王座の間から続く階段を下りるにつれて、周囲の色が変わっていった。
第三十七階層を形作っていた白い岩が少しずつ濁り、灰色の筋が混ざり始める。
規則正しく並んでいた柱や装飾も消えた。
代わりに現れたのは、自然に割れたような岩壁と、上下左右へ複雑に伸びる亀裂だった。
「急に普通の洞窟みてぇになったな」
最後の段を下りる。
第三十八階層。
バンの目の前には、巨大な縦穴のような空間が広がっていた。
底は見えない。
灰色の岩棚が何段にも重なり、壁から突き出した細い道が、空間の中を不規則に走っている。
上からは細かな石の欠片が落ち続けていた。
一つが暗闇へ消える。
しばらく待っても、底へ当たる音は聞こえなかった。
「落ちたら、戻るのが面倒そうだな」
バン自身は、落下した程度では死なない。
だが、鞄の中身は別だ。
魔石なら多少ぶつけても問題ないが、酒瓶や鍋、保存食まで岩壁へ叩きつけられれば無事では済まない。
バンは背負った鞄の紐を引き、身体へ密着させた。
道らしきものはある。
ただし、これまでの階層のように案内板や人工的な目印は見当たらない。
岩壁へ付いた武器傷も少なく、先行した遠征隊の痕跡らしきものは途中で途切れていた。
「どっちだ?」
右へ伸びる岩棚。
下へ続く狭い坂。
正面には、クレシューズを使わなければ届かないほど離れた足場がある。
バンはしばらく周囲を見た。
下から、僅かに風が吹き上がってくる。
冷たく、湿った風だ。
その流れの中に、人間の焚き火や料理の匂いは混ざっていない。
ただ、正面の岩棚には新しい靴跡が残っていた。
「向こうか」
クレシューズを伸ばす。
先端の一節を、離れた場所へ立つ灰色の岩柱へ巻きつけた。
鞄を片手で押さえながら、身体を引き寄せる。
底の見えない縦穴の上を横切り、反対側の岩棚へ着地した。
灰色の石が靴の下で崩れる。
バンは足元を確認しながら進んだ。
道幅は一定ではない。
二人並べる場所もあれば、壁へ身体を寄せなければ通れない場所もある。
途中には、大きな爪で岩を削ったような跡が残っていた。
人のものではない。
何かが、垂直に近い壁を歩いたらしい。
「でけぇ奴も通んのか?」
足元の岩が小さく揺れた。
最初は、上から石が落ちた振動だと思った。
だが、揺れは止まらない。
一定の間隔で近づいてくる。
一歩。
また一歩。
岩壁の奥から、何かが歩いていた。
バンが立ち止まる。
正面の壁へ亀裂が走った。
灰色の岩が外側へ膨らみ、一気に砕ける。
破片と土煙の中から、巨大な頭部が現れた。
平たく厚い頭。
左右へ広がる大きな角。
六本の脚。
身体のほとんどを、灰色の岩に似た外殻が覆っている。
壁の中を掘り進んできたらしい。
怪物は細い岩棚へ身体を押し出し、黄色い目でバンを見た。
「岩と同じ色だな」
正式な名前は分からない。
怪物は口を大きく開いた。
牙はない。
代わりに、口の内側へ何列もの硬い突起が並んでいる。
岩を噛み砕くためのものらしい。
怪物が頭を振る。
左右へ伸びた角が岩壁を削り、大量の破片を飛ばした。
砕けた岩が、バンと背中の鞄へ降り注ぐ。
「荷物に当てんなよ」
バンが片手を伸ばした。
「強奪《スナッチ》」
落下していた岩の軌道が変わる。
大小の破片が空中で引き寄せられ、バンの伸ばした手の前へ集まった。
そのまま腕を横へ払う。
奪い取った岩石が、灰色の怪物へ向かって飛んだ。
硬い外殻へ次々と衝突する。
表面に傷は付いたが、割れてはいない。
「石じゃ無理か」
怪物は六本の脚で岩棚を蹴った。
大きな頭部を下げ、角を正面へ向けて突進してくる。
道幅は狭い。
避ければ、怪物はそのまま背後の壁へ突っ込むだろう。
だが、擦れ違う際に鞄へ角が当たる可能性がある。
バンは避けなかった。
クレシューズを短く持ち、迫ってきた二本の角の間へ差し込む。
重い衝撃が腕へ伝わった。
足元の岩棚が大きく沈む。
亀裂が走り、端の一部が縦穴へ崩れ落ちた。
「結構重ぇな」
怪物は脚を動かし続けている。
六本の爪が岩へ食い込み、バンを縦穴の端へ押そうとする。
バンの靴底が僅かに滑った。
「でも、その程度だぞ」
クレシューズを握った片腕を持ち上げる。
巨大な怪物の前脚が、地面から離れた。
身体が傾く。
バンは角へクレシューズを引っ掛けたまま、怪物を横へ投げた。
灰色の巨体が壁へ激突する。
岩壁が大きく陥没し、六本の脚が宙でもがいた。
怪物はすぐに身体を戻そうとした。
バンはクレシューズを伸ばす。
四つの節が外殻へ巻きついた。
「もう一回だ」
引くと同時に身体を捻る。
怪物の巨体が壁から剝がれ、今度は反対側へ叩きつけられた。
外殻へ大きな亀裂が入る。
灰色の破片が剝がれ落ち、その下から黒い皮膚が見えた。
怪物が怒ったように身体を震わせる。
六本の脚を岩へ突き立て、再び起き上がった。
「まだ動くのか」
バンはクレシューズを縮め、一歩踏み込んだ。
ひびの入った外殻へ、短く持った神器を突き出す。
硬い殻が砕けた。
その奥にあった魔石まで衝撃が届く。
怪物の身体が止まった。
灰色の外殻と黒い皮膚が、同時に灰へ変わっていく。
狭い岩棚へ積もった灰は、下から吹き上がる風に運ばれ、縦穴の中へ消えていった。
残った物は少ない。
角の一部。
外殻の欠片。
魔石は砕いているため、残っていなかった。
バンは灰色の外殻を一つ拾う。
人の胸ほどの大きさがある。
軽く叩くと、岩のような音がした。
「硬ぇけど、入らねぇな」
鞄にはすでに空きがない。
持ち帰るために何かを置いていくほど、珍しい物なのかも分からなかった。
バンは外殻を元の場所へ戻した。
「拾わなくていいなら、戦うのも早いな」
魔石を抜いて回収する必要もない。
そのまま壊してしまえば、鞄の中身を整理する時間も減る。
バンは先へ進んだ。
◇
巨大な縦穴を半周ほど進んだところで、周囲の振動が再び強くなった。
先ほどの六本脚とは違う。
足音ではない。
岩の奥を、何かが高速で掘り進んでいる。
右側。
次は下。
さらに正面。
気配が岩壁の内部を移動していた。
「また壁ん中か」
バンがクレシューズを構えた直後、足元が大きく隆起した。
岩棚が下から砕かれる。
バンは鞄を押さえ、崩れる足場から跳んだ。
空中でクレシューズを伸ばし、上方の岩柱へ先端を巻きつける。
身体が縦穴の途中で止まった。
直前まで立っていた場所から、青い巨大な頭が突き出した。
三対の琥珀色の目。
頭部には、小さな穴が無数に並んでいる。
口は大きく開き、人間どころか、先ほどの怪物すら丸ごと呑み込めそうだった。
「今度はでけぇ蛇か?」
青い怪物は岩棚を完全に破壊し、長い身体を縦穴へ現した。
全長は十メートルを超えている。
足はない。
鱗に覆われた胴を岩壁へ擦りつけ、まるで水の中を泳ぐように動いていた。
六つの目が、宙へぶら下がるバンへ向く。
巨大な口が開いた。
「オレより鞄の方が食いやすそうに見えんのか?」
怪物が壁を蹴るように身体を曲げ、一気に飛びかかった。
バンはクレシューズの巻きついた場所を支点に、身体を横へ振る。
巨大な口が僅かな差で空を噛んだ。
青い怪物は勢いを止められず、反対側の岩壁へ頭から突っ込む。
壁が砕け、新たな穴が空いた。
バンはクレシューズを縮め、怪物の背中へ着地した。
青い鱗は滑りやすい。
怪物が全身を激しくくねらせ、バンを振り落とそうとする。
「暴れんな」
クレシューズの一節を頭部へ巻きつける。
バンは足を鱗の隙間へ掛け、そのまま強く引いた。
巨大な頭が後ろへ反る。
怪物はさらに身体を捻り、壁へ背中ごと衝突した。
バンを岩へ押し潰すつもりらしい。
背中と岩壁の間へ挟まれる直前、バンは怪物の身体を蹴って離れた。
赤い長衣を岩の角が掠める。
袖に新しい裂け目が入った。
「また服かよ」
青い怪物が、空中のバンへ再び口を開く。
今度は避けず、クレシューズの先端を上顎へ巻きつけた。
閉じようとする口を、強引に横へ引く。
怪物の進行方向が変わる。
巨体が縦穴の中央で回転し、尾が岩棚を薙ぎ払った。
灰色の道が何本も崩れ落ちる。
「道まで壊すな」
バンは身体を一度回した。
クレシューズで繋がった怪物の頭部が、その動きに引かれる。
青い巨体が宙で大きく振られ、岩壁へ叩きつけられた。
鈍い轟音。
壁へ巨大な亀裂が走る。
怪物の頭部から、何枚もの鱗が剝がれた。
それでも、まだ動く。
六つの目がバンを見た。
だが、再び襲いかかってはこなかった。
青い怪物は身体を岩の亀裂へ押し込む。
「逃げんのか?」
バンがクレシューズを引いた。
だが、怪物は自分の鱗を何枚も剝がしながら、強引に奥へ潜っていく。
周囲の岩が崩れた。
クレシューズの先端が外れ、青い巨体は壁の向こうへ消えた。
気配が下へ移動していく。
同じ階層の道を進んでいるのではない。
岩盤を掘り抜き、さらに深い場所へ向かっていた。
「階段使わなくても下りられんのか」
追おうと思えば追える。
だが、怪物が作った穴の奥は崩れ続けている。
鞄を背負ったまま入れば、酒瓶や食料まで岩に埋もれる可能性があった。
「まあ、また会ったら倒せばいいか」
バンは追跡をやめた。
怪物によって壊された道の代わりに、別の岩棚へクレシューズを伸ばす。
縦穴を渡り、下へ続く通路を探した。
◇
第三十九階層へ続く入口を見つけたのは、それからかなり歩いたあとだった。
案内板はない。
ただ、灰色の壁へ何本もの杭が打ち込まれ、その横に下へ続く緩やかな坂があった。
人の靴跡も多い。
「今度は合ってそうだな」
坂を下りる。
周囲の岩は、さらに淡い灰色へ変わっていった。
縦穴から吹いていた風も弱くなる。
怪物の気配が消えた。
壁から新しいモンスターが生まれる兆しもない。
やがて、視界が大きく開けた。
巨大な灰色の橋。
幅は街の大通りほどあり、左右には低い石の欄干が続いている。
橋の下には、底の見えない暗い空間が広がっていた。
一本だけではない。
大小さまざまな橋が何層にも重なり、遠くに見える巨大な岩山や足場を繋いでいる。
天井から降り注ぐ灰色の光が、無数の橋を淡く照らしていた。
「ここが安全階層か」
橋の向こうには、いくつもの焚き火が見える。
天幕。
荷物を積んだ台車。
武器や防具を手入れする冒険者たち。
第十八階層のような街はない。
それでも、橋の一部が遠征隊の休息場所として使われているらしい。
バンが近づくと、見張りをしていた女弓使いが弓を下ろした。
「第三十八階層から来たのか?」
「ああ」
「仲間は?」
「いねぇぞ」
女弓使いは、バンの後ろへ広がる橋を確認した。
「本当に一人か?」
「ああ」
「どこのファミリアだ?」
「入ってねぇ」
「無所属でここまで?」
「それ、何回聞かれんだろうな」
「普通は何度でも聞く」
女弓使いの視線が、膨らんだ鞄と破れた赤い長衣へ向く。
「負傷は?」
「服だけだぞ」
「服だけには見えないが……」
「針も毒も効かなかったからな」
「何と戦ってきたんだ?」
「色々だ」
バンは橋の奥を見る。
「ここで休んでいいのか?」
「ああ。第三十九階層〈迷宮の灰橋〉は安全地帯だ。通常のモンスターは生まれない。ただし、第三十八階層や第四十階層から入り込むことはあるから、橋の端には近づきすぎるな」
「さっき、壁ん中を進む青い蛇がいたぞ」
女弓使いの表情が変わった。
「どんな姿だ?」
「でかくて青い。目が六つあって、頭に穴がいっぱいあったな」
「ラムトンか」
「ラムトン?」
「階層を掘り抜いて移動する巨大な蛇だ。〈大蛇の井戸〉や〈ワーム・ウェール〉とも呼ばれている」
「階段使わねぇ奴で合ってんな」
「遭遇して逃げてきたのか?」
「あいつが逃げたぞ」
「……何?」
「壁に投げたら穴掘って下へ行った」
女弓使いは、しばらく言葉を失った。
「ラムトンを投げたのか?」
「ああ」
「一人で?」
「ああ」
「もういい。聞いた私が悪かった」
彼女は額を押さえながら、天幕の近くを指した。
「橋の中央なら休める。水は共同の樽から使っていいが、食料は自分で用意しろ」
「水があんのは助かる」
「第四十階層へ向かうつもりか?」
「ああ」
「その格好のまま?」
赤い長衣には、バジリスクの牙による穴。
炎で焦げた跡。
ペルーダの毒針に開けられた穴。
先ほど岩へ擦った新しい裂け目。
縫った部分より、傷んでいる部分の方が増え始めていた。
「休んでる間に直すぞ」
「直すという段階を過ぎているように見えるが……」
バンは気にせず、焚き火の空いている場所へ向かった。
◇
第三十九階層には、三つの遠征隊が休んでいた。
第四十階層以降へ向かう一団。
深層から帰還してきた一団。
そして、物資を第三十九階層まで運んできた補給隊。
補給隊の荷物には、保存食、水袋、予備の武器、防具の部品、薬などが積まれている。
バンは鞄を下ろした。
中身を並べる。
保存食はまだ残っている。
だが、最初に持ってきた量と比べればかなり減っていた。
水袋は二つ。
酒瓶は一本。
魔石と素材は、鞄の大半を埋めている。
「そりゃ閉まらねぇわけだ」
近くで荷物を整理していた小人族が、並べられた魔石を見て声を上げた。
「これを全部、一人で集めたんですか?」
「ああ」
「強化種の魔石……こっちはバジリスクですか?」
「ああ。でかい方から残したぞ」
「普通は種類や希少性も考えるんですけど」
「でかい方が高ぇって聞いたからな」
「だいたいは合っていますが、全部ではありません」
小人族は魔石と素材を一つずつ確認した。
バジリスクの毒牙。
鱗。
ペルーダの毒針。
アルマロサウルスの棘。
黒い爪。
深層モンスターの魔石。
「この毒針と毒牙なら、食料や布と交換できます」
「布あんのか?」
「深層用の補修布があります。鎧の下へ使う厚手の物なので、普通の服よりは丈夫ですよ」
「赤いのは?」
「ありません」
「ならいらねぇ」
「色を気にする状態ですか?」
「ああ」
迷いのない返事だった。
小人族は破れた長衣を見る。
「赤い布そのものはありませんが、裏から灰色の補修布を当てれば、外側の色はほとんど変わりません」
「それならいいぞ」
「本当に赤へこだわるんですね」
「気に入ってんだよ」
バンはペルーダの毒針を一本渡した。
その代わりに、補修布、太い糸、針、三日分ほどの保存食を受け取る。
「毒針一本で、こんなにいいのか?」
「むしろこちらが少し得をしています。状態が良く、毒も十分に残っていますから」
「なら酒もくれ」
「酒は積んでいません」
「使えねぇな」
「補給隊へ最初に求める物ではありませんよ」
小人族が苦笑した。
バンは長衣を脱ぎ、焚き火の近くへ座る。
補修布を穴の内側へ当て、太い糸を通していった。
上手くはない。
縫い目も揃っていない。
それでも、これまで使っていた細い糸よりは丈夫だった。
途中、近くにいたドワーフの女が見かねて手を伸ばした。
「貸せ」
「何だ?」
「その縫い方では、動いた瞬間に布ごと裂ける」
「着られりゃいいぞ」
「第四十階層以降で服を失いたくなければ、黙って渡せ」
バンは針と長衣を差し出した。
ドワーフの女は手際よく補修布を切り、肩、袖、脇腹へ当てていく。
外側から見える赤い布は残したまま、内側だけを厚く補強した。
「これなら、多少の爪や刃は防げる」
「炎は?」
「普通の布よりは燃えにくい。だが、竜の炎を受ければ焼ける」
「オレは平気なのにな」
「お前と同じ耐久力を服へ求めるな」
補修を終えた長衣を受け取る。
着直し、腕を回す。
少し厚くなったが、動きにくくはない。
外から見れば、縫い目が増えただけで赤い色もほとんど変わっていなかった。
「悪くねぇな」
「代金は?」
「さっき渡した針じゃ足りねぇのか?」
「あれは補給隊との交換だ。私は別だぞ」
バンは鞄の中を見る。
「魔石はでかすぎるな」
「飯を一杯でいい」
「それでいいのか?」
「さっきから鍋を持っているのが見えている。深層で自炊する妙な男の料理が、少し気になっただけだ」
「なら作るか」
バンは小鍋を取り出した。
◇
食事を終えたあと、バンは橋の欄干へ背中を預けた。
干し肉と豆の煮込み。
補給隊から受け取った乾燥野菜。
硬いパン。
食料を少し使ったが、交換した分を考えれば、鞄の中身は出発前より増えている。
ドワーフの女も約束通り一杯だけ食べ、満足そうに自分の天幕へ戻っていった。
バンは酒瓶を取り出す。
一口飲む。
第三十六階層から大切に持ってきた酒は、残り半分ほどになっていた。
「これも補給できりゃよかったんだけどな」
橋の下には、暗い空間が広がっている。
遠くでは、別の橋を歩く冒険者の魔石灯が小さく動いていた。
怪物の鳴き声は聞こえない。
壁から何かが生まれる音もなかった。
久しぶりの静けさだった。
バンは鞄を枕代わりにする。
酒瓶だけは中へ戻し、割れない位置へ置いた。
クレシューズを手の届く場所へ寝かせる。
眠る必要を強く感じていたわけではない。
それでも、ここまで長く歩き続けている。
食料や水を補充できる安全階層へ着いた以上、急いで進む理由もなかった。
「少し寝るか」
赤い長衣の襟を閉じる。
灰色の光が降り注ぐ橋の上で、バンは目を閉じた。
◇
目を開けた時、周囲の景色は変わっていなかった。
太陽も月もないため、どれほど眠っていたのかは分からない。
ただ、別の遠征隊が出発の準備を始めている。
身体の疲れは消えていた。
バンは起き上がり、鞄の中身を確認した。
水袋。
補充した保存食。
酒瓶。
大型の魔石と素材。
鞄は相変わらず重いが、必要な物は揃っている。
補強された赤い長衣も問題ない。
クレシューズを肩へ担ぐ。
橋の先には、下へ向かう大きな坂があった。
入口の横へ、四十の数字が刻まれている。
第四十階層。
橋の近くにいた冒険者から聞いた名は、〈巨人の墓場〉。
詳しい地形も、出現するモンスターの名前も分からない。
ただ、大型の怪物が多い場所だという。
「でかい奴なら、見失うこともねぇな」
バンは鞄の紐を締め直した。
安全地帯〈迷宮の灰橋〉を離れ、第四十階層へ続く坂へ足を踏み入れた。
第90話までお読みいただき、ありがとうございます。
今回は公開情報の少ない第三十八階層を抜け、深層の安全地帯である第三十九階層〈迷宮の灰橋〉へ到着しました。
第三十八階層では階層間を掘り進む巨大な蛇と遭遇し、第三十九階層で冒険者から《ラムトン》という正式名称を知る流れにしています。
また、満杯になっていた鞄の中身や食料を整理し、傷み続けていた赤い長衣も補強しました。
引き続き楽しんでいただけると嬉しいです。