強欲の旅人は神の恩恵を受けない   作:ルクエリシオン

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第91話 巨人の墓場

 第三十九階層〈迷宮の灰橋〉から続く坂を下りるにつれて、周囲を満たしていた灰色の光が薄れていった。

 

 足元の道は次第に狭くなり、左右の岩壁が高く迫ってくる。補修された赤い長衣の内側へ、乾いた冷気が入り込んだ。

 

 水の匂いはない。

 

 植物も、砂もない。

 

 代わりに漂っているのは、古い石と乾いた土、そして何かが朽ちたような臭いだった。

 

 坂の途中には、人の手で打ち込まれた鉄杭が並んでいる。その一部には、千切れかけた布が結び付けられていた。

 

 先行した冒険者たちが残した目印らしい。

 

「こっちは分かりやすくていいな」

 

 バンは鉄杭を追って進み、最後の下り坂を抜けた。

 

 目の前に現れたものを見て、足を止める。

 

 巨大な白い柱が、何本も地面から突き出していた。

 

 最初は岩柱に見えた。

 

 だが、形が不自然だ。

 

 緩やかに湾曲し、左右へ一定の間隔で並んでいる。その先には、山のように大きな白い塊が横たわっていた。

 

 空洞になった二つの穴。

 

 前へ突き出した顎。

 

 岩山だと思ったものは、巨大な頭蓋骨に似ている。

 

 湾曲した白い柱は、地面へ半分埋まった肋骨だった。

 

「これが巨人の墓場か」

 

 広大な空間の至るところに、巨大な骨が横たわっている。

 

 一本だけで街の橋ほど長い大腿骨。

 

 崖へ食い込んだ背骨。

 

 何十メートルもの高さまで積み重なる頭蓋骨。

 

 それらを避けるように、黒い道が複雑に伸びていた。

 

 本当に生物の骨なのか。

 

 それとも、ダンジョンが骨に似せて作った岩なのか。

 

 バンには分からない。

 

 近くにあった白い骨を、クレシューズの先端で軽く叩いてみる。

 

 返ってきたのは、石とも骨とも違う硬い音だった。

 

「食えそうにはねぇな」

 

 調理できるような物ではなさそうだ。

 

 バンは興味を失い、黒い道へ足を踏み入れた。

 

        ◇

 

 巨人の墓場には、小さな物がほとんどなかった。

 

 道を塞ぐ岩。

 

 地面へ埋まる骨。

 

 壁に残る爪痕。

 

 どれも人間の大きさを基準にしていない。

 

 足元には、バンの身体が丸ごと入るほど大きな足跡が続いていた。

 

 五本の指。

 

 深く沈んだ踵。

 

 一歩ごとの間隔も広い。

 

「名前通り、でけぇ奴ばっかいんのか?」

 

 答えるように、遠くで地面が揺れた。

 

 骨の山の向こうから、重い足音が近づいてくる。

 

 一歩進むたび、地面に積もっていた白い粉が跳ねた。

 

 やがて、巨大な頭蓋骨の陰から人型の怪物が姿を現した。

 

 身長は八メートル近い。

 

 太い二本の脚。

 

 大きく膨らんだ胴。

 

 腕は四本あり、それぞれが人間の身体よりも太かった。

 

 灰褐色の皮膚には、石のような突起が無数に生えている。

 

 二本の腕には、巨大な骨を削って作ったらしい棍棒を握っていた。

 

「本当に巨人か」

 

 正式な名前は知らない。

 

 怪物はバンを見つけると、四本の腕を広げて咆哮した。

 

 低い声が空間へ響き、近くに積み重なっていた骨が崩れる。

 

 続いて巨人は、片方の棍棒を両腕で持ち上げた。

 

 狙っているのはバンだけではない。

 

 背中の鞄まで、まとめて潰すつもりらしい。

 

「寝たあとに、すぐ荷物壊されんのは困るな」

 

 棍棒が振り下ろされる。

 

 バンは避けず、片手を伸ばした。

 

「強奪《スナッチ》」

 

 巨人の手から、巨大な骨の棍棒が抜けた。

 

 四本の指が強く握り締めていたにもかかわらず、武器だけが持ち主の力へ逆らって宙を飛ぶ。

 

 棍棒はバンの頭上を越え、背後の地面へ突き刺さった。

 

 武器を失った巨人は、自分の空になった手を見る。

 

「もう一本あんだろ」

 

 残っていた棍棒が横から振るわれた。

 

 バンは身体を僅かに沈める。

 

 巨大な骨が頭上を通過し、その風圧で赤い長衣が大きく揺れた。

 

 バンはクレシューズを伸ばす。

 

 一節が棍棒へ絡みついた。

 

 そのまま引く。

 

 二本の腕で握っていた巨人の身体ごと、前へ引き寄せられる。

 

「武器は取られるし、引っ張られるし、大変だな」

 

 バンはさらに強く引いた。

 

 巨人の両足が地面から離れる。

 

 八メートル近い巨体が前方へ倒れ込み、大きな頭が黒い地面へ激突した。

 

 衝撃で、周囲に積もっていた白い粉が一斉に舞う。

 

 巨人は四本の腕を地面へ突き、すぐに身体を起こした。

 

 額から黒い血を流している。

 

 それでも戦意は失っていない。

 

 四つの拳を握り、連続して振り下ろしてきた。

 

 一撃目が地面を砕く。

 

 二撃目が横にあった大腿骨を折る。

 

 三撃目はバンの肩へ届いた。

 

 重い拳が赤い長衣へぶつかり、バンの身体が横へ飛ぶ。

 

 背中から骨の山へ突っ込む直前、バンは身体を捻った。

 

 鞄を庇い、肩から白い骨へ衝突する。

 

 何本もの骨が折れ、白い破片が周囲へ散った。

 

 バンは破片の中から立ち上がる。

 

 補強された赤い長衣を見る。

 

 灰色の布を当てた部分は破れていない。

 

「丈夫になってんな」

 

 巨人の拳より、服の状態を確認した。

 

 怪物が再び迫ってくる。

 

 地面を踏み鳴らし、四本の腕を大きく開いた。

 

 今度は捕まえ、全身を潰すつもりらしい。

 

 バンは正面から走った。

 

 巨人が腕を閉じる直前、足元へ滑り込む。

 

 クレシューズの柄を、太い膝の裏へ打ち込んだ。

 

 怪物の脚が折れ曲がる。

 

 巨体が片膝をつき、四本の腕が空を掴んだ。

 

 バンはその腕の一本へクレシューズを絡ませる。

 

 肩。

 

 首。

 

 反対側の腕。

 

 四つの節が巨人の上半身を縛るように巻きついた。

 

「もう倒れとけ」

 

 バンがクレシューズを引く。

 

 巨人の身体が地面から浮き、そのまま背中から投げ落とされた。

 

 巨体の下で黒い地面が陥没する。

 

 それでも起き上がろうとする怪物へ、バンは片手を向けた。

 

「獲物狩り《フォックスハント》」

 

 分厚い胸の奥から、巨大な魔石が抜け出した。

 

 怪物の四本の腕が止まる。

 

 灰褐色の身体が黒い灰へ変わり、巨体の形を保ったまま崩れていった。

 

 黒紫色の魔石が、バンの手元へ飛んでくる。

 

「でけぇな」

 

 これまで深層で集めた通常種の魔石よりも大きい。

 

 強化種のブラッドサウルスやバジリスクの魔石には及ばないが、鞄へそのまま入る余裕はなかった。

 

 バンは荷物を下ろした。

 

 中身を確認する。

 

 第三十七階層で得たスパルトイやバーバリアンの魔石。

 

 恐竜種の魔石。

 

 バジリスクと強化種の大型魔石。

 

 さらに毒牙、鱗、黒い爪、アルマロサウルスの棘が入っている。

 

「こいつと交換だな」

 

 スパルトイの魔石を二つ取り出す。

 

 四本腕の巨人から奪った魔石を、大型用の袋へ入れた。

 

 空いた場所に食料や水袋が押し潰されないよう、布の位置も調整する。

 

 紐を締めれば、どうにか鞄は閉じた。

 

 巨人の灰の中には、石のような皮膚片と、太い爪も残っている。

 

 バンは一度見たが、拾わなかった。

 

「魔石だけで十分だな」

 

 置いていく魔石を骨の上へ並べ、先へ進んだ。

 

        ◇

 

 しばらく歩くと、人間の声が聞こえてきた。

 

「右を支えろ!」

 

「前衛を下げるな!」

 

「後ろにも来たぞ!」

 

 骨の山が邪魔をして、姿は見えない。

 

 バンは足音のする方向へ進み、巨大な頭蓋骨の間を抜けた。

 

 少し開けた場所に、九人の冒険者がいた。

 

 前衛が四人。

 

 魔導士が二人。

 

 弓使い。

 

 治療役。

 

 そして荷物を背負ったサポーター。

 

 彼らを取り囲んでいるのは、三体の大型モンスターだった。

 

 一体は、先ほどと同じ四本腕の巨人。

 

 別の一体は、背中へ巨大な甲殻を背負った六本脚の獣。

 

 残る一体は、首が異様に長い二足の怪物だった。頭部からは石の角が何本も伸びている。

 

 どれも正式な名前は分からない。

 

 冒険者たちも、固有名ではなく外見で呼び分けていた。

 

「四腕が来るぞ!」

 

「甲殻種を止めろ!」

 

「長首を魔導士へ近づけるな!」

 

 四本腕の巨人が、地面へ刺さっていた巨大な骨を引き抜いた。

 

 冒険者の前衛へ向けて横薙ぎに振るう。

 

 三人が盾を重ねた。

 

 骨と盾が衝突する。

 

 重い音が響き、前衛全員の足が地面を滑った。

 

「もたない!」

 

「詠唱まで時間を稼げ!」

 

 甲殻を背負った獣が、六本の脚で側面から突進する。

 

 もう一人の前衛が槍を向けた。

 

 穂先が甲殻へ当たる。

 

 火花が散ったが、突進は止まらない。

 

 槍の柄が折れ、男の身体が跳ね飛ばされた。

 

 後方へいたサポーターの近くへ落ちる。

 

「前衛が崩れた!」

 

 首の長い怪物が頭を下げた。

 

 角の間へ、黄色い光が集まっている。

 

 バンには、それが何をするのか分からない。

 

 だが、魔導士の女が顔色を変えた。

 

「伏せろ! 石弾が来る!」

 

 長首の怪物が頭を振る。

 

 角の間から、何十もの石の塊が射出された。

 

 前衛だけではない。

 

 魔導士と治療役、倒れている男まで範囲に入っている。

 

 バンは片手を伸ばした。

 

「そいつは邪魔だな」

 

 飛んでいた石弾が、冒険者たちへ届く前に軌道を変えた。

 

 すべてが一か所へ集まり、バンの伸ばした手の前で止まる。

 

「何だ!?」

 

「石が……!」

 

 冒険者たちが振り返る。

 

 バンは集めた石へ視線を向けた。

 

「返すぞ」

 

 腕を前へ払う。

 

 奪い取った石弾が、長首の怪物へ向かって飛んだ。

 

 頭。

 

 首。

 

 胸。

 

 自分で放った何十もの石が、硬い皮膚へ連続して衝突する。

 

 怪物が大きくよろめいた。

 

 バンはその間に、冒険者たちの前へ歩いていく。

 

「赤い服……」

 

「灰橋にいた男か?」

 

「何で一人でここにいるんだ?」

 

「下りてきたからだぞ」

 

「それは見れば分かる!」

 

 四本腕の巨人が、巨大な骨を振り上げる。

 

 バンは片手を向けた。

 

「強奪《スナッチ》」

 

 巨人の手から骨の棍棒が抜ける。

 

 今度は遠くへ捨てない。

 

 巨大な武器を空中で回転させ、そのまま甲殻を背負った獣へ叩きつけた。

 

 骨の棍棒が、厚い甲殻へ直撃する。

 

 硬い殻が一部割れ、六本脚の巨体が横倒しになった。

 

 冒険者たちは目を見開く。

 

「怪物の武器を奪ったのか?」

 

「ああ」

 

「それを別の怪物へ……」

 

「近くにいたからな」

 

 四本腕の巨人が武器を失ったまま走ってくる。

 

 甲殻の獣も身体を起こし、長首の怪物は再び石弾を作ろうとしていた。

 

 三体。

 

 それぞれが別の方向から迫る。

 

 バンはクレシューズを握り直した。

 

「魔石は一個あれば十分だけどな」

 

 四節の神器を大きく振るう。

 

「乱獲《クレイジーハント》」

 

 クレシューズが、三体をまとめて覆う広い弧を描いた。

 

 四本腕の巨人。

 

 甲殻を背負った六本脚の獣。

 

 首の長い二足の怪物。

 

 それぞれの身体の奥から、魔石が一斉に奪い取られた。

 

 巨人の胸。

 

 甲殻の内側。

 

 長い首の付け根。

 

 三つの大きな魔石が肉体を突き破り、バンの周囲へ飛んでくる。

 

 モンスターたちは、攻撃の途中で灰へ変わった。

 

 巨体が同時に崩れ、開けた場所へ黒い灰が広がっていく。

 

 冒険者たちは、武器を構えたまま動かなかった。

 

「……全部、終わったのか?」

 

「ああ」

 

「三体同時に?」

 

「ああ」

 

「どうやって」

 

「魔石を取ったぞ」

 

「それは見えた。なぜ取れるんだ?」

 

「オレの魔力だからな」

 

 説明はそれだけだった。

 

        ◇

 

 負傷していた男へ治療が行われる間、バンは三つの魔石を比較した。

 

 四本腕の巨人の物は、先ほど手に入れたものとほぼ同じ大きさだった。

 

 甲殻の獣から抜いた魔石は横に広い。

 

 長首の怪物のものは細長く、三つの中では最も小さかった。

 

「全部は入んねぇな」

 

 バンは四本腕の巨人の魔石を一つだけ残した。

 

 すでに持っている物と比較し、僅かに大きい方を鞄へ入れる。

 

 甲殻の獣の魔石も残す。

 

 細長い魔石と小さい方の巨人の魔石は、冒険者たちの前へ置いた。

 

「持ってけ」

 

「いいのか?」

 

 大盾を持った女が尋ねる。

 

「ああ。鞄に入らねぇ」

 

「この大きさの魔石を、そんな理由で……」

 

「代わりに下り道を教えろ」

 

「やはり交換条件か」

 

「いつも道聞く代わりに渡してんぞ」

 

 大盾の女は、魔石とバンを交互に見た。

 

「どこまで下りるつもりだ?」

 

「決めてねぇ」

 

「第四十階層まで一人で来て、まだ先へ進むのか?」

 

「ああ」

 

「第四十一階層からは、さらに大型種が増える。狭い通路でも、壁や地面を崩して現れるぞ」

 

「名前は分かんのか?」

 

「正式な名称が確認されていない種も多い。私たちも見た目で呼び分けている」

 

「さっきの四本腕もか?」

 

「ああ。少なくとも、私たちが所属するファミリアの記録には固有名がない」

 

「なら、四本腕でいいな」

 

「気にしないのか?」

 

「見りゃ分かるだろ」

 

 女は少し黙ったあと、骨の山の向こうを指した。

 

「第四十一階層へ続く道は、巨大な頭蓋骨を三つ越えた先にある。中央が割れている頭蓋骨を探せ。その顎の下に、下り坂がある」

 

「骨ばっかで分かりにくそうだな」

 

「三つの目を持つ頭蓋骨だ。ほかとは形が違う」

 

「最初からそう言えよ」

 

「最後まで聞け」

 

 周囲の冒険者たちが小さく笑った。

 

「それと、骨の橋には気をつけろ。中が空洞になっているものが多い。大型種が乗れば崩れる」

 

「落ちたら下に行けねぇのか?」

 

「正規の通路へ続いている保証はない。複数の巨大骨に挟まれ、身動きが取れなくなった者もいる」

 

「オレは平気そうだな」

 

「荷物は?」

 

 バンは背中の鞄を見る。

 

「そっちは困るな」

 

「なら橋を選べ」

 

 女は、さらに奥へ伸びる道を説明した。

 

 彼らは第三十九階層へ戻るらしい。

 

 負傷した前衛の鎧が大きくへこみ、予備の槍も折れている。このまま進むのは危険だと判断したようだった。

 

「本当に助かった」

 

 治療を終えた男が、支えられながら頭を下げた。

 

「たまたま通っただけだぞ」

 

「それでもだ。あのままなら全滅していた」

 

「次は盾で全部受けんなよ」

 

「……気をつける」

 

 バンは鞄を担ぎ直した。

 

 交換した魔石が加わり、さらに重くなっている。

 

 だが、食料と水の分が少し減ったため、まだ紐は閉じられた。

 

 冒険者たちと別れ、三つ目の頭蓋骨を目指して歩き出す。

 

        ◇

 

 教えられた道には、大型のモンスターが何体もいた。

 

 二本の頭を持つ巨人。

 

 全身を黒い毛で覆われた四足の獣。

 

 地面へ身体を半分埋め、通路そのものへ擬態する巨大な虫。

 

 どれも正式な名称は分からない。

 

 一体ずつ戦えば、倒すことは難しくなかった。

 

 だが、鞄は満杯で魔石も必要ない。

 

「全部相手にすんのも面倒だな」

 

 バンは巨大な頭蓋骨の陰へ入った。

 

 呼吸を浅くする。

 

 足音。

 

 視線。

 

 身体から漏れる力。

 

 存在を示すものを、すべて断つ。

 

「絶気配《ゼロサイン》」

 

 バンの気配が消えた。

 

 黒い毛に覆われた獣が、すぐ近くで鼻を動かす。

 

 匂いを探すように顔を左右へ向けるが、赤い長衣の男を認識できない。

 

 二つの頭を持つ巨人も、棍棒を引きずりながら横を通り過ぎた。

 

 バンは大型種の群れの間を歩く。

 

 身体まで消えたわけではない。

 

 巨大な足へ踏まれないよう、進路だけは確認する。

 

 道を塞ぐ個体がいれば、足の間を抜けた。

 

 通路へ擬態している虫の背中は避け、脇へ残った僅かな隙間を通る。

 

「でけぇと隙間も広くて助かるな」

 

 声には出さない。

 

 戦う必要のない怪物たちを残し、奥へ進んだ。

 

 やがて三つ目の巨大な頭蓋骨が見えてくる。

 

 ほかのものとは違い、額に三つの大きな空洞があった。

 

 中央から縦に割れ、顎の下には暗い坂が続いている。

 

 バンは頭蓋骨へ近づいた。

 

 その時、足元の白い骨が大きく揺れた。

 

 ひびが走る。

 

「何だ?」

 

 バンが立っている場所は、地面ではなかった。

 

 巨大な背骨の上だ。

 

 内部は空洞になっている。

 

 さらに背後から、大型種の足音が近づいてきた。

 

 気配を消しているため、バンを追っているわけではない。

 

 二つの頭を持つ巨人が、同じ背骨の上へ足を乗せた。

 

 重い一歩。

 

 白い骨のひびが広がる。

 

「おい、乗んな」

 

 巨人には聞こえない。

 

 もう一歩。

 

 背骨の中央が折れた。

 

 バンと二つ頭の巨人が、白い破片とともに下へ落ちていく。

 

 バンは反射的に鞄を抱えた。

 

 クレシューズを伸ばそうとするが、周囲から崩れた骨が落ちてくる。

 

 先端を巻きつけられる場所がない。

 

「本当に落ちたな」

 

 落下の途中で《絶気配》を解く。

 

 下から、冷たい風が吹き上がってきた。

 

 どれほど深いのか分からない。

 

 二つ頭の巨人が先に底へ落ちる。

 

 大きな轟音が響いた。

 

 続いてバンも、鞄を抱えたまま暗い空間へ落下した。

 

 地面へ足から着地する。

 

 衝撃で黒い床が陥没し、周囲へ白い骨が降り注いだ。

 

 バンはすぐに鞄を確認する。

 

 水の音はしない。

 

 酒瓶も割れていない。

 

「無事だな」

 

 近くでは、先に落ちた二つ頭の巨人が起き上がろうとしていた。

 

 脚の一本が不自然に曲がっている。

 

 それでも、二つの顔が同時にバンへ向いた。

 

「お前が乗ったから落ちたんだぞ」

 

 巨人には理解できない。

 

 二つの口から咆哮を上げ、地面へ手をついた。

 

 その音へ反応するように、暗闇の奥から複数の気配が動いた。

 

 一体。

 

 二体。

 

 さらに遠く。

 

 この空洞にも、大型種がいる。

 

「増える前に出るか」

 

 バンは天井を見上げた。

 

 落ちてきた穴は遥か上にある。

 

 だが、岩壁には白い骨が何本も突き出していた。

 

 クレシューズを使えば戻れる。

 

 問題は、巨人たちが道を塞ごうとしていることだ。

 

 二つ頭の巨人が、曲がった脚を引きずりながら迫る。

 

 暗闇からは、別の巨大な影も近づいてきた。

 

 バンはクレシューズを肩から下ろす。

 

「帰る前に、片づけるか」

 

 四節の神器が暗い空洞へ伸びていく。

 

 バンの周囲を囲むように、いくつもの巨大な足音が止まった。




第91話までお読みいただき、ありがとうございます。

今回は第四十階層〈巨人の墓場〉へ入り、巨大な骨に似た地形と、固有名が明らかになっていない大型モンスターを描きました。

武器を持つ巨人から《強奪》で棍棒を奪い、救援が必要な場面では《乱獲》によって複数の魔石を同時に回収しています。一方、戦う意味のない大型種の群れは《絶気配》で避けました。

公開情報が限られている階層のため、正式名称が分からないモンスターを無理に命名せず、バンや冒険者たちが外見で呼び分ける形にしています。

引き続き楽しんでいただけると嬉しいです。
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