強欲の旅人は神の恩恵を受けない   作:ルクエリシオン

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第87話 白の迷宮

 第三十六階層のオアシスへ近づくにつれて、焚き火を囲んでいた冒険者たちの姿がはっきりと見えてきた。

 

 水辺の周囲には十数張りの天幕が並び、その外側を武装した冒険者が巡回している。

 

 第十八階層や第二十八階層とは違い、ここは安全階層ではない。

 

 オアシスが休息に適した場所であっても、モンスターが生まれないわけではなかった。

 

 焚き火から少し離れた岩場には、倒された怪物の灰が残っている。砂の上には、戦闘で付いたらしい大きな爪痕もあった。

 

「止まれ」

 

 水辺へ入ろうとしたバンへ、槍を持った男が声を掛けた。

 

「一人か?」

 

「ああ」

 

「仲間は後ろにいるのか?」

 

「いねぇぞ」

 

 男はバンの背後を見る。

 

 青白い砂丘の向こうに、人影はない。

 

「まさか、第三十五階層まで一人で下りてきたのか?」

 

「ああ」

 

「地図は?」

 

「持ってねぇ」

 

「……赤い長衣に、四つに分かれた棍」

 

 男がクレシューズを見る。

 

「上から来た連中が話していた男か」

 

「また噂になってんのか?」

 

「地図も持たず、一人で下層を歩き回っている男がいると聞いた。しかも、バジリスクの炎と毒を受けても平然としていたらしい」

 

「さっきの奴らか」

 

 別れてから、それほど時間は経っていない。

 

 それでも、上へ戻る途中で出会った冒険者たちへ話が伝わったらしい。

 

 男はバンの肩を見る。

 

 バジリスクの牙に貫かれた場所はすでに塞がっているが、赤い長衣には新しい穴が空いていた。

 

「毒は本当に平気なのか?」

 

「ああ。服は駄目になったけどな」

 

「服だけで済む毒ではないんだが……」

 

「水、使っていいか?」

 

 バンがオアシスを指す。

 

「あ、ああ。ただし、飲むなら一度沸かした方がいい。ここへモンスターが入り込むこともある」

 

「分かった」

 

 男の横を通り、水辺へ向かった。

 

 オアシスの水は澄んでいる。

 

 底には白い砂と青い小石が見え、水面には周囲の結晶光が映っていた。

 

 バンは鞄を下ろし、二つの水袋を取り出す。

 

 片方はまだ十分に残っている。もう片方は、灼熱の階層を抜けるまでに半分ほどまで減っていた。

 

 残っていた水を小鍋へ移す。

 

 空になった袋へ新しい水を満たした。

 

 もう一つも中身を入れ替える。

 

 汲み上げたばかりの水は、手が痛くなるほど冷たい。

 

「こりゃ放っといたら凍るな」

 

 周囲の砂には薄い霜が降りている。

 

 水袋を鞄の外側へ入れれば、しばらく歩くだけで中身が凍り始めるかもしれない。

 

 バンは二つの水袋を保存食の間へ入れ、布と回収袋で包んだ。

 

 鞄の中央には酒瓶がある。

 

 水と同じように布で囲まれており、今のところ凍ってはいなかった。

 

「酒も無事だな」

 

「まず確認するのが酒なのか?」

 

 後ろから声がした。

 

 先ほど見張りをしていた男ではない。

 

 分厚い外套を着たドワーフが、呆れたようにバンの鞄を見ていた。

 

「飯と酒は大事だろ」

 

「防寒具よりもか?」

 

「ああ」

 

 バンが迷わず答える。

 

 ドワーフは赤い長衣を見る。

 

 厚手ではない。

 

 肩には穴が空き、袖と裾にはバジリスクの炎で焦げた跡も残っている。

 

「寒くないのか?」

 

「少し冷えるな」

 

「少しで済む気温ではないぞ」

 

 ドワーフは何か言いたそうだったが、バンが震えていないことを確認して口を閉じた。

 

「火を使ってもいい場所はあんのか?」

 

「天幕の間は避けろ。水辺の東側に、共同で使っている竈がある」

 

「助かる」

 

「薪は自分で用意しろよ。ここでは木がほとんど手に入らん」

 

「持ってねぇぞ」

 

「なら、魔石灯用の燃料石を買うか、誰かに分けてもらうしかない」

 

「金はある」

 

「ここで地上の硬貨が役に立つと思うな。魔石か食料と交換だ」

 

 バンは鞄を開けた。

 

 中には大型の魔石が詰まっている。

 

 強化種のブラッドサウルス。

 

 アルマロサウルス。

 

 バジリスク。

 

 下層で倒した恐竜種や砂中の怪物たち。

 

 小さな物は途中で置いてきたが、それでも十分な数が残っていた。

 

「どれくらいだ?」

 

「待て。でかい物を出すな」

 

 ドワーフが慌てて止める。

 

「燃料石一つに、それほどの魔石を払う必要はない。小さい物はないのか?」

 

「途中で置いてきたな」

 

「なぜだ?」

 

「鞄に入らなかったからだぞ」

 

「……素材は?」

 

 バンは中身を確かめる。

 

 バジリスクの鱗。

 

 毒牙。

 

 アルマロサウルスの棘。

 

 シャドーラプトルの爪。

 

 翼竜型の翼膜。

 

 どれも燃料石との交換には大きすぎるらしい。

 

「細かい物はねぇな」

 

「保存食は?」

 

「それは食うから駄目だ」

 

「酒は?」

 

「もっと駄目だ」

 

「はっきりしているな……」

 

 ドワーフは自分の腰へ下げていた小袋から、親指ほどの赤い石を一つ取り出した。

 

「これを使え。火を起こすには十分だ」

 

「いいのか?」

 

「代わりに、あとで第三十七階層へ行くなら少し話を聞かせろ」

 

「何の話だ?」

 

「お前がどこまで進むつもりなのか気になった」

 

「決めてねぇぞ」

 

「なら、燃料石の代金は道案内の説明を聞くことだ。下で勝手に死なれて、荷物を食ったモンスターが強化種になる方が面倒だからな」

 

「分かった」

 

 バンは赤い石を受け取った。

 

 

        ◇

 

 

 共同の竈は、平たい石を円形に積んだ簡単なものだった。

 

 バンは燃料石へ火を移し、小鍋を置く。

 

 半分ほど残っていた古い水を沸かし、細かく切った干し肉と豆を入れた。

 

 乾燥させた香草。

 

 塩。

 

 残っていた根菜も薄く切って加える。

 

 砂漠を進んでいる間、保存食だけで済ませていた。

 

 温かい料理を口にするのは、第二十八階層以来だった。

 

 鍋から立ち上る湯気に、近くで休んでいた冒険者たちが顔を向ける。

 

「いい匂いだな」

 

「食料に余裕があるのか?」

 

「まだあるぞ」

 

「何日分だ?」

 

「分かんねぇ」

 

「管理していないのか?」

 

「なくなったら戻る」

 

 声を掛けた冒険者は、驚いた顔をした。

 

 深層まで下りる者にとって、食料と水の管理は生死に直結する。

 

 何日分を持ち、どの階層で補給し、いつ引き返すのか。

 

 本来なら、出発前に決めておくことだ。

 

 だが、バンにはその常識がなかった。

 

 食料が尽きても、すぐに餓死するわけではない。

 

 水がなくなっても、身体が動かなくなるまでには長い時間がかかる。

 

 迷ったとしても、来た道を探して戻ればいいと考えている。

 

「本当に一人で来たんだな」

 

「ああ」

 

「ファミリアは?」

 

「入ってねぇぞ」

 

「無所属で第三十六階層まで?」

 

「ああ」

 

「恩恵は?」

 

「ねぇ」

 

 周囲にいた数人が会話を止めた。

 

 鍋の中で、豆が音を立てて煮えている。

 

「恩恵がない?」

 

「ああ」

 

「神の恩恵を受けずに、ここまで下りてきたというのか?」

 

「そう言ってんだろ」

 

「あり得ない」

 

「でも来てるぞ」

 

 バンは鍋を木の匙で混ぜた。

 

 答えは単純だった。

 

 現に自分はここにいる。

 

 それ以上の説明をする必要を感じていない。

 

 冒険者たちは顔を見合わせる。

 

「噂より妙な男だな」

 

「よく言われるぞ」

 

 煮込みが完成する。

 

 バンは焼いた硬いパンを鍋の汁へ浸し、肉と一緒に口へ運んだ。

 

 冷えた身体へ熱が広がる。

 

「悪くねぇな」

 

 酒瓶の栓も抜く。

 

 凍ってはいない。

 

 一口飲むと、強い酒精が喉を通った。

 

「やっぱ寒い時は酒だな」

 

「身体が温まったように感じるだけだ。飲みすぎると余計に危険だぞ」

 

 先ほどのドワーフが戻ってきた。

 

 手には丸めた羊皮紙を持っている。

 

「オレには効かねぇぞ」

 

「毒も炎も寒さも効かんのか?」

 

「効く奴もあるかもしれねぇな」

 

「基準が分からん……」

 

 ドワーフはバンの向かい側へ座った。

 

「第三十七階層へ行くなら、食べながら聞け。あそこから先は深層だ」

 

「今までは下層だったな」

 

「ああ。第三十七階層は〈白の迷宮〉と呼ばれている。階層全体が五重の円環で構成され、中心へ向かうほど強いモンスターが増える」

 

 羊皮紙を広げる。

 

 簡略化された五つの円と、円をつなぐ通路が描かれていた。

 

「でけぇな」

 

「階層一つで、オラリオに近い広さがあると言われている。地図があっても、中心へ着くまで何日もかかることがある」

 

「そんなにか?」

 

「お前は道を間違えるから、もっとかかるだろうな」

 

「高い所から見ればいいだろ」

 

「白の迷宮は砂漠や密林ではない。高い壁と天井に囲まれている。上から全体を見る方法はない」

 

「壊して進めねぇのか?」

 

「やめろ」

 

 ドワーフが即座に止めた。

 

「ダンジョンの壁を無闇に壊せば、モンスターが集まる。深層で怪物進呈を起こせば、第一級冒険者でも死ぬぞ」

 

「第一級ってのは強ぇのか?」

 

「そこから説明が必要なのか……」

 

 ドワーフは額を押さえた。

 

「とにかく、壁へ沿って進め。先行した遠征隊の痕跡が残っているはずだ」

 

「さっきの大人数の奴らか?」

 

「おそらくな。下層から戻る途中で、このオアシスにも立ち寄っている」

 

「そうか」

 

 ドワーフは地図の中央を指した。

 

「中心には王座の間がある。第三十八階層へ続く入口もそこだ」

 

「王座?」

 

「階層主ウダイオスが出現する場所だ」

 

「でけぇ奴か?」

 

「高さ十メートルを超える黒い骸骨の王だ。地面から無数の黒い骨兵を呼び出し、天然武器の大剣も使う」

 

「今はいんのか?」

 

「いない」

 

 バンの動きが止まった。

 

「いねぇのか?」

 

「少し前に、この階層を通った大規模な遠征隊が討伐したと聞いている。階層主が再出現するまでには時間がかかる」

 

「また空かよ」

 

 第十七階層のゴライアス。

 

 第二十七階層の巨大な島状の戦場。

 

 どちらも階層主が出現する場所だったが、バンが通った時には何もいなかった。

 

 今回も同じらしい。

 

「階層主と戦いたかったのか?」

 

「どのくらい強ぇのか見たかったな」

 

「普通は、いないことを喜ぶところだ」

 

「いねぇなら仕方ねぇか」

 

「通常のモンスターも十分に危険だぞ。黒い骸骨兵のスパルトイ、蛮族型のバーバリアン、武器を扱うリザードマン・エリート、黒曜石の鎧を持つ兵士型もいる」

 

「名前が多いな」

 

「覚えろ。特にスパルトイは集団で動く。武器を持ち、ほかの種と連携することもある」

 

「黒い骨がスパルトイだな」

 

「ああ」

 

「でかい人間みてぇなのがバーバリアン」

 

「そうだ」

 

「蜥蜴がリザードマン・エリートで、黒い鎧が――」

 

「オブシディアン・ソルジャーだ」

 

「長ぇな」

 

「途中で忘れるなよ」

 

「見りゃ分かるだろ」

 

 バンは残った煮込みを食べ終えた。

 

 

        ◇

 

 

 食事のあと、バンは赤い長衣を脱いだ。

 

 バジリスクの牙で空いた穴は大きい。

 

 炎を受けた袖と裾も焦げ、触れると布の一部が崩れた。

 

「こりゃ直すの面倒だな」

 

 鞄から針と糸を取り出す。

 

 肩の穴を重ね、太い糸を通していく。

 

 焦げた部分は切り落とすしかない。

 

 裾の長さが左右で僅かに変わったが、動く分には問題なかった。

 

「その服に、何か効果があるのか?」

 

 近くにいた女魔導士が尋ねる。

 

「別にねぇぞ」

 

「なら、もっと丈夫な物へ替えた方がいい。深層には炎や毒だけでなく、装備を切断する攻撃を持つモンスターもいる」

 

「この服が気に入ってんだよ」

 

「そうか」

 

 それだけで十分な理由だった。

 

 女魔導士は、それ以上何も言わなかった。

 

 長衣を着直し、鞄の中を整理する。

 

 食事に使った分、保存食は少し減った。

 

 しかし、大型の魔石と素材が占めている場所は変わらない。

 

 バジリスクの魔石。

 

 強化種の魔石。

 

 大型恐竜種の魔石。

 

 これ以上増やすなら、通常種の魔石から置いていく必要がある。

 

「第三十七階層の魔石は高いぞ」

 

 鞄を覗いた小人族のサポーターが言った。

 

「今持っている物よりか?」

 

「バジリスクや強化種の魔石は別ですが、通常の恐竜種より価値が高い物もあります。深層のモンスターは、それだけ魔石が大きいですから」

 

「なら入れ替えだな」

 

「迷いがありませんね」

 

「全部持てねぇからな」

 

 バンは大型恐竜種の魔石を二つ取り出した。

 

 残す物と、置いていく候補を分けて袋へ入れる。

 

 次に鞄が閉じなくなれば、小さい方から置いていくつもりだった。

 

 残った燃料石の火で湯を沸かし、新しく汲んだ水も一度煮沸する。

 

 冷ましたあと、水袋へ戻した。

 

 中央へ詰め、酒瓶と一緒に布で包む。

 

「そろそろ行くか」

 

「今からか?」

 

 ドワーフが上を見上げる。

 

 太陽も月もない。

 

 第三十六階層は、常に夜のような景色が続いている。

 

「時間は分かんねぇけど、飯食って休んだぞ」

 

「眠っていないだろう」

 

「眠くねぇからな」

 

「本当に人間なのか?」

 

「ああ」

 

 バンは鞄を背負い、クレシューズを肩へ担いだ。

 

 オアシスの外へ出る前に、ドワーフから道を聞く。

 

 第三十七階層へ続く入口は、オアシスから北東にある黒い岩山の麓。

 

 砂上には、冒険者たちが立てた石柱が続いているらしい。

 

「蜃気楼は?」

 

「この階層にも出る。ただし、第三十五階層までより弱い。青く光る石柱だけを追え」

 

「分かった」

 

「白の迷宮へ入ったら、先行した遠征隊が残した白い布と壁の傷を探せ。王座の間へ向かう道だ」

 

「ウダイオスを倒した奴らの跡か?」

 

「おそらくな」

 

「地図はいらねぇぞ」

 

「まだ何も言っていない」

 

 ドワーフは差し出そうとしていた羊皮紙を下ろした。

 

「死ぬなよ」

 

「ああ。燃料石、助かった」

 

「次に会った時、同じ服を着ていられるといいな」

 

「そっちの方が難しそうだな」

 

 バンは片手を上げ、オアシスを離れた。

 

 

        ◇

 

 

 第三十七階層へ続く入口は、黒い岩山の裂け目にあった。

 

 青い石柱を追って進んだため、今度は大きく迷わなかった。

 

 階段を下りるにつれて、空気の冷たさが薄れていく。

 

 足元の砂も消えた。

 

 代わりに現れたのは、白い石床だった。

 

 最後の段を下りる。

 

「ここが深層か」

 

 目の前には、巨大な白い通路が伸びていた。

 

 床。

 

 壁。

 

 天井。

 

 すべてが白い岩で作られている。

 

 通路の幅は、リヴィラの大通りより広い。

 

 天井も高く、巨大なモンスターが何体並んでも通れそうだった。

 

 壁には規則的な柱と窪みが続き、古い城か神殿の内部にも見える。

 

 だが、景色に温かさはない。

 

 白い岩は冷たく、どこまでも同じ形が続いている。

 

 遠くから聞こえるのは、人の声ではなかった。

 

 石を引きずる音。

 

 硬い物同士がぶつかる音。

 

 低い唸り声。

 

「さっきまでの砂漠とは全然違ぇな」

 

 バンは白い通路を進んだ。

 

 最初の分かれ道へ着く。

 

 左右にも、同じ白い道が伸びていた。

 

 目印がなければ、どちらから来たのか分からなくなりそうだ。

 

 壁を確認する。

 

 刃物で刻まれた小さな矢印。

 

 白い布の切れ端。

 

 さらに、巨大な武器がぶつかったような亀裂も残っている。

 

「こっちか」

 

 矢印が示す道へ入った。

 

 しばらく進んだところで、前方の曲がり角から足音が聞こえた。

 

 一体ではない。

 

 金属に似た硬い音が、一定の間隔で重なっている。

 

 角から姿を現したのは、全身が黒い骨で構成された骸骨兵だった。

 

 五体。

 

 剣。

 

 槍。

 

 盾。

 

 それぞれ異なる武器を持っている。

 

「あれがスパルトイか」

 

 骸骨兵たちはバンを見つけると、音もなく陣形を変えた。

 

 盾を持つ二体が前へ出る。

 

 その隙間から槍が伸び、剣を持つ個体が左右へ分かれた。

 

 人間の兵士と変わらない動きだった。

 

「本当に武器使うんだな」

 

 正面の盾が迫る。

 

 バンはクレシューズを短く持ち、盾の中央へ突き出した。

 

 黒い盾が大きくへこむ。

 

 持っていたスパルトイごと、後方の槍兵へ吹き飛んだ。

 

 左右から剣が迫る。

 

 バンは身体を僅かに沈め、二本の刃を避けた。

 

 そのままクレシューズを伸ばす。

 

 一節が右側の剣へ絡みつき、武器を奪い取った。

 

 続けて別の節が、左側のスパルトイの脚を払う。

 

 黒い骨が石床へ倒れた。

 

 だが、砕けてはいない。

 

 すぐに腕を立て、起き上がろうとする。

 

「上の奴より丈夫だな」

 

 バンが片手を向けた。

 

「獲物狩り《フォックスハント》」

 

 五体のうち、最も近い個体から魔石が抜けた。

 

 黒い骸骨兵の身体が灰へ変わる。

 

 魔石は中層の大型種よりも大きかった。

 

 残る四体は仲間が倒されたことに怯まず、再び陣形を組もうとする。

 

「一体ずつは面倒だな」

 

 バンはクレシューズを握り直し、四節の神器を横へ振るった。

 

「乱獲《クレイジーハント》」

 

 クレシューズが白い通路へ広い弧を描く。

 

 盾を構えた個体。

 

 槍を突き出そうとしていた個体。

 

 床から立ち上がった個体。

 

 四体の胸から、魔石が一斉に奪い取られた。

 

 黒い骨の身体が同時に灰へ変わる。

 

 通路に残ったのは、五つの魔石と、武器の一部だった。

 

「確かにでけぇな」

 

 魔石を拾う。

 

 どれも恐竜種の通常個体から得た物と同じか、それ以上の大きさがある。

 

 バンは鞄を下ろした。

 

 比較する。

 

 最も小さい恐竜種の魔石を二つ取り出し、代わりにスパルトイの魔石を入れた。

 

 残り三つも入れようとしたが、鞄の口が閉まらない。

 

「もう駄目か」

 

 素材も確認する。

 

 アルマロサウルスの棘。

 

 シャドーラプトルの爪。

 

 翼竜型の翼膜。

 

 バジリスクの鱗と毒牙。

 

 珍しさでは、どれも捨てにくい。

 

 バンは恐竜種の魔石をさらに三つ取り出し、スパルトイの物と入れ替えた。

 

「これでいいな」

 

 置いていく魔石は、壁際へまとめた。

 

 帰還する冒険者が見つければ、拾っていくだろう。

 

 スパルトイの武器も見る。

 

 黒い剣は途中で折れていた。

 

 槍も、魔石を失ったあとに灰の一部へ巻き込まれ、先端だけが残っている。

 

 盾の欠片は硬いが、重くて場所を取る。

 

「持つほどじゃねぇか」

 

 すべて置き、先へ進んだ。

 

 

        ◇

 

 

 白い迷宮のモンスターは、スパルトイだけではなかった。

 

 二つ目の円環へ入る手前で、筋肉質な巨人型が三体現れた。

 

 武器は持っていない。

 

 だが、腕はバンの胴ほど太く、拳を振るうだけで白い壁へ亀裂が入る。

 

「あれがバーバリアンか」

 

 一体が正面から突進する。

 

 別の二体は左右へ回り、逃げ道を塞いだ。

 

 動きは単純だが速い。

 

 バンは正面の拳を片手で受け止めた。

 

 衝撃が石床を伝い、足元へ細い亀裂が走る。

 

「力は恐竜より弱ぇな」

 

 腕を引く。

 

 巨人型の身体が前へ崩れた。

 

 バンはその頭を掴み、右から迫っていた個体へ投げつける。

 

 二体が衝突し、白い壁へ一緒に叩きつけられた。

 

 残る一体が背後から両腕を振り下ろす。

 

 バンは振り返りながらクレシューズを伸ばした。

 

 一節が両足へ巻きつく。

 

 軽く引くと、巨大な身体が宙へ浮いた。

 

 そのまま二体の上へ落とす。

 

「まとめた方が楽だな」

 

 バンはクレシューズを握り、大きく振るった。

 

「乱獲《クレイジーハント》」

 

 三体の胸から魔石が抜ける。

 

 巨人型の身体は重なったまま灰へ変わり、黒紫色の石だけが白い床へ落ちた。

 

 拾い上げる。

 

 スパルトイよりも僅かに大きい。

 

「また入れ替えか」

 

 鞄を開き、今度はスパルトイの魔石から小さい物を選ぶ。

 

 戦うたびに、持っている魔石が大きな物へ変わっていく。

 

 地上へ持ち帰れば、どれほどの金になるのか。

 

 バンは知らない。

 

 ただ、大きい方が高いと聞いた。

 

 それだけで選んでいた。

 

 白い通路をさらに進む。

 

 先行した遠征隊の痕跡は、中心へ近づくほど増えていった。

 

 砕かれた黒い骨。

 

 黒曜石のような装甲片。

 

 大きく抉れた石床。

 

 壁を焼いた魔法の跡。

 

 巨大な武器で、通路ごと斬り裂いたような亀裂もある。

 

「随分派手に進んだな」

 

 誰が残した傷なのかは分からない。

 

 何人もの冒険者がモンスターを倒しながら、この道を進んだのだろう。

 

 少なくとも、少人数で付けられる痕跡ではなかった。

 

 大規模な遠征隊が通った道だということだけは分かる。

 

「まだ先か」

 

 通路の奥。

 

 巨大な白い門が見えた。

 

 その左右には、円環を示す数字が刻まれている。

 

 二つ目の円を越え、三つ目へ続く門らしい。

 

 門の表面には、無数の武器傷が残っていた。

 

 さらに上部には、通常のモンスターでは届かない高さまで伸びる巨大な亀裂がある。

 

 バンが門へ近づいた時、反対側から低い音が響いた。

 

 何かが地面を歩いている。

 

 一体ではない。

 

 硬い足音。

 

 武器を引きずる音。

 

 獣の唸り声。

 

 これまでに聞いたスパルトイやバーバリアンより数が多い。

 

 バンはクレシューズを肩から下ろした。

 

「深層ってのも、やっと面白くなってきたな」

 

 白い門の向こう。

 

 さらに広大な迷宮の奥へ、赤い旅人は足を踏み入れた。




今回は第三十六階層のオアシスで食事や装備の手入れを行ったあと、深層の入口となる第三十七階層〈白の迷宮〉へ進みました。

灼熱と極寒が続いた砂漠から、巨大な白い建造物のような迷宮へ景色が一変しています。また、スパルトイやバーバリアンなど、武器や集団戦術を用いる深層のモンスターとの戦いを描きました。
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