強欲の旅人は神の恩恵を受けない   作:ルクエリシオン

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第88話 白の闘技場

 白い門を越えた先には、先ほどまでよりも広い通路が伸びていた。

 

 左右の壁には、等間隔に太い柱が並んでいる。

 

 天井もさらに高い。

 

 だが、開放感はなかった。

 

 白い壁と柱がどこまでも続き、自分が進んでいるのか、同じ場所へ戻っているのか分かりにくい。

 

 聞こえていた足音が近づいてくる。

 

 硬い靴音。

 

 爪が石床を擦る音。

 

 武器を引きずる音。

 

 最初に門の向こうから姿を現したのは、二本の曲剣を持つ大柄なトカゲ人だった。

 

 身体を覆う鱗は暗い緑色。

 

 中層で見たリザードマンより一回り以上大きく、胸と肩には黒い防具を着けている。

 

「あれがリザードマン・エリートか」

 

 第三十六階層のオアシスで、ドワーフから聞いた名前だった。

 

 その後ろから、同じ種が五体現れる。

 

 剣。

 

 槍。

 

 斧。

 

 持っている武器はそれぞれ違う。

 

 さらに、通路の左右に並ぶ柱の陰から、全身を黒曜石のような装甲で覆った兵士型のモンスターが歩み出た。

 

 六体。

 

 長剣や大槌を握り、黒い兜の奥には顔らしいものが見えない。

 

「黒い鎧の方が、オブシディアン・ソルジャーだったな」

 

 名前を思い出した直後、モンスターたちが動いた。

 

 リザードマン・エリートが左右へ分かれる。

 

 オブシディアン・ソルジャーは中央に並び、大きな盾を前へ構えた。

 

 先ほど戦ったスパルトイよりも、さらに重い陣形だった。

 

「随分きっちり並ぶな」

 

 中央の盾兵が前進する。

 

 背後から、リザードマン・エリートの長槍が伸びた。

 

 盾で足を止め、その隙間から突く。

 

 左右の個体は、バンの逃げ道を塞ぐように回り込んでいる。

 

 バンはクレシューズを肩へ担いだまま、片手を伸ばした。

 

「なら、先に取るか」

 

 狙うのは魔石ではない。

 

 モンスターたちが握っている武器。

 

 バンの魔力。

 

 触れることなく、離れた物や力を奪い取る能力。

 

「強奪《スナッチ》」

 

 最初に、リザードマン・エリートが握っていた槍が動いた。

 

 太い指の間から強引に抜け、バンの手元へ飛んでくる。

 

 続いて曲剣。

 

 斧。

 

 石造りの棍棒。

 

 オブシディアン・ソルジャーが両手で構えていた大槌まで、持ち主の力へ逆らって宙へ浮いた。

 

 十を超える武器が、白い通路を飛ぶ。

 

 モンスターたちは空になった両手を見る。

 

 バンは飛んできた長槍を片手で掴んだ。

 

「武器持ってても、取られたら意味ねぇな」

 

 盾を残した兵士型が、そのまま突進してくる。

 

 バンは奪った槍を横へ振った。

 

 槍の柄が黒い盾へぶつかる。

 

 武器の方が耐えきれず、中央から折れた。

 

 だが、衝撃を受けたオブシディアン・ソルジャーは盾ごと後方へ飛び、仲間二体へ激突する。

 

 黒い装甲がぶつかり、硬い音が響いた。

 

 左右から、武器を奪われたリザードマン・エリートが爪を振るう。

 

 バンは折れた槍を捨てた。

 

 クレシューズを短く持ち、右から来た個体の顎へ打ち込む。

 

 大きな身体が宙へ浮く。

 

 そのまま左から迫っていた個体へ衝突した。

 

 二体が絡み合い、白い床を転がっていく。

 

 別のオブシディアン・ソルジャーが、何も持たない拳を振り下ろした。

 

 バンは空いている手で受け止める。

 

 黒曜石の拳が、手の平の上で止まった。

 

「鎧は硬ぇみてぇだけど」

 

 腕を引く。

 

 兵士型の巨体が前へ崩れた。

 

 バンは兜を掴み、そのまま白い床へ叩きつける。

 

 石床へ亀裂が走った。

 

 黒い装甲にも何本ものひびが入る。

 

「中身まで重いわけじゃねぇな」

 

 残った個体が一斉に迫る。

 

 バンはクレシューズを伸ばした。

 

 四つの節が、白い柱の間を不規則に走る。

 

 一節がリザードマン・エリートの足へ巻きつく。

 

 別の一節はオブシディアン・ソルジャーの首へ回り込み、三体目の盾を尖った先端が横から弾いた。

 

 引く。

 

 複数のモンスターが、通路の中央へまとめて投げ出された。

 

 バンは片手を向けようとした。

 

 だが、すぐに止める。

 

「魔石取っても、もう入らねぇか」

 

 鞄はすでに大型の魔石と素材で膨らんでいる。

 

 ここで十体以上から魔石を回収しても、大半を置いていくことになる。

 

 バンはクレシューズを短く戻した。

 

 床へ倒れたモンスターたちが起き上がる前に、黒い装甲の中心へ一撃を打ち込む。

 

 ひびの入った外殻が砕けた。

 

 内部の魔石まで衝撃が届き、オブシディアン・ソルジャーの身体が灰へ変わる。

 

 続けてクレシューズを振るう。

 

 曲がりながら伸びた節が、リザードマン・エリートの胸を正確に貫いた。

 

 魔石が砕け、巨体が崩れる。

 

 一体。

 

 二体。

 

 残るモンスターも、クレシューズの軌道を捉えられない。

 

 正面から伸びたと思った先端が柱の裏へ回り込み、側面から魔石を打ち抜く。

 

 盾を構えた個体には、盾を避けて背後から節が突き刺さった。

 

 最後の一体が灰へ変わる。

 

 白い通路に残ったのは、奪われた武器と黒い装甲の欠片だった。

 

「こっちでも倒せるな」

 

 魔石を直接抜く方が早い。

 

 だが、回収する必要がないなら、クレシューズで魔石を砕いても結果は同じだった。

 

 バンは足元に落ちている曲剣を拾う。

 

 刃は厚く、深層のモンスターが振るっていた物だけあって重い。

 

 しかし、特別な素材には見えなかった。

 

「持ってくほどじゃねぇか」

 

 曲剣を床へ戻し、先へ進んだ。

 

 

        ◇

 

 

 三つ目の円環は、それまで以上に分かれ道が多かった。

 

 一本の通路が三つに分かれ、その先で再び交わる。

 

 壁へ沿って進んでいるつもりでも、曲がり角を越えると方角が変わっていた。

 

 先行した遠征隊が残した白い布や傷がなければ、どこへ向かっているのか分からなくなっていただろう。

 

 バンは壁へ刻まれた矢印を追う。

 

 途中、白い布が二方向へ分かれていた。

 

「どっちだ?」

 

 右の道には、複数の靴跡が残っている。

 

 左側にも武器で壁を削った跡があった。

 

 どちらも人の手による目印に見える。

 

 バンは少し考え、右へ入った。

 

 しばらく進むと、通路の光が弱くなっていく。

 

 天井へ埋まっていた白い結晶の数が減り、柱の間には深い影が落ちていた。

 

 その影の一つが動く。

 

 白い頭蓋骨。

 

 だが、身体は見えない。

 

 浮かぶ羊の頭だけが、暗闇を滑るように移動している。

 

「何だ、あれ」

 

 次の瞬間、白い頭蓋骨の下から黒い皮膜が開いた。

 

 骨だけでできた四本の脚。

 

 細い胴体。

 

 羊に似た怪物が、影の中から姿を現した。

 

 一体ではない。

 

 柱の陰に、同じ頭蓋骨がいくつも浮かんでいる。

 

 バンは正式名称を聞いていなかった。

 

「骨の羊か?」

 

 怪物の口が開く。

 

 羊の頭蓋骨の奥から、黒い杭のような物が飛び出した。

 

 続けて別の個体も射出する。

 

 十本以上の黒い杭が、前後左右からバンへ迫った。

 

 バンは片手を上げる。

 

 狙いを、自分へ飛んでくる杭だけに絞った。

 

「強奪《スナッチ》」

 

 黒い杭の軌道が変わる。

 

 バンの身体へ突き刺さる直前、すべてが空中で止まり、伸ばした手の方へ引き寄せられた。

 

 一本を掴む。

 

 残りは足元へ落ち、硬い音を響かせる。

 

「自分のもん返してやるよ」

 

 掴んだ杭を投げる。

 

 黒い影を突き抜け、骨の羊の頭蓋骨へ刺さった。

 

 怪物の身体が大きく揺れる。

 

 魔石までは届かなかったらしい。

 

 それでも暗闇へ隠れる動きは止まった。

 

 バンは石床を蹴る。

 

 一気に距離を詰め、クレシューズの柄を頭蓋骨へ振り下ろした。

 

 骨が砕け、内部の魔石も同時に壊れる。

 

 灰が暗い皮膜の間から噴き出した。

 

 残る骨の羊たちが影へ紛れる。

 

 気配まで薄くなり、白い頭蓋骨の輪郭も見えなくなった。

 

「隠れんのか」

 

 バンは目を閉じた。

 

 クレシューズを握る手へ意識を集中させる。

 

 呼吸。

 

 石床へ触れる僅かな脚音。

 

 黒い皮膜が空気を押す音。

 

 再び杭が放たれる直前、クレシューズの一節が影の中へ伸びた。

 

 硬い物を捉える。

 

 引くと、姿を隠していた怪物が柱の陰から引きずり出された。

 

「見えなくても、いなくなったわけじゃねぇな」

 

 その身体を別の影へ投げつける。

 

 二体が衝突し、床へ転がった。

 

 骨が擦れる音を頼りに、クレシューズを振るう。

 

 四つの節が柱の間を走り、隠れていた個体だけを次々と打ち抜いた。

 

 黒い皮膜。

 

 頭蓋骨。

 

 骨の脚。

 

 すべてが灰へ変わっていく。

 

 最後の一体が消えると、暗い通路に静けさが戻った。

 

「こっちは、武器取っても意味なかったな」

 

 バンは床へ落ちた黒い杭を見る。

 

 怪物の身体から生み出された物らしく、しばらくすると灰になって消えた。

 

 素材も残っていない。

 

 右の道をさらに進んだが、待っていたのは行き止まりだった。

 

 壁には、大きく崩れた跡がある。

 

 先行した遠征隊が進んだ当時は、通路が続いていたのかもしれない。

 

 だが、現在は白い壁によって完全に塞がれていた。

 

「こっちじゃなかったか」

 

 バンは来た道を戻った。

 

 

        ◇

 

 

 分岐点まで戻り、今度は左の道へ入る。

 

 こちらにもモンスターはいた。

 

 狼の頭を持つ、小柄で筋肉質な人型。

 

 石の短剣や棍棒を持ち、十数体の群れで通路を移動している。

 

 正式名称は分からない。

 

 骨の羊とは違い、姿を隠してはいなかった。

 

 だが、動きが速い。

 

 壁や柱を蹴り、立体的に走っている。

 

 バンは群れの後方から、その動きを眺めた。

 

「また武器持ってんな」

 

 倒すだけなら難しくない。

 

 手を伸ばせば、持っている短剣や棍棒も奪える。

 

 魔石を抜くこともできる。

 

 だが、鞄はいっぱいだった。

 

 戦っても、得られる物を持ち帰れない。

 

 群れの向こうには、円環の内側へ続く白い門が見えている。

 

「面倒だな」

 

 バンはクレシューズを背中へ戻した。

 

 呼吸を浅くする。

 

 足音を消す。

 

 身体から漏れる力も、視線も、存在そのものも、周囲から切り離していく。

 

「絶気配《ゼロサイン》」

 

 バンの気配が消えた。

 

 そこに立っている。

 

 姿もある。

 

 それでも、モンスターたちはバンの存在を認識できない。

 

 狼頭の怪物が一体、すぐ近くまで歩いてきた。

 

 鼻を動かす。

 

 周囲の匂いを確かめるように顔を上げたが、目の前にいるバンへ視線を止めることはなかった。

 

 その横を歩いて通り過ぎる。

 

 群れの中央へ入っても、誰も反応しない。

 

 石の短剣を持つ怪物が、バンの赤い長衣へ触れそうな距離を横切った。

 

 バンは半歩だけ身体をずらす。

 

 怪物同士の間を抜け、白い門まで進んだ。

 

「戦わなくていいなら、こっちの方が楽だな」

 

 声は出さない。

 

 気配を消したまま、門の先へ入った。

 

 

        ◇

 

 

 門を越えた先で、景色が大きく変わった。

 

 長く狭い通路ではない。

 

 巨大な円形空間。

 

 中央には広大な石床があり、その周囲を何段もの白い石席が囲んでいる。

 

 闘技場。

 

 人間が競技を行うために作ったような形をしている。

 

 だが、観客はいなかった。

 

 石席。

 

 中央の広場。

 

 周囲へ並ぶ複数の門。

 

 そのすべてを、無数のモンスターが埋めていた。

 

 スパルトイ。

 

 バーバリアン。

 

 リザードマン・エリート。

 

 オブシディアン・ソルジャー。

 

 先ほど見た骨の羊や、狼頭の人型も混ざっている。

 

 数十体ではない。

 

 百を超えていた。

 

 さらに白い壁が膨らみ、新しいモンスターが生まれようとしている。

 

 石の殻が割れ、黒い骨の腕が外へ伸びた。

 

 一体生まれた直後に、別の場所からも次が現れる。

 

「ここで全部倒しても、また出てきそうだな」

 

 バンは気配を消したまま、闘技場の上部から中央を見下ろした。

 

 遠回りする通路もある。

 

 だが、反対側へ続く白い門までは、闘技場の中央を横切るのが最も早い。

 

 通常なら、この数のモンスターの中へ入ること自体が自殺行為だろう。

 

 倒している間にも、壁から次が生まれる。

 

 魔石を回収する時間もない。

 

「なら、通るだけでいいな」

 

 バンは石段を下りた。

 

 モンスターの群れへ近づく。

 

 スパルトイが剣を構えて周囲を巡回している。

 

 リザードマン・エリート同士が、何かを争うように唸り声を上げていた。

 

 バーバリアンが石床へ拳を叩きつけ、近くにいた狼頭の怪物を追い払う。

 

 誰もバンを見ない。

 

 気づかない。

 

 バンはモンスターたちの間を、普段と変わらない足取りで歩いた。

 

 右側でスパルトイの槍が振られる。

 

 別の怪物へ向けた攻撃だ。

 

 バンは少し頭を下げ、穂先の下を通り抜けた。

 

 前方では、オブシディアン・ソルジャーが大盾を構えている。

 

 横に空いた僅かな隙間へ身体を入れ、肩が触れないように抜ける。

 

 中央へ進むほど、モンスターの数は増えた。

 

 足の置き場すら少ない。

 

 それでも、バンが気配を断ち続ける限り、群れが一斉に襲いかかってくることはなかった。

 

 闘技場の中央。

 

 白い石床には、大規模な戦闘の跡が残っている。

 

 焼けた円形の痕。

 

 巨大な武器で抉られた溝。

 

 砕けた黒い装甲。

 

 ここでも先行した遠征隊が戦ったらしい。

 

 誰が残した傷なのかは分からない。

 

 バンは足を止めず、その上を通り過ぎる。

 

 新しいスパルトイが、すぐ近くの壁から生まれた。

 

 黒い骨の身体が石の殻を破り、床へ降り立つ。

 

 バンの正面を塞ぐ位置だった。

 

 生まれたばかりの骸骨兵は周囲を見回す。

 

 バンの方にも顔を向けた。

 

 だが、認識はしない。

 

 盾を持ち直し、別のモンスターへ向かって歩き始めた。

 

 バンはその横を抜ける。

 

「便利だな、これ」

 

 声にすれば気づかれる可能性がある。

 

 口には出さず、反対側の白い門へ到着した。

 

 門の奥へ入る。

 

 モンスターの群れが見えなくなるまで進んでから、《絶気配》を解いた。

 

 途端に、身体の存在が迷宮へ戻る。

 

 遠くで何体かのモンスターが反応するように声を上げた。

 

 だが、すでに闘技場の外だった。

 

「全部相手にする必要もねぇな」

 

 これまでは、現れたモンスターをほとんど倒して進んできた。

 

 魔石や素材を集める目的もあった。

 

 今は違う。

 

 鞄は満杯。

 

 敵の数は、倒してもすぐに補充される。

 

 戦う意味がないなら、気づかれずに抜ければいい。

 

 バンは白い通路を進んだ。

 

 

        ◇

 

 

 闘技場を抜けた先は、四つ目の円環へ続いていた。

 

 通路の幅は再び狭くなる。

 

 ただし、周囲の柱は減り、壁には縦に長い溝が刻まれていた。

 

 その溝の一つから、熱い風が流れてくる。

 

 バンは足を止めた。

 

 壁へ何かが張り付いている。

 

 暗緑色の長い身体。

 

 蛇に似ているが、四本の脚がある。

 

 背中からは無数の鋭い針が伸び、壁へ爪を食い込ませていた。

 

 身体の長さは、先ほど戦ったバジリスクには及ばない。

 

 それでも、通路を塞ぐには十分な巨体だった。

 

 怪物の背中にある針が、僅かに動く。

 

 バンへ向いていた。

 

「今度は、針の生えた蛇か」

 

 正式名称は知らない。

 

 怪物が大きく息を吸う。

 

 口の奥へ赤い光が集まり、背中の針から紫色の液体が滴った。

 

 火と毒。

 

 どちらも、バンにとって大きな脅威ではない。

 

 だが、赤い長衣にとっては別だった。

 

 バンは肩に残る穴と、焦げた袖を見る。

 

「これ以上、服を壊すなよ」

 

 クレシューズを肩から下ろす。

 

 暗緑色の怪物が壁を蹴り、白い通路へ飛び降りた。




第88話までお読みいただき、ありがとうございます。

今回は〈白の迷宮〉の武器を扱うモンスターから、バンの魔力そのものである《強奪》を使って武器を奪いました。

また、魔石や素材を持ちきれない状態で無数のモンスターと戦う必要はないため、《絶気配》で闘技場を通り抜けています。すべての敵を倒すだけではなく、状況に応じて能力を使い分けるバンを描きました。
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