丘を下りきった頃には、迷宮都市を囲む城壁が視界いっぱいに広がっていた。
遠くから見た時は、白い塔ばかりが目立っていた。
だが近づけば、まず目に入るのは都市を守る巨大な壁だった。
見上げなければ頂上が見えないほど高く、分厚い石を幾重にも積み重ねて造られている。
壁の向こうからは、絶え間ない人の声と金属音が聞こえていた。
その中央に設けられた巨大な門へ向かって、何本もの列が延びている。
荷車を率いた商人。
徒歩の旅人。
武器を持った傭兵。
故郷を離れてきた家族。
冒険者を目指す若者。
都市から戻ってきた者。
世界中から集まった人々が、次々と門の中へ吸い込まれていく。
「やっと着いた……」
カイルが、呆然と城壁を見上げた。
「まだ門の外だよ」
リナが言う。
「でも、着いたようなものだろ」
「中へ入るまで油断するな」
アルフィアの声が飛ぶ。
カイルの背筋が伸びた。
「はい」
「荷物と武器を確認しろ。門前で落とし物をするな」
三人の若者が、慌てて自分たちの荷物へ手を伸ばす。
剣。
槍。
弓。
硬貨。
食料。
すべて揃っている。
「お前もだ」
アルフィアがバンを見る。
「確認してるぞ」
「手を離せ」
「確認してんだから触るだろ」
バンの手は、背負い袋の上に置かれていた。
傷ついたクレシューズ。
黒紫と銀の光を宿す結晶。
どちらも厚い布と革で包み、互いに触れないよう分けてある。
「変な音はしてねぇ」
「音がする前に触るなと言っている」
「相棒の様子くらい気になるだろ」
「都市へ入ってから確認しろ」
「門で止められたらどうすんだ?」
「そのために私たちがいる」
ザルドが言った。
「お前の身元と荷物については、俺とアルフィアが保証する」
「保証人付きか。偉くなった気分だな」
「お前が問題を起こした場合、こちらの責任になるという意味だ」
「じゃあ、迷惑かけねぇようにしねぇとな」
「その言葉を信用できれば苦労はない」
アルフィアが切り捨てる。
「信用ねぇな」
「積み重ねた結果だ」
「悪い方だけ覚えてんだろ」
「良い方を挙げろ」
バンはしばらく考えた。
「飯を分けた」
「食料を減らした」
「荷車を持ち上げた」
「力加減を誤りかけた」
「村の畑を手伝った」
「その後に酒を貰った」
「全部ちゃんと役に立ってんじゃねぇか」
「最後に余計なものがつく」
ザルドが低く笑う。
「門へ着く前から騒ぐな。目立っているぞ」
「オレのせいか?」
「主にお前とアルフィアだ」
「なぜ私まで入る」
「声が通る」
「雑音の原因はこいつだ」
アルフィアがバンを指す。
「人のせいにすんなよ」
言い合う二人を、周囲の旅人たちが遠巻きに見ていた。
ただし、視線の多くはバンよりもザルドとアルフィアへ向いている。
巨大な体躯を持つ重装の男。
灰色の髪を揺らす、冷たい美貌の女。
その姿に気づいた者が、何かを囁く。
「……あれ、まさか」
「暴喰じゃないか?」
「隣は静寂だ」
「二大派閥の幹部が戻ったぞ」
囁きは徐々に広がっていった。
カイルたちには、その声が聞こえていない。
三人は門の巨大さに圧倒され、それどころではないらしい。
バンだけが周囲を見回し、口元を上げた。
「有名人だな」
「黙れ」
「まだ何も言ってねぇだろ」
「言う前に止めた」
「最近それ多くねぇか?」
「必要だからだ」
◇
門の前には、複数の受付が設けられていた。
商人用。
一般の旅人用。
都市の住民用。
武器を携帯した者や、冒険者を志望する者を確認するための受付もある。
その周囲を、象を模した紋章を身につけた武装集団が警備していた。
ガネーシャ・ファミリア。
迷宮都市の治安維持を担う巨大派閥だ。
列の先頭では、荷車の所有者が積荷の種類を説明している。
別の場所では、武器を持った旅人が所属証明を提示していた。
門の上にも弓を持つ者が立ち、都市へ入ろうとする人々を見下ろしている。
「ここで武器を取られるんですか?」
カイルが小声で尋ねた。
「取られはしない」
ザルドが答えた。
「だが、素性の知れない武装集団を、そのまま都市へ入れるわけにもいかん」
「所属がない俺たちは?」
「冒険者志望だと伝えろ」
アルフィアが言う。
「ファミリアへ入っていない者が都市へ来ること自体は珍しくない」
「じゃあ、大丈夫なんですね」
「嘘をつかなければな」
その言葉に、カイルが少し顔をこわばらせる。
「何も隠してませんよ」
「なら堂々としていろ」
列が少しずつ進む。
やがて、一行の番が近づいた。
受付に立っていた男性団員が、ザルドの姿へ気づく。
最初は目を疑い。
次にアルフィアを見る。
そして、勢いよく姿勢を正した。
「ザルド殿!アルフィア殿!」
声が門前へ響いた。
周囲のガネーシャ・ファミリア団員たちが一斉に振り返る。
年長の団員が急いで近づき、二人の前で立ち止まった。
「長期任務からの帰還、確認しました」
「ああ」
ザルドが答える。
「ご無事で何よりです」
アルフィアは短く頷くだけだった。
その後ろで、カイルたちが固まっている。
「ザルドさんって……」
カイルが呟く。
「もしかして、あのゼウス・ファミリアの……」
リナがアルフィアを見る。
「アルフィアさんも、ヘラ・ファミリアの……?」
「今さら気づいたのか」
アルフィアが言った。
「名前を聞いた時は分かりませんでした!」
「勉強不足だ」
「すみません……」
「謝る必要はない」
ザルドが言う。
「知らないことを知った。それでいい」
カイルは、ザルドの全身を改めて見上げる。
「すごい人だったんですね」
「今まで何だと思っていた」
「料理が上手な、大きい冒険者です」
門衛たちの間から、吹き出す声が漏れた。
ザルドの眉が僅かに動く。
「間違ってはいない」
バンが言った。
「黙っていろ」
「何でオレが怒られんだよ」
年長の門衛は咳払いをし、表情を整えた。
「そちらの三名は同行者ですか?」
「若者たちは道中で出会っただけだ」
ザルドが答える。
「冒険者志望だ。通常の手続きを頼む」
「承知しました」
門衛の視線が、最後にバンへ向く。
赤い長衣。
背中の荷物。
ザルドやアルフィアと並んで歩いてきた、所属不明の男。
「そちらの方は?」
「バンだ」
本人が答える。
「所属ファミリアをお願いします」
「入ってねぇぞ」
門衛の手が止まる。
「現在は無所属という意味ですか?」
「昔から入ったことねぇ」
周囲の団員たちの表情が僅かに変わった。
バンは気にせず受付台へ肘を置く。
「普通の旅人だ」
「普通の旅人が、その二人と同行しているのですか?」
「成り行きだな」
「バン」
アルフィアの声が低くなる。
「余計な説明をするな」
「聞かれたから答えただけだろ」
年長の門衛はザルドを見る。
「身元の保証を?」
「ああ。俺とアルフィアが保証する」
「確認しますが、ゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリア、両派閥による共同保証という扱いでよろしいですか?」
「構わん」
「分かりました」
門衛は少し考え。
受付台の下から、一枚の木札を取り出した。
「武装を携帯した無所属者には、所属確認のための検査を受けていただきます」
「検査?」
「背中の恩恵と、所持品の確認です」
バンが眉を上げた。
「背中見せろってか?」
「別室で行います」
「男の裸見ても面白くねぇぞ」
「仕事です」
「真面目だな」
「さっさと行け」
アルフィアが言った。
「お前は来ねぇのか?」
「なぜ私が行く」
「一人じゃ寂しいだろ」
「黙って連れていけ」
門衛が二人、バンの左右へ立つ。
「犯罪者みてぇだな」
「問題を起こさなければ、すぐ終わります」
「まだ何もしてねぇぞ」
「今後もそのままでお願いします」
「やっぱ信用ねぇな」
バンは肩をすくめ、門の脇にある石造りの詰所へ入っていった。
◇
検査室は簡素な場所だった。
机。
椅子。
武具を確認するための台。
窓には厚い格子がはめられている。
立ち会うのは、先ほどの年長の門衛と、記録係の団員。
ザルドとアルフィアも、保証人として室内へ入った。
「上衣を脱いで、背中を見せてください」
「全部か?」
「腰から上だけで構いません」
「残念だったな」
「何がですか」
「何でもねぇよ」
バンは赤い長衣を脱ぎ、椅子の背へ掛けた。
続いて上半身の衣服を脱ぐ。
煉獄を生き抜いた肉体。
細身に見えて、余分なものが一切ない。
鍛え上げられた背中には、神の恩恵を示す刻印が存在していなかった。
年長の門衛は、しばらく無言で背中を見る。
見落としを疑ったのか。
灯りの位置を変え、もう一度確認する。
「……ありません」
記録係が小さく言った。
「見りゃ分かるだろ」
バンが振り返る。
「一度も神の恩恵を受けたことがないのですか?」
「ああ」
「改宗した際に、一時的に封じられているということでは?」
「神様に背中いじられた覚えはねぇよ」
「声を落とせ」
ザルドが言った。
「何でだよ」
「この都市で、その事実を不用意に広めるな」
アルフィアが冷たく告げる。
「神々の玩具になる」
「玩具って」
「恩恵もなく私たちと同行する人間など、珍しいどころではない」
「普通の旅人だって言っただろ」
「お前が普通なら、下界の大半が怪物になる」
「そこまでか?」
「自覚がないことが最も面倒だ」
門衛は、ザルドとアルフィアを交互に見る。
「この件は、どこまで共有すれば?」
「門衛隊の責任者、ギルド上層部、それから俺たちの主神までだ」
ザルドが答える。
「不必要に広めるな」
「承知しました」
年長の門衛が記録係を見る。
「外へ漏らすな」
「はい」
バンは衣服を着直しながら首を傾げる。
「隠すほどのことか?」
「お前には分からん」
ザルドが言った。
「ファミリアに入ってねぇ奴なんて、いくらでもいるだろ」
「恩恵のない人間がいること自体は珍しくない」
アルフィアが答える。
「問題は、お前がその状態で何をしてきたかだ」
「飯食って、旅して、ちょっと戦っただけだぞ」
「その戦った相手を言ってみろ」
「ベヒーモス」
記録係のペンが止まった。
「言うなと言っただろう!」
アルフィアの声で、室内の空気が震えた。
「聞かれたから答えただけだろ!」
「誰も名前を挙げろとは言っていない!」
「今のはオレが悪いのか?」
「全面的にな」
ザルドが答える。
年長の門衛は額へ手を当てた。
「……所持品の確認へ移ります」
「話変えたな」
「変えさせてください」
バンは背負い袋を台へ置く。
留め具を外し。
まず、細長い包みを取り出した。
「それは武器ですか?」
「ああ」
「開けてください」
バンの手が止まる。
「乱暴に触んなよ」
「確認するだけです」
「こいつ、今ちょっと傷ついてんだ」
「バン。開けろ」
ザルドが言った。
「分かってるよ」
布が解かれていく。
現れたのは、四つの棍が鎖で繋がれた異形の武器。
それぞれの節には深い損傷が残り、金属の表面には亀裂が走っている。
先端は鋭く尖っているが、その一部も欠けていた。
門衛たちは、見慣れない形状へ目を凝らす。
「四節棍……でしょうか」
「クレシューズだ」
「名称ではなく、分類を」
「オレの相棒」
「分類をお願いします」
「異邦の特殊武装だ」
アルフィアが代わりに答える。
「この男の故郷で作られた。現在は破損している」
「使用は可能ですか?」
「無理に使えば、完全に壊れる」
「危険性は?」
「まともな状態なら、都市内で振るわせるべきではない」
アルフィアの即答に、バンが顔を向ける。
「そこまではっきり言うか?」
「事実だ」
「最近それ便利に使ってねぇ?」
門衛はクレシューズへ直接触れず、形状を記録した。
続いて、もう一つの包みへ視線を移す。
「そちらは?」
「結晶だ」
バンが答える。
「用途は?」
「まだ分かんねぇ」
「分からない物を持ち込むのですか?」
「だから調べに来たんだろ」
アルフィアが包みを開く。
厚い布の中。
黒紫色の結晶が、わずかな銀色の光を宿していた。
室内の門衛たちが、一斉に警戒する。
手が武器へ伸びかけた。
「動くな」
アルフィアが命じる。
「刺激しなければ反応しない」
「これは、魔石ですか?」
「違う」
「呪具では?」
「現時点では断定できない」
「持ち込みを許可するには、危険性が不明すぎます」
年長の門衛が言った。
アルフィアは結晶から目を離さない。
「内部の力は抑え込まれている。長期間運んできたが、自発的に周囲へ害を与えたことはない」
「俺も保証する」
ザルドが続ける。
「都市へ持ち込んだ後、すぐに専門家へ見せる」
「どなたへ?」
「まだ決めていない」
バンが言った。
アルフィアの視線が刺さる。
「候補はいる」
「最初からそう言えよ」
「お前が先に余計なことを言った」
年長の門衛は、しばらく考え込んだ。
やがて記録用紙へ何かを書き。
二つの包みへ、それぞれ封印用の紐を巻いた。
紐の結び目に、ガネーシャ・ファミリアの印を押した小さな封蝋をつける。
「都市への持ち込みを暫定的に許可します」
「暫定?」
「ゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアの共同保証があるためです」
門衛はバンを見る。
「都市内では、許可なく包みを開けないでください」
「相棒の様子も見んなってか?」
「開封が必要な場合は、両派閥の関係者か、ギルドが認める工房で行ってください」
「面倒だな」
「門前で押収されるよりはいい」
ザルドが言う。
「それは困る」
「なら従え」
「分かったよ」
「本当に分かっているのか」
「何回聞くんだよ」
「理解するまでだ」
アルフィアの答えに、バンはため息をついた。
◇
検査室を出ると。
カイルたちが、門前の壁際で待っていた。
「遅かったですね」
カイルが言う。
「荷物が多かった」
バンが答えた。
「何か問題があったんですか?」
「珍しい物持ってるから、いろいろ聞かれただけだ」
「武器、取られなかったんですね」
「ああ。触ったら怒るけどな」
「誰がですか?」
「オレが」
「門衛に喧嘩を売るな」
アルフィアが言った。
「売ってねぇよ」
若者たちの手続きは、バンより早く終わった。
三人とも神の恩恵は受けておらず、武器も一般的なものだ。
冒険者志望として名前と出身地を記録され、都市へ入った後はギルド本部で詳しい説明を受けるよう指示された。
小さな通行札を受け取ったカイルが、嬉しそうに掲げる。
「これで入れる!」
「まだ走るな」
アルフィアが言う。
「分かってます!」
「お前の分かっているは信用できない」
「バンさんと同じ扱いになってませんか?」
「まだあいつよりは上だ」
「基準低くねぇか?」
「妥当だ」
門衛が大きな声を上げる。
「次の者、進め!」
一行の前に、都市へ続く道が開かれた。
巨大な門の内側。
厚い城壁の下を通る長い石造りの通路。
その先から、眩しい光と街の喧騒が流れ込んでくる。
カイルたちが並んで歩き出す。
ザルド。
アルフィア。
バンも続く。
足音が石壁に反響する。
馬車の車輪。
門衛の号令。
商人の声。
子供の笑い声。
いくつもの音が重なり。
出口が近づくほど、大きくなっていった。
そして。
三人は、門を越えた。
◇
「……騒がしいな」
バンが最初に口にした。
「だから言った」
アルフィアが答える。
目の前に広がっていたのは、バンがこれまで見てきたどの都市とも違う光景だった。
中央へ真っ直ぐ延びる大通り。
左右へ入り組む無数の路地。
石造りの建物。
木造の店。
高い塔。
巨大な神殿。
屋台から立ち上る煙。
武器を背負った冒険者。
素材を運ぶ商人。
獣人。
小人族。
エルフ。
アマゾネス。
見慣れない種族が、同じ道を行き交っている。
正面の遥か先には、白亜の摩天楼バベル。
丘の上から見た時より、さらに巨大だった。
「人、多すぎない?」
リナが呟く。
「迷子になるなよ」
テオが言う。
「大丈夫だ。俺が道を覚える」
カイルが胸を張る。
「まだ一歩も進んでないよ」
「方角なら分かる」
「どっちが北?」
「……塔の右」
「全部塔の周りだよ」
リナがため息をつく。
ザルドが若者たちへ、一枚の簡単な地図を渡した。
「まずギルドへ向かえ」
「ザルドさんたちと一緒じゃないんですか?」
「俺たちは帰還の報告がある」
「そうですか……」
カイルの声に、少しだけ寂しさが混じる。
数日間だけの同行。
だが、初めて故郷を離れた三人にとって、ザルドたちはすでに頼れる道連れになっていた。
「お前たちの旅は、ここからだ」
ザルドが言う。
「俺たちについて歩いていても、冒険者にはなれん」
「はい」
リナがアルフィアを見る。
「いろいろ教えていただいて、ありがとうございました」
「教えたことを忘れるな」
「はい」
「特にカイルを一人で動かすな」
「分かりました」
「何で最後まで俺だけなんですか」
「自覚がないからだ」
カイルは言い返そうとしたが。
リナとテオが揃って頷いているのを見て、口を閉じた。
「バンさんも、ありがとうございました」
「オレ、何かしたか?」
「煮込みを分けてくれました」
「それ取引だぞ」
「荷車も助けてくれました」
「ザルドが指示した」
「冒険者になってもいいって、言ってくれました」
カイルが言う。
バンは少しだけ目を細めた。
「オレは、好きにしろって言っただけだ」
「それでもです」
「そうか」
バンはカイルの肩を軽く叩く。
「なら、生きて帰れよ」
「はい」
「猪の尻だけ斬って満足すんな」
「それは忘れてください!」
「無理だな」
リナが笑う。
テオも、僅かに口元を緩めた。
「また会えますか?」
リナが尋ねる。
「生きてりゃ、どっかで会うだろ」
バンは答えた。
「オレもしばらく、この街にいるみてぇだしな」
三人は揃って頭を下げる。
そして地図を手に、大通りの人混みへ入っていった。
途中でカイルが一度振り返り。
大きく手を振る。
バンも片手を上げて返した。
アルフィアは何もしなかったが。
三人の姿が人混みへ消えるまで、その方向を見ていた。
◇
「さて」
バンが周囲を見回す。
「どっち行くんだ?」
「俺たちは北側へ向かう」
ザルドが答える。
「アルフィアは途中で別れる」
「それぞれ帰る場所が違うってことか」
「ああ」
大通りを進み始める。
ザルドの姿に気づき、道を空ける者。
アルフィアを見て、慌てて声を潜める者。
遠巻きに頭を下げる冒険者。
その二人の間を歩く、見知らぬ赤い男。
当然のように、視線が集まった。
「さっきから見られてんな」
バンが言う。
「私たちが戻れば、こうなる」
アルフィアが答える。
「それだけじゃねぇ」
バンは視線だけを動かした。
建物の二階。
露店の横。
大通りの角。
人間と変わらぬ姿をした者たちが、こちらを見ている。
若い男。
華やかな衣装の女。
小柄な老人。
外見も年齢も違う。
だが、向けられる視線の奥にあるものは同じだった。
人間の好奇心とは、僅かに異なる。
長い時間を持て余した存在が、珍しいものを見つけた時の目。
「人間の目じゃねぇのが混じってる」
「神々だ」
アルフィアが言った。
「あれが?」
「ああ」
「随分暇そうだな」
「実際、暇だ」
「ザルドも同じこと言ってたぞ」
「否定する理由がない」
建物の二階からこちらを眺めていた男神と、バンの目が合う。
男神は面白そうに笑った。
バンも片手を上げようとする。
その手首を、アルフィアが掴んだ。
「何すんだよ」
「興味を返すな」
「挨拶くらいいいだろ」
「寄ってくる」
「神様が?」
「娯楽に飢えた神は、野犬よりしつこい」
「お前、神様への敬意ねぇな」
「必要な相手には払う」
「主神にも?」
「黙れ」
アルフィアが手を離す。
バンは再び周囲を見る。
神々。
冒険者。
商人。
職人。
料理の匂い。
酒の香り。
武器同士が触れ合う音。
呼び込みの声。
都市の中央にそびえる、巨大な塔。
門を越えただけで、これまでの旅とはまるで違う世界が広がっていた。
「気に入ったか」
ザルドが尋ねる。
「まだ分かんねぇ」
バンは笑う。
「でも、退屈はしなさそうだな」
「それだけは保証する」
ザルドも僅かに口元を上げた。
その背後。
門の上では。
先ほどの年長の門衛が、急ぎの書類を部下へ渡していた。
無所属を名乗る赤い旅人。
ゼウスとヘラ、両派閥の幹部による共同保証。
未知の武器と結晶。
そして。
神の恩恵を持たない背中。
その情報は、まだごく一部しか知らない。
だが。
大通りを歩く赤い男の姿だけは。
すでに何柱もの神々の目へ映っていた。
バンはそんなことを知らないまま。
ザルドとアルフィアに挟まれ、迷宮都市の奥へ進んでいく。
門の外まで続いていた長い旅は。
そこで終わった。
そして同時に。
神々の街での、新たな騒がしさが始まった。
今回はオラリオの門での検査と、バンが初めて迷宮都市の中へ足を踏み入れる場面を描きました。
バンに恩恵がない事実は、門衛隊の一部やギルド上層部などに限定して扱い、一般の人々には知られない形にしています。
特に、バンが神々の視線を感じ取り、アルフィアに「興味を返すな」と止められる場面がお気に入りです。