手を離した。

 

「まあ、元気ならいい」

 

二度目の音は鳴らない。

 

焚き火の向こう。

 

街道の先には、先を行く隊商がいる。

 

明日には追いつくだろう。

 

砂漠を越えてから初めて出会う、まとまった旅人たち。

 

どこから来たのか。

 

どこへ向かうのか。

 

どんな荷物を運んでいるのか。

 

そして。

 

「うまいもん持ってるといいな」

 

「結局それか」

 

ザルドが呆れたように言う。

 

「旅の楽しみだろ」

 

「酒も探すのか」

 

アルフィアが尋ねる。

 

「金があったらな」

 

「ない」

 

「少しくらい貸してくれてもいいだろ」

 

「断る」

 

「まだ何も言ってねぇぞ」

 

「聞く必要がない」

 

バンは焚き火へ枝を一本投げ入れた。

 

火の粉が夜空へ舞う。

 

雨雲はすでに消え、頭上には星が戻っていた。

 

砂漠とは違う夜。

 

草と水の匂いがする荒野。

 

そして街道の先を進む、まだ名前も知らない隊商。

 

三人の旅は、少しずつ人のいる場所へ近づいていた。




今回は、荒野の水場で休み、雨を避けながら野営する一日を描きました。

特に、アルフィアがクレシューズの金属音を「今は雑音ではない」と認める場面がお気に入りです。
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