第三十階層へ続く坂を下りきると、密林の空気がさらに重くなった。
第二十九階層にも巨大な木々や背の高い草はあったが、ここでは植物同士の隙間がほとんどない。
太い幹へ蔓が幾重にも絡みつき、その下を大きな根が横切っている。頭上では枝葉が天井のように重なり、青白い光を遮っていた。
湿った土と獣の臭い。
さらに、どこかから流れてくる生臭い風。
遠くで恐竜種の咆哮が響くたび、木々に隠れていた小さな生物が一斉に動き出す。
「下に行くほど、森が狭くなってんな」
道そのものは広い。
ブラッドサウルスのような巨体が通れるだけの幅がある。
だが、左右の茂みが深すぎるため、見通せる距離は短かった。
バンは鞄を背負ったまま、しばらく真っ直ぐ進む。
足元には、いくつもの痕跡が残っていた。
人の靴跡。
恐竜種の巨大な足跡。
折れた枝。
刃物で切り落とされた蔓。
そして、ところどころに積もる黒い灰。
「結構な人数が通ったみてぇだな」
靴跡は一人や二人のものではない。
大きさの違う足跡が重なり、幅の広い道を作っている。左右の木々にも、人の手で切り開いた跡が続いていた。
普通の冒険者パーティーより遥かに多い。
大規模な遠征隊が通ったのかもしれない。
灰の一部はまだ完全に森へ消えておらず、切断された枝も乾いていなかった。
それほど古い痕跡ではない。
バンは足跡に沿って進んだ。
自分で道を探すより、しばらくは楽に進めそうだった。
◇
歩き始めてから、それほど時間は経っていない。
だが、鞄の中身はすでに増え始めていた。
最初に現れたのは、背中を分厚い外殻で覆った四足の恐竜種だった。
頭は低く、鼻先から後頭部へ向かって何本もの角が伸びている。歩くたびに地面が揺れ、尾の先には岩の塊のような膨らみがあった。
正式な名前は分からない。
近くに教えてくれる冒険者もいなかった。
「鎧着た蜥蜴みてぇだな」
恐竜種はバンを見つけた途端、頭を下げて突進してきた。
木々を避ける気はない。
角と外殻で幹を砕き、一直線に迫ってくる。
バンは正面から動かなかった。
恐竜種の角が胸へ届く直前、クレシューズの短い柄を鼻先へ当てる。
突進の力が止まった。
怪物の後脚が土を掘り、尾が左右へ大きく振られる。
「重さはあんな」
バンが片手を押し出すと、巨大な身体が後ろへ滑った。
怪物は横を向き、今度は棍棒状の尾を振るう。
太い尾が木々を薙ぎ倒しながら、バンの胴へ迫った。
バンはクレシューズを伸ばす。
四節の神器が尾へ巻きつき、振り抜かれる前に動きを止めた。
そのまま軽く引く。
巨体が横倒しになり、地面へ大きな窪みを作る。
外殻には、ほとんど傷が付いていなかった。
「こいつも硬ぇな」
バンが空いている手を向ける。
「獲物狩り《フォックスハント》」
分厚い外殻の奥から魔石が抜けた。
恐竜種の身体が灰へ変わり、重い外殻も土の上へ崩れていく。
残ったのは、大きな魔石と、尾の先にあった硬い外殻の一部だった。
外殻は、ブルー・クラブの甲羅よりさらに厚い。
だが、形が大きすぎる。
「持てねぇな」
鞄へ入れることはできる。
ただし、そのためには他の素材をいくつも置いていく必要がある。
バンは外殻の中から、比較的小さく欠けた部分だけを拾った。
それでも人の頭ほどある。
鞄の側面へ入れたところ、紐を閉じるだけでも少し力が必要になった。
「もう入らなくなってきたな」
水の迷都で手に入れた青い甲羅。
恐竜種の牙。
アルマロサウルスの棘。
シャドーラプトルの黒い爪。
そして今拾った硬い外殻。
魔石だけならまだ入るが、形の大きな素材が場所を取っている。
この先もすべて拾い続けるのは無理だった。
バンは鞄の中を見て、ブルー・クラブの甲羅を取り出す。
「こいつは、もういいか」
第二十五階層で初めて倒した水棲モンスターから拾った物だ。
見た目も綺麗で、状態も悪くない。
だが、今の外殻より薄く、小さい。
バンは道の端へ甲羅を置いた。
さらに、重複していた小さな牙を二本取り出す。
空いた場所へ新しい素材を入れると、鞄の口が少し閉じやすくなった。
「拾った分、何か置いてくしかねぇな」
すべて持ち帰ることには、最初からこだわっていない。
珍しい物。
大きい物。
状態の良い物。
それだけを選べばいい。
バンは鞄を担ぎ直し、再び足跡を追った。
◇
進むにつれて、森の中に残る灰が増えた。
一体分ではない。
何十体。
場所によっては、百体近いモンスターがまとめて倒されたような広さに灰が残っている。
大木も何本か倒れていた。
地面には剣で斬られた跡、斧で砕かれた跡、巨大な何かが打ち込まれた窪みがある。
さらに、広い範囲が黒く焼け焦げていた。
「派手にやったな」
誰が残した痕跡なのかは分からない。
何人もの前衛が武器を振るい、その後方から魔導士が広範囲を焼いたのかもしれない。
少なくとも、少人数で行われた戦闘ではなかった。
何体もの恐竜種を相手に、大規模な遠征隊がこの場所を突破したのだろう。
バンは焼けた地面を越えた。
その直後、前方から叫び声が聞こえた。
「下がれ!」
「魔石を守れ! また食われるぞ!」
「前衛がもたない!」
人の声だ。
密林の反響に邪魔されているが、距離は近い。
バンは走り出した。
◇
木々を抜けた先に、少し開けた場所があった。
冒険者は六人。
大盾を持つ男。
片手剣の女。
槍使い。
弓使い。
杖を持つ魔導士。
そして、大きな荷物を背負った小人族のサポーター。
全員が傷を負っている。
大盾は中央から大きくへこみ、男の左腕は力なく垂れていた。
片手剣の女は片膝をつき、槍使いが前へ出て彼女を守っている。
彼らの正面には、赤黒い恐竜種が立っていた。
ブラッドサウルス。
バンが第二十九階層で倒した個体より、遥かに大きい。
背丈だけではない。
首と脚が太く、鱗は黒に近い色へ変わっている。身体の一部には、別のモンスターのものらしい角や爪が刺さったまま残っていた。
恐竜種の足元には、灰になりかけた別の怪物が倒れている。
その中央にあった魔石を、ブラッドサウルスが口へ含んだ。
硬い石が牙で砕かれる。
黒紫色の光が口の中へ消えた。
直後、怪物の身体が僅かに膨らんだ。
赤黒い鱗の隙間から、脈打つような光が走る。
「石を食ったぞ」
バンの声に、冒険者たちが振り返った。
「誰だ!?」
「赤い服……」
「リヴィラで噂になっていた男か!」
ブラッドサウルスも、新しく現れたバンへ顔を向ける。
口の端から、砕かれた魔石の欠片が落ちた。
「そいつは強化種だ!」
大盾の男が叫んだ。
「魔石を食って成長している! 普通のブラッドサウルスだと思うな!」
「強化種?」
「ほかのモンスターの魔石を喰らい、力を増した個体だ!」
「石食うと強くなんのか」
「説明はあとだ! 逃げろ!」
強化種が咆哮する。
空気が震え、近くの葉が一斉に舞い上がった。
冒険者たちの一人が耳を押さえる。
ブラッドサウルスは、これまで獲物として狙っていた六人ではなく、バンへ向かって走り出した。
一歩ごとに地面が砕ける。
木々の間を抜けるのではない。巨体で幹を折り、道を作りながら突進してくる。
「確かに、さっきの奴より速ぇな」
大口が開いた。
並ぶ牙の一部は欠けている。
それでも一本一本が、短剣より大きかった。
バンはクレシューズを短く持ち、怪物の口へ差し込む。
上顎と下顎の間で、四節棍が噛み締められた。
重い衝撃が腕へ伝わる。
強化種は首を振り、バンを地面から持ち上げた。
そのまま近くの大木へ叩きつけようとする。
「力も上がってんな」
バンは宙へ浮いたまま、クレシューズを伸ばした。
四つの節が怪物の頭を回り込み、太い首へ巻きつく。
バンは空中で身体を捻った。
引かれた首が横へ曲がり、ブラッドサウルスの巨体が進行方向を失う。
怪物は大木へ肩から激突した。
幹が中央から折れ、巨体と一緒に地面へ倒れる。
それでも、強化種はすぐに起き上がった。
口からクレシューズを吐き出し、長い尾を振るう。
バンは片腕で尾を受け止めた。
衝撃が周囲へ広がり、足元の土が円状に沈む。
「お」
強化前のブラッドサウルスより、明らかに重い。
だが、バンを動かすには足りなかった。
尾を掴む。
強化種が前へ逃れようとする。
太い両脚が土を掻き、爪が深い跡を残した。
「逃がさねぇぞ」
バンは尾を引いた。
巨体が後ろへ引きずられる。
ブラッドサウルスが振り返り、噛みつこうとする。
バンは尾を持ったまま身体を回転させた。
一度。
二度。
赤黒い巨体が宙へ浮く。
冒険者たちが、傷を負ったまま言葉を失っていた。
「投げる気か……?」
「嘘だろ」
バンは手を離した。
強化種の巨体が森の奥へ飛ぶ。
何本もの木を折り、岩壁へ激突した。
地面が大きく揺れる。
砕けた岩と土煙の中で、怪物はまだ動いていた。
脚を立て、ゆっくりと起き上がる。
「まだ立つのか」
魔石を食べて増したのは、力だけではないらしい。
耐久も、普通の個体とは違っていた。
ブラッドサウルスは口から血を流しながら、再び咆哮した。
周囲の密林から、別の恐竜種の鳴き声が返ってくる。
「長引かせるな!」
片手剣の女が叫ぶ。
「そいつの咆哮で、ほかの群れまで来る!」
「ああ。なら終わらせるか」
バンは片手を向けた。
「獲物狩り《フォックスハント》」
強化種の胸の奥へ意識を伸ばす。
これまでの怪物より、魔石の存在が強い。
まるで大きな熱の塊が、身体の中心で脈打っているようだった。
バンが指を僅かに曲げる。
赤黒い鱗の奥から、巨大な魔石が抜け出した。
ブラッドサウルスの身体が大きく震える。
次の瞬間、怪物の巨体が灰へ変わった。
黒い灰が、崩れた岩壁の前へ降り積もる。
手元へ飛んできた魔石は、通常のブラッドサウルスから抜いた物より一回り以上大きい。
表面には、複数の筋が複雑に走っていた。
「食った分、これもでかくなんのか」
バンは魔石を光へかざした。
冒険者たちは、しばらく誰も答えなかった。
◇
「助かった」
大盾の男が、負傷した腕を押さえながら頭を下げた。
「オレが来なくても、逃げられたんじゃねぇのか?」
「無理だ」
片手剣の女が答えた。
槍使いに支えられ、ようやく立ち上がっている。
「最初は普通のブラッドサウルスだと思った。だが、私たちが倒したモンスターの魔石を喰らい始めてから、急に力が増した」
「魔石を取らずに置いてたのか?」
「戦闘中だった。回収する余裕がなかったんだ」
倒したモンスターの魔石を回収する前に、別の群れが現れた。
そこへブラッドサウルスが乱入し、落ちていた魔石を次々と喰らったらしい。
大盾の男が、灰の積もった岩壁を見る。
「強化種は珍しい。だが、一度成長を始めると厄介だ。知恵を付けて、冒険者が魔石を持っていることまで理解する個体もいる」
「だから、さっき魔石を守れって言ってたのか」
「ああ。サポーターの荷物を狙われていた」
小人族が背負っている袋を見る。
表面には、大きな牙の跡が残っていた。
厚い革が裂け、内側の布まで見えている。
「魔石が好きなのか?」
「味を好んでいるわけではない。力を得られることを覚えているんだ」
「食えば強くなるって分かってんのか」
「強化が進んだ個体は、そう判断しているように見える」
バンは手の中の大きな魔石を見る。
怪物が、ほかの怪物を倒して食べる。
冒険者の荷物まで狙う。
ただ壁から生まれ、目の前の人間へ襲いかかるだけではないらしい。
「少し頭いい奴もいんだな」
「感想はそれだけか?」
「ああ」
大盾の男は何か言いかけ、諦めたように息を吐いた。
「その魔石は、かなりの値になる」
「普通のより高ぇのか?」
「大きさも魔力も違う。地上へ持ち帰れば、強化種の討伐証明にもなる」
「なら残しとくか」
バンは鞄を開けた。
強化種の魔石は大きい。
今のままでは入らなかった。
中身を確認し、ヴォルティメリアの鰭を一度取り出す。
長く、鞄の側面の多くを使っている。
次に、大樹の迷宮で拾った怪鳥の羽。
水の迷都で手に入れた魚人の鱗。
恐竜種の牙。
何を置くか考える。
「その鰭を捨てるのか?」
小人族のサポーターが尋ねた。
「入らねぇからな」
「ヴォルティメリアのドロップアイテムでしょう?」
「ああ」
「地上なら結構な金になりますよ」
「でも、こっちの石の方が高ぇんだろ?」
「おそらくは……」
「なら決まりだな」
バンは鰭を近くの木へ立てかけた。
強化種の魔石を大型用の袋へ入れる。
空いた隙間に恐竜種の魔石も詰めた。
小人族は、置かれた鰭とバンを交互に見る。
「本当に置いていくんですか?」
「ああ。欲しけりゃ持ってけ」
「いいんですか?」
「持てるならな」
彼らの荷物も、すでに大きく膨らんでいる。
それでもヴォルティメリアの鰭は、置いていくには惜しい品らしい。
小人族は仲間と相談し、壊れた道具をいくつか捨てて鰭を袋へ縛り付けた。
「ありがとうございます」
「代わりに下り道を教えろ」
「やっぱり交換条件か」
「今決めたぞ」
片手剣の女が小さく笑った。
「第三十一階層へ行くなら、この先の裂けた大樹を目印にしろ。根元に二つ洞穴がある。右側が下り道だ」
「左は?」
「この階層の奥へ戻る。強化種が狩場にしていた場所だ」
「もういねぇんじゃないのか?」
「あの一体だけとは限らない」
「なら見に行くのも――」
「右へ行け」
女が強く言った。
バンは少し考える。
「分かった」
「意外と素直だな」
「鞄がいっぱいだからな」
「理由がそれか」
彼らは第十八階層へ戻るらしい。
負傷者がいる以上、これ以上進むことはできない。
「この辺りを、大人数の一団が通らなかったか?」
バンが尋ねた。
大盾の男が顔を上げる。
「大規模な遠征隊なら見た」
「いつだ?」
「俺たちが第二十八階層を出る前だ。正確な時間は分からんが、半日以上は経っている」
「上に向かってたのか?」
「ああ。下層から戻ってきたようだった。人数も多かったから、道に残っていた痕跡はそいつらのものかもしれない」
「そうか」
「知り合いでもいたのか?」
「いや。人数が多そうだったから、何かと思っただけだぞ」
大盾の男は、バンの姿を改めて見た。
無所属。
恩恵なし。
赤い長衣。
一人で強化種を投げ飛ばした男。
「……あんた、何者なんだ?」
「バンだぞ」
「名前ではなく――」
「じゃあな」
バンは片手を上げた。
六人の反応を待たず、教えられた方向へ歩き出した。
◇
第三十一階層へ下りると、地面の起伏がさらに激しくなった。
密林の中を、深い谷が何本も走っている。
太い根が谷の上へ橋のように伸び、その下には暗い裂け目が広がっていた。
落ちてもバン自身は問題ない。
だが、鞄を岩へぶつければ、中身が壊れる可能性がある。
「近道はしねぇ方がよさそうだな」
珍しく、自分からそう判断した。
根の橋を渡り、谷の縁を歩く。
途中でブラッドサウルスが二体現れた。
背後からはシャドーラプトルの群れ。
頭上の枝には、名前を知らない翼のある小型の恐竜種が張り付いている。
バンはクレシューズを伸ばした。
ブラッドサウルスの脚へ一節を絡め、二体の巨体を同じ場所へ倒す。
別の節が茂みを薙ぎ、隠れていたシャドーラプトルを谷の縁から離した。
飛び立った翼竜型も、クレシューズの先端で中央へ打ち落とす。
複数の恐竜種が一か所へ集まった。
バンは四節の神器を大きく振るう。
「乱獲《クレイジーハント》」
クレシューズが描いた軌道に合わせ、すべての怪物から魔石が一斉に奪い取られた。
大きな魔石。
細長い魔石。
異なる形の黒紫色の石が、密林の中を飛んでくる。
恐竜種の群れが次々と灰へ変わった。
「増えるのは早ぇな」
魔石を拾う。
すべて鞄へ入れることはできない。
小型の恐竜種から得た魔石は、ブラッドサウルスの物より小さい。
それでも上層や中層の魔石より遥かに大きかった。
バンは一度袋へ入れたあと、鞄の中を確かめる。
もう余裕はほとんどない。
同じ種類の魔石を比較し、小さい方を取り出した。
「こっちは置いてくか」
強化種の魔石。
アルマロサウルス。
ブラッドサウルス。
大型の恐竜種。
それらを残す。
シャドーラプトルや翼竜型の小さな魔石は、一部だけを置いていった。
灰の中には、いくつかの爪や牙も残っている。
初めて見る翼竜型の薄い翼膜だけを拾い、重複している牙は残した。
素材を選ぶ時間の方が、戦う時間より長くなっている。
「本当に拾う方が面倒だな」
鞄を閉じ、先へ進んだ。
◇
第三十二階層へ近づくにつれて、空気が乾き始めた。
密林はまだ続いている。
だが、葉の色が少しずつ薄くなり、地面の土も硬くなっていく。
湿った風は止まり、代わりに熱を含んだ空気が通路の奥から流れてきた。
バンは水袋を取り出す。
まだ二つ残っている。
第二十八階層で補充したため、量にも余裕があった。
一口だけ飲み、鞄へ戻す。
「次は砂漠だったか」
リヴィラの酒場で聞いた話。
第三十三階層から始まる砂漠の迷園。
灼熱と極寒。
蜃気楼。
砂の中からの奇襲。
オルバ砂漠を旅していたバンにとって、砂漠そのものは珍しくない。
ただ、地下の砂漠が地上と同じとは限らなかった。
第三十二階層を進む。
怪物の数は、それまでより少なかった。
代わりに、遠くから響く咆哮が大きい。
密林の奥には、ブラッドサウルスを上回る巨体の影も見えた。
正式な名前は分からない。
戦う理由もなかった。
「鞄が空いてたら行ったんだけどな」
巨体の影は、木々を押し分けながら遠ざかっていった。
バンも下り道を探す。
複数の分かれ道。
乾いた川の跡。
崖の下へ続く細い坂。
先行した冒険者たちが残したらしい切断跡を辿って進んだ。
何度か行き止まりへ入り、元の場所へ戻る。
やがて、熱い風が強く吹いてくる裂け目を見つけた。
岩壁の間に、下へ向かう階段がある。
その手前には、人の手で立てられた案内板が残っていた。
数字は三十三。
砂漠の迷園。
水の残量を確認すること。
昼夜の気温差に注意。
砂中のモンスターを警戒すること。
バンは案内板を読み、鞄を下ろした。
保存食。
水袋が二つ。
酒が一本ほど。
魔石と大型素材。
荷物は重い。
だが、持てないほどではない。
「水は足りそうだな」
食料もまだある。
問題は鞄の空きだった。
次の階層で大きな魔石を手に入れれば、さらに何かを置いていく必要がある。
「まあ、そん時に考えりゃいいか」
鞄を担ぎ直す。
クレシューズを肩へ乗せた。
階段の下から、熱い砂を含んだ風が吹き上がってくる。
密林の湿った匂いが薄れ、乾いた大地の臭いへ変わった。
バンの口元が僅かに上がる。
「地下の砂漠も見てみるか」
赤い旅人は〈密林の峡谷〉を抜け、第三十三階層へ続く階段を下り始めた。