強欲の旅人は神の恩恵を受けない   作:ルクエリシオン

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第85話 密林の捕食者

 第三十階層へ続く坂を下りきると、密林の空気がさらに重くなった。

 

 第二十九階層にも巨大な木々や背の高い草はあったが、ここでは植物同士の隙間がほとんどない。

 

 太い幹へ蔓が幾重にも絡みつき、その下を大きな根が横切っている。頭上では枝葉が天井のように重なり、青白い光を遮っていた。

 

 湿った土と獣の臭い。

 

 さらに、どこかから流れてくる生臭い風。

 

 遠くで恐竜種の咆哮が響くたび、木々に隠れていた小さな生物が一斉に動き出す。

 

「下に行くほど、森が狭くなってんな」

 

 道そのものは広い。

 

 ブラッドサウルスのような巨体が通れるだけの幅がある。

 

 だが、左右の茂みが深すぎるため、見通せる距離は短かった。

 

 バンは鞄を背負ったまま、しばらく真っ直ぐ進む。

 

 足元には、いくつもの痕跡が残っていた。

 

 人の靴跡。

 

 恐竜種の巨大な足跡。

 

 折れた枝。

 

 刃物で切り落とされた蔓。

 

 そして、ところどころに積もる黒い灰。

 

「結構な人数が通ったみてぇだな」

 

 靴跡は一人や二人のものではない。

 

 大きさの違う足跡が重なり、幅の広い道を作っている。左右の木々にも、人の手で切り開いた跡が続いていた。

 

 普通の冒険者パーティーより遥かに多い。

 

 大規模な遠征隊が通ったのかもしれない。

 

 灰の一部はまだ完全に森へ消えておらず、切断された枝も乾いていなかった。

 

 それほど古い痕跡ではない。

 

 バンは足跡に沿って進んだ。

 

 自分で道を探すより、しばらくは楽に進めそうだった。

 

 

        ◇

 

 

 歩き始めてから、それほど時間は経っていない。

 

 だが、鞄の中身はすでに増え始めていた。

 

 最初に現れたのは、背中を分厚い外殻で覆った四足の恐竜種だった。

 

 頭は低く、鼻先から後頭部へ向かって何本もの角が伸びている。歩くたびに地面が揺れ、尾の先には岩の塊のような膨らみがあった。

 

 正式な名前は分からない。

 

 近くに教えてくれる冒険者もいなかった。

 

「鎧着た蜥蜴みてぇだな」

 

 恐竜種はバンを見つけた途端、頭を下げて突進してきた。

 

 木々を避ける気はない。

 

 角と外殻で幹を砕き、一直線に迫ってくる。

 

 バンは正面から動かなかった。

 

 恐竜種の角が胸へ届く直前、クレシューズの短い柄を鼻先へ当てる。

 

 突進の力が止まった。

 

 怪物の後脚が土を掘り、尾が左右へ大きく振られる。

 

「重さはあんな」

 

 バンが片手を押し出すと、巨大な身体が後ろへ滑った。

 

 怪物は横を向き、今度は棍棒状の尾を振るう。

 

 太い尾が木々を薙ぎ倒しながら、バンの胴へ迫った。

 

 バンはクレシューズを伸ばす。

 

 四節の神器が尾へ巻きつき、振り抜かれる前に動きを止めた。

 

 そのまま軽く引く。

 

 巨体が横倒しになり、地面へ大きな窪みを作る。

 

 外殻には、ほとんど傷が付いていなかった。

 

「こいつも硬ぇな」

 

 バンが空いている手を向ける。

 

「獲物狩り《フォックスハント》」

 

 分厚い外殻の奥から魔石が抜けた。

 

 恐竜種の身体が灰へ変わり、重い外殻も土の上へ崩れていく。

 

 残ったのは、大きな魔石と、尾の先にあった硬い外殻の一部だった。

 

 外殻は、ブルー・クラブの甲羅よりさらに厚い。

 

 だが、形が大きすぎる。

 

「持てねぇな」

 

 鞄へ入れることはできる。

 

 ただし、そのためには他の素材をいくつも置いていく必要がある。

 

 バンは外殻の中から、比較的小さく欠けた部分だけを拾った。

 

 それでも人の頭ほどある。

 

 鞄の側面へ入れたところ、紐を閉じるだけでも少し力が必要になった。

 

「もう入らなくなってきたな」

 

 水の迷都で手に入れた青い甲羅。

 

 恐竜種の牙。

 

 アルマロサウルスの棘。

 

 シャドーラプトルの黒い爪。

 

 そして今拾った硬い外殻。

 

 魔石だけならまだ入るが、形の大きな素材が場所を取っている。

 

 この先もすべて拾い続けるのは無理だった。

 

 バンは鞄の中を見て、ブルー・クラブの甲羅を取り出す。

 

「こいつは、もういいか」

 

 第二十五階層で初めて倒した水棲モンスターから拾った物だ。

 

 見た目も綺麗で、状態も悪くない。

 

 だが、今の外殻より薄く、小さい。

 

 バンは道の端へ甲羅を置いた。

 

 さらに、重複していた小さな牙を二本取り出す。

 

 空いた場所へ新しい素材を入れると、鞄の口が少し閉じやすくなった。

 

「拾った分、何か置いてくしかねぇな」

 

 すべて持ち帰ることには、最初からこだわっていない。

 

 珍しい物。

 

 大きい物。

 

 状態の良い物。

 

 それだけを選べばいい。

 

 バンは鞄を担ぎ直し、再び足跡を追った。

 

 

        ◇

 

 

 進むにつれて、森の中に残る灰が増えた。

 

 一体分ではない。

 

 何十体。

 

 場所によっては、百体近いモンスターがまとめて倒されたような広さに灰が残っている。

 

 大木も何本か倒れていた。

 

 地面には剣で斬られた跡、斧で砕かれた跡、巨大な何かが打ち込まれた窪みがある。

 

 さらに、広い範囲が黒く焼け焦げていた。

 

「派手にやったな」

 

 誰が残した痕跡なのかは分からない。

 

 何人もの前衛が武器を振るい、その後方から魔導士が広範囲を焼いたのかもしれない。

 

 少なくとも、少人数で行われた戦闘ではなかった。

 

 何体もの恐竜種を相手に、大規模な遠征隊がこの場所を突破したのだろう。

 

 バンは焼けた地面を越えた。

 

 その直後、前方から叫び声が聞こえた。

 

「下がれ!」

 

「魔石を守れ! また食われるぞ!」

 

「前衛がもたない!」

 

 人の声だ。

 

 密林の反響に邪魔されているが、距離は近い。

 

 バンは走り出した。

 

 

        ◇

 

 

 木々を抜けた先に、少し開けた場所があった。

 

 冒険者は六人。

 

 大盾を持つ男。

 

 片手剣の女。

 

 槍使い。

 

 弓使い。

 

 杖を持つ魔導士。

 

 そして、大きな荷物を背負った小人族のサポーター。

 

 全員が傷を負っている。

 

 大盾は中央から大きくへこみ、男の左腕は力なく垂れていた。

 

 片手剣の女は片膝をつき、槍使いが前へ出て彼女を守っている。

 

 彼らの正面には、赤黒い恐竜種が立っていた。

 

 ブラッドサウルス。

 

 バンが第二十九階層で倒した個体より、遥かに大きい。

 

 背丈だけではない。

 

 首と脚が太く、鱗は黒に近い色へ変わっている。身体の一部には、別のモンスターのものらしい角や爪が刺さったまま残っていた。

 

 恐竜種の足元には、灰になりかけた別の怪物が倒れている。

 

 その中央にあった魔石を、ブラッドサウルスが口へ含んだ。

 

 硬い石が牙で砕かれる。

 

 黒紫色の光が口の中へ消えた。

 

 直後、怪物の身体が僅かに膨らんだ。

 

 赤黒い鱗の隙間から、脈打つような光が走る。

 

「石を食ったぞ」

 

 バンの声に、冒険者たちが振り返った。

 

「誰だ!?」

 

「赤い服……」

 

「リヴィラで噂になっていた男か!」

 

 ブラッドサウルスも、新しく現れたバンへ顔を向ける。

 

 口の端から、砕かれた魔石の欠片が落ちた。

 

「そいつは強化種だ!」

 

 大盾の男が叫んだ。

 

「魔石を食って成長している! 普通のブラッドサウルスだと思うな!」

 

「強化種?」

 

「ほかのモンスターの魔石を喰らい、力を増した個体だ!」

 

「石食うと強くなんのか」

 

「説明はあとだ! 逃げろ!」

 

 強化種が咆哮する。

 

 空気が震え、近くの葉が一斉に舞い上がった。

 

 冒険者たちの一人が耳を押さえる。

 

 ブラッドサウルスは、これまで獲物として狙っていた六人ではなく、バンへ向かって走り出した。

 

 一歩ごとに地面が砕ける。

 

 木々の間を抜けるのではない。巨体で幹を折り、道を作りながら突進してくる。

 

「確かに、さっきの奴より速ぇな」

 

 大口が開いた。

 

 並ぶ牙の一部は欠けている。

 

 それでも一本一本が、短剣より大きかった。

 

 バンはクレシューズを短く持ち、怪物の口へ差し込む。

 

 上顎と下顎の間で、四節棍が噛み締められた。

 

 重い衝撃が腕へ伝わる。

 

 強化種は首を振り、バンを地面から持ち上げた。

 

 そのまま近くの大木へ叩きつけようとする。

 

「力も上がってんな」

 

 バンは宙へ浮いたまま、クレシューズを伸ばした。

 

 四つの節が怪物の頭を回り込み、太い首へ巻きつく。

 

 バンは空中で身体を捻った。

 

 引かれた首が横へ曲がり、ブラッドサウルスの巨体が進行方向を失う。

 

 怪物は大木へ肩から激突した。

 

 幹が中央から折れ、巨体と一緒に地面へ倒れる。

 

 それでも、強化種はすぐに起き上がった。

 

 口からクレシューズを吐き出し、長い尾を振るう。

 

 バンは片腕で尾を受け止めた。

 

 衝撃が周囲へ広がり、足元の土が円状に沈む。

 

「お」

 

 強化前のブラッドサウルスより、明らかに重い。

 

 だが、バンを動かすには足りなかった。

 

 尾を掴む。

 

 強化種が前へ逃れようとする。

 

 太い両脚が土を掻き、爪が深い跡を残した。

 

「逃がさねぇぞ」

 

 バンは尾を引いた。

 

 巨体が後ろへ引きずられる。

 

 ブラッドサウルスが振り返り、噛みつこうとする。

 

 バンは尾を持ったまま身体を回転させた。

 

 一度。

 

 二度。

 

 赤黒い巨体が宙へ浮く。

 

 冒険者たちが、傷を負ったまま言葉を失っていた。

 

「投げる気か……?」

 

「嘘だろ」

 

 バンは手を離した。

 

 強化種の巨体が森の奥へ飛ぶ。

 

 何本もの木を折り、岩壁へ激突した。

 

 地面が大きく揺れる。

 

 砕けた岩と土煙の中で、怪物はまだ動いていた。

 

 脚を立て、ゆっくりと起き上がる。

 

「まだ立つのか」

 

 魔石を食べて増したのは、力だけではないらしい。

 

 耐久も、普通の個体とは違っていた。

 

 ブラッドサウルスは口から血を流しながら、再び咆哮した。

 

 周囲の密林から、別の恐竜種の鳴き声が返ってくる。

 

「長引かせるな!」

 

 片手剣の女が叫ぶ。

 

「そいつの咆哮で、ほかの群れまで来る!」

 

「ああ。なら終わらせるか」

 

 バンは片手を向けた。

 

「獲物狩り《フォックスハント》」

 

 強化種の胸の奥へ意識を伸ばす。

 

 これまでの怪物より、魔石の存在が強い。

 

 まるで大きな熱の塊が、身体の中心で脈打っているようだった。

 

 バンが指を僅かに曲げる。

 

 赤黒い鱗の奥から、巨大な魔石が抜け出した。

 

 ブラッドサウルスの身体が大きく震える。

 

 次の瞬間、怪物の巨体が灰へ変わった。

 

 黒い灰が、崩れた岩壁の前へ降り積もる。

 

 手元へ飛んできた魔石は、通常のブラッドサウルスから抜いた物より一回り以上大きい。

 

 表面には、複数の筋が複雑に走っていた。

 

「食った分、これもでかくなんのか」

 

 バンは魔石を光へかざした。

 

 冒険者たちは、しばらく誰も答えなかった。

 

 

        ◇

 

 

「助かった」

 

 大盾の男が、負傷した腕を押さえながら頭を下げた。

 

「オレが来なくても、逃げられたんじゃねぇのか?」

 

「無理だ」

 

 片手剣の女が答えた。

 

 槍使いに支えられ、ようやく立ち上がっている。

 

「最初は普通のブラッドサウルスだと思った。だが、私たちが倒したモンスターの魔石を喰らい始めてから、急に力が増した」

 

「魔石を取らずに置いてたのか?」

 

「戦闘中だった。回収する余裕がなかったんだ」

 

 倒したモンスターの魔石を回収する前に、別の群れが現れた。

 

 そこへブラッドサウルスが乱入し、落ちていた魔石を次々と喰らったらしい。

 

 大盾の男が、灰の積もった岩壁を見る。

 

「強化種は珍しい。だが、一度成長を始めると厄介だ。知恵を付けて、冒険者が魔石を持っていることまで理解する個体もいる」

 

「だから、さっき魔石を守れって言ってたのか」

 

「ああ。サポーターの荷物を狙われていた」

 

 小人族が背負っている袋を見る。

 

 表面には、大きな牙の跡が残っていた。

 

 厚い革が裂け、内側の布まで見えている。

 

「魔石が好きなのか?」

 

「味を好んでいるわけではない。力を得られることを覚えているんだ」

 

「食えば強くなるって分かってんのか」

 

「強化が進んだ個体は、そう判断しているように見える」

 

 バンは手の中の大きな魔石を見る。

 

 怪物が、ほかの怪物を倒して食べる。

 

 冒険者の荷物まで狙う。

 

 ただ壁から生まれ、目の前の人間へ襲いかかるだけではないらしい。

 

「少し頭いい奴もいんだな」

 

「感想はそれだけか?」

 

「ああ」

 

 大盾の男は何か言いかけ、諦めたように息を吐いた。

 

「その魔石は、かなりの値になる」

 

「普通のより高ぇのか?」

 

「大きさも魔力も違う。地上へ持ち帰れば、強化種の討伐証明にもなる」

 

「なら残しとくか」

 

 バンは鞄を開けた。

 

 強化種の魔石は大きい。

 

 今のままでは入らなかった。

 

 中身を確認し、ヴォルティメリアの鰭を一度取り出す。

 

 長く、鞄の側面の多くを使っている。

 

 次に、大樹の迷宮で拾った怪鳥の羽。

 

 水の迷都で手に入れた魚人の鱗。

 

 恐竜種の牙。

 

 何を置くか考える。

 

「その鰭を捨てるのか?」

 

 小人族のサポーターが尋ねた。

 

「入らねぇからな」

 

「ヴォルティメリアのドロップアイテムでしょう?」

 

「ああ」

 

「地上なら結構な金になりますよ」

 

「でも、こっちの石の方が高ぇんだろ?」

 

「おそらくは……」

 

「なら決まりだな」

 

 バンは鰭を近くの木へ立てかけた。

 

 強化種の魔石を大型用の袋へ入れる。

 

 空いた隙間に恐竜種の魔石も詰めた。

 

 小人族は、置かれた鰭とバンを交互に見る。

 

「本当に置いていくんですか?」

 

「ああ。欲しけりゃ持ってけ」

 

「いいんですか?」

 

「持てるならな」

 

 彼らの荷物も、すでに大きく膨らんでいる。

 

 それでもヴォルティメリアの鰭は、置いていくには惜しい品らしい。

 

 小人族は仲間と相談し、壊れた道具をいくつか捨てて鰭を袋へ縛り付けた。

 

「ありがとうございます」

 

「代わりに下り道を教えろ」

 

「やっぱり交換条件か」

 

「今決めたぞ」

 

 片手剣の女が小さく笑った。

 

「第三十一階層へ行くなら、この先の裂けた大樹を目印にしろ。根元に二つ洞穴がある。右側が下り道だ」

 

「左は?」

 

「この階層の奥へ戻る。強化種が狩場にしていた場所だ」

 

「もういねぇんじゃないのか?」

 

「あの一体だけとは限らない」

 

「なら見に行くのも――」

 

「右へ行け」

 

 女が強く言った。

 

 バンは少し考える。

 

「分かった」

 

「意外と素直だな」

 

「鞄がいっぱいだからな」

 

「理由がそれか」

 

 彼らは第十八階層へ戻るらしい。

 

 負傷者がいる以上、これ以上進むことはできない。

 

「この辺りを、大人数の一団が通らなかったか?」

 

 バンが尋ねた。

 

 大盾の男が顔を上げる。

 

「大規模な遠征隊なら見た」

 

「いつだ?」

 

「俺たちが第二十八階層を出る前だ。正確な時間は分からんが、半日以上は経っている」

 

「上に向かってたのか?」

 

「ああ。下層から戻ってきたようだった。人数も多かったから、道に残っていた痕跡はそいつらのものかもしれない」

 

「そうか」

 

「知り合いでもいたのか?」

 

「いや。人数が多そうだったから、何かと思っただけだぞ」

 

 大盾の男は、バンの姿を改めて見た。

 

 無所属。

 

 恩恵なし。

 

 赤い長衣。

 

 一人で強化種を投げ飛ばした男。

 

「……あんた、何者なんだ?」

 

「バンだぞ」

 

「名前ではなく――」

 

「じゃあな」

 

 バンは片手を上げた。

 

 六人の反応を待たず、教えられた方向へ歩き出した。

 

 

        ◇

 

 

 第三十一階層へ下りると、地面の起伏がさらに激しくなった。

 

 密林の中を、深い谷が何本も走っている。

 

 太い根が谷の上へ橋のように伸び、その下には暗い裂け目が広がっていた。

 

 落ちてもバン自身は問題ない。

 

 だが、鞄を岩へぶつければ、中身が壊れる可能性がある。

 

「近道はしねぇ方がよさそうだな」

 

 珍しく、自分からそう判断した。

 

 根の橋を渡り、谷の縁を歩く。

 

 途中でブラッドサウルスが二体現れた。

 

 背後からはシャドーラプトルの群れ。

 

 頭上の枝には、名前を知らない翼のある小型の恐竜種が張り付いている。

 

 バンはクレシューズを伸ばした。

 

 ブラッドサウルスの脚へ一節を絡め、二体の巨体を同じ場所へ倒す。

 

 別の節が茂みを薙ぎ、隠れていたシャドーラプトルを谷の縁から離した。

 

 飛び立った翼竜型も、クレシューズの先端で中央へ打ち落とす。

 

 複数の恐竜種が一か所へ集まった。

 

 バンは四節の神器を大きく振るう。

 

「乱獲《クレイジーハント》」

 

 クレシューズが描いた軌道に合わせ、すべての怪物から魔石が一斉に奪い取られた。

 

 大きな魔石。

 

 細長い魔石。

 

 異なる形の黒紫色の石が、密林の中を飛んでくる。

 

 恐竜種の群れが次々と灰へ変わった。

 

「増えるのは早ぇな」

 

 魔石を拾う。

 

 すべて鞄へ入れることはできない。

 

 小型の恐竜種から得た魔石は、ブラッドサウルスの物より小さい。

 

 それでも上層や中層の魔石より遥かに大きかった。

 

 バンは一度袋へ入れたあと、鞄の中を確かめる。

 

 もう余裕はほとんどない。

 

 同じ種類の魔石を比較し、小さい方を取り出した。

 

「こっちは置いてくか」

 

 強化種の魔石。

 

 アルマロサウルス。

 

 ブラッドサウルス。

 

 大型の恐竜種。

 

 それらを残す。

 

 シャドーラプトルや翼竜型の小さな魔石は、一部だけを置いていった。

 

 灰の中には、いくつかの爪や牙も残っている。

 

 初めて見る翼竜型の薄い翼膜だけを拾い、重複している牙は残した。

 

 素材を選ぶ時間の方が、戦う時間より長くなっている。

 

「本当に拾う方が面倒だな」

 

 鞄を閉じ、先へ進んだ。

 

 

        ◇

 

 

 第三十二階層へ近づくにつれて、空気が乾き始めた。

 

 密林はまだ続いている。

 

 だが、葉の色が少しずつ薄くなり、地面の土も硬くなっていく。

 

 湿った風は止まり、代わりに熱を含んだ空気が通路の奥から流れてきた。

 

 バンは水袋を取り出す。

 

 まだ二つ残っている。

 

 第二十八階層で補充したため、量にも余裕があった。

 

 一口だけ飲み、鞄へ戻す。

 

「次は砂漠だったか」

 

 リヴィラの酒場で聞いた話。

 

 第三十三階層から始まる砂漠の迷園。

 

 灼熱と極寒。

 

 蜃気楼。

 

 砂の中からの奇襲。

 

 オルバ砂漠を旅していたバンにとって、砂漠そのものは珍しくない。

 

 ただ、地下の砂漠が地上と同じとは限らなかった。

 

 第三十二階層を進む。

 

 怪物の数は、それまでより少なかった。

 

 代わりに、遠くから響く咆哮が大きい。

 

 密林の奥には、ブラッドサウルスを上回る巨体の影も見えた。

 

 正式な名前は分からない。

 

 戦う理由もなかった。

 

「鞄が空いてたら行ったんだけどな」

 

 巨体の影は、木々を押し分けながら遠ざかっていった。

 

 バンも下り道を探す。

 

 複数の分かれ道。

 

 乾いた川の跡。

 

 崖の下へ続く細い坂。

 

 先行した冒険者たちが残したらしい切断跡を辿って進んだ。

 

 何度か行き止まりへ入り、元の場所へ戻る。

 

 やがて、熱い風が強く吹いてくる裂け目を見つけた。

 

 岩壁の間に、下へ向かう階段がある。

 

 その手前には、人の手で立てられた案内板が残っていた。

 

 数字は三十三。

 

 砂漠の迷園。

 

 水の残量を確認すること。

 

 昼夜の気温差に注意。

 

 砂中のモンスターを警戒すること。

 

 バンは案内板を読み、鞄を下ろした。

 

 保存食。

 

 水袋が二つ。

 

 酒が一本ほど。

 

 魔石と大型素材。

 

 荷物は重い。

 

 だが、持てないほどではない。

 

「水は足りそうだな」

 

 食料もまだある。

 

 問題は鞄の空きだった。

 

 次の階層で大きな魔石を手に入れれば、さらに何かを置いていく必要がある。

 

「まあ、そん時に考えりゃいいか」

 

 鞄を担ぎ直す。

 

 クレシューズを肩へ乗せた。

 

 階段の下から、熱い砂を含んだ風が吹き上がってくる。

 

 密林の湿った匂いが薄れ、乾いた大地の臭いへ変わった。

 

 バンの口元が僅かに上がる。

 

「地下の砂漠も見てみるか」

 

 赤い旅人は〈密林の峡谷〉を抜け、第三十三階層へ続く階段を下り始めた。

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