崩れた見張り台。
風に揺れる草。
石壁の向こうで、僅かに鳴った金属音。
街道の中央で止まった隊商は、瞬く間に緊張へ包まれた。
「荷車を寄せろ!」
ザルドの声が響く。
御者たちが慌てて手綱を引き、四台の荷車を互いに近づけていく。
完全な円にはできない。
だが、前後の荷車を斜めに置き、隙間を狭めれば、簡単な防壁にはなる。
「荷獣を内側へ!」
「商品は後だ!まず人を入れろ!」
ドーマも声を張り上げた。
商人たちが荷車の間へ駆け込む。
料理係の女は、動けずにいた若い少年の腕を掴み、荷台の陰へ引きずり込んだ。
護衛たちは外側へ立つ。
剣。
槍。
弓。
武器を構えてはいるが、その表情には隠しきれない強張りがあった。
「ルーカ」
ドーマが呼ぶ。
「何人見える?」
「見えません」
若い護衛は、崩れた塔へ目を凝らしていた。
「本当にいるのか?」
「いる」
アルフィアが淡々と答える。
「見張り台に五人。右の草むらに三人。左に四人」
「十二人……」
「少なくともだ」
ルーカの喉が鳴った。
それまで掴んでいた剣の柄を、さらに強く握りしめる。
「弓を持っている者は?」
ザルドが尋ねた。
「塔に二人。右に一人」
アルフィアは目を細めた。
「左側には弓はいない。剣と斧だ」
「そこまで分かるのかよ」
近くにいた護衛が呟く。
「音がする」
「俺には風の音しか――」
「黙れ」
男は口を閉じた。
バンは荷車の最後尾に立ち、見張り台を眺めていた。
背負っていた袋は、すでに中央の荷車の下へ置かれている。
クレシューズと名もない結晶。
そのすぐ隣にはアルフィアが立っていた。
「なあ」
バンが呼びかける。
「何だ」
「荷物、頼むな」
「言われるまでもない」
「壊すなよ」
「お前にだけは言われたくない」
「そりゃそうか」
バンは笑う。
その笑みを見たルーカが、険しい顔を向けた。
「何を笑っている」
「別に」
「十二人もいるんだぞ」
「十二人しかいねぇんだろ?」
「お前は――」
「静かにしろ」
ザルドの低い声で、二人の会話が止まる。
草の揺れ方が変わった。
風とは違う。
何かが地面を踏み、こちらへ近づいている。
やがて。
街道の先。
崩れた見張り台の陰から、一人の男が姿を現した。
革の胸当て。
砂埃に汚れた外套。
腰には湾曲した剣。
顔の下半分を黒い布で隠している。
男は両手を広げ、ゆっくりと隊商へ近づいてきた。
「武器を下ろせ」
よく通る声だった。
「こちらに争うつもりはない」
「随分と大勢で隠れている奴の言葉には聞こえんな」
ザルドが答える。
男の歩みが僅かに止まった。
「気づいていたか」
「隠れ方が雑だ」
「そうか?」
男は肩を竦める。
「この辺りを通る商人なら、もっと慌てるんだがな」
「俺たちは商人だけではない」
ルーカが剣を向けた。
「護衛がいる!」
「見れば分かる」
男はルーカの剣を見た。
次に、その後ろに立つ護衛たち。
最後に、バン、ザルド、アルフィアへ視線を移した。
「見ない顔が三人増えているな」
「お前らを捕まえるために雇われたんだよ」
バンが言った。
「バン」
アルフィアが冷たく名を呼ぶ。
「冗談だって」
「余計なことを言うな」
男は目を細めた。
「荷を置いていけ」
「争うつもりはないんじゃなかったのか?」
ドーマが荷車の陰から問いかける。
「荷を置けば、争う必要はない」
「人は?」
「抵抗しなければ殺さない」
「馬車もか」
「荷車は返す」
「荷獣は?」
「二頭もらう」
「随分と都合のいい話だ」
ドーマの声は落ち着いていた。
だが、その手は小さく震えている。
四台の荷車には、香油や陶器だけではない。
食料。
水。
薬。
長い時間をかけて集めた品々。
すべてを奪われれば、隊商は次の宿場町へ着くことさえ難しくなる。
「断ったら?」
バンが尋ねた。
男は答えなかった。
代わりに、右手を軽く上げる。
直後。
ひゅ、と。
風を裂く音がした。
「伏せろ!」
ルーカが叫ぶ。
見張り台から放たれた矢が、荷車へ向かって飛ぶ。
商人たちが身を縮める。
護衛が盾を構える。
だが。
「強奪《スナッチ》」
矢が、空中で不自然に軌道を変えた。
一矢。
二矢。
三矢。
荷車へ届く寸前で横へ吸い寄せられ、バンの右手へ集まっていく。
バンは三本の矢をまとめて掴んだ。
「挨拶にしちゃ物騒だな」
「何を……」
黒布の男が息を呑む。
ルーカたちも同じだった。
今、矢は確実に荷車へ向かっていた。
誰も触れていない。
それなのに、途中で自ら曲がったようにバンの手へ収まった。
「魔法か?」
「違ぇよ」
バンは矢を一本ずつ地面へ落とす。
「オレの技だ」
「撃て!」
男が叫んだ。
見張り台。
右の草むら。
三人の弓兵が一斉に弓を引く。
矢が放たれるより早く、バンが手を伸ばした。
「強奪《スナッチ》」
今度は、矢ではなかった。
弓が消える。
「なっ!?」
三人の手から弓が飛び出し、空を横切った。
見張り台から二張り。
草むらから一張り。
三つの弓が荷車を越え、バンの足元へ落ちる。
「弦は切れてねぇな」
バンが一本を拾い上げる。
「返してほしい?」
「殺せ!」
黒布の男が剣を抜いた。
同時に。
左右の草むらから、野盗たちが姿を現す。
斧。
剣。
短槍。
数は、アルフィアが告げたとおり十二人。
見張り台の裏には、さらに二人いた。
「十四人か」
ザルドが言う。
「増えたな」
バンが笑う。
「一人で行くな」
アルフィアが釘を刺す。
「分かってるって」
そう答えた直後。
バンは走り出した。
「バン!」
「向こうから来てんだから仕方ねぇだろ!」
街道の右側。
斧を振り上げた野盗へ向かって、真っ直ぐ踏み込む。
「死ねぇ!」
大きな斧が、バンの頭へ振り下ろされた。
バンは避けない。
左手を上げ、斧の柄を掴んだ。
刃が頭上で止まる。
「な……」
「遅ぇな」
軽く引く。
野盗の身体が前へ浮いた。
そのまま腕を捻ると、斧が簡単に手から外れる。
バンは斧を道の脇へ放り投げ、空いた右拳で男の腹を殴った。
「ぐっ……!」
身体が折れる。
だが、吹き飛ばさない。
殺さないよう、力を抑えている。
男はその場へ膝をつき、口から空気を吐き出した。
「次」
二人目が背後から剣を振るう。
バンは振り向かず、上半身だけを僅かに傾けた。
刃が銀色の髪を掠める。
バンの左脚が後ろへ跳ねた。
踵が男の膝裏へ入る。
「うわっ!」
体勢を崩したところで、襟を掴む。
そのまま一回転。
男は地面へ叩きつけられた。
「クレシューズがなくても……」
ルーカが呟いた。
「強すぎる」
その隣。
別の野盗が荷車の隙間へ向かって走ってきた。
狙いは戦う護衛ではない。
内側に隠れている商人たちだ。
「止まれ!」
ルーカが剣を構えて前へ出る。
野盗の方が速い。
短槍の穂先が、ルーカの胸へ向けられた。
金属がぶつかる。
ルーカは剣の腹で槍を逸らした。
だが、腕力で押され、足が滑る。
「くっ!」
「若造が!」
野盗が槍を引き、再び突く。
その前へ。
ザルドの巨大な腕が伸びた。
槍の穂先を素手で掴む。
「なに……?」
「力を込めすぎだ」
ザルドは槍を横へ引いた。
野盗が手を離すより早く、身体ごと引き寄せられる。
ザルドの掌が、男の胸へ当たった。
「前ばかりを見るな」
軽く押す。
それだけで、男は数メートル後方へ吹き飛んだ。
地面を転がり、動かなくなる。
死んではいない。
気を失っただけだ。
「大丈夫か」
ザルドがルーカへ尋ねる。
「あ、ああ」
「剣を構え直せ」
「分かった」
ルーカは息を整え、再び荷車の外側へ立った。
今度は先ほどより足を広げ、重心を低くしている。
ザルドの言葉を、その場で受け入れたらしい。
左側では、三人の野盗がアルフィアへ迫っていた。
女一人。
細身。
武器も持っていない。
そう判断したのだろう。
「そこの女!」
「動くな!」
「荷物から離れろ!」
アルフィアは動かなかった。
足元には、バンの背負い袋。
「それ以上近づくな」
静かな声。
野盗たちは止まらない。
一人が剣を振り上げる。
「福音《ゴスペル》」
澄んだ鐘の音が鳴った。
目には見えない衝撃が、地面を走る。
三人の足元。
ほんの僅か手前。
乾いた土が一直線に抉れ、土煙が高く上がった。
「ひっ……」
剣を構えていた男の足が止まる。
地面には、深い溝。
あと半歩でも前へ進んでいれば、脚ごと消し飛んでいた。
「次は当てる」
アルフィアが言う。
三人の野盗は顔を見合わせた。
「化け物……」
「誰が化け物だ」
「逃げろ!」
背を向ける。
「待て!」
護衛が追おうとした。
「追うな」
アルフィアが止める。
「だが!」
「荷車を守れ。囮かもしれない」
実際。
三人が逃げ始めた直後、見張り台の裏から二人の野盗が飛び出した。
最初から荷車の反対側へ回り込むつもりだったのだろう。
「後ろだ!」
ドーマが叫ぶ。
商人たちの悲鳴。
二人の野盗は、荷台へ飛び乗ろうとする。
片方の手には火のついた布。
荷を燃やし、混乱を起こすつもりだ。
「面倒なことすんなよ」
バンが右手を向ける。
「強奪《スナッチ》」
燃えた布が男の手から抜けた。
空中を飛び。
バンの方ではなく、街道脇の水溜まりへ落ちる。
火が消えた。
「何だ!?」
「お前のそれ、貰うぞ」
今度は男の短剣が飛ぶ。
もう一人の腰にあった小斧も。
二つの武器がバンの足元へ滑ってきた。
「武器を……盗んだ?」
「盗賊からなら問題ねぇだろ」
バンは笑う。
武器を失った二人は、それでも荷車へ飛びつこうとした。
料理係の女が、荷台の中から大きな鉄鍋を持ち上げる。
「うちの商品に触るんじゃないよ!」
振り下ろす。
ごん、と鈍い音。
一人の頭へ鍋が直撃した。
「うぐっ……」
男が荷車から落ちる。
「おお」
バンが感心したように声を上げた。
「強ぇな、婆さん」
「誰が婆さんだい!」
鍋が今度はバンへ向けられる。
「冗談だって!」
残った一人は御者の男に蹴られ、地面へ転がった。
ルーカと護衛がすぐに取り押さえる。
戦いは、長く続かなかった。
逃げた三人。
見張り台に残っている数人。
倒れた者たちは八人。
立っている野盗は、黒布の男を含めて三人だけになっていた。
「退け!」
黒布の男が叫ぶ。
「ばらけろ!」
残った者たちが、それぞれ別の方向へ逃げ始める。
「逃がすな!」
ルーカが追おうとする。
「待て」
ザルドが止めた。
「なぜだ!」
「草の中に罠がある」
「罠?」
「足元を見ろ」
街道を外れた先。
草の間に、細い縄が張られていた。
その先には、地面へ隠された杭。
追ってきた相手を転ばせ、囲むためのものだろう。
「最初から逃げ道に仕掛けを……」
「追わなくて正解だったな」
バンが言う。
「お前なら罠ごと走り抜けただろう」
アルフィアが答える。
「そのくらいならな」
「後ろの者が真似をする」
「ああ。そりゃ危ねぇか」
野盗たちは荒野の先へ消えていった。
黒布の男も、見張り台の裏から姿を消している。
隊商の者たちは、すぐには武器を下ろさなかった。
風。
草。
遠くの足音。
アルフィアが目を閉じ、音を探る。
「離れていく」
「全員か?」
ザルドが尋ねる。
「ああ。この周囲には残っていない」
「よし」
ザルドが荷車を見る。
「負傷者を確認しろ」
ドーマが商人たちへ声を掛けた。
「怪我をした者は?」
「腕を切った!」
「こっちは転んだだけだ!」
「荷獣が一頭暴れてる!」
緊張が解けた途端、一斉に声が上がる。
ルーカも剣を納めず、周囲を見回していた。
「終わったぞ」
バンが言う。
「まだ分からない」
「アルフィアがいねぇって言ってるだろ」
「だが……」
「警戒を解くな」
ザルドがルーカへ言った。
「ただし、息を整えろ。腕へ力を入れすぎだ」
ルーカは自分の剣を見る。
指が白くなるほど、柄を握り締めていた。
「……ああ」
深く息を吐く。
剣先が僅かに下がった。
「助かった」
ルーカがザルドを見る。
「さっきも、今も」
「お前は逃げなかった」
「護衛だからな」
「なら次は、商人より先に死ぬな」
「厳しいな」
「護衛が倒れれば、守れる者も守れん」
ルーカは少し黙った後、頷いた。
「覚えておく」
一方。
バンは倒れた野盗たちの間を歩いていた。
「何してんだ?」
護衛の一人が尋ねる。
「武器集め」
「盗るのか?」
「危ねぇだろ」
「それはそうだが」
剣。
斧。
短槍。
弓。
バンはすべてを街道の中央へ集める。
その中から一本の剣を持ち上げ、刃を見る。
「安物だな」
「お前に分かるのか?」
「見りゃ分かるだろ。刃が欠けてる」
「どうする?」
「売る」
アルフィアが近づいてきた。
「それは隊商が回収する」
「何でだよ。オレが盗ったんだぞ」
「盗賊から奪った物も、勝手に売れば問題になる」
「持ち主はこいつらだろ」
「盗品の可能性がある」
「ああ」
ドーマが頷いた。
「野盗が使っている武器は、襲った旅人から奪った物も多い。宿場町で衛兵へ渡した方がいい」
「売れねぇのか」
「報奨金が出る可能性はある」
「金?」
バンの目が変わる。
「急に真面目な顔をするな」
アルフィアが言う。
「大事だろ」
「酒代だな」
「飯も買うぞ」
「先に飯を買え」
倒れた野盗たちは、護衛によって一か所へ集められた。
重傷者はいない。
バンも。
ザルドも。
アルフィアも、殺さないよう手加減していた。
最も重い者でも、肩の骨が外れた程度。
料理係の女に鍋で殴られた男は、頭に大きな瘤を作っていた。
「こいつが一番痛そうだな」
バンが言う。
「次はあんたの番だよ」
女が鍋を持ち上げる。
「褒めてんだって」
「なら最初からそう言いな」
「怖ぇな」
「お前が言うな」
ルーカが呆れたように返した。
野盗たちの手を縛り。
武器を回収し。
荷車や商品に被害がないか確認する。
その作業が一段落したところで、ドーマは捕らえた野盗の一人の前へ立った。
年齢は二十代半ば。
粗末な革鎧。
髭も髪も伸び放題。
目には、まだ敵意が残っている。
「名前は」
「誰が言うか」
「どこの一味だ」
「知らねぇな」
「廃村を使っているのか?」
男の目が僅かに動いた。
すぐに顔を背ける。
「何の話だ」
「分かりやすい奴だな」
バンがしゃがみ込んだ。
「何だてめぇ」
「お前ら、廃村に何人いる?」
「知らねぇよ」
「頭は?」
「言うか!」
「じゃあ、持ってるもん貰うぞ」
「もう武器は奪っただろ!」
「違ぇよ」
バンは右手を男へ向けた。
「強奪《スナッチ》」
男の腰から、小さな革袋が飛び出した。
バンの手へ収まる。
「なっ!」
「何入ってんだ?」
袋を開く。
銅貨。
小さな銀貨。
黒い石。
そして、折り畳まれた一枚の紙。
「返せ!」
男が立ち上がろうとする。
護衛たちに肩を押さえつけられた。
バンは紙を広げる。
文字は少ない。
簡単な地図。
街道。
崩れた見張り台。
廃村。
そのさらに北へ続く、細い道。
地図の端には、荷車の絵と日付のような記号がいくつか書かれていた。
「何だこれ」
ドーマが紙を受け取る。
しばらく見つめた後、その顔が険しくなる。
「俺たちの隊商だ」
「分かるのか?」
ルーカが尋ねる。
「荷車が四台。リオードを出た日も合っている」
「狙われてたってことか」
「偶然の待ち伏せではない」
ザルドが言った。
「事前に情報を得ていた」
「誰かが売ったのか?」
護衛たちの間に動揺が広がる。
「隊商の中に裏切り者がいる?」
「違う」
アルフィアが紙を見た。
「この記号は、リオードの門を出た時刻ではない。街道上の地点だ」
「どういうことだ?」
「途中で見張られていた」
アルフィアの指が地図の一か所を示す。
「昨日、雨が降る前に通った丘。その付近に斥候がいた可能性がある」
「気づかなかった」
バンが言う。
「距離があった。こちらを追わず、人数と荷の量だけを確認したのだろう」
「それで見張り台に先回りしたのか」
ドーマの表情が曇る。
「なら、廃村にも話が届いている」
「今日の失敗も伝わるだろう」
ザルドが街道の先を見る。
「逃げた者がいる」
「次の廃村で、もっと大勢が待っているかもしれない」
ルーカが言った。
「迂回するべきだ」
「一日余計にかかる」
ドーマが答える。
「だが、この人数では――」
言いかけて、三人を見る。
バンは地図を覗き込んでいた。
「廃村って、どれくらい先?」
「明日の午後には着く」
「宿みてぇに使える建物は残ってんのか?」
「おそらくな」
「飯は?」
「野盗の拠点なら、食料はあるだろう」
「バン」
アルフィアの声が低くなる。
「冗談だって」
「顔が本気だ」
「半分くらいはな」
ザルドは地図を受け取った。
「今日はこの先の丘で野営する」
「見張り台じゃなくて?」
ルーカが尋ねる。
「逃げた者が戻る可能性がある。ここに留まるのは危険だ」
「捕まえた連中は?」
「荷車へ縛れ。歩かせれば遅れる」
「商品を積む場所がない」
「一台の荷を分けろ。俺が手伝う」
ドーマは短く考えた後、頷いた。
「分かった」
隊商は再び動き始めた。
壊れかけた見張り台。
倒れた草。
地面へ落ちた矢。
待ち伏せの跡を背後へ残して。
バンは背負い袋を背負い直した。
中身は無事。
クレシューズも、名もない結晶も動いていない。
「バン」
アルフィアが呼ぶ。
「何だ?」
「次は、一人で野盗の拠点へ行くな」
「まだ行くって言ってねぇぞ」
「行こうとしている顔だ」
「顔で何でも分かりすぎだろ」
「否定しろ」
バンは少しだけ黙った。
「……善処する」
「ザルド」
「ああ」
二人の視線がバンへ向く。
「何だよ」
「今夜、縛る」
「本気か?」
「本気だ」
「冗談だって!」
「何がだ」
「廃村へ一人で行くってのが」
「まだ誰も言っていない」
「先に謝っとこうと思って」
「つまり考えていたのだろう」
「墓穴掘ったな」
ザルドが言う。
「お前まで楽しそうにすんなよ」
隊商の者たちから、再び笑いが起きた。
だが。
街道の先。
地図に記された廃村の方向では。
一羽の黒い鳥が、低い空を横切っていた。
その脚には、細く巻かれた紙が結ばれている。
鳥は三人と隊商の頭上を大きく避け。
北東へ。
廃村がある方角へ飛んでいった。
今回は、崩れた見張り台で待ち伏せていた野盗との戦いを描きました。
クレシューズを使えないバンが《強奪》と体術で戦い、隊商への襲撃が偶然ではなく、事前に狙われていたことが明らかになる回です。